|

ここでは、私の身辺に発生した主な出来事を、トピックスとして綴っています。
現役時代の終盤から現在にいたる約20年の主な記録です。
このページには、PDFファイルへのリンクが含まれています。
閲覧にはADOBE社のアクロバット・リーダーが必要です。
また写真の幾つかは、クリックすることで拡大表示されます。
山紫会東京支部
久し振りの顔合わせ 2024年6月5日
東京の頤和園 京橋エドグラン店で、大学時代の同窓会「東京山紫会」が開催され、6名の会員が約6年ぶりに再会し、旧交を温めました。コロナ禍による長い間の無沙汰の後の再会は、まさしく感動的でした。日本風力エネルギー学会誌に掲載されたひずみゲージに関する会員のライフワークの記事も紹介され、皆で感動を分かち合いました。来年にはまた、新たな話題を持ち寄って、楽しく歓談しましょう。有難う、皆さん! どうぞお元気で!
日本ロボット学会
アドバイザリ・ボード委員会 2024年4月8日
日本ロボット学会の歴代会長らと現役役員とが参加する題記委員会が久し振りに開催され、出席してきました。学会の現状や問題点・課題などについて説明を受けたあと、今後の学会の進むべき方向について議論し、提言をしてきました。コロナ禍で5年ぶりの開催でしたが、懐かしい顔ぶれが集まり、楽しい時間を過ごしました。
金属材料の疲労設計の旗手
林 眞琴氏から著書を拝受 2023年12月28日
日立機械研究所時代の後輩で、大学での後輩でもある林 眞琴博士から、著書「金属材料の疲労破壊
大全」を恵贈いただきました。今までに機械工学分野で計152篇の論文・解説を発行された俊英で、これまでの研究の集大成として日刊工業新聞社から刊行された力作です。機械研究所時代の大学同窓の飲み会で、私が言ったという「一流の研究者として認められるには、年齢よりも論文数が多くなければいけない」に発憤された由。素晴らしい足跡に感慨一入です。有難う、林さん!
市のよつわ大学で講義
”知られざる茨城の魅力” 2023年7月5日
つくばみらい市の生涯学習支援事業「よつわ大学」からの招聘で、「知られざる茨城の魅力」というタイトルで約1.5時間、新住民の目で見た茨城の魅力をパワーポイントを使って説明してきました。講義をするのは久し振りでもあり、高齢化で多少ロレツの怪しいところはあったものの無事終了し、幸い好評のようでした。
日立のトップサイエンティスト
3名が来宅され歓談 2023年3月18日
Research.comが選ぶコンピュータ科学分野のトップサイエンティストに、日立から、昔、私の研究室から巣立った3名の後輩が選ばれ、今回、揃って拙宅を訪問してくれました。3名は上田博唯博士、宮武孝文博士、長坂晃朗博士で、当日は私の唯一の得意料理「燻製」と、ビールに加え、毎年作っている果実酒(最新並びに年代物)で祝杯を挙げました。上田博士とはカリフォルニアの研究所でも一緒に仕事をした仲で、実に40年ぶりの再会でした。日立から選ばれた3名が全て私の研究室出身ということで、私も大変誇らしく思っています。当日は奇しくも私の学位取得56周年の記念日、素晴らしい1日となりました。そのうちまたお会いしましょう!
情報制御システム研究の旗手
井原廣一氏から著書を拝受 2023年1月18日
昨年暮れに、昔、日立へ一緒に入社した同期の仲間、井原廣一博士が、著書「情報制御システム研究開発まんだら」を恵贈してくれました。氏は東海道新幹線の運行管理システムや工業用計算機制御システムなどを幅広く手掛けられたこの分野の我が国の旗手。先端技術開発の苦労話が満載の貴重な自叙伝で、この正月、じっくりと読ませてもらい、私の経歴とも共通した技術開発への「執念と挑戦の歴史」を知って感動を新たにしました。長い間、仕事の上での直接の接点はなかったものの、海外に共通の師を持ち、その人の推薦もあって、ともにIEEE(アメリカ電気電子学会)の
Life Fellow に選ばれていた事実を知り、稀有な縁を感じました。この本で、今年も新鮮なスタートが切れました。有り難う、井原さん!
再度、オンライン飲み会を体験
「安印指友多飲の会」 2022年12月23日
暮れに、昔の研究室の後輩らがまた声を掛けてくれて、オンラインの忘年会に参加しました。zoomによる飲み会で、1年ぶりに若い皆さんとお会いし、楽しいひとときを過ごしました。この会は、指静脈個人認証技術の開拓者らが集う先進的研究・開発・事業化グループの人たちで、アインシュタインの会という「指友だち」が「多飲」する会の意。お世話頂いた宮武孝文
博士、小林 守 博士はじめ、会の皆さん、今回もありがとう、楽しかった!
思いがけないプレゼント
当地の吹き矢仲間から 2022年12月21日
右の写真、何だか分かりますか? 本日、吹き矢仲間の秋場さんが届けてくれました。私たち夫婦の大好物、日本ではなかなか手に入らないと、吹き矢のコーヒータイムでこぼしていた私の話を覚えていた秋場さんが、どこからか苗を手に入れてきて1年間、ご自分の農地で栽培してくれました。野菜のプロの秋場さんにとっても初めての栽培とのこと。そう、ホース・ラディッシュ、いわゆる西洋わさびです。ロースト・ビーフには不可欠のしろものであり、また、あらゆる肉料理に合う絶品です。早速、そのまま、少しかじってみたら、昔の米国滞在時の味と寸分違わない味。これからの食卓が楽しみ、有り難う秋場さん!
参加者に英文表彰状贈呈
当地の夏休みラジオ体操で 2022年8月31日
コロナ禍で大変な世の中ながら、当地の子ども会が主催し自治会が応援する夏休みラジオ体操が、前・後期、計15日にわたって開催されました。参加者に何か記念の品をと考えた結果、2年前に人生初と思われる表彰状を進呈して大変喜ばれたことを思い出し、今回も小さな表彰状にしました。ただし今回は、子供たちの勉学への刺激にでもなればと、それこそ人生初となる英語の表彰状とし、ラジオ体操最終日に、英語のスピーチも交えながら手交しました。
未就学の子供や低学年の子供たちも、私の Congratulations! に反応してThank
you!と応じてくれました。今後、英語への興味と勉学への意欲が一層出てくること、賞状の文面が理解できるようになるまでの数年間は学習机の上に飾ってもらえること、を期待したいと思っています。
朋あり遠方より来たる
また楽しからずや 2022年4月19日
マシンビジョン国際会議の開催などで、私の技術者人生を彩ってくれていた旧友の一人、市川吉晴氏が、若い頃の米国勤務やその後の国内あちこちでの長年の勤務にようやく終止符を打たれて、隣り駅の駅近くの新居に落ち着かれました。今回、10数年振りに来訪され、懐かしい昔話に花を咲かせ、時を忘れて語り合いました。長いコロナ禍の谷間でのひととき、「朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや」の心境でしたが、今後は「遠方」ではなく「近隣」になるので、次の機会が一層楽しみになりました。ありがとう、市川さん!

教科書第2版が完成
「ディジタル画像処理」 2022年3月14日
教科書「ディジタル画像処理」(画像情報教育振興協会、略称CG-ARTS協会)の改訂作業が終了し、この日、完成出版されました。この本は、日本の画像処理の専門家が協力して2004年に初版刊行されたもので、私自身も、その一部を担当執筆しています。以来、何度かの小改訂を経て現在に至っていましたが、今回、第2版として大幅に改訂されたものです。今後も引続き、若い研究者・技術者・学生の皆さんに、座右の書として愛読されることを祈念しています。
創刊200号に到達
みらい平陽光台ニュース 2022年2月2日
当地自治会で発行してきた月刊の小さな新聞「みらい平陽光台ニュース」が、2006年11月の創刊以来15年を経過し、この2022年2月2日の2づくしの日に、第200号を刊行できました。最近のコロナ禍で、自治会も市も行事はほとんど自粛の中でしたので、記事にも事欠く状況でしたが、今後に繋げようと、編集長として細々ながら火を灯し続けて来た結果です。
オンライン飲み会初体験
「安印指友多飲の会」 2021年12月22日
この歳になって初めて、オンライン飲み会とやらを体験しました。昔の研究室の後輩らが声を掛けてくれたもので、当初は戸惑いましたが、でも、小学生でもやっているオンライン授業と同じはずだから出来ないのは恥とばかり、急遽zoomを導入し、遠方に住む娘や息子に付き合って貰って一度だけ事前にオンライン会議を体験。これが功を奏し、恙なく飲み会を終了できました。
若い後輩たちと一緒に、実に楽しい時間が過ごせました。この会の名称がまたユニークで、アインシュタインの会というもの。指静脈個人認証技術の開拓者らが集う先進的研究・開発・事業グループで、指友だちが多飲する会とのこと。会の皆さん、ありがとう、楽しかった! 今後、オンライン飲み会が、癖になりそう! 機会があればまた誘ってください。良いお年を!
スポーツ吹き矢で
三段に合格 2021年11月25日
暮れも近くなったこの日、スポーツ吹き矢でようやく三段の試験に合格しました。今まで何度か挑戦してきましたが、毎回少しだけ合格点に届かず、惨敗・惜敗を繰り返していました。今回も5ラウンドまでの成績は惜敗の気配でしたが、最終の6ラウンド目で奇跡が起き、10メートル先の的の中心の直径6センチの小さな円内に、全5本中の4本が的中し、一挙に点数が増えて所定の合格ラインに到達した次第です。ひょっとして、眼鏡を新調したこと、吹き矢の筒を新調したことが効いたのかも。
市の委員を委嘱される
つくばみらい市景観審議会 2021年3月13日
市の都市建設部 都市計画課から来訪を受け、新しく市の景観審議会の委員を引き受けることになりました。今回の近隣ぶらり探訪記の献本で市長と話をする機会があり、それが契機となって今回の推薦となったようです。数年前の市の政治倫理審査会の委員に次いで、2度目のご奉公ということになります。任期は2年間、コロナ禍中でもあり何が出来るか未知数ですが、精一杯、市に協力したいと思っています。
茨城新聞に記事掲載
探訪記について取材される 2021年1月28日
市の広報誌を見た茨城新聞社から、詳細を知りたいとの話があり、1月18日に取材を受けました。その結果が1月28日号に、右のような大きな記事として掲載されました。
市の図書館に寄贈
近隣ぶらり探訪記 2021年1月7日
昨年10月に県に寄贈した題記の本は、山野井県会議員から県立図書館や県議会図書館、日立市図書館などに配備されたという連絡を受けました。また、別途、市にも何冊か寄贈していましたが、今回、市の図書館とその分館で閲覧可能になったとの記事が市の広報誌1月号に掲載され、全戸に配布されました。ここにその記事を掲載します。図中の写真は昨年10月の市長への贈呈式の様子です。市民の皆さん が愛読してくださり、ふるさと再発見のよすがの一つになると嬉しく思います。
近隣ぶらり探訪記を刊行
市や県に寄贈予定 2020年9月〜10月
コロナ禍で、ここのところ充分な自由時間があったため、今までに県内を探訪してきた紀行文をまとめ、「近隣ぶらり探訪記 ―知られざる茨城の魅力― 」という本を刊行しました。今までにも130箇所、220箇所の途中段階で中間刊行してきましたが、今回は最終版ということで、計365箇所の全訪問地を網羅したものです。ただ、刊行とは言っても、郷里で印刷業を営む友人に依頼しての50部限定の自費刊行に過ぎませんし、コロナ対策で国から支給された特別給付金を、使途がなくて懐に貯め込むよりも、この刊行費用に充当した方が良いと判断しての刊行でした。目下、この本に注目してくださった山野井県会議員の仲介で、県や市の然るべきところ(図書館など)に、僅かな冊数ながら寄贈することを企画中です。

