技術の散歩道 32
 大学での講義体験  
   
 長い間企業の研究所で先端技術の研究開発に従事していると、実践的な経験が必然的に多くなるものである。私もその経験を買われて、ときには大学からの依頼で授業に赴くことがある。若い学生に接するいい機会でもあるし、企業での実用的な技術開発の成果や研究活動の様子、とくに新製品開発・新産業創造での経験談は、学生にとっても新鮮らしく、皆が結構期待してくれているようである。

 企業人によるこのような講義は、昔の記憶をたどってみても思い当たらず、私の学生時代にはまったく存在しなかったようである。当時は、専任教授の口述される文章を、一言も漏らすまいと必死でノートに取る毎日だった。とくに時間に厳格なある教授は、教室の入口ドアの把手に手を掛けながら、ポケットから取り出した懐中時計を眺めて授業開始時刻が来るのを待っておられた。開始時刻と同時にサッと教室に入られ、そのあとに教室に入ろうとする学生はすべて授業から締め出されたものである。今のようにコピー機も普及していない時代であったために、締め出されるとあとが大変で、授業に出るよりもさらに多くの時間を掛けて学友のノートを書き写す羽目となった。しかも、聞いて書く方が、見て書くよりも理解度は一段上のように実感されたため、授業の出席率は高く、かつ授業中の私語もまったくなく、学生の熱心さはまた格別であったように思う。

 しかしこの口述筆記という古い講義形態は、今の時代からみると効率も悪く、もう皆無と思われる。口述筆記したノートが唯一の教科書だった昔と違って、参考書は選ぶのに困るくらいたくさん出版されているし、学生が学ぶべき事柄も、時代の進展で多様化している。したがって現在の授業では、知識を逐一教えるというよりも、知識の体系や考え方を教えることが主となり、自分でさらに勉強してもっと詳細を知りたいと思わせるように、学生の意欲を掻き立てることの方が重要となっているようだ。私の講義でも、このような考え方を基本にしてきたが、果たしてうまくいったかどうかは今一つ定かでない。

 ところで大学から講義を依頼される場合、大抵は非常勤講師とか客員教授という身分で赴くことになる。私の過去の例では、年に一、二回だけ2時間ほどの講義に出かける場合もあったし、まる一日、朝から夕方まで集中講義をしたこともあった。あるいは期を通して毎週一回ずつ連続した講義を持ったこともあった。多くの場合、OHPやビデオなどのビジュアルな教材を用いて魅力的な講義を心掛けてきたので、学生の反応も良かったように思う。とくに、ある国立大学での講義では、講義終了の際、自然発生的に学生から大きな拍手を貰ったことがあった。大学の講義では珍しいということを後で知ったが、要は、授業をする側の誠意がいかに伝わるかがポイントであったように思う。

 ただしこれは、非常勤講師であるがゆえに、授業の正当性やその結果にはあまり責任がないという気安さもあって、私のような者には授業がやり易かったせいなのかも知れない。とくに長期間にわたる講義の場合には、途中で種々の話題を織り込むことを心掛けた。たとえば、企業が期待する人間像だとか、研究者・技術者のプロ意識だとか、研究開発の裏話だとか、特許取得での成功談・失敗談などが受けたようである。

 授業を締めくくるテストも、通常は実施しないこととし、その代わり幾つかの課題を与えて、その中から選択させてレポートを書かせたりした。ただ単にレポートを課すだけだと、長々とくだらないことを書いて頁数を稼ぎ、努力の跡だけを訴えようとする学生も中にはいるとの話も前以って聞いていたので、学生にはA4サイズ一枚だけのレポートを課すことを試みた。学会発表の予稿集のような形を想定し、いかに簡潔にまとめるかの訓練も兼ねたわけである。手書きは禁止したので、学生は必然的にワープロやコンピュータを使うことになり、まだ今ほどには普及していなかった当時としては、時代を先取りしてこれらの電子機器を活用する良い訓練ともなったようである。

 このレポートの執筆に際しては、日本語のほか、英語・独語・仏語・スペイン語・中国語・韓国語のいずれで書いてもよいとした。レポートの課題は毎年変えたが、この書き方については数年間同じ方式で課してみた。しかし残念ながらこの間、一人も外国語で書いた者はいなかった。これも時代を先取りしたつもりであったが見事に失敗したようである。レポートを読む私としても、こんなに多言語を理解出来るわけではなく、ただそれらしく書いてさえあれば良い点数をあげようと思っていたわけである。ただ一人だけ、一生懸命の日本語でレポートしてきた南米からの留学生には、かなり高い点数を与えたことを記憶している。

 ある年の春、私の研究所で恒例の入社式があり、そのあとの歓迎懇親会で私に「先生!」と呼び掛けてきた若者があった。この新入社員は大学時代に私の授業を受けたらしいが、私にとっては大勢の学生との瞬時的な出会いに過ぎなかったので見覚えのある筈がない。とっさに気になったのが、当時私が彼に付けた成績のことであったが、「良い点数を貰いました」とのことで安心した。このことがあって以来、あまり厳しい採点はしないよう、密かに心に決めた。

 このような講義経験を通じて、教えることの難しさも味わったし、どのようにすれば分かってもらえるかという貴重な教訓も得た。授業のための教材資料も整ったために、それらをもとに何冊かの本を執筆・出版することにもつながった。これらの本は、幸いにも、その後幾つかの大学で実際に教科書として採用されたりした。最近では、さらに一歩進めて、計算機を使った最新の電子プレゼンテーションに凝りだし、ビデオ映像も計算機画面の中に嵌め込んだマルチメディア型の先端的授業を心掛けるようになってきた。
(平成12年3月)