技術の散歩道 34
 我が文筆活動の清算  
   
 研究生活の合間に綴ってきたこの「技術の散歩道」も、いよいよ終局を迎え、今月号で予定通り終了とさせていただくことになった。編集者からの「何でもいいから」という言葉につい乗せられて、軽い気持ちで引き受けたのが3年前。以来、計34回にわたって多様な話題を取り上げ、一研究者、一技術者としての技術論・信念・疑問・提案・興味・経験なども散りばめ、順不同で私見を紹介してきた。私の通い慣れたいつもの散歩道のご紹介という腹積りが、ときには私自身なじみの薄い横道にも逸れたりした。1回当り約2300字だから全体で8万字の道程であった。まずは、長い間のお付き合い、ご愛読に心からの感謝の意を申し述べたい。

 終幕にあたってこの8万字は、私が今までの生涯で書き残してきた全文字数に対し、一体どのくらいの比率になるのだろうか、という疑問が沸いてきた。執筆そのものが仕事である小説家や新聞記者と比較しても、研究者・技術者は結構遜色のない量の文章を書いているのではないだろうか。思えば、執筆なしでは研究は他人から理解されないし、発明は権利化されない。執筆なしの研究活動はあり得ないのである。書くことで自分の考え方が纏まり、その後の研究課題が顕在化し、次の一手が鮮明になることもある。開発した技術も、書くことで初めてその人の技術として定着するのである。文章がうまければ、それだけ周りから理解され易いので成果も認められ易い。書く速度が早ければ、それだけ研究そのものに没頭できる時間も多く取れる。したがって文筆能力は研究者・技術者にとっても重要な要素と言える。幸いこの能力は、多少の個人差はあるものの誰にも備わっているものであり、磨けばどんどん良くなるものである。面倒がらずに場数を踏むことが肝要である。

 私の場合は、幸いにも、今までの約40年の研究生活で執筆した文字数の総量を推し量る有力な記録がある。研究生活10年目頃から、それまでに執筆した学術・技術論文、解説記事、講演予稿など、自分の名前が活字となったあらゆる書類の別刷りを一部ずつ集めて製本してきたのである。最初の10年分で厚さ4cmほどの立派な本が出来上がり、そこに金文字で「我が研究の歩み」というタイトルを付けた。10年に1冊なら今後もあまり増えないだろうとの見込みでやり始めた製本が、それから3年後にまた1冊できた。迷ったあげくタイトルを単純に「続 我が研究の歩み」とした。ところがまた3年後にもう1冊分増えたとき「続続」とせざるを得ず、それが後々尾を引いて、今では「続続続続続続続 我が研究の歩み」となっている。この計8冊の「我が研究の歩み」の総文字数が720万字である。

 この製本された記録の中には特許の別刷りが含まれていないし、社内の研究報告も含まれていない。今までの200件を越える特許で約310万字、さらに100冊を超える研究報告で300万字が加算される。また、私のキャビネットの中には、思い出一杯のために未だに捨て切れずに残っている約50冊の研究ファイルがあり、約250万字分の研究企画書、提案書などの研究資料が詰まっている。捨てたものも同じ位の量はあったから、約500万字は書いていることになる。

 さらに著書・監修書8冊が加わるから、それで60万字。ただし英文著書も単語数ではなく文字数で計算している。さらに、若い頃の学位論文の約20万字が加わる。もっと若い頃のラブレターも決して無視できない量とは思うが、もう証拠はないし、研究に直接関係はないのでこれは省略。この他に満杯の計算機フロッピーが約50枚あるが、何がどう入っているのか調べる余裕もないので、これも省略。さらにここ10数年にわたる電子メールの通信量も、莫大とは思うが証拠がないためこれも省略。

 以上を総計すると約2000万字となる。まさに驚きである。これはベストセラー作家の文庫本100冊の小説に相当する。もしも米粒に1字ずつ書いて縦に並べるとしたら、東京〜箱根間くらいにはなりそうである。今までの40年間の日数で割ると1日当り1500字くらいを書いていたことになるが、ひょっとしてこの数字は、並みの新聞記者よりは多いのではないかとさえ思われる。こう考えるとまさに驚異的ではあるが、実は、現在の64メガビットの半導体メモリだと5個分を満杯にしただけであり、近い将来の1ギガビットのメモリでは、ようやくその1/3を満たせる量にしか過ぎないのである。

 これまでのこの2000万字と比較すると、この「技術の散歩道」の総字数8万字は、私にとって0.4%に過ぎないものであった。とは言え、話題の選定から始め、決められた字数で執筆するという作業は、結構大変なことでもあった。しかし、それなりに自分の考え方が整理でき、読者にどの程度役に立ったかは別にしても、私なりの満足感は得られた。編集者からは、記事が真面目過ぎるという意見を途中でいただいて、少し不真面目な要素も取り入れようと努力はしたが、これは徒労に終わったようである。

 この長い散歩道に同行いただいた読者諸氏も、私個人がいったい何者かについては、おそらくご存知なかったことと思う。自分の仕事を通じた随想が多かったので、散歩の途中で少しは想像していただけたとは思うが、もしご興味がおありなら、最近掲載された「私の研究遍歴」(信号処理研究会誌:Journal of Signal Processing, Vol.3, No.4〜6, 1999)を参照いただきたい。

 では皆さん、ごきげんよう。研究という長旅、人生という長旅のどこかでまたお会いして、この「散歩道」の風景を思い出しながら親しく語り合える日の来ることを念じつつ。
 私の心のふるさと、隠岐島への船旅の途上で記す。
(平成12年5月)