地域の子どもたちを激励
陽光台ニュース紙面などで 2020年5月5日〜8月23日
コロナ禍で学校閉鎖が続いていた当地の子どもたちを元気付けようと、私が編集・発行している自治会新聞「みらい平陽光台ニュース」の論説欄に、子どもたちへの激励文を掲載しました。今の頑張りを誇らしく思うときが必ず来るからもう少し頑張ろう、ということと、人生で大事なのは生きる力だよ、そのために努力する才能を磨こうよ、というのが要旨でした。夏休みには、当地恒例のラジオ体操に参加した子どもたちに、当地自治会から手作りの小さな表彰状を、額に入れた形で贈りました。文面の最後には、「今後も、太陽のように明るく月のように優しい心で、未来社会を担う気鋭のリーダーをめざして、勉学やスポーツに一層励んでください。」という言葉を添えましたが、小学校低学年には全般的に難解だったかも知れません。実はそれが狙いで、多分、人生初めての表彰状ということで、学習机の上に、文面が理解できるまでの数年間は飾ってもらえるのでは、という期待があったためです。果たして?
教科書の改訂作業を終了
ディジタル画像処理 2020年2月9日
1月下旬から開始していた教科書「ディジタル画像処理」(画像情報教育振興協会、略称CG-ARTS協会)の改訂作業が終了し、新学期に向けて発行されることになりました。この本は、日本の画像処理の専門家が協力して2004年に初版が刊行されたもので(当時の状況はここを参照)、以後、何度か改訂して現在に至っていますが、ますます好評のようです。私はそのうちの画像処理の歴史欄を担当していて、今回は最近の状況を追加することで改訂完了しました。
古巣で日立返仁会に参加
20年前の著作が現役継続中 2019年10月29日
日立返仁会(博士の会)の京浜地区総会が古巣の日立中研で開催され、久し振りに参加しました。新しく完成した協創棟とそこでの研究内容のお披露目を兼ねての会合でした。会務報告では、いきなり私の名前が紹介されて一瞬戸惑いましたが、20年も前に書いた私の一文が返仁会で今も新人教育に利用されていることを知り、嬉しく思ったものです。
この一文とは、「なぜ論文? なのか ─ 若い研究者・技術者への熱烈エール ─」という檄文と、それに続く「新説:論文の書き方」というタイトルの記事で、まだ現役の頃、会社の私のホームページに掲載していたものです。退職のときに消し忘れ、以来数年間、そのまま活きていたらしく、退職後に会社を訪問した際などに、これを読んで刺激を受け学位をとったという数名の若い研究者から声を掛けられたことを覚えています。
その後もどうやら返仁会の社内向けホームページにずっと掲載されていたらしく、今回の総会でそれが再度紹介されたようです。総会後の懇親会では、担当の何名かの方々から、若手研究者の啓蒙のために大いに活用しているということと、グローバル化で海外社員教育にも活用するため是非英訳したいという希望が寄せられました。20年も前の執筆ですが、研究の基本は不変のはずなので了承しました。今後の進展が楽しみです。
郷里で同窓会開催
車での最後の帰省か 2019年6月22日
高校時代の同窓会があり、久しぶりに帰省してきました。徐々に少なくなる参加者の状況を、やむを得ぬこととは知りつつも、寂しく感じたものです。愛車を駆っての参加でしたが、往復1100キロの旅程は少し負担に感じるようになり、これがひょっとして車での最後の帰郷かな、と、こちらも少し寂しくなったものです。郷里では、先祖代々の墓をすでに整理して、総墓に納骨しましたので、今回はその総墓参りも済ませ、また、越前和紙の里での紙漉きを見学したり、友人宅を訪れたりしました。
 |
|
 |
|
 |
| 総墓の前で妹たちと |
|
越前和紙の里で紙漉きを見学 |
|
郷里の友人・萩原夫妻と |
昔の研究室仲間が来訪
半世紀ぶりの卒業証書 2019年5月30日
民間企業の研究所で、当時、周囲からは無謀と言われながらも、「人工知能の研究」を標榜する新しい研究室を立ち上げたのは、今からちょうど50年前の昭和44年のことでした。幸いにもその頃、高卒・大卒の若者たちが私の研究室に次々と入社し、翌昭和45年には我が国初の「人工知能ロボット」を開発して、東京北の丸公園の科学技術館で一般公開できました。今では懐かしい思い出です。その研究室創設時のメンバーの一人が、私に会いたいと、九州からわざわざ当地茨城へ、当時の仲間3名を誘って訪れてくれました。中には25年ぶりに会う人もいて、ワインと、私の唯一無二の得意料理「燻製」を肴に、大感激の楽しいひと時を過ごさせてもらいました。
当時の私の研究室は、「江尻学校」と呼ばれていたそうで、その後それぞれに新しい道を開拓して来られた4名は、この研究室時代に経験し体得されたことのすべてがその後の人生を支える大きな礎になったと、大変喜んでくれていました。私も嬉しくなり、戯れのお遊び半分ながら、皆さんに半世紀ぶりの江尻学校卒業証書を手渡し、喜んでもらいました。令和時代になっての、おそらく日本初の「卒業証書」ではないかという話(令和は5月からで、まだ世の中の卒業時期は来ていない)が出ましたが、果たして??
国際会議MVAに参加
シニア会を開催 2019年5月29日
国立オリンピック記念青少年総合センター(代々木)で第16回マシンビジョン国際会議(MVA-2019)が開催され、参加してきました。2年ごとに開催される日本発の会議で、これまでの30余年の間にその開催に役員などとして関与されたシニアの皆様17名にも集まっていただき、懇親と情報交換の場を提供することができました。会議には国内外から220名ほどが参加され、久しぶりの国際会議を楽しんできました。
ワープステーション江戸
新装公開 2019年1月26日
私の住むつくばみらい市に、ワープステーション江戸という撮影施設があり、時代劇のロケに利用されています。今般、この施設に、従来の江戸・明治エリアに加えて大正・昭和エリアが追加され、過日一般公開が開始されました。現在ここで、NHKの大河ドラマ「いだてん」の撮影が進行中です。公開初日には、出演者も交え、オープニングセレモニーが開催され、私も見学してきました。敷地内には昔懐かしい路面電車も作られました。撮影用とはいえ、この電車、200メートルほどの路面軌条を実際に動くようです。当市の新しい観光施設として、皆さんに愛されることを期待しています。
弥彦山・瓢湖を訪問
鬼瓦の伝統技術に感動 2018年11月12-14日
新潟の三条市、燕市を訪問し、さらに弥彦山にも登ってきました。紅葉真っ盛りで、楽しい旅になりました。瓢湖にはすでに4600羽の白鳥が渡来しているとの表示がありましたが、日中は近くの田圃に出稼ぎに行っているらしく数羽しか目に出来ませんでしたが、替わりに数千羽の鴨が湖面にひしめき、満杯の状況でした。当日村杉温泉に宿泊し、宿の庭に飾ってあった瓦製の鬼の像に興味を惹かれ、翌日に阿賀野市安田地区に集積している幾つかの瓦工房を尋ね、話を聞いてきました。燕・三条の洋食器・刃物といい、安田の瓦といい、地方の伝統技術の凄さを垣間見て、応援したくなりました。
スポーツ吹き矢で
二段に合格 2018年10月18日
思いもかけず、吹き矢で二段の試験に合格しました。とは言ってもギリギリの成績でした。考えてもみなかったことが起こって、戸惑うくらいでした。こうなったら、さらに上を目指します。でも壁が一層高くなって、無理かも知れません。一応頑張ってみます。
同窓生で筑波登山
産総研も見学 2018年7月24-25日
関東在住の大学時代の同窓生7人が集まり、筑波山に登ってきました。猛暑の最中であったことと、年齢が皆80歳超のせいで、苦労はしましたが一応元気に山歩きが出来ました。翌日には産総研を訪問し、昔の研究仲間、学会仲間にロボット関連の研究室を見学させてもらい、そのあとサイエンススクェアつくばや地質標本館を見学して、久しぶりに知的興奮を味わいました。産総研の皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。
スポーツ吹き矢で
初めて初段に合格 2018年5月31日
3年ほど前に健康増進のために始めたスポーツ吹き矢の腕前が少しずつ上達してきましたので、昨年度後半から級位に挑戦しはじめ、5級、4級、3級、2級、1級と順調に進んで今回初段に合格しました。今までの80年の人生を思い返すと、小学校時代の珠算3級、高校時代(?)の英検2級以外は取ったことがなく、それらもその後上位を目指すことはなかったので、この吹き矢初段が人生初めての段位となりました。ただ、次のステップである2段への昇格は、技術的にかなり大きな壁がありそうなので、これも初段止まりとなる可能性が高そうな気配です。それでも健康にはかなり効果的なので、今後も出来るだけ続けてみたいと考えているところです。
「素敵に生きる・知的に生きる」と
「近隣ぶらり探訪記」を増補完成 2018年3月31日
先回の自伝「素敵に生きる・知的に生きる」の発行以来、暫くの時を経てまたまた書き記したいことが発生しましたので、その改訂追補版を今回新たに印刷完成させました。今までに訪れた海外の諸都市の訪問記も、「あの時・この街」という紀行文としてここに追加しました。一方、陽光台ニュースに掲載中の「近隣ぶらり探訪記」も、先回の冊子化以来、さらに訪問地が130箇所から220箇所へと増えたのを機に再度冊子化し、発行しました。現在もあちこちと探訪を継続中ですので、いずれまたその増補版を発行することになるのは必至のようです。
郷里の墓の整理
総墓への納骨終了 2017年6月16日
前年に取壊した郷里の墓の遺骨を、近くの石材店に預かってもらっていましたが、新しく出来た総墓へ納骨しようと、その法要のために久し振りに帰省しました。80歳の身ながら、片道550qほどの距離を問題なく運転でき、懸案の納骨を済ませました。このような墓の整理方法が、果たして最良の方法であったかどうかについては異論もありうるとは思いますが、高齢の私にとってはこれが考えうる一番の方法に思えましたし、これで先祖にも不遜・不義理にはならず、子孫にも負担を掛けずに済むということで、肩の荷が降りたような感じがしています。
MVA国際会議に参加
シニアの集いを開催 2017年5月8−10日
第15回マシンビジョン国際会議MVA-2017 が名古屋大学(東山キャンパス、豊田講堂)を会場に開催されました。私も名ばかりながらこの会議のアドバイザリー委員を務めていたので参加しました。おそらく我が人生最後の国際会議というわけです。
過去にMVAで活躍された数名のシニアの方たちから、一度皆で集まりたいという話も出ていたので、この名古屋会議を機に、「MVAシニアの集い」を開催することにしました。MVA会議のバンケットの前に久しぶりに集まって昔話に花を咲かせ、お互いの現況を報告しあうなど、気軽に懇談して、その後バンケットに合流しようというものでした。
10数年ぶりにシニアの方々の連絡先を確認でき、ささやかながらも会合を持つことができた。参加者は16名と予想を上回り、中には20年ぶり、30年ぶりで再会した人もいて、お互いに楽しい歓談の時間を持つことができ、参会者からも大変感謝されました。
傘寿の祝賀会
子供たちからの招待 2017年3月25日
傘寿という一応の区切りを迎え、子供たちが祝賀会を計画してくれました。水道橋駅近くの瀟洒なホテルにある、中庭の造りが美しい和食レストランで、美味しいシャンパンと料理を頂きました。そのあと皆で迎賓館を見学し、久し振りに親子5人だけの楽しいひとときを味わいました。このときに贈られたリモートスピーカーは、テレビ音声を電波で飛ばして手元で聞ける装置で、耳が少し遠くなりかけた私たち夫婦にとっては最高の贈り物でした。
ノルディックウォーク
初体験 2017年3月5日
3月、市の生涯学習課スポーツ推進室が主催するノルディック・ウォーキングの会が開催され、参加してきました。2本のポールを使用して歩くもので、首や肩の血行も促進され、エクササイズの効果が非常に良いとされているようです。朝8時に集合し、講師による指導のあと歩行を開始。参加者は事前に応募した約100名の市民で、参加者中最高齢かと思っていたら、まだ上の人が数名いました。私自身は多少足腰に不安はあったものの、皆さんと一緒に無事全行程を踏破できました。
市の賀詞交換会
今年も参加 2017年1月10日
今年も茨城ゴルフ倶楽部を会場に、当つくばみらい市の賀詞交換会「みらいを語る新春の集い」が開催されました。各界で活躍中の市民の代表約240名が集まり、私も市の政治倫理審査会委員をしている関係で参加してきました。来賓の一人、埼玉県伊奈町の町長からは、伊奈忠次・忠治親子にそれぞれ縁のある両自治体として手を携えて進んで行きたいとの挨拶があり、また市長からは、東洋経済新報社の成長力調査で当市が一昨年は日本一、昨年は二位でしたが、今年もまた上位が期待できるよう、市政をしっかりやっていくという所信が表明されました。
なお、千葉県香取市とは、伊能忠敬・間宮林蔵つながりで友好都市関係を結ぶべく話合いが進行中との紹介もあり、当日は香取市の副市長も来賓として参加されていました。この副市長との私的な会話では、香取市は毎年人口が減っている現状なので、つくばみらい市の躍進が羨ましいとのことでした。
当日はアトラクションとして、新しく制定されたつくばみらい市音頭が披露され、また林蔵太鼓の力強い響きが披露されました。
恒例の正月旅行
本年は常陸大宮へ 2017年1月2〜3日
最近数年、大晦日には海辺の宿であんこう鍋を食するのが常でしたが、今年は宿の手配がままならず、結局日程をずらして常陸大宮市山方の割烹旅館での奥久慈しゃも鍋に変更しました。これも茨城特産の美味しい鍋で、好物の一つです。当日は、地域の新聞に連載中の近隣ぶらり探訪記の取材も兼ねていたため、鏡岩というところを探訪してきました。
この鏡岩は石英斑岩の断層面で、8世紀初頭に書かれた常陸国風土記にも出てくるもの。鬼が集まって自らの姿を映して遊んでいたが、たちまちいなくなったという話です。県の天然記念物の一つですが、今は永年の風化作用で光沢もなく、単なる岩に過ぎません。この鬼の話で、江戸時代に生まれた筑波山のガマの油売りの口上、「四面鏡張りの箱の中にいれると、ガマはおのれの姿の醜きに驚き、タラーリタラリとあぶら汗を流す」というくだりを思い出しました。何か関連がありそうに思い、ひょっとして口上創作の際にこの鏡岩がヒントになったのではないかと、勝手に想像しているところです。
郷里の墓地を整理
京都での出版記念会の帰途 2016年11月10〜11日
高校時代の同窓会「武高30会」で傘寿記念の文集を刊行したのを機に、その関西支部の主催する秋の集いが「刊行記念祝賀会」を兼ねて実施されることになり、京都に行ってきました。会場は蹴上の都ホテル(旧名称)、30歳頃に日米画像処理会議が開催され、日本側委員として論文発表した思い出の場所でしたが、何しろ約50年前のことですから、当時の面影を偲ぶのは至難でした。それでも何か懐かしいところに50年ぶりに帰ってきたという不思議な感情にとらわれたものです。席上、文集発行を会員の皆さんが大変喜んでくれ、編集長として胸を撫で下ろすことが出来ました。
その翌日、京都から郷里の越前市に向かい、菩提寺の先祖代々の墓に花を手向けた後、近くに住む旧友を訪ね、石材店を紹介してもらい、この墓の撤去をお願いしました。建造以来100年近く経過したため、ここ10数年、古くて危険なことが気になり、建て替えを考えていました。しかし私の身内はすべて都会にいて、後継を託せるものもいないことや、託したとしても却って迷惑を掛けることなどを勘案し、今回撤去を決めたものです。寺の住職も亡くなり、現在無人の寺となったこともこの決断の背景にあります。住職代理とも話をし、新しく建った総墓への納骨を、雪の心配のなくなる来春に予定して、今回墓の撤去と整地を実施依頼したものです。
追記: 12月10日にこれが完了したという連絡を受け、あとは来春を待つのみとなりました。
近隣ぶらり探訪記(茨城県)
冊子化して住民に配布 2016年7月16日
10年前に今の居住地に引っ越してきて以来、当地住民のために月刊の小さな新聞を発行し、そこに「近隣ぶらり探訪記」という連載記事を執筆してきました。つくばエクスプレスの新規開業に合わせて開拓された新興住宅地なので、私自身も含め新住民の多くは、当地の事情や当地周辺の様子についてまったく馴染みがありませんでした。そのため、「埋もれた場所、隠れた名所」を発掘・調査して紙面で紹介することを企画し、取材に当っては必ず実地踏査をすることを基本に、ここ数年にわたり少しずつ訪問してきたものです。その結果、訪問個所は130箇所に及び、とうとう茨城県内の全44市町村(32市・10町・2村)を踏破しました。
折りしも本年は市制10周年、自治会創設10周年の節目を迎えましたので、その記念品としてこの近隣ぶらり探訪記を冊子化し、手作りの電子版CDと一緒に、記念品として当地住民全員に配布しました。
旅・旅・旅
北海道へ、隠岐へ、松本へ 2016年4月〜6月
3月の北海道新幹線開通を機に、4月、久し振りに北海道に行ってきました。半世紀以上も前の学生時代の夏休み、工場実習で室蘭に1ヶ月滞在したことがあり、そのときに訪れた登別温泉の第一滝本館の広大な浴場がその後どうなったのかが気になり立ち寄りましたが、むしろ立派になり過ぎて昔の面影を探すことは出来ませんでした。また、地球岬への途上、実習先の新日鉄住金(当時は富士製鉄)室蘭製鐵所の前を通り、懐かしさがこみ上げ、若かりし日に思いを馳せたりしました。今回の旅は、結果として、私にとってのセンチメンタル・ジャーニーとなったようです。
5月には妻の郷里、隠岐島の西ノ島に渡りました。境港からの船旅は10数年振りでした。義兄と共に義姉・岳父・岳母などが眠る墓地に参拝し、そのあと国賀海岸・魔天涯などを何10年ぶりかで訪れ、昔と変らない雄大な風景を堪能しました。翌日には巡航船で知夫島に渡り、赤ハゲ山の山頂や名勝「赤壁」を初めて訪問し、海から垂直にそそり立つ赤くて異様な断崖の光景に感動しました。
6月には、大学時代の同窓会が、関東・関西の中間地点である松本で7年振りに開催され、最古の天守閣を持つ国宝松本城や上諏訪温泉を訪れました。傘寿記念に企画されたもので、総勢17名の参加者の中には、はるばる四国と九州から馳せ参じた会員もいて、久し振りの再会でした。新しい「御柱」の建った諏訪大社では、御柱に直接手を触れつつ互いの息災と長寿を祈願しました。 「同窓に
古城の威容 重ね見る」、という心境でした。
 |
|
 |
|
 |
有珠山上から洞爺湖と
昭和新山を望む |
|
隠岐知夫島の名勝赤壁 |
|
最古の天守閣を持つ
国宝松本城 |
 |
| 文集「思えば遠くへ来たもんだ」とその電子版 |
傘寿記念文集の編集
武高30会の試み 2016年2月18日
昨年の夏以来注力してきた文集の編集作業がほぼ終了し、過日、印刷工程へと引き渡しました。これは、本年傘寿の歳を迎えるにあたり、大昔の高校時代の仲間(武高30会)で発刊を決めたもの。私は、その編集長として活動してきましたが、ようやく終盤を迎えることになり、あと少しで約200頁の立派な文集が完成する予定です。この歳になって文集を、という発想に賛同され、執筆された50余名の同級生の皆さん、もうすぐ偉業達成です。タイトルは「思えば遠くへ来たもんだ」、距離を時間に置き換えればまさに私達一同に共通した心境と言えるでしょう。
この冊子版に加え、その電子版としてのCDも、手作りながら過日制作完了。執筆者らへのプレゼントにするつもりです。この電子版は冊子版と異なり、写真はすべてカラーで掲載し、一層見ごたえがあるものになったと考えています。関係者の皆さん、乞うご期待!
追記: このたび完成の運びとなり、関係者への配布が開始されました。文集およびその電子版の写真をここに掲載します(3月19日記)。
賀詞交換会に参加
市制10周年、初の成長力日本一 2016年1月12日
市内に4つあるゴルフ場の一つ、茨城ゴルフ倶楽部で、午前11時から市の賀詞交換会が開催されました。「みらいを語る新春の集い」と銘打ったこの会では、市制10周年を迎えた節目の年ということで、各界で活躍中の市民約230名が集まり、市の現状や将来について歓談しました。琴の演奏のあと開会が宣言され、市長や来賓の祝辞のあと乾杯。とは言っても、アルコール抜きの会合で、会費制による歓談優先の集い。昨年、東洋経済新報社の成長力調査で当市が日本一に輝いたことで、今年も市政をしっかりとやっていくという市長の所信も表明されました。私も市民の一人として、できる範囲で貢献したいと考えています。
新年を阿字ヶ浦で
年越しあんこう鍋 2016年1月1日
大晦日に、ひたちなか市の阿字ヶ浦海岸へ行き、そこの小さな宿に宿泊。夕食には1年ぶりに「あんこう鍋」を楽しみました。この地を含む茨城の海辺でしか味わえない珍味で、昨年の大晦日は大洗海岸でした。どうやらここ数年、年末の年越しそばの代わりにあんこう鍋を食することが慣習となったようです。元旦には海辺に出て、清澄な空気のもと、初日の出を拝み、今年も無病息災を祈願。帰りに東海村の村松地蔵堂への初詣を試みましたが、駐車場も満員で、待つことの嫌いな私は初詣を断念。でも初日の出に祈願したので、これで「良し」としました。
夜の筑波山へ
紅葉のライトアップ 2015年11月17日
この日、急に思い立って筑波山へ。もう暗くなった夕刻5時半ころに山腹の筑波山神社に到着。2か月ほど前にもここを訪れ、社殿での仲秋月見の音楽会で、琴と尺八の音色を楽しんだ場所。でも今回はこの社殿を横目にケーブルカー乗り場へと、年寄りにはちょっときつい階段をひたすら登ってやっと到着。そこからケーブルカーで山頂へ。車内の電灯は消して、真っ暗闇の中をケーブルカーは進み、線路周辺の紅葉の見どころだけがライトアップされていて、なかなか幻想的な風景。でも今年の紅葉は少し異常らしく、少し物足りない感じは否めない。とは言え、初めての夜の筑波山、眼下の夜景など、それなりに楽しめました。
久し振りの草津へ
試運転を兼ねて 2015年10月27-28日
新しい車を駆って、草津温泉まで行ってきました。若いころスキーで良く訪れたところですが、温泉目的は多分初めて。「草津温泉の伝統ある湯もみに挑戦したことを認める」という小さな賞状も貰いました。その昔、何度も転倒して苦労した天狗山スキー場のこぶだらけのゲレンデは、雪のないときに見ると何のことはないただの小山。本当にここだったのかと見紛うほどでした。白根山は噴火の活動中か、立ち入り禁止。でも結構紅葉を楽しめた旅でした。
新車2台購入
人生最後の買い物か 2015年10月6日
もう傘寿まであとわずか。そろそろ運転免許返上の年代が近付いていますが、長年運転をしているとそう簡単には手放せないもの。今まで乗っていた2台の車は、1台は10年を超え、もう1台は8年ほど経過した大型の車で、燃費も悪くそろそろ買い替え時。ということで、多分、わが人生最後の車ということで、一つはハイブリッド車、もう一つは我が家で初めての軽自動車を選択。さて楽しめますかどうか。
政治倫理審査会委員
市から委嘱される 2015年10月3日
市長らの推薦で市議会の承認を経て、このたび市の政治倫理審査会の委員を委嘱されました。5名の委員のうちの一人として、今後活動します。とは言ってもこの役職、実は何もすることがないことが一番いいという役目。市長・副市長・教育長・市会議員がその立場を利用した何らかの不正があると、市民からの要請を受けて審査するというもの。したがって何もすることがないのが、市が正常であることの証左となります。とはいえ責任重大。心して頑張ります。
学会誌に随想が掲載される
拝啓、同志 ロボット研究者・技術者諸君! 2015年6月6日
先に執筆し提出していた随想「拝啓、同志 ロボット研究者・技術者諸君!」が、日本ロボット学会誌 Vol.33,
No.4, pp.247-250 (2015)に掲載されました。
マシンビジョン国際会議
晩餐の堰で感謝状を頂く 2015年5月19-21日
2年ごとのマシンビジョン国際会議(MVA2015 )が、お台場の科学みらい館で開催され、参加してきました。晩餐会はヴァンテアン号による東京湾クルーズで、久しぶりに東京の夜景を満喫しました。世界から集まった旧友との再会もありましたが、何よりもうれしかったのは、晩餐会の席上、長年のMVAへの貢献ということで感謝状のクリスタル楯を頂戴したことでした。1988年の第1回以来、もう27年間もこの会議の運営に何らかの形で携わってきましたので、感慨無量です。MVAの今後ますますの発展を祈念したいと思っています。受賞挨拶では、次回会議には私も80歳になるのでどうなるかわからないが、また継続して参加できるよう努力するつもりだと述べました。果たして???
 |
|
 |
| 感謝状の楯 |
|
受賞挨拶 |
北陸新幹線の旅
郵便列車と迷子郵便供養塔 2015年4月16-18日
北陸新幹線の開業に伴い、金沢・能登に行ってきました。郷里の福井にも近いので昔からの馴染みの土地ではありましたが、白米千枚田とか上時国家など、今回初めての場所も幾つか訪れることができました。のと鉄道というローカル線に乗り、能登中島駅では、もうここでしか見られないという郵便専用列車(オユ10型)を見学しました。帰路には長野善光寺にも立ち寄り、7年ぶりの御開帳で回向柱にも触れてきましたが、興味はむしろ、境内の裏にあった迷子郵便物供養塔でした。かつて自動郵便区分機を開発したせいか、こういうところについ興味が向かうようです。技術者の性かも知れません。
 |
|
 |
| 郵便専用列車 |
|
迷子郵便物供養塔 |
スポーツ吹き矢を体験
市の総合運動公園で 2015年1月8日
健康に少しでも役立てばという思いで、暮れからスポーツ吹き矢を始めました。他の人よりも肺活量が少ないようなので、少しは改善するかと思って体験中です。日本古来の伝統も融合した新スポーツとして、礼儀作法も重んじられ、的に向かうときは一礼します。次いで筒を捧げ持って大きく深呼吸、そのあと、おもむろに構えて腹式呼吸で一気に吹きます。的の中心の直径6センチの円の、そのまた中心の1センチの標的を射抜いたときは、実に爽快です。的に刺さった矢に、次の矢が二重に刺さるという珍しい体験も、すでに何度かしています。暫くは病み付きになりそうです。
学会誌向けに随想を執筆
社会軸と自分軸について 2015年1月5日
日本ロボット学会の会誌編集委員会からの依頼を受け、久し振りに書き物を仕上げました。若い研究者たちに向けたメッセージをということで、少し辛口の文章としました。果たして採録されるかどうかは未知数ですが、私としては力作の随想です。当地の江戸時代の名主であった飯塚伊賀七のカラクリ人形から話を起こし、社会に役立つ仕事(社会軸)と、次の飛躍に向けた自分のための仕事(自分軸)とを、並立して遂行することを推奨する一文です。私の経験がふんだんに盛り込まれたもので、タイトルは、「拝啓、同志
ロボット研究者・技術者諸君!」ということにしました。少し纏まった形としては久しぶりの執筆だったせいか、心地よい疲れを感じています。5月ごろに掲載とのこと。いずれ皆様の目に留まればいいのですが、果たして。
自伝「素敵に生きる・知的に生きる」
追補改訂版を完成 2014年10月31日
喜寿という人生の節目を迎え、2010年に執筆制作した自叙伝「素敵に生きる・知的に生きる ―わが技術者人生の記録―」を改訂し、再発行しました。先回発行後のここ数年の出来事などを追記したもので、完成してみると、それなりに満足感一入です。今までの人生に区切りを付け、これからの残された歳月に向け、新たな第一歩を踏み出せたように思います。
初めてのプリクラ
孫娘に誘われて 2014年8月30日
夏休みの最後の週末、孫たちがやってきた。孫娘に連れられていったお店で初めて「プリクラ」を体験! 何とも凄い写真が出来上がった。まるで宇宙人。気持ち悪い。重ねてきた年輪が消え、顔はつるつるののっぺらぼう。画像処理の専門家もぶったまげる画像処理だった。 これはもう、写真ではない! 写真とは呼べない! ……でも面白い!
祝賀会で祝辞
昔の仲間が藍綬褒章 2014年7月30日
私が約45年前に人工知能研究室を立ち上げ、その室長としてロボットと視覚情報処理の研究を開始してまもなく、香川県の工業高校を卒業して私のところに入社してきた若者がいました。その彼が、この45年間の研究者生活の集大成として、すでにATMなどで広く実用されている指静脈個人認証装置を創り上げ、その成果で今春、藍綬褒章を受章。今回、そのお祝いの会が開催され、私も呼ばれて出席し、祝辞を述べてきました。懐かしい顔ぶれが揃い、楽しいひと時を過ごさせてもらいました。彼の並々ならぬ努力が結実した大きな成果でありますが、彼の受章は、彼だけの栄誉にとどまらず、同じ研究室でともに視覚情報処理の多様な研究を推進し、この新しい分野を開拓してきた昔日の仲間たちにとっても、大きな栄誉でした。ここに記して、彼への心からの賛辞と謝意を送りたいと思います。おめでとう! そして、ありがとう!
郷里から突然の訃報
実弟が日野山で滑落 2014年7月6日
不幸は突然にやってくるものですね。郷里から、山に登った弟が行方不明になっているとの電話がありました。山好きの彼が一人で山に登り、昼頃に山頂から無事登頂を知らせるメールがあって以来、連絡が途絶したのです。夕暮れ、時間切れで捜索もままならず、翌日早朝に再開との連絡があり、何もできない自分にいらだちを感じつつ一夜を過ごしました。そして地元の捜索隊が翌日昼頃、50mの谷に滑落して死亡している弟を発見。すぐに車を走らせ、郷里へ急ぎ、通夜・葬式を涙のうちに済ませました。身内の突然の死が与えるショックから、今、ようやく立ち直ったところです。素晴らしい弟でした。心からの冥福を祈っています。
指宿・屋久島への旅
悠久の屋久杉に初対面 2014年6月19-21日
台風通過と低気圧接近の僅かな間隙を縫って、急遽、旅に出ました。あっという間の急ぎの旅でしたが、指宿では初めての砂蒸し風呂を体験し、屋久島では屋久鹿や屋久猿にも出会うなど、楽しい旅でした。千年以上経っているもののみが屋久杉と呼ばれるという話を聞き、僅か百年にも満たない人間の人生が何だか小さく見えてきました。同じ場所で、長い間風雨に耐えながら生き続けるこの杉たちには、どのような生きる楽しみがあったのかな、と、いまだに煩悩のかたまりの我が身には考えさせられることが一杯でした。その凛とした偉大な姿に感動し、世界遺産として、今後もずっと生き続けて欲しいと強く思ったものです。
インドネシア人留学生会
バーベキュー会に参加 2014年6月15日
当地でのインドネシア人留学生を支援するメラ・プティ会の荒井会長から連絡を受け、市内の福岡堰で開催されたバーベキュー会に参加してきました。約20名ほどの留学生は皆、向学心一杯の真面目な紳士・淑女で、好感が持てる連中ばかりです。久しぶりに英語でご挨拶をするなど、梅雨の晴れ間のひと時を楽しんできました。彼らとは、以前に市内の立浪相撲部屋での餅つき会でも会ったことがあり、しばらくぶりの再会でした。
日本ロボット学会
アドバイザ会議に参加 2014年5月15日
日本ロボット学会のアドバイザリー・ボード会議が開催され、学会運営の現状や将来のビジョンについて議論しました。この会議は、過去の会長・副会長をメンバーとし、現在の学会運営体制に対して助言を行う機関です。今回はとくに、学会のコンプライアンスや学会誌の将来方向が話題でした。
市長選で現職を応援
戸惑いながらの初体験 2014年4月27日
今回、市長選に初めて深く関わりました。当地に転入し自治会の創設で初代役員の一人に選ばれて以来、現市長とは今までに当地の課題について幾度となく議論したり、支援を依頼したりしてきたこともあって、このたびの改選では、後援会の一員として今度は私が現市長の再選に向けて応援することになりました。投票日当日の夜9時10分に当選が確定。これからの4年間、市の発展に向けて今後も市長と議論する機会がまた出てくるでしょう。自然豊かな景観を大切にし、子供たちに誇れる街づくりに向けて、私も陰ながら応援したいと思っています。
一方、家内は、当地の民生委員の一人として、私とは違ってまったく中立の立場で選挙立会人を務め、投票所で朝7時から夜7時まで、座りっぱなしの役目を全うしたようです。
二人ともやり方や立場は違っていましたが、共に人生初めての経験であり、かつ最後の経験と思われます。ともあれ当市に少しだけながら貢献できたような気持ちになり、疲れも忘れ、爽やかな気分です。
常陸国風土記を読破
筑波山は富士山よりも有名? 2014年2月5日
奈良時代初頭の713年、天皇が地方の諸国に対し「地誌」を編纂するよう命令を出し、その土地にいる動物・魚・虫類、土地の産物や肥沃の状況、地名の起源などを報告させました。各国で作られたこの「風土記」のうち、現存するのは5種だけで、その一つが「常陸国風土記」です。
当地に転入以来、新県民としてこの風土記を読むことが夢でしたが、今回ようやく読破完了。とは言ってもその小さな訳注書(秋本吉徳著、講談社学術文庫)です。原本は存在せず、江戸時代初期に加賀の前田家の所蔵本から書写されたのが最古のようで、活字にすれば文庫本サイズで40頁もあれば完結するような、意外と短いもの。その理由は、「以下略」とした省略個所が多いため。そもそも前田家所蔵品が省略本で、その写本の際にもまた省略したようです。
内容は新治郡・筑波郡・行方郡など常陸国9郡の紹介。「古老の話」として始まり、その中に動物や地名由来などが散りばめられています。
この本で改めて知ったのは、古代には筑波山が「歌垣(うたがき)」の名所だったということ。春と秋に、関東一円から男女がこの山に集まり、歌い合ったり踊ったりして求愛・求婚する行事、今で言う合コンです。 当時は、即興で歌(和歌)を詠めなければ結婚相手も得られなかったのでしょうか、現代よりも、ずっと高尚な人々の世だったのかも知れません。
同時期の万葉集に、この遠い東国の果ての筑波山を詠んだ歌が、富士山の歌(9首)の約3倍の25首もあり、不思議に思っていました。平安の世になってからも、筑波とは無縁のはずの陽成院の歌「つくばねの峰より落つる男女川…」(百人一首)があります。どうやら古くから、中央にも名の知られた伝説の山だったようで、謎が解けた感じです。その昔、親神様が、富士山の子神様に一夜の宿を求めたが断られ、筑波山の子神様に宿を求めたら歓待されて以来、親神様が富士山を雪で人を寄せ付けないようにし、筑波山はその後も人が集まりやすい山にした、と常陸国風土記に書いてあります。
IEEE(アメリカ電気電子学会)
Fellow 制度50周年 2014年1月15日
IEEE(アメリカ電気電子学会)がFellow制度を1964年に制定して以来、今年で50周年を迎え、このたびその記念メダルが送られてきました。裏面にPioneers,
Visionaries, Leaders, Innovators とあるのが印象的です。
初めての救急現場
大丈夫ですかと声掛け 2013年12月22日
夕刻、遊びに来ていた孫たちを駅まで見送りに行った際に、駅構内で女性が倒れているのを目撃。慌てる駅員2名を助け、一緒に救急活動をしました。1ヶ月ほど前に当地自治会の講習会でAEDの使用法を習っていたので、駅に常備のAEDの活用も念頭に、まず耳元で大丈夫ですかと声掛けを続けました。暫くしてまぶたがピクリと動くのを発見。さらに意識が少し戻って、微かに喋るのを確認。一安心したところにちょうど救急車が到着し、以後の処置を引継ぎました。講習会での体験が糧となって、一歩踏み出す勇気を与えてくれた事件でした。
市政報告懇話会
記念講演会で登壇 2013年12月14日
私の住んでいるつくばみらい市の市長による市政報告懇話会が隣のつくば市の東雲ホテルで開催され、テレビ(TVタックルなど)でも馴染みの深い白鴎大学の福岡政行教授による記念講演「2014年の政局と地方自治政治経済」が行われました。近隣都市の市長・市議会議員らと市民約650名が集まり、大盛況でした。あらかじめ市長からの要請もあり、私はこの会の主催者側の一員という立場で記念講演の最後に登壇し、講師の福岡先生への謝辞とともに、今後の市政への新しい視点として持論の幾つかを紹介するなど、記念講演の締めくくりのご挨拶をさせて貰いました。当市で、過去を忘れて静かな余生を過ごす予定が、どういうわけか、過去の素性が市長にまで知れ渡っていて今回の要請となったもの。久し振りに大勢の聴衆の前で話をしましたが、登壇のときに司会者が私の略歴を紹介したので聴衆にもすっかり素性がばれてしまいました。でも引き続く懇親会では、参集の皆さんからいろいろと声を掛けられるなど、結果として楽しいひとときとなりました。
国際ロボット展に参加
東京ビッグサイトで 2013年11月8日
何年振りかで国際ロボット展2013に参加してきました。近年、機構部品・半導体部品の精度と性能が上がったことが幸いして、ロボットの高速化・高性能化が一段と進んだように感じます。逆に言えば、部品の進歩に支えられているだけで、驚くような新技術は少なく、応用分野も私の現役時代に想定されていたことと大差なく、当時は実現が難しかったことがようやくあちこちで実現されてきた、という印象でした。とくに、食品や医薬品を取り扱うロボット、小型パラレルリンクによる超高速部品ハンドリングロボット、視覚による各種バラ積み部品のハンドリングロボット、高齢者のための介護や自律支援のためのロボット、障害者や高負荷作業用のパワースーツ型ロボットなどの開発が盛んで、会場のあちこちで注目されていました。今回は2足歩行ロボットの展示はほとんどなく、研究開発がより実践的な分野へとシフトしてきている印象でした。
青森・岩手の旅
長距離ドライブに挑戦 2013年10月15-22日
久し振りの長距離ドライブで、青森・岩手を廻ってきました。弘前・五所川原では津軽の伝統芸能に触れ、そのあと浅虫温泉で汗を流し、下北半島を北上して恐山と薬研渓谷を散策。南下して十和田の近代美術館で話題の大作を鑑賞し、八戸のみろく横丁でちょいと一杯。さらに南下して龍泉洞で一休み、そのあと海岸線を南下して津波被害の宮古・山田・大槌・釜石を巡り、その悲惨さを実感。さらに遠野では民話の世界と名物のドブロクを堪能。秋を探しての旅でしたがどこも紅葉にはまだ少し早く、そのため急遽、宮城で鳴子峡に立ち寄って、ようやく紅葉を堪能。7泊8日、総走行距離約2000kmの、良い喜寿記念の旅となりました。ここにそのときの写真を幾つか掲載しています。
日立社友クラブ総会に参加
喜寿祝いを受ける 2013年10月4日
毎年恒例の日立社友クラブの総会が、先日、東京のホテルニューオータニで開催されました。ちょうど今年は喜寿の齢に当るということで、総会の席上、日立から喜寿祝いを頂戴しました。もうそういう年齢になったかと、「光陰矢のごとし」を痛感しています。久し振りに大勢の知人・朋友に会い、楽しいひとときを過ごすことができました。
MVA−2015キックオフ
東京開催を決定 2013年9月29-30日
5月に京都で開催されたMVA-2013国際会議の反省会を兼ねた最終委員会が、熱海聚楽ホテル「月の栖」で開催され、参加してきました。この委員会は、次回会議の概略企画とそのキックオフをも兼ねたもので、議論の結果、MVA-2015国際会議は東京お台場の日本科学未来館で開催することに決定しました。
私自身はもう高齢なので、そろそろこの会議の委員からは外してもらうよう提案しましたが、今までの25年間の実績が買われ、思いがけずもその運営母体であるMVA Organization のLife Fellowという立場を頂戴することになりました。今度は少し外野席からながら、引続きこの会議を応援させていただこうと思っているところです。
終戦記念日特集番組
時を越えたメッセージ 2013年8月15日
戦後、厳寒のシベリアの収容所で抑留されていた山本幡男は、帰国を待たずして病に倒れました。一片の紙切れの所持も許されない中、彼の遺書を何とかして家族に届けてやりたいと考えた仲間たちは、長文の遺書を分担して一言一句漏らさずに記憶。帰国後、分担した部分を書き下ろして日本の家族に次々と届けました。この実話は平成元年に初版発行された辺見じゅん著「収容所から来た遺書」(文芸春秋)で紹介されましたが、今回、フジテレビの番組「アンビリーバボー」で終戦記念日特集として再度紹介されました。この山本幡男は、実は姻戚ながら私のいとこに当たり、番組最初に紹介された隠岐の景勝地「摩天崖」にある顕彰の碑は、私も親族の一員として、その建設の際に僅かですが献金させてもらったものです。番組では、この山本幡男と一緒に写した今は亡き岳父・岳母の若き日の写真も流れました。
 |
 |
当日のTV画面より
後列左から岳母・岳父・山本幡男、前列左から幡男の妻モジミ・母・妹たち |
マシンビジョン国際会議に参加
京都でのIAPR MVA-2013 2013年5月20〜23日
2年毎の恒例の国際会議MVA-2013が、今年は京都で、立命館大学朱雀キャンパスを会場に開催されました。会議には今回も海外から多くの参加者があり、21ヶ国計209名の参加者で大成功でした。初日には、招待講演者やセッションチェアなど、海外からの重要来客を招待してのVIPディナーが、平安京最古の史跡である神泉苑の中の料亭平八で催されました。会の最後には、締めのご挨拶もさせていただき、楽しい夕べとなりました。
私はもう、この会議の参加者の中では、最長老となってしまいました。一応Advisory委員ではありましたが、運営などはすべて若い委員が立派にやってくれて私としてはもう気楽な身でしたので、ひとり会議を抜け出して長年の懸案だった大原に行き、今回初めて三千院や寂光院を訪れることができました。
国際パターン認識連盟
アドバイザリー委員に就任 2013年4月5日
国際パターン認識連盟(IAPR)の主催するパターン認識国際会議が昨年11月につくばで開催されました。これを機にIAPRの次期運営体制が整い、新執行部が発足しましたが、その新執行部から、このたび私にAdvisory Committee (諮問委員会)委員への再就任が要請されました。
このCommitteeが、IAPRの組織として正式に発足したのは実は2006年のこと、香港での国際会議の際に私にその初代委員長を委任されたのが発端でした。以後2年間、委員長として活動しましたが、その後もさらに2期4年間、委員として継続を要請され、計6年間このCommitteeに関与してきました。今回、つくばでの国際会議を機に、高齢を理由にして一応このCommittee活動に終止符を打つ予定でしたが、今回名前の挙がった全9人の委員候補を見ると、アジアからは私一人であり、また、同じ年齢の米国の知人も継続して委員を引き受けるらしいという話もあって、私としても断ることが難しくなり、結局引き受けることにしました。期間は、2014年にストックホルム(スウェーデン)で開催予定のパターン認識国際会議までの約2年間です。誠心誠意で務めたいと考えていますが、同時に、2年後に向けて後任者を見つけることにも注力したいと考えています。
ご支援のほど、どうぞ宜しくお願いします。
故郷の土地を売却
132年の歴史に終止符 2013年3月12日
昨年暮れに解体した郷里の我が家の跡地は、その後空き地になって放置されていましたが、幸いこの土地を買いたいという人が現われました。そのため、郷里に何度か戻って土地売却の手続きを行い、このたび終了しました。明治14年に私の4代前の祖先が手に入れた小さな土地ではありましたが、以来132年の歴史を経て私の代で終止符を打つことになったものです。上部に大日本帝国政府と印刷された当時の地券が代々相続されてきていましたが、土地を仲介してくれた不動産業者も初めて目にするという代物らしく、是非コピーを欲しいというので喜んで差上げたものでした。そう言われると何だか愛おしい気持ちになり、土地がなくなった今も、その土地を所有していた唯一の証しとして、この明治14年発行の地券の原本だけは大事に保管しておくことに決めました。
日立日研で講演
燃えよ・越えよ・嵐の中に出でよ 2013年2月19日
日立市にある日立製作所の日立研究所から呼ばれ、約20年ぶりにここを訪問して、講演をしてきました。研究所の陣容も大幅に入れ替わり、この研究所でも私のことを知っている人はもう極端に少なくなっているはずですが、思いのほか多くの聴衆がいて、嬉しく思いました。講演タイトルの「燃えよ・越えよ・嵐の中に出でよ」は、私が現役時代に、研究開発の途上で挫けそうになる自分を鼓舞し、自身の努力する才能を磨くために、絶えず復誦してきた言葉であり、研究者の持つべき気概の一つとして私の心に定着してきた自作の言葉です。今回はこれを代表タイトルに選び、長い研究者人生で学んできたことを例を交えてお話しました。今回も、歳のせいか、昔みたいに流暢な講演ではなかったと思いますが、おおむね好評だったようです。 講演後は、所長、副所長、企画室長らと同所のクラブで会食し、昔話や研究談で盛り上がって、お蔭様で大変楽しい一日となりました。お世話いただいた関係者の皆様、聴衆の皆様、有難うございました。
市の景観計画を議論
景観まちづくりの基本方針 2013年2月16日〜17日
私の住んでいる市は、景観計画区域の指定を受け、その中でも私の街は景観形成重点地区に指定される運びとなっています。そのため市では、現在、景観計画を策定しており、このたびその説明会が開催されました。この計画は、「市民が誇りと愛着を感じられるような景観形成」を推進するための市の基本計画であり、説明会は、市民の意見を聴取するために開催されたものです。私も住民の一人としてこの会合に参加し、建築物の高度規制の必要性、広告物のあり方、景観まちづくりに向けて住民の民度を高めるための方策などを提言してきました。今後の基本計画に反映されるよう期待しているところです。
故郷の生家を解体
築100年の懐かしの我が家 2012年12月17日〜20日
越前市(旧武生市)にある私の生家は、ここ7年ほど無人のままで放置されていましたが、本年で築後100年となり、老朽化も激しくなってきたため取壊すことにしました。毎年1〜2回は帰省して利用していましたが、次第に不便さを感じるようになり、思い切って解体することにしたものです。2011年の東日本大震災の直後には、地震酔いのケアのために2週間ほど滞在するなど、それなりに利用価値はありましたし、「埴生の宿」とはいえ故郷の「懐かしの我が家」ですし、両親から相続した遺産でもありましたので、形が無くなるのは忍びないものがありました。でも私自身がすでに高齢の身でもあるので、身辺整理の一環として一大決心をしたわけです。最後に見てからもう65年ほど見たことのなかった石積みの枯れた古井戸が、改装した部分の床下から顔を出し、深い感慨に浸ったものです。工事の最終日には雪もちらつき、感傷的にならざるを得ませんでした。私を育んでくれた懐かしの我が家、長い間、有難う。
国際会議ICPRを開催
34年振りに「つくば」で 2012年11月11日〜15日
我が国のパターン認識分野の研究者の長年の悲願でもあった国際パターン認識連盟(IAPR)のパターン認識国際会議(ICPR-2012)が、34年振りに日本のつくば市で開催されました。これは、1978年の京都での第4回会議に続く2回目、第21回会議であり、最近のこの分野の著しい発展を反映して、参加者は世界40数ヶ国から1100名を越えました。
初日には、市民公開講座のほか、各種のワークショップ、コンテスト、チュートリアルが開催され、また夕刻から開催された歓迎レセプションでは、世界の友人たちと久し振りに会い、旧交を温めることができました。2日目からが本会議で、開会式ではK.S.Fu賞などの表彰式と特別講演が続き、さらに一般セッション、ポスターセッションが続いて、数多くの論文が発表されました。夕刻からは、この会議の開催に際して大きな貢献をされた方々を招待してのVIP夕食会が、近くの料亭「山水亭」で開催され、海外からの賓客にとっては珍しい日本料理のフルコースを私も一緒に楽しみました。さらに4日目の夕刻は、ホテル東雲を会場に、ICPR恒例のバンケットが持たれ、各賞の授与式、フェローの授与式とともに余興の琴や太鼓の演奏などもあり、賑やかで楽しいひとときを過ごしました。
この会議期間中、会場ではボランティアによる書道・着付け・そろばんなど、日本の文化の紹介行事もあり、また、街歩きや筑波山へのミニ旅行も行われ、海外からの参加者に大変喜ばれたようでした。また、会議後のツアーとして、産総研と筑波大学を廻るテクニカルツアー、日光への日帰りバスツアーも実施されました。
開催が決定してから今日にいたるほぼ4年間、私もこのICPR-2012のアドバイザリー委員として活動し、若い方々と一緒に議論してきました。また最近の2年間は、IAPRのアドバイザリー委員、IAPRのノミネーティング委員としても活動して来ましたが、今回のこの会議をもってこれらの任務をすべて終了することになりました。この間、いろいろとご支援いただいた皆様に、ここに厚く感謝申し上げます。
市民公開講座を開催
パターン認識について 2012年11月11日
つくばでの第21回パターン認識国際会議の前座として、パターン認識についての市民公開講座がつくば国際会議場で開催されました。私もこの国際会議の実行委員の一人として、私の居住する市と市の教育委員会から、この市民公開講座への後援を戴いたり、市内各中学校の校長先生にお願いして生徒全員にチラシを配るなど、お手伝いをさせていただきました。かなりの市民に参加していただき、成功裡に終了しました。私たちのやってきた研究分野の様子を、若い人たちに理解していただけたようで、嬉しく思っています。参加された皆様、ご苦労様でした。
日本大学生産工学部で講義
視覚技術の開拓とその産業応用 2012年10月30日
久し振りに大学で講義をしてきました。私の機研時代にご一緒だった日本大学
生産工学部の松島教授から依頼を受けたもので、演題は「視覚技術の開拓とその産業応用」、副題は「私の研究遍歴と若い諸君への提言」というものでした。私は、半世紀もの長い間、必殺仕掛人を標榜して「ロボットと視覚技術」を中心とした多様な研究開発に携わってきましたが、そこは常に混沌の世界であり、混沌から珠玉を生み出すための戦場でもあったように思います。この講義では、そのような私の研究遍歴の中でもとくに思い出に残る幾つかの研究開発事例を紹介し、その時々で何を考え、何に苦労し、どう解決してきたかについて説明するとともに、この間に学んだ技術者としての心構えなどを、若い学生諸君への提言としてお話ししました。学生の皆さんからの反響も大きかったようで、一安心です。講義の後、機械工学科の先生方とご一緒の懇親会が持たれ、暖かいおもてなしをいただきました。若い学生の皆さんや気鋭の先生方にお会いし、久し振りに若返ったような、新鮮で爽快な気分を味わいました。ありがとうございました。
IAPR Newsletter に回顧録を掲載
私の研究活動・IAPR活動について 2012年8月20日
国際パターン認識連盟IAPRから依頼を受け、私の研究活動・IAPR活動についての回顧録を執筆していましたが、このたびその記事が掲載された
Newsletter (Vol.34, No,3, July-August, 2012) が発行されました。Getting
to knowというシリーズ記事で、毎回IAPRのFellow を紹介するもの。タイトルはReminiscences
of my Machine Vision Research and IAPR Activities というもので、目次のリード文には
Dr. Masakazu Ejiri, IAPR Fellow, discusses his machine vision research
and affiliation with the IAPR. とあります。本文を以下に再掲しますのでご覧下さい。なお、原文は以下のURLにありますのでご参考まで。
[HTML] http://www.iapr.org/members/newsletter/Newsletter12-03/
[PDF] http://www.iapr.org/docs/newsletter-2012-03.pdf
日立中研で講演
着眼大局・着手多局 2012年6月18日
古巣の日立中央研究所から呼ばれて、約10年ぶりに講演をしてきました。10年一昔、陣容も大幅に入れ替わり、私のことを知っている人はもう極端に少なくなっているはずだから、聴衆も少ないだろうと思っていましたが、思いのほか多くの聴衆がいて講堂が満杯。知った顔もちらほらいて、嬉しく思いました。講演タイトルの「着眼大局・着手多局」は、伝説の将棋名人
升田幸三氏(故人)が40年以上もの昔に同じ中研の同じ会場で講演されたときの講演題目「着眼大局・着手小局」から着想し、爾来、研究開発の理想像の一つとして私の心に定着してきた言葉です。今回はこれを代表タイトルに選び、長い技術者人生で学んできたことを例を交えてお話しました。歳のせいとは思いますが、昔みたいに言葉が流暢には出て来ず、聞きにくい講演であった可能性もありますが、おおむね好評だったようです。 講演後は、所長、センター長、主管研究長らと同所のクラブで会食し、昔話に大いに花を咲かせ、お蔭様で大変楽しい一日となりました。
ベトナムへの旅が実現
ハロン湾の風景を堪能 2012年5月15日
いつか行きたいと思っていた国「ベトナム」を今回初めて旅することが出来ました。まずホーチミン市(昔のサイゴン市)に飛び、そのあと首都ハノイを訪問。メコン川の密林の中の川くだりや、ハロン湾の6時間クルーズなどを楽しみました。また、ベトナム戦争当時の状況を展示する戦争証跡博物館や、建国の父と崇められているホーチミン氏の遺体を安置したホーチミン廟を訪れ、遺体とも対面してきました。海の桂林とも呼ばれるハロン湾では、ティートップ島に上陸し、足腰を心配して最初は尻込みしていた400段の階段を一人で一気に登って、山頂からの360°の眺望を楽しむことができました。
なお、ベトナムで撮影したいくつかの写真をここに掲載しました。
研究開発小史
『ロボットと視覚技術」完成 2012年4月20日
(株)日立製作所の創業100周年を機に、私が顧問を務める日立返仁会で計画されてきた研究開発小史の発刊は、先の東日本大震災の影響もあって大幅に遅延しましたが、今回ようやく第2巻が完成しました。この巻には、若い人達と一緒に纏めてきた「ロボットと視覚技術」が掲載されています。私自身が開拓してきた分野についての過去半世紀にわたる歴史であり、実に感慨深いものがあります。
初めての経験
市議選で応援演説 2012年2月5日
私の住む市で、市議会議員の選挙が行われました。私が当地に引越してきて以来、自治会設立などの際にいろいろとお世話になったある市議会議員が今回も立候補されるということになり、依頼を受けて今回、その「出陣式」で挨拶と応援演説をしてきました。人生初めての経験で、まさかこのような政治の世界のお手伝いをしようとは! まさに、思ってもみなかった事態が発生したわけです。いい経験になりました。
MVA国際会議の次期計画
舘山寺での委員会に参加 2012年1月22-23日
昨年奈良で開催されたMVA国際会議MVA-2011の反省会を兼ね、関東・関西の中間地点である舘山寺温泉にてMVA委員会が開催されましたので、出席してきました。会議では、前回の反省事項の整理と今後への指針が話し合われ、次回のMVA-2013を2013年5月21-23日に京都で開催することが決定しました。
私としてはこの委員会を、長いMVA活動の(私にとっての)最終の委員会と位置付けていました。多分これを最後に、このMVAの運営からは足を洗わせてもらうことになる、と思われます。委員の皆様の長い年月にわたるお付き合い、ありがとうございました。でももし今の健康状況が続けば、次回京都の会議にも、遊びがてら参加させていただくことになるのかも知れません。その節はどうぞ宜しく。
自治会創設5周年
広報紙の発行に感謝状 2012年1月7日、
私の住む街は、つくばエクスプレスの開通を機に開拓された新興住宅地で、住民は皆、新しく転入してきた者ばかりです。この新しい街で、私が初代役員の一人(副会長)として自治会の創設に関わりましたが、会則を制定したり、班分けをしてゴミ集積所の掃除の輪番制を確立するなど、初代役員は結構大変だったことを思い出します。とくに新住民のための広報紙の必要性を痛感し、陽光台ニュースという小新聞を創刊しました。以来、役員の任期が終了してからも、要請されて広報紙発行だけは私が継続して担当してきました。
爾来、5年以上の歳月が流れ、月刊のこの広報紙も既に第64号に達しました。今回、自治会主催の懇親行事として新春もちつき大会が開催されましたが、これは自治会創立5周年記念と銘打ったもので、席上、長年にわたる広報紙の発行に対して感謝状を頂きました。私には事前連絡なしで現役員が準備していたらしく、驚くと同時に、住民の皆さんがこの広報紙を毎月心待ちにしてくれていることを知り、大変嬉しく思いました。以下にそのときの感謝状と、広報紙のサンプルを紹介します。昨暮に発行した写真による1年間の総集編と、今年の1月1日号です。今後も、健康である限り、さらに住みよい街づくりのために、発行を継続して行きたいと思っています。

