参考記事: 茨城の魅力の背景 1
穏やかな地勢と豊かな自然



 関東平野の北東部に位置するここ茨城県は、太平洋に面して長い海岸線を持ち、とくに親潮と黒潮の合流域でもある鹿島灘の沖合は、魚介類の豊富な漁場となっています。気候も比較的温暖で、県央・県西・県南を中心に豊かな農作地が広がっています。

 県の北西部は緩やかな山岳地で、最高峰は、福島・栃木・茨城3県の県境にある標高1022bの八溝山です。また、県内で最も著名な山は、飛鳥・奈良時代の昔から「西の富士、東の筑波」と対比されてきた標高877bの紫峰 筑波山で、雪に閉ざされる富士に対し、若い男女が集って和歌を詠み合う歌垣の名所として、奈良時代に編纂された常陸国風土記にも紹介されています。山頂近くの御幸ヶ原のすぐ下には、「つくばねの峰より落つる男女川(みなのがわ)恋ぞ積りて淵となりぬる」(陽成院、百人一首・後撰和歌集)と詠まれた男女川の源流があります。

 この男女川の水が桜川を経て流れていく先は、琵琶湖に次ぐ我が国第2の湖 霞ヶ浦です。昔は小さな谷に過ぎなかったのが、縄文海進などで何度か海と陸を繰り返して現在の霞ヶ浦ができました。沿岸には、海であったころに牡蠣が何層にも累積し、高さ5bもの断層として露出している「カキ化石床」の崎浜史跡があります。霞ヶ浦は、昔ながらの帆引き船がよく似合う風光明媚な湖ですが、ほかにも涸沼や牛久沼などがあり、さらには昔の河川の氾濫でできた三日月湖や切れ所沼を由来とする池や沼もかなりあります。これらの周りには、太古より人々の平和な暮らしがあったようで、貝塚や古墳の数が多いのも特徴の一つです。とくに陸平貝塚は、日本人の手で初めて発掘調査され、日本の考古学の原点ともなった貝塚とのことです。

 県内には、県西部を流れ、県南部では主に千葉県との県境を流れる利根川があるほか、鬼怒川(衣川、絹川)や小貝川(蚕飼川)など、養蚕に纏わる名称の川があります。さらに那珂川・久慈川などの清流や、花貫川・花園川などの紅葉で名高い渓流や滝があります。とくに日本三名瀑の一つでもある袋田の滝や、かつて土地の女性たちが滝の裏側で二十三夜の月を待って講を催したという月待の滝は、今も人々の心のふるさととして、人気の的となっています。

 また桜の名所も数多く、とくに「西の吉野、東の桜川」と呼ばれた高峰の山桜が有名で、世阿弥の謡曲「桜川」の舞台にもなりました。季節には、高峰山の斜面一杯に広がる淡い新緑と、そこに点在する仄かな山桜のピンクが見事に映え、典型的な山里の春の情景を醸し出します。

 また最近は、国営のひたち海浜公園が整備され、春のネモフィラ、秋のコキアで丘一面が彩られる風景が、訪れる人々を魅了しています。

 一方、自然が生み出す「食文化」も多様です。茨城を含む北関東には冬の家庭料理の定番「すみつかれ」があります。また、水戸と言えば納豆、霞ヶ浦と言えばレンコンを思い起こす人も多いようですが、これら以外にも数多くの名産品・郷土料理があります。その中でも筆者にとって思い出深い料理は、毎年の年末〜年始の旅で、北茨城市や大洗町の宿で食した「あんこう鍋」と、大子町や常陸大宮市山方の割烹旅館で食した「奥久慈シャモ鍋」です。まさに冬の味覚、他では味わえない茨城の絶品料理と言えます。

 なお、常陸国風土記の総記(序文)にある当地自慢の一節を、参考までに以下に紹介します。
 「海山の幸に恵まれ、人々は心安らかで、家々は豊かで賑わっている。田を耕し、糸を紡ぐ者には、貧しい者はいない。塩や魚が欲しければ左は山、右は海であり、桑を植え、麻を蒔くなら、後ろは野で前は原である。海山の幸の豊かなところで、昔の人が《常世の国》と呼んだのは、もしやこの地のことではなかろうか」。