技術の散歩道 27
 日本人の独立心  
   
 米国の初等教育の現場で見た興味深い行事の一つに、ウォーク・アラウンドというのがあった。日本での運動会に相当するが、様子は全く異なっていた。休日に学校のグラウンドを一日中、ただひたすら歩くのである。もちろん走っても一向に構わないし、何時に学校に来ようが、途中で家に帰って一休みしようが、全く自由な一日なのである。

 ただ児童たちは、この日のために、あらかじめ近所や親戚、知人宅を回り、ある約束を取り付けているのである。学校からの所定の用紙にサインを集め、1マイル当り20セントとか30セントといった具合の寄付の約束である。テープの張られたグラウンドを一周するごとに、ボランティアの母親たちの手で、児童の首に掛けられた切符にハサミが入れられる。児童は平均的に50周程度、一日掛けて10マイル近くの距離を歩くようである。

 行事が終了すると、歩いた距離の証明書が学校から各児童に手渡され、それを持って再度近所や親戚を回り、約束された金額が児童自身の手で集められる。これが学校に寄付されて文房具や遊具の購入、グラウンドの整備などに当てられるのである。児童にとっては、自分たちの「労働」の成果がすぐ目に見える形で実現されていくのでそこに大きな感動があるし、また、協力して目的を達成する喜びを分かちあうことができる。当時、児童のまったくいない家庭の場合でも、近所の児童たちを通してこの行事を支援し、学校に毎年少なくとも100ドルくらいは寄付をしていたようである。

 この行事を通じて児童たちは、地域ぐるみで協力してくれた近隣の人々への感謝の気持ちも持つようになる。そして近隣の人々の期待に応えるための「サービス」と「レスポンシビリティ」の精神が、先生の口から繰り返し徹底されるのである。日本だと多分、子供たちを競馬の馬のように扱うのはけしからんといった非難や、小さいときから金集めのお先棒を担がせるのは問題だ、といった議論が巻き起こりそうな感じがする。

 米国では、児童たちへの月々の小遣いは、日本に比べると極端に少ないのが普通である。我が家でも当時、小遣いを与え過ぎないようにとの学校からの注意を守り、周りの児童と同額の月額5ドル程度であったように記憶している。したがって、ときには足りないこともありうる。そんなときには、児童たちは自らの労働で小遣いを稼ごうとする。当時中学生だった我が家の娘も、あるとき車を洗わせて欲しい、と言い出した。買いたい物があるのだがお金が足りないとのことで、2ドル50セントでいいから車を磨かせて欲しいというのである。多少かわいそうな気はしたが米国流にやらせたところ、2時間ほど掛けてきれいに磨き上げた。早速その報酬を支払い、娘も大喜びだったことを懐かしく思い出す。何もしないのにお年玉を何万円も渡す日本とでは、教育の基本的なところが随分と違うようである。

 ところで私の住んでいた地域では、毎週水曜日が連絡日ということで、3人の子供たちがそれぞれの学校から一斉に書類を持ち帰ってきた。そのすべての書類に目を通さなければならないため、水曜日は仕事を定時で切り上げ、早く帰宅したものである。これらの書類は学校と親とのコミュニケーションのためのもので、なかにはサインをして提出する書類も多く含まれていた。たとえば、週末にバスで課外授業に行くがバスに乗せていいかという承諾や、事故にあったら最寄りの病院に連れて行っていいかとか、輸血していいか、というような承諾のサインである。これらは多民族による宗教や習慣の違いを考慮してのものであった。このように、子供たちの行動の一つ一つが親のサインの有無で決まるので、家庭の中での会話がおのずと弾み、また親の権威が子供たちに印象深く植え付けられるという効果もあるようである。

 そのような日々を送っていたある日、娘と何かで意見が衝突し、叱り付けたことがあった。娘は泣きだして自室にこもり、そのままその日は泣き寝入りとなった。一晩眠ればわだかまりも解けたようで、翌朝起きてきて「夢を見た」という。「父さんに叱られて家出をする夢で、紙に『家出をします』と書いて父さんにサインを貰いにいった」とのことであった。

 夢にまでサインのことが出てくるほど、子供たちの行動が親のサインで規制されているとも言えるわけで、これが逆に、子供たちに早く独立したいという心を植え付ける効果をもたらしているのかも知れない。高校生くらいになると、自分の学費は自分で稼ぐという考え方が少しずつ芽生えて来るようで、大学生ともなるとほとんどの人が、学費を奨学金や自分のアルバイトで稼ぎ出す。それよりさらに昔のこと、私がシカゴに留学していたころ、私のもとで研究をしていた大学院学生の妹は、大学を2年で一旦休学し、大学病院の看護婦として1年間勤務して学費を稼ぎ、そのあとまた3年生として勉強するのだと張り切っていた。余談だが、その看護婦の好意で、普通なら見られない心臓外科手術を目の当たりに見ることができ、当時、生体工学を勉強していた私にとっては貴重な体験となった。

 このように人間はどうやら、多少は窮屈な方が独立心が湧く。何不自由ないと甘えが出ていつまでも独立しない。世の中が混沌としていた戦後の一時期よりも、現在の世の中の方がホームレスが多くなったように感じるし、ホームレスよりもさらに悪いマインドレスと言った感じのフリーターと称する若者も増えたようである。まさにホープレスといった感じの世の中である。勉強しようという目的を持ってパートタイムジョブに精を出す若者には好感が持てるが、昨今の無気力で無目的の若者には幻滅する。親のすねかじりで携帯電話を持ち歩く中・高校生などを見ると、月数万円もの電話代を負担する親の方が間違っていると思えてくる。一般に親馬鹿という程度ならまだ微笑ましいものだが、これを通り越した馬鹿親という人種が、日本には実に多くなったように思えてならないのである。
(平成11年10月)