自治会からの感謝状 |
|
 |
|
 |
|
|
2011年総集編 |
|
2012年1月1日号 |
人工知能の歴史に足跡
Nils Nilssonの歴史書に掲載 2011年11月4日
この日、会社のOB会で久し振りに会った友人から、私のこと、私の仕事のことが紹介されている本があることを初めて知らされました。1年ほど前にCambridge
University Pressから発行された英文の歴史書で、著者は私も40年ほど前に何度か会ったことのあるStanford
UniversityのProf. Nils Nilssonであり、本の名は“The Quest for Artificial
Intelligence” (人工知能の探求)というもの。副題には“A History of Ideas
and Achievements”(着想と達成の歴史)とあり、どうやら今までの世界の著名な研究成果を網羅した歴史書のような感じでした。早速該当部分のコピーを送ってもらい、また本の発注も済ませました。そして11月18日、Amazonに発注していた本が到着しました。
そこの第10章 "Hand-Eye" Research という章は、10.1 At MIT、10.2 At Stanford、10.3 In Japan、10.4 Edinburgh's "FREDDY" という4つの節からなり、この10.3節で、私の名や、私が1970年に開発したHIVIPという名称の人工知能ロボットが、当時の装置写真とともに紹介されていました。どうやらこの写真は、翌1971年開催の人工知能国際会議(ロンドン)での私の発表論文から引用されたようです。思い掛けない紹介でもあり、何か歴史に足跡を残せたような気もして、嬉しく思っています。当時は、この4つが、世界の人工知能ロボット研究のメッカでした。ただ、10.3節には、私のグループの研究の紹介があるだけで、当時の電総研(現、産総研)の研究については何も語られていないのがちょっと腑に落ちません。推測するに、当時の研究での斬新性や完成度などに、海外から見て何か差があったのかも知れません。 なお、掲載された英文を以下に示します(図面は省略)。
Hand-eye work was also being pursued at Hitachi's Central Research Laboratory
in Tokyo. There, Masakazu Ejiri and colleagues developed a robot system
called HIVIP consisting of three subsystems called EYE, BRAIN, and HAND.
(See Fig. 10.4.) One of EYE's two television cameras looked at a plan
drawing depicting an assembry of blocks. The other camera looked at some
blocks on a table. Then, BRAIN figured out how to pick up and assemble
the blocks as specified in the drawing, and HAND did the assembly.13
計測自動制御学会(SICE)
創立50周年式典で表彰を受ける 2011年9月15日
20代、30代の若い頃、私の学術活動の舞台としていた計測自動制御学会(SICE)が、本年で創立50周年を迎え、その記念式典が早稲田大学の井深大記念ホールで開催されました。私はその創立当初からの会員であったため、このたび招待され、50年会員として表彰されました。その表彰状と記念のメダルを写真に示しました。
この学会は、機械工学を勉強してきた大学卒業直後の私にとって、未知の分野であった自動制御への志を、暖かく育ててくれた学会。私自身もここに、のちに博士論文へと繋がる10編ほどの学術論文を提出しましたが、そのうちの2つが学術論文賞を受賞できたことも、その後の技術者としてのキャリア形成にとって大きな出来事であり、大きな想い出になっています。40代以降は、学術活動の場を別の学会や国際学会に移しましたので、この学会に対する私の貢献はその後あまり大きくはありませんでしたが、それでも10年前の創立40周年のときには、日本ロボット学会の会長として、その式典に招かれて祝辞を述べさせてもらったこともありましたし、学会誌に横断型科学技術に関する寄稿をさせてもらったこともありました。これらも大きな想い出となっています。
計測自動制御学会の、次の50年に向けた輝かしい発展と、日本の学術界・産業界への従来にも増した大きな貢献を祈念しています。
マシンビジョン国際会議に参加
奈良100年会館で開催、大成功 2011年6月13-15日
2年毎の恒例の国際会議MVA-2011が、今年は奈良で開催されました。初日には海外からの賓客を招待してのVIPディナーが催され、冒頭、英語により、歓迎の挨拶と乾杯の音頭をとらせていただきました。東日本大震災とその後の福島原発事故の影響で、一時、開催が危ぶまれたときもありましたが、日本の実行委員会の熱意が伝わって、海外からも多くの参加があり、計200名強の参加者で大成功でした。
そのあと私は京都を訪ねて新緑の古寺を巡礼し、そのあとさらに郷里の越前に足を伸ばして、高校時代の同窓生との会を楽しみ、一週間の楽しい旅を終えました。
日立工業専門学院で講義
「視覚認識技術の開拓」 2011年5月30日
(株)日立製作所の各事業所から選抜された若手技術者に高度の専門教育を行う日立工業専門学院(略称:日工専)で、昨年に続く第2弾の講義を行いました。グローバル化に対応できる人材の養成を目指したもので、昨年同様、「視覚認識技術の開拓」というタイトルでしたが、内容は少し変更してみました。今回もおおむね好評だったようです。東日本大震災の後遺症が残る構内でしたが、鋭意復旧中であり、学生の皆さんも元気で勉学に励んでおられる様子が伺われ、安心しました。
未曾有の大地震・津波が襲う
東日本大震災 2011年3月11日
当日、私は家で書き物をしていました。大きな揺れを感じて、家内に声を掛けて外に出ました。揺れが長く継続しているのに、外には誰も出てきません。大きな声で近隣に声を掛けたところ、すぐに隣の家族が青い顔で飛び出てきました。感心したことに、小学生の子ども2人はリュックを背負っていました。中には当面の食糧(チョコ、蜜柑など)を入れていたようです。続いて別の家からも飛び出てきました。聞くとテーブルの下で震えていたとのこと。皆で励ましあいました。ちょうど車で帰ってきた人も、道路に凹凸が出来ていて怖かったということでした。娘が学校から帰らないと、あわてて学校に向かった人もいました。我が家はゆさゆさと揺れ、車庫の屋根は波打ち、そこの2台の車が左右に同期して揺れていました。近隣の人に、この程度なら大丈夫と話しつつも、ちょっと恐怖でした。暫くして家に入ったら、私の部屋の本箱が壁から離れ、30センチも横滑りし、本やCDが床に散乱、足の踏み場もありませんでした。床置きの空気清浄機は倒れ、額は斜めに、ロボット学会フェロー楯は手摺りを乗り越えて2階から1階に落下。植木鉢は倒れて土が床にばら撒かれ、戸棚の茶碗は幸い自動ロックされて無事でしたが、そのロックの外し方が分からず、説明書を仕舞っていた納戸を開けようとしたら、中の荷物がドアの開閉を阻害。隙間からドアのうしろのものを少しずつ取り除いて開け、説明書を見つけて、やっと自動ロックを解除した次第。
当日は、交通遮断で帰宅できない人が多く、心細がっていた隣家一家を招き、夕食を作り、夜10時頃まで我が家に滞在させました。次々と来る余震の大きさを、その昔、福井地震で味わった感覚で判断しながら、いつでも外に出られる体制で過ごしました。近隣の人達には、この夜は服のまま休むよう指示。また風呂は沸かさぬよう指示。当時、近隣で成年男子(といっても老人ですけど)は私一人でしたので、随分と心強く思われたようです。電気系統がおかしくなった近隣の家々の電力復旧にも従事。父親を恋しがる隣家の子どもたちをつれて、少し余震が落ちついた夜9時頃に、散歩を兼ねて駅員に現状を聞こうとTX駅まで行きましたが、駅にはこの時間もうシャッターが下り、本日は動きませんとの張り紙。子どもたちも諦めたようでした。
以上、当日の我が家の様子でした。
日立インフォメーションアカデミーで講演
素敵に生きる・知的に生きる 2011年3月3日
日立の人材育成事業を担う(株)日立インフォメーションアカデミーは、社内に限らず、社外にも開かれた多彩な研修企画を用意し、各企業の人材育成に貢献しているユニークな会社です。今回、この会社の講師・企画担当者・マネージャー向けに、依頼を受けて講演をしてきました。いわば人材育成のプロに対する講演でしたので、何を話すか随分迷いましたが、「素敵に生きる・知的に生きる」という主タイトルで、「長い技術者人生を支えてきた大切なこと」について話し、私の技術者教育に関する持論を展開してきました。参加者の皆さんにはかなりの好評をいただいたようで、嬉しく思っています。終了後、松井社長、徳永・井倉・寺崎
各部長、吉田上席インストラクタの皆様と会食する機会もあり、美味しい料理とともに、久方ぶりに「懐かしい日立の雰囲気」を堪能させていただきました。ありがとうございました。
徳島のセミナーで講演
県立工業技術センターにて 2011年2月28日
財団法人 とくしま産業振興機構の地域企業立地促進事業の一環としてセミナーが開催され、依頼を受けて徳島県立工業技術センターで講演をしてきました。私が過去に徳島大学の非常勤講師をしていたのが縁で、大恵俊一郎先生(徳島大学名誉教授)からのご紹介で実現したものです。講演題目は「視覚技術の産業応用 ―過去の事例に学ぶ実用化のかんどころ― 」というものでした。画像処理は今では簡単な技術となってはきましたが、その実用化となるとまだ多くの苦難が伴い、途中で躓く例も多いのが事実です。それで、過去の私の経験から、実用化の際の押さえるべき「かんどころ」を伝授しようというものでした。参加者の皆様にはかなり好評だったようで一安心です。
新年賀詞交歓会に出席
日本ロボット工業会などが主催 2011年1月12日
ロボット関連3団体(社団法人 日本ロボット工業会、財団法人 製造科学技術センター、財団法人
マイクロマシンセンター)の合同の新年賀詞交歓会が、東京プリンスホテルで開催され、招待を受けて出席してきました。工業界や学界の知友が数多く集まり、久しぶりに懇談できました。昨年度はロボット分野のビジネスも上向いたようで、参加者の間には、さらに今年こそという意気込みが感じられました。現役の皆さんに今年も大いに頑張っていただきたい気持ちで一杯です。
国際パターン認識連盟から
推薦委員・諮問委員に就任要請 2010年9月30日、10月6日、12月10日
国際パターン認識連盟(IAPR)の主催するパターン認識国際会議が8月にトルコのイスタンブールで開催され、IAPRの新しい運営体制が発足しました。私は今回の会議には残念ながら出席できませんでしたが、この会議の際に開催されたExCo(執行委員会)で、Nominating
Committee(推薦委員会)の委員として私の名前が上がったということで連絡があり、就任が要請されました。期間は、現在から、2012年つくばで予定された国際会議までの2年間。この委員会は、つくば以後の2年間の新会長などの人事を推薦決定する重要な役割ですが、私としては辞退したり拒否したりする理由は何もないので、引き受ける方向で連絡しました。このあと、各加盟国代表による承認投票があって最終決定されることになります。決まれば、誠心誠意で務めたいと考えています。
また数日後、今度はこの連盟の会長から直々のメールがあり、Advisory Committee (諮問委員会)の委員への就任も併せて依頼されました。これも断る理由はなく、就任受諾の連絡をしました。
追記: その後12月になって、各加盟国の承認投票が終わり、正式にこの二つの委員に就任することが確定しました。これからの2年間、またエクサイティングな議論を展開して、この連盟の発展に向けて貢献していきたいと思います。
国勢調査に協力
地域貢献の一環として 2010年9月1日〜10月31日
秋の国勢調査に際し、私の住む市では人手が不足。そのため市からの要請で国勢調査員を引き受けることにし、過日、その第1回打ち合わせがありました。私もそろそろ地域貢献をすべき年代かなと思っていた矢先の依頼でしたので、あまり深く理解もせずに引き受けてしまった次第。この国勢調査員は非常勤の国家公務員ということだそうで、総務大臣からの委任状を貰いました。どうやら相当労力の要る仕事のようで、これから暫く、大変な時期を迎えそうですが、市と国に協力し、頑張ってこの初めての職務を全うしたいと考えています。
追記: 1ヶ月間の作業が終了しました。出来得る最大限の努力をしましたが、それでも問題山積でした。私の受け持ち区は全180戸で、そのうち一般住宅は9軒のみ。あとはすべて集合住宅。早朝出勤・夜間に帰宅という若い人が多く、なかなか会うのが大変でした。調査手法そのものにも大きな課題があり、矛盾含みです。例えば、@ある程度の住民情報は既に市にデータとしてあるのにそれが有効活用できないこと(住民の姓すら分からないこと、姓だけでも分かっていればもっと効果的な調査が可能)、A集合住宅では、1軒訪ねても、その隣を訪ねるのに一旦外に出て、あらためてまた呼び鈴で連絡しなければならないこと、などです。5年後には制度を含め、抜本改革が必要であることを実感しました。同時に、今までの調査員のご苦労が実感として分かり、深く敬意を表したい気持ちで一杯になりました。
日立工業専門学院で講義
「視覚認識技術の開拓」 2010年9月6日
(株)日立製作所の各事業所から選抜された若手技術者に高度の専門教育を行う日立工業専門学院(略称:日工専)で、人文社会科学の講義「世界を知り、日本を知り、人間を知る」の一環として、「視覚認識技術の開拓」について講義を行いました。私自身が過去にどういうマインドで仕事をしてきたかを中心に私の研究遍歴を説明するとともに、若い後輩諸君への提言として、期待される技術者像や資源たりうる人に向けた技術者の心構えについて話し、おおむね好評だったようです。
研究開発小史
「ロボットと視覚技術」 2010年8月8日
(株)日立製作所が本年、創業100周年を迎えたのを機に、私が顧問を務める日立返仁会では、幾つかの技術分野について、日立における今までの研究開発の歴史を纏めることになりました。私も、私自身が開拓してきた「ロボットと視覚技術」の分野について、現役の若い人達と一緒に過去半世紀にわたる研究開発の小史を纏めることになり、多くの昔の仲間たちに連絡をとりつつ、今日まで作業を進めてきました。その結果、今回原稿が出来上がり、上梓の手続きを終えました。
中央大学で講義
「センサー融合とメカトロニクス」 2010年7月12日
久しぶりに大学で授業をしました。中央大学理工学部での電気電子情報通信工学概論という1年生を対象とした講義で、「センサー融合とメカトロニクス」というタイトルで話をしました。技術開発の話に加え、「若い諸君への提言」ということで、新しく学生生活を始めた若い人達に、将来の技術者としての心構えなど、未来社会への期待や希望を抱かせる内容としました。理解してもらえたかどうか心配でしたが、宿題として課したレポートを読んだところ、皆さん良く理解してくれ、また、今後の日本を背負う技術者として心構えを新たにしてくれたようで、私としても大変嬉しく思いました。レポートは、日本語・英語・独語・仏語・スペイン語・中国語・韓国語のいずれで書いても良いと指示しましたが、素晴らしい英語で書いてきた日本人、素晴らしい日本語で書いてきた留学生もいて、私にとっても楽しい経験となりました。中央大学の学生の皆さん、今後の学業でのご健闘を祈念しています。
自伝「素敵に生きる・知的に生きる」
―わが技術者人生の記録― 2010年4月15日
半世紀50年にわたる技術者生活の節目を迎え、このたび自己の半生を振り返った自叙伝「素敵に生きる・知的に生きる ―わが技術者人生の記録―」を制作しました。とくに読んでもらいたいという特定の人がいたわけでもなく、単に自分の記録としての取りまとめでしたが、こうやって出来てみると、それなりに満足感一入です。残された次の半生に向けての新たな第一歩として、いいスタートが切れたという感じもしています。既にかなりの年輪を重ねてきた今、これからどの程度の健康が保てるのか、一抹の不安はあるものの、初心に戻ってもう一度頑張っていけたら、と願っています。

