世の中には不思議なことが存在する。とはいっても未確認飛行物体のことではないし、ましてや心霊現象、オカルトのことでもない。もっと身近で単純な、日常生活上での疑問である。私のような熟年研究者の悪い習性なのかも知れないが、些細なことであれ何か不思議なことを見聞したりすると、まずは状況を分析し、科学的・工学的にその理由を説明しようと試みる。そして大抵の場合、失敗する。以下の例は、そのような類いの話である。
先日、愛用の腕時計が動かなくなった。どうやら電池が切れたようである。時計なしではやはり不便なので、電池を取り替えようと最寄りのデパートの時計売り場に足を運んだ。修理専用の窓口があったので取り替えを依頼したところ、「中を開けてみて、もし国産の機械が使用されていれば1300円、外国の機械なら1900円」だという。国産と輸入物では電池が違うのですかという私の問いに、「いや、入れる電池は同じです」というのである。同じ電池なのに値段が違うのはおかしい、という私に、「店の規則ですので」という答えが返ってきた。
この差額600円が技術料の差だとすると、開けてみてから国産か輸入物かを判定するので、「裏蓋を開ける」という初期行為はどちらにも共通である。したがって開ける技術料がこの差を生んでいるわけではない。同様に「判定する」という行為も、どちらが入っているにせよ共通に必要な行為だから、これまたこの差には関係ない。それなら古い電池を取り外し、新しいのをはめ込んで、最後に裏蓋を閉じるというところに有意な差が出るのだろうか。しかし「裏蓋を開ける」行為が原因でない以上は、最後の「裏蓋を閉じる」行為もこの差の原因ではない筈である。残るのは「電池を取り外す」「電池をはめ込む」という作業しかない。しかし輸入物だけがそんなに難しい作業とも思えないし、国産品に比べて極端に難しいような下手な設計をしているとも思えないのである。
いざお金を払う段になって、輸入物と信じていた私の腕時計は、「中を開けたら国産品の機械が使われていたので、1300円となります」とのことであった。喜ぶべきか、悲しむべきか、なんとも複雑な思いがした。それとも、うるさい客だから安いほうにしておけば無難、という判断があったのかも知れない。この価格の設定はひょっとして国産品優先、輸入品撃退の見えない障壁の一種なのか。何とも不思議な話である。
一方、これまた永年愛用の眼鏡の表面に、最近、ちょっとした不注意でかなりの傷を付けてしまった。多少の老化もあってか、最近、眼鏡が合わなくなっているという印象も持っていたので、この際新品に取り替えることにし、ある著名な眼鏡チェイン店へと赴いた。まずは視力を調べるということで、住所・氏名のカードへの記入を皮切りに、細かな「尋問」が始まった。「ご職業は?」とでも聞いてくれれば「会社員だ」くらいで済んだのかも知れないとあとで気がついたが、このときは「お仕事は?」というので思わず「研究だ」と答えてしまった。そうしたら「何のご研究ですか」と来た。まるで不審尋問を受けているような気がしたし、眼鏡を作るのと何の関係があるのかと少し腹が立ったこともあり、「極秘だ。何の研究かをあなたに言う必要はない」と言ってしまったのである。
その後暫く続いた尋問を総合的かつ善意に解釈すると、どの程度目を酷使する仕事をしているかを知りたいらしい、という感じがした。そのため、毎日かなり長時間、計算機に向き合っていることも説明した。しかしこれも良く考えてみると、眼科の治療ならいざ知らず、目の酷使状況で眼鏡のレンズを勝手に決められては困るのである。そして結局は、医者の「問診」でのカルテ記入を真似した「権威付け」のつもりらしい、どうやら顧客データを作成したいだけらしい、と気が付いた。それなら何も口述筆記というやり方でなく、こちらに全部書かせてくれた方が手っ取り早い。その後あれこれと視力を調べ、レンズを付けたり外したりして、最終決定までに小一時間も掛かってしまった。どうやら、時間を掛けることが顧客へのサービス、と考えている節も感じられた。次の予定で時計を気にしながら、このスピード時代に何とも効率の悪いビジネス、と不思議に思ったものである。黙って座ればピタリと当たる、というのは昔の八卦見のキャッチフレーズだが、眼鏡の度合わせもそうあって欲しいものである。
五人家族の我が家で永年使っていた食卓と椅子を、子供たちが独立して夫婦二人だけの生活となったのを機に、もう少しこぢんまりしたものへと買い替えることにした。まだ十分使えるし、結構大事に使っていたものなので、誰か使ってくれる人はいないかと妻があちこちに電話を掛け、ようやく市役所に話が通じてリサイクル用に引きとってもらえることになった。ところがこういう大物の回収は、月一回、一家で3点までと決まっているとのことで、食卓1個と椅子5脚では規定に反するというのである。これを3個にまとめて、「粗大ごみ」という張り紙をして玄関先に出しておくように、というわけである。張り紙に「リサイクル品」と書きたいところだがそうはさせてくれない。
どうしても3点になりそうにないのでまた連絡すると、椅子は2個ずつ紐で縛れという。それでも3点にならないというと、食卓+椅子2脚+椅子2脚+椅子1脚の4点でいい、これを3点とみなすことにする、というのである。「見事な数学」と感じ入り、有り難い話とお礼を言いながらも、紐で結んだときの運び難さや、またそれを解く手間を考えたら、初めから6点を3点とみなして運んでくれてもいいように思ったりした。ここ数年、粗大ごみを出したことのない我が家の実績も、まったく考慮されない。何ともお役所の規則というのは不思議なものである。