技術の散歩道 19
 半導体と信頼性  
   
 産業の米と言われた半導体は、すでに家庭の中にも深く浸透し、人間生活に大きな恩恵を与えている。とくにマイクロプロセッサとメモリ素子は、パソコン、ワープロをはじめ、洗濯機、炊飯器、テレビ、冷暖房機、電話器、ファックスなど、家庭用・個人用のほぼすべての電気製品で、その制御に幅広く使われるようになった。

 ところで私とこの半導体との関わりは、今から約35年前にさかのぼる。当時は真空管に替わるものとしてトランジスタが全盛期を迎えようとしていた。確実な需要が見込まれるものの、その組立はまだ顕微鏡下での手作業に頼っていた時代であった。この手作業の主力は、当時、トランジスタガールとも呼ばれた若い女性たちであったが、時代の進展と共に次第に作業者の確保が難しくなる傾向にあった。

 そのため、作業者なしでこれを自動的に組立てる方策を考える必要が生じた。自動組立が可能となるには、どうしてもトランジスタの電極位置を自動的に見つける人工の視覚が必要となる。見つけた電極位置に金線を配線することによって組立が完成するわけである。そのため、まず、回転ドラムを用いて筋状の光をトランジスタに照射し、その反射のタイミングから位置を検出しようとした。しかし検出の確実さが不足し、見事失敗に終わった。

 この研究を通じて人工の視覚の実現がいかに難しいかを思い知り、結果として、同じことをいとも簡単にやってのける人間の目のパターン認識機能の偉大さに深い感銘を受けた。そのため米国に渡り、シカゴでまずはこの視覚の勉強を行うことにした。猫や犬を使った生体工学の実験で、何度かの殺生を繰返しながら生体視覚について研究した。

 帰国後、その知見をもとに、今度はテレビカメラを計算機につなぐことで、目を持った人工知能ロボットを作った。1970年のことである。これを用いて人工視覚の工学的な可能性をいろいろな角度から探り、この経験をもとに再度トランジスタの組立に挑戦した。幸い今度は成功し、パターン認識技術による世界最初のトランジスタ組立装置が実現した。最初の挑戦から数えて10年の歳月が流れていた。

 この人工の目によるトランジスタ組立技術は、その後ICやLSIの組立にも次々と適用されるようになり、日本の半導体産業全体に広がった。その結果すべての半導体製品で生産速度が大きく向上した。人手による組立にありがちな不確定さが一掃されたため、製品の品質が上がり、性能ばらつきの少ない均質な製品が実現した。

 このような生産技術の革新がもとで、その後半導体の輸出が急増し、その結果、日米半導体摩擦が起こり、とくにシリコンバレーでは日本企業を誹謗する記事が毎日のように新聞に載る事態となった。そのような状況の中で、ある米国の有力ユーザー会社が、日米3社ずつの半導体メモリの受入れ検査結果を学会で発表し、日本製品の信頼性が米国製に比べて一桁優れていることを公表した。私はこの時、米国での二度目の研究生活をシリコンバレーで送っていたが、米国製半導体メモリの中には、耳のそばで振るとコロコロと音がするものもあったことを鮮明に記憶している。この勇気あるデータ公表を機に日本に対する見方が多少変化し、良いものを作る社会への尊敬の念とともに、日本に学ぼうとする心が再度芽生えてきた。久しぶりに米国の良心が感じられ、良いものを良いとする勇気に心打たれる思いがしたものである。ところでこの視覚による組立技術は、その後請われて米国にも技術輸出され、今では当たり前の技術として世界各国で広範に利用されるようになっている。

 半導体に限らず、その後もいろいろな日本製品が世界市場で高い評価を得たが、その最大の要因は製品の高い信頼性にあった。ではその信頼性の因って来たるところは何か、と当時いろいろと考えてみた。もちろん日本の生産技術者たちのたゆまぬ努力があってこそではあろうが、その底辺にどうやら「箸」と「四季」があるからではないかと思うようになった。日本人は皆、幼少から二本の箸を巧みに操る。これが我々の手先を器用にした原因ではあるまいか。さらに日本には四季がある。暑い夏、寒い冬、湿度の高い梅雨の存在が、さびを防ぎ、かびを防ぐことの重要性を自然に教えてくれてきた。たとえば当時の外国製バッグなどは、日本に持ち帰ってくると金具部分がよく錆びたものである。このように日本の風土が、信頼性を重視せざるを得ない土壌を作りだしたと思えるのである。

 ところで日本の半導体産業は、その後の米国の10年にわたる戦略的巻き返しと、メモリの過当競争に端を発する不況とで、今現在は疲弊のさなかにある。しかし産業の米としての需要は将来も確実にあり、技術者の夢も、幸いまだ無限にある。そのため、いずれはまた大きく伸びていくはずである。たとえば研究の最前線では、1テラビットのメモリの基礎研究も始まっており、電子1個の有無でメモリ作用をさせる単一電子メモリの研究も進展している。現状のメモリ素子では、1ビットの記憶に1万個程度の電子が関与するが、これを極限の電子1個の有無で行わせようとするものである。マイクロプロセッサも、さらに低電圧化、低電力化、高速化が可能となるであろう。

 最近までは、メモリが半導体技術の牽引車の役割を果たし、ここで開発されたプロセス技術が他の半導体素子にも波及する形で全体の技術が進展してきた。これからは、プロセッサとメモリとを一体化したシステムLSIが主力となり、ユーザーにソリューションを提供しようというビジネスが展開されていくことになろう。とくにこれからの電子機器では、それを利用する人間との親和性が極めて重要であり、そのため画像や音声などのメディア処理とそのシステムLSI化がますます注目されていくことになりそうである。
(平成11年2月)