日本ロボット学会
アドバイザリーボード 2010年4月2日
日本ロボット学会のアドバイザリー・ボード委員会が開催され、学会運営の現状や将来ビジョンについて議論しました。この委員会は、過去の会長・副会長が委員となり、現在の学会運営体制に対して助言を行う機関です。今回はとくに、今後の一般社団法人への移行問題について議論があり、定款の改訂など、かなり詳細な検討が行われました。また、最近の趨勢として、論文の英文投稿が主流となりつつあり、今後、日本語論文の重要性が低下する可能性があることが指摘され、それに伴い、英文誌ARの更なる充実と、学会誌論文の位置づけの再検討の必要性が議論されました。
F&M研究会に参加
センシングWebシンポジウム 2010年3月1日
電子情報通信学会のF&M研究専門委員会が、美濃導彦京大教授を代表者とするセンシングWebプロジェクトと共催して、研究会を開催しました。研究会に先立ち、このプロジェクトの実証試験が行われている京都のショッピングモール「新風館」を見学し、監視カメラで撮像される多数の買い物客を、その個人が同定されないよう、モニター上では縦棒として置換表現される様子を拝見しました。公共施設でのユビキタス・コンピューティング、センサー・ネットワーク、ネットワーク・ロボットなどを実現するには、観測されるセンサ情報によって本人が特定できるとプライバシー情報として問題が生じます。そのため、プライバシーを保護しながらセンサー情報をネットワークへと公開可能にする新技術が必要となり、それがこのセンシングWebプロジェクトで検討されてきたわけです。今回の研究会では、このプロジェクトの詳細と、プライバシー問題について、弁護士を交えて議論したものです。なお、F&M委員会では、4月からの新しい体制と年間基本活動計画を決定しました。
学会委員会に参加
MVA委員会とPRMU−FM研究会 2009年12月4-5日、17-18日
5月に開催されたマシンビジョン応用国際会議(MVA)の反省と、次回会議の計画立案を目的に、関東・関西の両方からのアクセスの便を考えて熱海の「あたみ石亭」でMVA委員会が開催されました。議論の結果、次回は2011年に関西地区で開催することが正式に決定されました。また、年末恒例の電子情報通信学会PRMU研究会とF&M研究会との合同研究会が、日光市藤原文化会館(鬼怒川温泉)で開催され、パターン認識分野のグランドチャレンジについて議論されました。F&M委員会では、次回のF&M研究会を3月に京都で開催することと、4月からの新年度の運営体制とが決定されました。
講演要旨が掲載される
武生郷友会誌 第117号 2009年11月7日
昨年11月に武生郷友会で講演した内容が、このたび武生郷友会誌第117号に掲載され、会員に広く配布されました。この会は初代帝国大学総長
渡邉洪基先生の時代から120年以上も続く会で、東京に遊学する郷土出身の若者の育成を目的としたもの。演題は「科学技術立国日本
― ロボット研究者としての経験から」というもので、日ごろの持論を展開したものです。今回の発行で、私にとっても大変思い出になる記録が出来上がりました。ありがとうございました。なお、会誌の写真を以下に示します。会誌表紙の題字は渡邉先生書で、120年も続いてきた字です。この渡邉先生の生家と私の生家とは、約100メートルほどの距離。時代が同じだったら、当然面識があったはずの距離です。

国際パターン認識連盟の歴史を編纂
IAPR諮問委員会として 2009年10月7日
国際パターン認識連盟IAPRのAdvisory Committee委員として、IAPRの歴史を編纂すべく、委員長のHerbert
Freeman教授に協力する形で活動してきました。このたびこの歴史記録が完成し、IAPRのホームページに掲載されました。下記URLをご参照下さい。
http://www.iapr.org/aboutus/history.php
ここには、IAPRの創立から2008年までの約40年にわたる歴史が簡潔明瞭に記載されています。この編纂作業で、すでにほとんど失われかけていた過去の情報が蘇り、記録として永遠に残ることになりました。
F&M研究会を開催
パートナーロボットについて、トヨタ会館で 2009年7月16日
私が委員長を務めてきた電子情報通信学会のフェロー&マスターズ未来技術時限研究専門委員会(略称:F&M研究委員会)では、委員長の引継ぎを兼ねて第21回専門委員会を豊田市のトヨタ会館で開催し、そのあと恒例の研究会を開催しました。委員会で今後の年間計画を議論したあと、研究会ではトヨタ自動車鰍フ高木宗谷氏(パートナーロボット部理事)に、「パートナーロボットとつくる未来のカタチ」と題する講演をお願いし、ロボット技術の未来に向けた有意義な議論を行いました。
夜は名古屋駅前の料理屋に場所を移し、今後の委員会としての取り組み方についてさらに議論を重ねた結果、とくに @情報分野の魅力の向上方策、Aこの分野での女性研究者の活躍に向けた方策、B中学生・高校生への情報学の面白さの伝承方策、などが提案されました。今後さらに方策を練り、F&M研究委員会の重要施策として、何らかの形で実行に移すよう考えています。
|
|
|
 |
|
 |
| トヨタ会館 |
|
トヨタのパートナーロボットの例 |
マシンビジョン応用国際会議
成功裡に終了、慶応大学で 2009年5月20-22日
私も委員を務める国際会議MVA-2009が、慶応大学日吉キャンパスの新装成った協生館で開催され、成功裡に3日間の討議を終了しました。25カ国から200名を越える参会者があり、約100件の論文が発表されました。晩餐会では、恒例の「この10年にもっとも影響を与えた賞」(Most
Influential Paper over the Decade Award) が発表され、5件の受賞者が表彰されました。これは、10年前に開催されたMVA-1998で発表された論文の中から選ばれ、その著者に与えられるもので、私の往年の部下たちもその栄誉に浴しました。会議の様子を以下の写真に示します。
 |
|
 |
| 晩餐会風景 |
|
ポスターセッション風景 |
我が研究の歩み 最終版を完成
続の字が9個連続 2009年4月26日
今まで論文・解説・論説・随筆など、研究者として多くの執筆活動や講演活動をやってきましたが、それらの別刷りがある程度たまると製本して「我が研究の歩み」というタイトルをつけてきました。あまり計画的ではなかったので、出来上がるごとに「続」の字を加えてきましたが、今回「続続続続続続続続続 我が研究の歩み」が完成しました。「続」の字が9個、すなわち第10巻目ということです。私の研究者人生としての執筆・講演活動はこれでほとんど終了しましたので、この製本が最終版ということになります。思えば長い道のりでした。
なお、従来の1〜9巻については、ここに写真を掲げてありますのでご参照下さい。

|
| 我が研究の歩み 最終版 |
| (カーソルを写真の上に乗せてみて下さい) |
横幹連合 産学連携対話会
ロードマップについて講演 2009年3月31日
横幹連合では、産学連携の一環として今回対話会を開催し、「学会横断型アカデミック・ロードマップ」について産業界に説明する機会がありました。横幹連合が傘下の学会の協力を得て2007年度に策定したロードマップと、2008年度に策定したばかりのロードマップについての報告であり、私はこのうち、2007年度分を担当しました。約200頁の成果報告書としてまとめられた広範な内容を短時間で説明するのは至難の業ではありましたが、何とか理解いただけたのではないかと思われます。当日使用した説明資料をここに掲載します。
なお、より良い理解のためには、経済産業省ホームページに掲載された成果報告書も併せて参照いただけると幸いです。
電子情報通信学会 研究会
愛媛大学での総合大会で開催 2009年3月19日
電子情報通信学会の総合大会が愛媛大学で開催されるのに伴い、F&M専門委員会でもその主要行事としてシンポジウムを企画し、一般にも無料公開しました。シンポジウムタイトルは「メディア技術の新たな展開」というもので、NECの渡辺隆夫氏を座長に、音声処理で豊橋技科大の中川聖一氏、言語処理で奈良先端大の松本裕治氏、画像処理で筑波大の大田友一氏に講演をお願いし、そのあと、これら3技術の融合の可能性について有意義な議論が展開されました。
この研究会の直前には、F&M専門委員会を開催して今後の企画と取り組み方について議論しました。私は、2年間の委員長としての任期が満了しましたので、今回の委員会ならびに研究会をもって委員長を退き、白井良明新委員長と交代しました。今まで、いろいろと研究会の企画や実行でご協力いただいた委員の皆様、ありがとうございました。なお、私個人は今後も一委員として継続することになります。
今回は私にとって久しぶりの松山でしたので、会議終了後に松山城を拝見したり、道後温泉にひとときの安らぎを求め、漱石の「坊っちゃん」時代の雰囲気を堪能させていただく機会がありました。
科学技術振興機構 知財委員会
任期満了で専門委員を退任 2009年3月18日
科学技術振興機構(JST)における知的財産委員会の専門委員として、また、その第四専門委員会第一分科会の主査として、計6年間にわたり、大学などから申請される海外特許出願の評価を担当してきましたが、このたび任期満了し、退任しました。この6年間で計70回ほどの定例委員会を開催し、総計1200件以上の特許について海外出願の審査を行った計算になります。情報処理・通信技術・メカトロニクス・医用機器・ソフトウェア・計測機器・光学機器・画像処理・制御技術など、広範な分野を担当し、終始愉快な時間を過ごすことができました。一緒に審査に当たっていただいた委員の皆様、ありがとうございました。
電子情報通信学会 研究会
熊本大学にて、PRMUとF&Mが共催 2008年12月18-19日
年末恒例の電子情報通信学会PRMU研究会とF&M研究会との合同研究会が、熊本大学で開催されました。初日夕刻からは近くの玉名温泉で両研究会幹部が集まった合同委員会が開催され、今後の継続的な協力関係が再確認されました。翌日には熊本大学の会場でF&M研究委員会を開催し、今後の事業企画について議論しました。そのあとPRMU研究会会場では、新しく電子情報通信学会のフェローになられた金子正秀(電通大)、石田亨(京大)両先生のフェロー記念講演を開催し、好評でした。
パターン認識国際会議を開催
タンパにて、晩餐会で歓迎挨拶 2008年12月8-11日
ジェネラルチェアマンとして、この4年間、開催準備を進めてきた第19回パターン認識国際会議(ICPR
2008)が、米国フロリダ州タンパ市のConvention Centerで開催されました。開会前夜にはフロリダ水族館でレセプションがあり、ワイングラス片手に夜の魚類の生態を見物する機会がありました。また開会初日の夕刻には、会議を協賛してくれた南フロリダ大学から学長主催のレセプションに招待され、Judy
Genshaft 学長(女性)から功績賞の楯を頂戴しました。また三日目の夕刻には恒例の晩餐会が行われ、47ヵ国約1000名の参会者を前に、開会宣言と歓迎の挨拶をしました。
ちなみにこの会議での国別参加者数のトップテンは下記のようでした。
| 1位 |
アメリカ |
276名 |
|
6位 |
カナダ |
45名 |
| 2位 |
日本 |
161名 |
|
7位 |
イタリー |
34名 |
| 3位 |
中国 |
102名 |
|
8位 |
スエーデン |
33名 |
| 4位 |
フランス |
83名 |
|
9位 |
オーストラリア |
30名 |
| 5位 |
ドイツ |
64名 |
|
10位 |
イギリス |
29名 |
私はこの会議を、自らの長い研究者・技術者人生の最後の花道と位置付けて準備してきましたが、大成功のうちに終了できたことで今では感慨一入です。ご協力ありがとうございました。
なお次回の第20回ICPR(2010)はイスタンブール(トルコ)に既に決定していますが、次々回の第21回ICPR(2012)の開催が、今回開催された理事会でつくば市(日本)に決まりました。日本開催は1978年第4回京都会議以来2回目、実に34年ぶりということになります。私もこの会議のアドバイザとして、会議開催に協力することになると思われます。皆様のご支援・ご協力も、是非宜しくお願いします。
以下に関連写真を示します。また、会議会場風景を幾つかここに掲示しました。Tampa 市の幾つかの風景写真についてはここをご覧下さい。
 |
|
|
 |
 |
| Genshaft学長(USF)と |
功績賞 |
晩餐会での挨拶 |
晩餐会風景 |
| 写真をクリックすると拡大表示します。 |
|
ICPR 2008ポスター |
講演2件
日立機研と武生郷友会で 2008年11月29, 30日
私の古巣の一つである日立機械研究所からの要請で、とくに私が退任したあとに入社した若い人たち向けに講演をしてきました。講演タイトルは『拝啓
同志 技術者諸君! ― 「自称 放浪の詩人」 からの提言』というもので、研究の哲学、研究者の心構えなどを話題としました。6年前の「自称
必殺仕掛け人」からの提言、5年前の「自称 理系文人」からの提言に次ぐ第3弾でしたが、かなり好評だったようで安心しました。講演後、若い人たちと歓談する機会があり、楽しいひとときが持て、久し振りに心がリフレッシュされました。ありがとうございました。
翌日には武生郷友会から呼ばれ、銀座のフェニックスプラザで講演しました。この会は帝大初代総長渡邉洪基先生の時代から120年以上も続く会で、東京に遊学する郷土出身の若者の育成を目的としたもの。私の高校時代の同窓生
小田貞夫氏(元 NHK解説委員)が理事長を務めています。「科学技術立国日本
― ロボット研究者としての経験から」という演題で日ごろの持論を展開し、長老会員から若手会員まで、広く共感が得られたように感じ、嬉しく思います。ありがとうございました。
IEEE(アメリカ電気電子学会)
ライフフェローに認定される 2008年10月15日
IEEEは、Institute of Electrical and Electronics Engineers の略称であり、もともとアメリカの電気電子学会のことですが、今や世界中の学者・技術者を会員とし、工学分野では世界最大規模の学界組織となっています。私も長年その会員として活動し、1989年にはフェローの称号を授与されていましたが、今回、年齢と会員歴の合計が100を超えるというIEEEの規定に基づき、2009年1月1日付けでライフフェローに認定されることになりました。ライフフェローはその名の通り、終身にわたる称号であり、特典として今後は会費が一切免除されるようです。
日本ロボット学会
名誉会員に推薦される 2008年9月10日
社団法人 日本ロボット学会からこのたび名誉会員へと推挙され、先日行われた第26回学術講演会(於
神戸大学)の際に、表彰を受けました。ロボット分野での先駆的な技術開拓に携わり、この分野の発展に貢献したことと、この日本ロボット学会の会長を務めるなど、学会の運営に大きく寄与したことなどが受賞理由です。大変名誉なことと嬉しく思うと同時に、今後も若い後進の育成など、大きな使命が与えられたものと理解し、一層頑張って行きたいと考えています。
なお、私は会長経験者であるため、学会規定により、「名誉会長」を名乗ることができるようになりました。今後必要に応じて、そう名乗らせていただき、学会ならびにロボット分野の学術の発展に貢献していきたいと思います。
→ 日本ロボット学会ホームページ参照
表彰式
(神戸ポートピア
ホテルにて)
|

表彰楯 |
| 写真をクリックすると拡大表示します。 |
パネル討論を司会
日本シミュレーション学会で 2008年6月19日
日本シミュレーション学会は、シミュレーションの学理と技術に関する研究討論と情報交換を行う学術団体として活動しています。その第27回大会が立命館大学びわこ・くさつキャンパスを会場に開催されました。その特別企画として「アカデミックロードマップとシミュレーション技術の将来展望」が企画され、その中でまず経産省の福田賢一氏の基調講演があり、次いで私の司会によるパネル討論「シミュレーション技術の将来展望 −ロードマップの紹介と人文社会科学分野への展開の可能性−」が開かれました。
昨年度に横幹連合が学会横断型アカデミックロードマップを纏めた際に、日本シミュレーション学会はその中核として「シミュレーション技術のアカデミックロードマップ」を纏められましたが、今回はその成果を会員に周知する目的とともに、今後重要となる社会システムへの展開の可能性を探る目的で開催したものです。人文社会科学分野へのシミュレーション技術の展開を、今後のアカデミックロードマップ策定の柱としていくための先駆的活動として、大変刺激的で有意義なパネル討論が展開されました。
FM研究会を開催
デジタル映像技術のシンポジウム 2008年6月3日
私が委員長を務める電子情報通信学会のフェロー&マスターズ未来技術時限研究専門委員会(略称:FM研究会)では、特別企画として大阪科学技術センターを会場に「デジタル映像革命はどこまで進んだか、これから何が起こるのか」と題するシンポジウムを開催し、大盛況でした。当研究会発足以来、第14回目の研究会でしたが、大阪開催は第1回、第5回に続く2年ぶりの会合でした。当日は情報通信研究機構けいはんな研究所長の榎並和雅氏、松下電器産業(株)の連 努氏の講演のあと、デジタル映像革命の現場検証と題してパネル討論が行われ、大変有意義な会となりました。なお私は、主催者を代表して冒頭にご挨拶をしました。
横幹連合の副会長を退任
永年の活動に一応の終止符 2008年5月14日
横断型基幹科学技術研究団体連合(略称:横幹連合)の副会長として永年活動してきましたが、先日の平成20年度総会を機に退任いたしました。横幹連合発足に向けて議論を開始した2001年秋から数えると実に6年半、副会長としては3年の長期間でした。この間、関係者の皆様のご支援・ご指導で楽しい思い出が一杯出来ました。厚くお礼申し上げます。今後は、別件で多忙な時期を迎えますが、残りの人生、多少自覚してきた老化現象を克服して、もう一働きしたいと考えています。横幹連合には一応の終止符という形ですが、いつの日か、またご縁が生じるかも知れません。ありがとうございました。なお、機関誌「横幹」の最新号(Vol.2,
No.1, April 2008)に掲載した巻頭言をここに掲載します。私の活動を集約して記述しています。
初の学会横断型アカデミック・
ロードマップを策定 2008年3月31日
私が副会長を務めてきた横幹連合が、2007年度に経済産業省から受注して行ってきた「学会横断型アカデミック・ロードマップの作成」事業が過日無事終了し、約200頁の成果報告書としてまとめ、経済産業省へ提出しました。この事業では横幹ロードマップ委員会と4つのワーキンググループを作り、延べ50名の委員(異分野の学者・研究者)が参加して議論してきました。私はこの事業の責任者(横幹ロードマップ委員会委員長)として活動してきましたが、各委員のご協力で無事役目を果たすことができました。この報告書は、わが国最初の学会横断型アカデミック・ロードマップとして、近々、経済産業省から発行される予定です。
福井県立武生高等学校
課外授業の講師を務める 2008年2月15日
福井県越前市にある私の母校 武生高等学校では、毎年、1年生全員を対象に「先輩と語ろう会」という企画を実施しており、武生ロータリークラブを中心とした先輩社会人講師が「課外授業」として協力しておられます。後輩の生徒たちに、仕事への取組み姿勢などの話を通じてアドバイスをしようとする会で、今回は私にも講師として参加要請がありました。まず全体会議にて「私の挑戦人生」というタイトルで「視覚情報処理」について講演させていただき、その後、各クラスに分かれて11名の講師が講義を行いました。私の講義では、人工知能とロボットに関する最先端科学技術について紹介しました。話が多少難しくても、知らない世界が一杯あることを若いうちに知ってもらうことは、私自身の過去の経験からも大変有意義であると思います。当日は若い人たちが、瞳を輝かせて先輩たちの話に聞き入ってくれました。武生高校の生徒の皆さん、未来を信じて頑張ってください!
横幹コンファレンス開催
京都宣言を採択、ロードマップを議論 2007年11月29日
横幹連合は43の学会からなる連合組織ですが、その第2回コンファレンスを紅葉真っ只中の京都にて開催しました。横幹連合は異分野の知の統合を目指したユニークな組織として数多くの活動を展開していますが、今回はイノベーションに向けた横幹連合の立場を明確にするために「京都宣言」を纏めることとし、学会長会議で議論したあと、その内容を私が全体会議にて朗読し、宣言しました。この京都宣言を下記に示します。
(1) 知の統合による社会的・経済的価値の創造
横幹連合は、「コトつくり宣言」を継承して真の知の統合を実現する手法を体系化し、人類が蓄積してきた知を新たな社会的・経済的価値の創造へと活用することによって、イノベーションを推進・加速する。
(2) イノベーションを推進する技術開発マネジメントの確立
横幹連合は、異分野への知の展開を促進する技術開発の的確なマネジメントにより、産業競争力を一層高め、イノベーションをより有効とする方策を、産業界と協力して確立する。
(3)イノベーションに資する横幹科学技術の構築
横幹連合は、科学技術を活用したコトつくりにイノベーションの本質があると認識し、そのあるべき姿の探求を通して、イノベーションに資するさらに高度な横幹科学技術の体系的構築に全力を挙げる。
この他にも、横幹連合は、経産省からの委託によりアカデミック・ロードマップを纏めていますが、今回、その中間成果についての特別セッションを開催し、経産省からも特別講演をお願いしました。この特別セッションでは、自らの発表とともに司会の役割も担って、大忙しながら大変有意義な議論を展開できました。
アガワル博士、金出博士が受賞
大川賞んp授賞式に参列 2007年11月21日
かねてより私が推薦していたテキサス大学オースティン校の盟友J.K. アガワル教授が、カーネギーメロン大学の金出武雄教授とともに、財団法人大川情報通信基金から大川賞を受賞されることになり、過日、その授賞式が東京のANAインターコンチネンタルホテル東京にて開催されました。私もノミネータとして招待され、両教授夫妻らと久し振りに歓談する機会がありました。写真に授賞式の様子を示します。

クリックして拡大 |
ACCV2007で特別講演
アジア・コンピュータビジョン会議 2007年11月20日
アジアを中心とするコンピュータビジョン国際会議ACCV2007が東京大学生産技術研究所で開催されました。その中で、電子情報通信学会のF&M委員会が共催して日本の産業界の研究開発状況を紹介する特別セッション「Vision
Research in Japanese Industry: Yesterday, Today, and Tomorrow 」を企画し、私はその冒頭で"Machine
Vision in Early Days --Japan's Pioneering Contributions -- という演題で講演しました。マシンビジョン研究の発祥1960年代から2000年までの歴史と、その中で日本の産業界が先導した特筆すべき成果について紹介しました。世界の方々に、過去に日本が果たした大きな貢献について、理解を深めてもらう一助になったものと思われます。
こしの都 千五百年プロジェクト
越前市のシンポジウム出演 2007年11月18日
私の郷里でもある福井県越前市で、継体天皇即位1500年を記念して、ものづくりシンポジウムが開催されました。この地域には古くから伝わる伝統工芸品を代表とする「ものづくり」の文化があり、その淵源は、この継体大王と渡来文化との結びつきから始まったといわれています。
シンポジウムの第一部では、須恵器・冠・太刀・古代和紙・古代織物など、往古の匠のものづくりの再現に挑戦した結果が発表されました。引き続く第二部では、越前市出身の4名の技術者がパネル討論を行い、私もその一人として、現代のものづくり、未来への挑戦など、イノベーションに関して議論しました。
翌日の新聞記事をここに掲げます。
最近のロボット技術を講演
山城経営研究所のKAE研究会で 2007年9月27日
故山城章教授(一橋大学)が創設された山城経営研究所では、経営道フォーラムを通して、独自の日本経営を実践するために数多くの企業リーダーを育成されてきました。今回、この山城経営研究所からの要請を受け、そのKAE研究会で講演する機会がありました。ロボット技術についての広範な知識を知りたいとのことで、ロボット技術の創生から現在に至る歴史や重要な成果、さらには将来展望までを約1時間半にわたって講演しました。写真と映像を豊富に使っての講演でしたが、ちょっと時間が足りない感じで、最後のところは少し端折ることになってしまいましたが、概ね好評だったようで一安心しました。参加者は、山城経営研究所の幹部や過去にこの経営道フォーラムを受講された一流企業の経営リーダー達で、講演後の懇親会でも、引き続き参加者と歓談する機会があり、私としても大変得るところの多い会となりました。
FM講演会を開催
第6回情報科学技術シンポジウムで 2007年9月7日
第6回情報科学技術フォーラム(FIT2007)が中京大学で開催され、3日間の日程を成功裡に終了しました。このフォーラムの中で、私が委員長を務める電子情報通信学会のフェロー&マスターズ未来技術時限研究専門委員会(略称:FM研究会)は、特別企画として「良い論文を書くためには、伝わる日本語文章を書くためには」と題する講演会を開催し、大盛況でした。講師は岡田稔教授(早大)と阿部圭一教授(愛知工大)のお二人で、若い研究者にとって大変有意義な講演でした。ちょうど大型台風が関東上陸を狙っていた時期で、私も新幹線がまだ動いているうちに、リュックを背負って普段着姿で急遽名古屋入りし、そのままの姿で壇上から開会の挨拶をさせていただきました。数年前、大雨洪水のために新幹線に27時間閉じ込められた経験があったため、今回は早めに行動を起こしたのが功を奏し、講演会とそのあとの専門委員会に遅れずに済みました。
マシンビジョン国際会議を開催
晩餐会冒頭、高木教授を追悼 2007年5月16〜18日
IAPR Conference on Machine Vision Applications (MVA 2007) が東大生研で開催され、3日間の日程を成功裡に終了しました。これは、隔年に日本で開催されるIAPR(国際パターン認識連盟)の先進的国際会議であり、今回は36ヶ国からの論文応募があり、審査を通った137件の発表がありました。とくに今回は創設以来20年、第10回目という意義深い会合でもあり、また先回開催以降に、本会議の創始者の一人である高木幹雄教授が逝去されたこともあって、いつもとは一味違う会合でした。晩餐会に先立ち、200名強の参加者を前に、私が高木先生追悼のスピーチを行うとともに、今まで永年にわたりMVAの秘書として献身的に努力されてきた3人の方々に、感謝状と記念の品をお渡ししました。
横幹連合の副会長に再任、定常総会で
アカデミック・ロードマップの策定に注力 2007年4月9日
東大 山上会館にて横幹連合の2007年度定常総会が開催され、引き続きその副会長に再任されました。おもに事業、広報、出版部門を担当し、またアカデミック・ロードマップの策定など、横幹連合の将来方向の策定に力を入れます。この総会に先立ち、瀬名秀明先生(SF作家、東北大学機械系特任教授)をお迎えして講演会を開催。また総会に引き続く活動報告会では、その司会役を務めるとともに、横幹ロードマップ委員会の活動体制と活動計画について報告しました。
日本鉄鋼協会シンポジウム
パネルで産学連携について議論 2007年3月29日
日本鉄鋼協会の社会鉄鋼工学部会Fフォーラムが主催して、シンポジウム「鉄鋼研究をキーテクノロジーとしたイノベーション―他分野との融合による新しい価値の創造を図る」が開催されました。私は、横幹連合副会長の立場で、「異分野の知の統合を目指す横幹連合の取り組み」と題してパネル討論に参加しました。今後のイノベーションには、異分野の知の融合・統合が必然であり、それによって初めて真のイノベーションが達成可能であることを主張し、横幹連合の活動事例を紹介しました。
日本ロボット学会へ提言
アドバイザリ・ボード委員会で 2007年3月26日
日本ロボット学会のアドバイザリ・ボード委員会が開催され、学会運営の現状や将来ビジョンについて議論しました。この委員会は、過去の会長・副会長が委員となり、現在の学会運営体制に対して助言を行う機関です。学会創立以来、20数年が経過し、ロボット学はすでに多くの国民に広い関心を集めるところまで来ていますが、「面白さ」が前面に出過ぎて、「学」としての体系化が今一つという課題が指摘されました。会員の興味も学会誌での取り扱いも、かなり狭い分野に限定されているきらいがあり、今後、「多様性」をキーワードに、さらに活動の範囲を広げる努力が必要との指摘など、活発な議論と提言がなされました。
横幹連合総合シンポジウム
パネルでロードマップを議論 2006年12月1〜2日
横幹連合の第1回総合シンポジウムが東京田町のキャンパス・イノベーションセンターで開催されました。私は「異分野技術の融合」に関するパネル討論にパネリストとして参加し、横幹連合の取り組みに関して話しました。横幹連合では、まずは4つの会員学会を中心に4種のワーキンググループを作り、他の幾つかの会員学会の協力のもと、それぞれに30年後の未来社会に向けたアカデミック・ロードマップを作成していくこととしています。そのための基本的な考え方と方策について説明しました。前途に幾多の困難が待ち受けているとは思いますが、地道に努力していくことで、今後の横幹とその会員学会の行動の「道標」、「拠りどころ」となるような、いいアカデミック・ロードマップを作りたいものです。
倫理綱領の原案を策定
国際パターン認識連盟の新規範 2006年11月27日
国際パターン認識連盟IAPRからの要請を受け、私が委員長を務めるIAPR諮問委員会では、世界の会員の行動規範となる倫理綱領を策定すべく、議論を続けてきました。その原案が纏まり、過日、IAPR会長に答申しました。原案は二種類からなり、一つは会員全般を対象とするもの、もう一つは論文の著者を対象とするものです。このうち会員全般を対象とする倫理綱領は、できるだけシンプルなものにすべく、下記のようにしました。
IAPR Statement of Ethics (for IAPR members in general)
We, the members of the IAPR and its member societies, commit ourselves
to the highest ethical and professional conduct and declare that:
1 We faithfully perform our work by paying utmost attention to the safety,
health, and welfare of the public throughout the world and never endanger
the public or the environment in which we live;
2 We faithfully and honestly disclose the results of our work by fully
acknowledging, respecting, and crediting the contributions of others;
3 We faithfully accept criticism of our work and correct errors whenever
necessary to avoid misleading others in their future work and to avoid
damaging others and their reputations.
FMシンポジウムで講演
日本を先導した研究開発 2006年11月13日
電子情報通信学会フェロー&マスターズ研究会が主催して、「がんばれニッポン、がんばれ日本の研究開発!」というタイトルのシンポジウムが開催されました。その副題に「〜パソコンも携帯メールもなかったあの頃の高い志を、再び〜」とあるように、日本を先導した「半導体」「計算機」「パターン情報処理」の3分野について、温故知新の精神でその歴史を学び、今後の日本の方向付けを行おうとするシンポジウムでした。3名の先達による基調講演のあと、日本を代表する著名研究所の現役所長らによるパネル討論が行われ、今後の日本にとって何が重要か、どうすれば日本の研究開発が再び活力を取り戻せるか、などについて意見を交換しました。私はこの3名の基調講演者の一人として「パターン情報処理」を担当し、その過去・現在と、若い世代への期待について話しました。
「ロボット野郎の会」に参加
ロボット日本の基礎を作った同志たち 2006年10月15日
1970年代から1980年代に掛け、各企業が競って産業用ロボットの開発にしのぎを削った結果、日本のロボット技術の確固たる基礎が出来上がり、現在ではロボット王国とまで言われるようになりました。当時、各企業を代表して熾烈な競争を演じるかたわら、一方では所属企業を超越し、協調してロボット技術の標準化や安全規格の策定などに従事した企業戦士と、その先導役を担った公共研究機関・大学の仲間たちが、すでに第一線を退いた今、昔を懐かしんで「ロボット野郎の会」を結成。今回その第5回目の会合が東京西大井で開催され、昔話に花を咲かせました。人間に危害を加えないというアシモフのロボット三原則から外れようとしている無人ロボットヘリなどの戦場投入のニュース映像を見つつ、ロボット技術の健全な将来に向け、思いを馳せた会合でした。私は今回が初参加、懐かしい昔の友人に何十年振りかで会い、楽しいひとときを過ごすことができました。幹事の皆様、ありがとうございました。
国際パターン認識連盟
諮問委員会委員長に就任 2006年10月1日〜
国際パターン認識連盟IAPRは、その常設組織の一つとして諮問委員会(Advisory
Committee)の設置を決めました。このたび会長(Dr. Tomble 氏)からの特別な依頼があり、この新設委員会の初代委員長に就任することになりました。これから2年間、活動します。この委員会は、私を含め、過去にこの連盟の会長・副会長などの役員を経験した数名の長老から構成され、IAPRの活動方針や将来方向について、現執行役員会(Executive
Committee) への助言を行ないます。委員は下記の通り。
Masakazu Ejiri (chair)、J. K. Aggarwal、Gunilla Borgefors、Herbert Freeman
Thomas Huang、Rangachar Kasturi、Gabriella Sanniti di Baja、Ching
Y. Suen
パターン認識国際会議
ICPR-2006(香港)に参加 2006年8月21日〜24日
2年ごとのパターン認識国際会議ICPR-2006が、過日、「香港會議展覧中心」を会場に開催され、50ヶ国から1,071名の参加者がありました。会議3日目の夜に開催される恒例の晩餐会では、2年後に予定された次回
ICPR-2008 (アメリカ フロリダ州タンパ) のCo-General Chairman として、約800名の参会者に紹介されました。また次々回のICPR-2010
は、投票の結果、トルコのイスタンブールに決定しました。
慶應義塾大学 理工学部で
文部科学省人材育成ユニットを評価 2006年8月17日
慶応義塾大学 理工学部が遂行する文部科学省の振興分野人材育成ユニット「環境情報獲得のための高信頼性ソフトウェア」の活動に関し、その外部評価委員を委嘱され、過日、評価委員会に出席しました。大学におけるソフト技術者育成に関して将来に向けた幾つかの提言を行いました。
科学技術振興機構(JST)
知財委員会 第四専門委員会 2006年8月2日
科学技術振興機構(JST)における知的財産委員会の専門委員として、大学などから申請される海外出願の評価のお手伝いを継続してきましたが、このたび第四専門委員会第一分科会の主査を務めることになりました。毎月の定例会議では、毎回20件を超える案件について審議し、出願の採否の判定を行なっています。
経産省の公募事業で審査委員長を務める
サービスロボット市場創出支援事業 2006年5月29日
経済産業省では、次世代の産業を牽引するロボット技術の創生と普及のための政策策定に力を入れてきています。その一環として「サービスロボット市場創出支援事業」が企画され、産業界に対して広くプロジェクト提案を公募してきました。私は、そのプロジェクト提案採択のための審査委員長として審査にあたり、過日無事終了しました。
創立十周年記念式典で祝辞
日本バーチャルリアリティ学会で 2006年5月27日
日本バーチャルリアリティ学会が創立10周年を迎え、その記念祝賀会が東京大学(武田先端知ビル、武田ホール)で開催されました。私はその記念式典に来賓として出席し、横幹連合43学会を代表して祝辞を述べさせていただきました。芸術と科学技術の融合など、新しい分野を開拓してきた同学会が、次の新たな10年に向け、ますます発展されますよう祈念しています。
横幹連合の副会長に再任、定常総会で
産学協同プロジェクトの基盤整備に注力 2006年4月24日
東大 山上会館にて横幹連合の定常総会が開催され、本年度も引き続き、その副会長を拝命することになりました。おもに事業、広報、出版部門を担当し、また産学共同プロジェクトの創生を目指して、規約など、横幹連合としての基盤整備に力を入れます。この総会に先立ち、安西祐一郎先生(慶応義塾長)、和田昭允先生(東大名誉教授、理化学研究所ゲノム科学総合研究センター特別顧問)の両先生をお迎えして講演会を開催。私は、その司会役を務めました。
IAPR Newsletter に紹介される
エンゲルバーガー賞受賞が IAPR コミュニティに 2006年2月
先のロボット分野でのエンゲルバーガー賞受賞のことが、ロボット分野だけでなく、パターン認識分野の学術社会にも広く紹介されました。旧来の友人であるIAPR(
国際パターン認識連盟)の幹部たちの目にとまってIAPRのニュースレターに掲載されたものです(下記参照)。彼らの粋な計らいに大変感謝しています。
越えよ・燃えよ・嵐の中に出でよ
PRMU (新潟大学)で特別講演 2005年12月15日
電子情報通信学会のパターン認識・メディア理解技術研究会(PRMU)が新潟大学にて開催され、その初日に特別講演を行いました。この特別講演はフェロー&マスターズ未来技術時限研究会が協賛するもので、今回は「国際的な学会活動での経験」に焦点を当て、若い研究者の国際的な飛躍に資するようにとの企画でした。白井良明先生と私とが講師を担当し、私は「越えよ・燃えよ・嵐の中に出でよ ―IAPRを中心とした私の国際活動奮戦記―」という演題で話しました。
エンゲルバーガー賞を受賞
第36回国際ロボットシンポジウムで 2005年12月1日
第36回の国際ロボットシンポジウム(ISR 2005)が東京の経団連会館にて開催され、その授賞式において本年度のエンゲルバーガー賞を受賞しました。ロボット工学分野における最高峰の賞で、大変名誉に思っています。リーダシップ、応用、教育、技術開発の4部門で各1件が選定され、私は技術開発部門での受賞でした。授賞式では、米国ロボット産業会(RIA)のVincent副会長から各人の業績が紹介されたあと、Engelberger氏から直接手交されました。彼は1961年にユニメーション社を設立し、世界最初の工業用ロボットを開発した人で、今年80歳、ロボットの父と呼ばれています。ニ十年ぶりにお会いしましたが、私のことをよく覚えてくれていました。
なお、本賞の詳細と受賞者略歴などについては、RIA(米国ロボット工業会)のニュースリリースやネット掲載記事などをご覧下さい。

受賞挨拶
|

Engelberger氏を
囲む各受賞者 |

メダルとタイピン |

表彰楯 |
| 写真をクリックすると拡大表示します。 |
横幹連合が初の学術会議を開催
「コトつくり長野宣言」を採択 2005年11月25日
長野市にて、私が副会長を務める横断型基幹科学技術研究団体連合(横幹連合)の第1回コンファレンスが開催され、横幹連合を構成する43学会の会長の出席のもと、「コトつくり長野宣言」を採択しました。これまでの「モノづくり」に加え、わが国の科学技術における「コトつくり」の重要性を提唱するもので、@知の統合に向けた学問の深化とその推進、A横断型基幹科学技術を活用した社会問題の解決、B知の統合を推進・定着させるための人材育成、を宣言しました。その様子は、NHK長野や民放各社から一般に放映されました。

会長会議 |

宣言文を読む |
当日のTV画面より
写真をクリックすると拡大表示します。 |
FIT 2005 で特別講演会を司会
フェロー&マスターズ研究会が主催 2005年9月8日
情報処理学会と電子情報通信学会が共催する第4回情報科学技術フォーラム(FIT 2005)が、東京の中央大学後楽園キャンパスを会場に開催されました。電子情報通信学会のフェロー&マスターズ未来技術研究会では、このフォーラムのイベントとして「今だから言う、私の失敗体験」と題する特別講演会を企画し、4名のフェロー会員(吹抜敬彦、木戸出正継、中島隆之、萩田紀博氏)に講演をお願いしました。私は上記研究会の副委員長として、幹事の大田友一先生(筑波大学)と一緒にこの講演会の司会を務めました。この講演会は大好評で、100名を越える聴衆の参加を得て成功裡に終了しました。この研究会の次回の特別講演会は、12月に新潟大学で開催予定です。
MIRU 2005 で特別講演
画像の認識・理解シンポジウム 2005年7月19日
わが国の画像関連研究者が一堂に会する題記の講演会(情報処理学会主催、電子情報通信学会後援)が、淡路島国際会議場で開催されました。私はその特別講演者の一人として招待され、「実用化こそが我が命 ―私の視覚情報処理人生―」と題して講演しました。大学の改革の進展につれ、学界でも実用化の重要性が指摘されていますが、長年産業界で活動してきた先輩研究者として自身の過去を振り返り、実用に重点を置いたこれからの研究に対する基本的な考え方を話しました。
古稀祈念文集を発刊
武生26会 2005年7月15日
武生26会(武生第一中学校 昭和26年度卒業の同窓会)では、会員が近々古稀を迎えるのを記念して、文集「無邪気な田舎の挑戦者たち」 (われら同窓生の奮戦の記録と後輩たちへの提言) を上梓することとし、私がその編集長を務めました。B5版、全120頁の上製本で、同窓生30数名の活躍の足跡や後輩たちへの想いが記されています。ただし非売品です。企画・編纂・印刷・製本まで、すべて会員自らの手になるものです。武生26会とその文集の概要については、左欄目次の「同窓会の頁」を参照下さい。
 |
| 写真をクリックすると拡大表示します。 |
横断型基幹科学技術研究団体連合
副会長に就任 2005年4月26日
2年前に発足した「横断型基幹科学技術研究団体連合(略称:横幹連合)」が、NPO法人化を前提にして組織変更され、私が副会長の一人として新しく参画することになりました。新体制は下記のとおりです。なお、2年前の発足時の様子についてはこの頁の後半部を参照下さい。
会長: 吉川弘之
副会長: 木村英紀 江尻正員
理事: 20名
監事: 2名
この横幹連合の詳細については、横幹連合ホームページを参照ください。
電子情報通信学会
フェロー&マスターズ研究専門委員会 発足 2005年3月23日
電子情報通信学会で、「フェロー&マスターズ未来技術時限研究専門委員会」が設立され、その最初の顔合わせの会が大阪大学待兼山会館で開催されました。これからの2年間、下記の陣容で運営をしていくことになります。
委員長: 井口 征士
副委員長: 江尻 正員
幹事: 田村 秀行、大田 友一
幹事補佐: 横矢 直和
この専門委員会は、同学会におけるフェローや役員経験者から構成され、委員の方たちの経験豊かな実績を踏まえて若い研究者たちに助言・提言を行い、日本の研究方向を確かなものにしたいとの熱意で発足したものです。今後2年間の活動期間の中で計8回の研究会を開催し、若い研究者とともに未来技術について考えていく予定です。
母校 武生第一中学校で講演 2005年3月18日
私の母校では、生徒がそれぞれの将来を見据え、より良い生き方について考えられるようにと、今回「プロジェクト一中」という名の講演会が企画されました。NHKの人気番組にちなんで名付けられたこの講演会では、国内外で活躍中の同校出身の先輩技術者を招聘して、技術開発・製品開発での苦労話を聞こうというもので、私を含む3名が講師を務めました。私の演題は「視覚技術・ロボット技術の開拓」というもので、研究をやり始めた経緯、ロボットの歴史、半導体組立装置や郵便区分機などの具体的な技術開発の説明のほか、挑戦こそが人生を豊かにすること、失敗もまた人生を豊かにすることを説明しました。後日、聴講した生徒やPTAの方たちから、感動的な言葉が綴られたたくさんの感想が寄せられ、大変嬉しく思いました。
ロボット学会監事を終了
2005年3月
3月9日開催の第23回通常総会をもって、社団法人日本ロボット学会の監事役を辞任しました。これで、副会長時代、会長時代、監事時代と、計6年の日本ロボット学会中枢としての役割を無事終了。この間、多くの方々から暖かいご支援・ご協力をいただきました。思い出は、副会長時代の定款改定、会長時代の創立20周年記念学術講演会開催、監事時代のフェロー受賞などです。
ロボット学会・ロボット工業会の
合同プロジェクト検討委員会 一段落 2005年3月
日本のロボット研究の将来をどうするか、大きな産業へと展開するにはどのような研究開発が重要かについて、学会・工業会が合同して委員会を設け、私がその委員長として約1年間議論して来ました。これから始まろうとしている人間支援型ロボットのプロジェクトに続き、日本として必要な次世代研究開発プロジェクトは安心・安全な社会の構築を旗印にした「社会支援型ロボット」であるべきだという方向性を打ち出して過日一段落しました。私はこれでこの委員長を辞任し、今後は新しい組織のもと、さらに議論を深めてもらい、経産省ほかへの提言へと進む計画です。
NEDO研究助成事業 成果報告会に
審査員として出席 2005年1月
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産業技術研究助成事業の審査委員として審査し採択された研究が、3年経過して終了時期を迎え、その成果報告会がありました。審査委員としての責任上、この会に出席し、研究者への討論・助言などを行ないました。
日本ロボット学会から
フェローの称号を授与される 2004年9月
社団法人 日本ロボット学会から新しくフェローに選任されました(日本ロボット学会誌 VOL.22,No.6)。このフェロー制度は2年前の学会創立20周年を機に制定されたもので、ロボットに関する学術技術分野の発展に顕著な貢献をした会員に対してフェローの称号が授与されるものです。本年度のフェローとして、私を含め8名がその栄に浴することとなりました。顕彰は9月15日から開催された日本ロボット学会第22回学術講演会(会場:岐阜大学)にて執り行われました。
国際会議ICPR-2008の開催地が決定
米フロリダ州タンパで 2004年8月
4年後の第19回パターン認識国際会議ICPR‐2008を、米国フロリダ州タンパ市にて開催するよう企画し、国際パターン認識連盟IAPRに提案していました。このたび、ICPR-2004の際のIAPR理事会で、他の立候補都市とともに議論され、各国代表の投票によりタンパ市に最終決定されました。米国からは南フロリダ大学Kasturi博士、欧州からはイタリアのサイバネティクス研究所Sanniti
di Baja 博士、アジアからは私の計3名が共同議長を務める予定です。私としても最善を尽くして準備にあたる積もりですので、関係者のご支援、ご協力を切にお願い致します。
部分担当執筆中の本が完成
「ロボット・オペラ」と「ディジタル画像処理」 2004年6月〜7月
かねてより執筆を一部お手伝いしていた本2種が完成し、刊行されました。
一つは作家瀬名秀明氏監修の「ロボット・オペラ」 《光文社、定価4,935円(税込み) A5判ハード 786ページ》で、究極最大のロボット・アンソロジーです。 ビアス 『自動チェス人形』、アシモフ 『うそつき』、手塚治虫 『鉄腕アトム サンゴ礁の冒険』、など傑作26編を収納しているほか、瀬名秀明氏の書き下ろし500枚と、第一線研究者による解説記事が含まれています。瀬名氏とはここ数年来の知己で、代表作には「パラサイト・イブ」(第2回日本ホラー小説大賞受賞作)などがあります。
もう一つは「ディジタル画像処理」《CG-ARTS協会、定価3,780円(税込み) B5判ソフト 383ページ》で、第一線研究者執筆による画像処理の新しい教科書です。CG-ARTS協会は財団法人
画像情報教育振興協会ともいい、画像関連技術の教育・普及を目的とした機関です。豊富な図版と判りやすい説明で、大学での標準教科書として最適な書になっています。
国際会議ICPR-2004の論文審査
および優秀産業論文賞の選定 2004年2月〜5月
来る8月23日から4日間にわたってケンブリッジ(イギリス)で第17回国際パターン認識会議(ICPR)が開催されます。そのための論文審査員の一人として、応募された論文の審査にあたりました。また、これを主催する国際パターン認識連盟(IAPR)
のILC (Industry Liaison Committee) 委員として、各発表部門の委員長から推薦された論文をもとに、BIRPA賞
(Best Industry-related Paper Award, 優秀産業論文賞) の選定にあたりました。
日本・ロシア ロボット会議に参画 2004年2月20日
文部科学省、経団連の日本ロシア経済委員会、ITSCが共催する Advanced Robotics in Russia についてのワークショップが開催され、日本側参加者の一人として、ロシア技術者と議論する機会がありました。将来の産業活性化に向けて、日本とロシアの技術者が共同して何ができるかを議論するための会議であり、いずれは研究プロジェクトとしての企画立案へと発展することが期待されます。
文部科学省 次世代防災基盤技術
「レスキューロボット」を中間評価 2004年1月13日
文部科学省の大都市大震災軽減化特別プロジェクト「レスキューロボット等次世代防災基盤技術の開発」が、その前半2年の研究期間を経過したのに伴い、科学技術・学術審議会専門委員の一人として中間評価を行ないました。独創的でかつ有用な研究が進行中ですが、これからの後半3年の期間に、より実用性を重視し、実際に実戦配備できるロボットの開発を目指すようとくにお願いして、外部評価を完了しました。
信号処理学会が
「私の研究遍歴」を出版 2003年12月25日
谷萩隆嗣先生の編纂による 「私の研究遍歴」第1巻および第2巻が信号処理学会から刊行され、コロナ社から発売されました(B5判 202頁、定価各々2,800円+税)。これは
Journal of Signal Processing に過去に連載された数名の著名研究者の遍歴を纏めたものです。光栄なことに私の遍歴もこの第1巻に掲載されています。この記事は1999年後半に3回にわたって執筆し、上記
Journal of Signal Processing, Vol. 3 の No.4, No.5, No.6 に掲載されたものです。
ちなみに収録された遍歴は、第1巻が城戸健一、飯島泰蔵、尾上守夫、坂井利之、梶光雄の諸先生と私 江尻正員の計6名、第2巻は喜連川隆、池上文夫、朝倉利光、喜安善市、藤崎博也、辻内順平の6名の諸先生です。
長崎県 東彼杵町立
千綿中学校で講演 2003年12月11日
長崎県の千綿中学校が平成15年度の創意工夫育成功労校として文部科学大臣表彰に輝きました。その記念行事として受賞記念碑の建立と記念講演会が企画され、光栄にも私がその講師として依頼を受けました。記念講演題目は
日本のロボット技術 ― 最先端科学技術への挑戦 ―
というもので、この講演を通じて次世代を担う若者に「技術者たちの活躍の様子」を知ってもらうとともに、「疑問を持ち、夢を持ち、挑戦することの大切さ」についても語りました。
大村湾に面して高台に建つ校舎には、140名の若者の輝いた目がありました。私の講演に先立って行われた生徒の研究発表会では、茶所を反映して「お茶でどのくらいの脂肪が分解できるか」という発表と、「なぜ濡れた手でシャボン玉を触ると割れないのだろうか」という発表があり、真摯な研究態度や発表に大変感銘を受けました。
私もかなり以前から理科教育に興味を持っており、幾つかの体験から雑誌の巻頭言などで理科教育を取り上げたことがありました(文献1、文献2を参照)。今回の講演は、少しでも理科に興味を持ってくれたらという願いでお引き受けしたものですが、無事終了した今、私の話が若い生徒達の将来に多少とも良い影響を与え得たのではないか、と密かに実感し始めています。
「心は温かく たくましく」を校訓とする同校で、小川校長先生、力武教頭先生や中尾PTA会長はじめ父母の方々にも、大変暖かく迎えていただき、感激のひとときでした。
 |
 |
| 写真をクリックすると拡大表示します。 |
出版文筆活動を継続中 2003年5月〜9月
原稿執筆が幾つか進んでいます。一つは画像情報教育振興協会が出版する画像処理の本のための「画像処理の歴史」の章、もう一つは瀬名秀明さんの本に挿入されるエッセイ風の解説記事。いずれも20004年初めには上梓されることでしょう。
日本大学における返仁会講座「最先端情報・通信工学特論」の講義内容の別刷りが完成し、過日、日本大学から送付を受けました。また文部科学省科学技術政策研究所での私の講演記録も刷り上って、先日、同研究所から送付していただきました。
今まで論文・解説・論説・随筆など、研究者として多くの執筆活動をやってきましたが、それらの別刷りがある程度たまると製本して「我が研究の歩み」というタイトルをつけてきました。あまり計画的ではなかったので、出来上がるごとに「続」の字を加えてきて、最近出来たものは「続続続続続続続続 我が研究の歩み」となりました。「続」の字が8個、すなわち第9巻目ということです。これからはあまりたまらないでしょうから、おそらく製本はこれで最終ということになると思われます。
NEDO 産業技術助成事業
審査委員 2003年9月4日
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の技術委員として、産業技術研究助成事業の審査委員を本年も継続して務めることになり、その審査委員会がありました。全国から応募のあった数多くの候補案件の中から、慎重審議の末、約100件の研究を採択と決定しました。
科学技術振興機構
知的財産委員会 専門委員 2003年9月3日
科学技術振興機構(旧 科学技術振興事業団)における知的財産委員会の専門委員として、大学などから申請される海外出願の評価のお手伝いを始めることになりました。9月の定例会議に出席し、7件の案件について審議し、出願の採否の判定を行ないました。
文部科学省
科学技術政策研究所で講演 2003年7月17日
文部科学省 科学技術政策研究所の依頼で、「ロボティクス推進のための課題と展望」と題して約2時間の講演を行いました。今までの先駆的なロボティクス技術の研究開発の経験と、日本ロボット学会会長を務めたときの経験を踏まえ、今後の日本のロボティクスの進むべき基本事項についてご説明し、今後の科学技術政策に生かしていただくようにお願いしてきました。
アトム生誕日記念企画
「アトム宣言」を審査 2003年4月7日
鉄腕アトムの生誕日を記念し、朝日新聞が子供たちから「アトム宣言」を募集したところ、3877通もの応募がありました。私はその審査員を務め、ロボット部門での優秀作品を選定しました。7つの部門の優秀作品は、その選評とともに生誕日4月7日の朝日新聞に下記のように掲載されました。

|

サムネール画像を
クリックして下さい |
横断型基幹科学技術研究団体連合
設立総会を開催 2003年4月7日
従来の縦型の科学技術に対し、横型の科学技術をこれからの日本の中核科学技術に育てようと、30の学会が協力して設立総会を開催し、正式に「横断型基幹科学技術研究団体連合(略称:横幹連合)」を設立しました。全会員数は40000人を超える規模です。幾度かの準備会議を経て、このたび設立の運びとなりましたが、私はその設立準備委員として活動し、設立総会や準備会議では議長を務めました。これからの連合の活動と発展が期待されます。
 |
|
 |
|
 |
| 議長を務める |
吉川弘之新会長の挨拶 |
|
|
|
| 横断型基幹科学技術研究団体連合 |
| 第1回設立準備会議 議長を務める |
|
設立総会 |
日本ロボット学会
会長を任期満了で退任 2003年3月11日
過去2年間にわたり務めてきた社団法人 日本ロボット学会の会長を、任期満了に伴い、先日の通常総会において退任しました。今後は同学会監事として、もう暫く活動を継続することとなりました。
横断型基幹科学技術
―技術の新しい基礎を求めて― 2002年11月29日〜12月2日
科学技術振興機構(JST、当時の名称は科学技術振興事業団)が主催する題記の異分野交流フォーラムが大磯で開催されました。私は、従来の機械、電気、土木といったような縦型の学問体系に対して、これからは横断型科学技術が学問として重要だという主張をしているものの一人です。昨年暮れには私を含む4人の関連学会会長が政府の科学技術総合会議を訪問し、その重要性について提言をしてきました。今回、横断型を志向する28の学会から、関係者約50名が初めて一堂に会し、議論しました。私もその一人として、「生産・設計における横断型科学技術の役割」について話しました。その要旨を以下に掲げますのでご覧下さい。
表紙にマンガで登場 ―電子情報通信学会
情報・システムソサイエティ誌― 2002年11月1日
私の似顔絵マンガが雑誌の表紙に掲載されました。巻頭言を書くと、その号の表紙にマンガで登場する習慣のようです。それにしても良く似ています。たったこれだけの線画で似させるのは、作者の非凡な才能というほかありません。巻頭言を以下に転載しておきます。

日本ロボット学会
創立20周年記念学術講演会 2002年10月12日〜14日
平成14年、日本ロボット学会が創立20周年を迎え、その記念学術講演会が大阪大学を会場に開催されました。記念式典では、会長としてのご挨拶のあと、新名誉会員、新フェローの顕彰と、論文賞、実用化技術賞、学術奨励賞の表彰を行いました。引き続く特別講演では、評論家の立花隆氏、作家の瀬名秀明氏をお迎えし、お二人も交えて今後の日本のロボット学の未来についてのパネル討論を開催しました。また、記念行事として、子供絵画コンクールや、ロボット競技会なども併せて開催し、好評でした。
当日の私の挨拶、学会誌などでの挨拶、および日刊工業新聞に掲載された新聞記事を掲載しましたのでご覧下さい。
国際会議 IROS で表彰 2002年10月2日〜4日
2002年度の日本ロボット学会論文賞の一つが米国の著者に決定したことに伴い、その授賞式をスイス、ローザンヌでのIROS国際会議のバンケットの席上にて行いました。大きなアイスアリーナを会場に、約1000名の晩餐会でした。IROSは日本ロボット学会がIEEE、SICEと共催する大きな国際会議です。来年度はラスベガスでの開催が予定されています。IROS国際会議での晩餐会および表彰風景については写真館参照。
日本ロボット学会
会長に就任 2001年3月9日
社団法人 日本ロボット学会の通常総会において、第10代会長に選出されました。
以来、2年間の任期中、定款に記載された下記の目的を目指して活動しています。
「ロボット学とその応用に関する研究の進展と知識の普及をはかり、
もって学術・技術ならびに産業の振興発展に寄与すること」
ここに会長就任挨拶を掲載しました。
日本ロボット学会
若田光一宇宙飛行士と会談 2001年1月22日
2001年、新世紀のスタートに、宇宙飛行士 若田光一さんと会談する機会がありました。若田さんは日本ロボット学会の正会員です。今回、日本ロボット学会の論文賞のメダルが、NASAの公式飛行品(OFK
: Official Flight Kit) として、若田さんとともに地球を202周、850万キロの旅を終え、1月22日の返還式で若田さんから直接、日本ロボット学会に返還されました。
若田さんの話では、2006年の宇宙ステーション完成を目指し、2004年と2005年に日本のモジュール「きぼう」が3回に分けて打ち上げられる予定となっています。 今回の若田さんのフライトではカナダ製のロボットアームが使われましたが、日本のロボットアーム(東芝、日立)も、先回のフライトでの実験成功でますます評価が高まり、とくに担当した技術者の真摯な態度や対応が極めて印象的だった、と話しておられました。
若田さんは、実にさわやかな好青年であり、日本の未来を創る青年像の典型を見た感じがしました。私も一フアンとして、今後の活躍を祈念し、宇宙開発の成功を見守りたいと思っています。
 |
 |
宇宙飛行士
若田光一さんと |
NASA公式飛行品の
返還記念証 |
 
|