日刊工業新聞 記事(第20面)
1983年(昭和58年)1月29日 掲載
日本ロボット学会 設立記念講演会から
日本ロボット学会は二十八日、学会設立総会の中で記念講演会を開き、辻三郎大阪大学教授らわが国ロボット研究の第一人者十三氏が講演を行った。加藤一郎早稲田大学教授は「現在の日米双頭状態から仏が加わった日米仏のトロイカ状態になるだろう」と世界のロボット研究の展望を語った。また、辻教授は「ロボット学会が大きく成長するためには利用技術の発展を先進的、指導的立場で推し進める必要がある」と同学会に対する期待などをそれぞれの立場から述べた。辻・加藤の両氏と京大教授の花房秀郎氏、日立製作所中央研究所主管研究員の江尻正員氏の講演要旨は次の通り。
(注: ただし本ページでは江尻正員の講演要旨のみを以下に掲載)
ロボットの産業界への利用動向
― 多値時代が本格的に到来か ―
江尻 正員(工学博士)鞄立製作所中央研究所 主管研究員(1983年当時)
私の過去の研究経過を紹介しつつ、視覚技術を中心にロボット利用の現状と将来についての私見を述べたい。
いまから二十年前の昭和三十六年、私は現在のロボットの源流ともいえるサーボ・マニピュレーターの研究を行っていた。同じころ、米国で工業用ロボットの構想が出始め、私は三十八年にこれを紹介したが、世の中の注目は集めず、それから五年後の四十三年に実物が輸入されて第一次ロボット開発ブームが到来するまでなんの目立った動きもみられなかった.
このころ私は人工知能ロボットの研究を企画した。このロボットは図面をみて積み木を組み立てるロボットで、四十五年に完成し公開された。これはわが国で最初の人工知能ロボットの一つであったし、その理想とするところは、ロボットをマクロな形で指令する点にあった。
当時、米国での知能ロボット研究が大学を中心としたシミュレーテッド・タスクに終始しているのを横目に、どんどん視覚、触覚の実用化を手がけていった。中でも以前失敗したトランジスタ組み立て機への再挑戦と、IC(集積回路)LSI(大規模集積回路)組み立てへの展開は、私たちの会心作となった。
この実用化成功のポイントは、@デデイケーテッド・システムとして作り上げる、A映像を二値化して専用高速処理を実現する、の二つであった。工業用ロボットのビジネスは相変わらず低迷を続けていたし、全般的にいえば肩身の狭い研究でもあったので、汎用化は狙わず、利用できるところ、要求の強いところを優先した.そのために技術開発がどんどん進み、いつの間にか五十年ごろには日本のロボットはビジネスとして成り立つ以前に米国から注目された。
私たちの仕事とは対照的に、米国での数少ない視覚実用化の研究は、多値の計算機処理を主体としていた。私たちの仕事は二値なるがゆえに亜流の画像処理とみられがちであったが、実は二値化にもってくるまでの広範な努力に彼らは気づいていなかった。
ただ、スタンフォード研究所(SRI)だけが二値化の効用を積極的に評価し、汎用視覚装置を作り上げた。他はビンピッキング問題の解決で日本を一気に追い抜こうとしたふしがあり、いたるところでこの研究が開始された。そして汎用視覚ではSRI方式によるいくつかの製品が出てきて日本にも輸入されはじめたが、白いコンペア上を流れるチョコレートの識別には極めて有効といった皮肉にどう対処するかが今後の課題。
ロボットの利用も、特に電機産業では組み立てロボットヘと徐々に移行しつつあり、そのために超安価な視覚装置の開発が望まれている。視覚で難しいのは、汎用化とコスト対応だけであってデデイケーテッドでよければ必ず問題が解ける持代になってきた。
私たちも二種類の視覚装置を汎用化して、すでに社内用途で数百台の実績を持っているが、まだ工業用ロボットと組み合わせるほどの汎用化までにはいくつかの技術的な困難がある。そのなかでは光切断法が最近また見直され、ロボット用視覚の一候補として有望。
今後のロボット技術は、エレクトロニクスの進展にかかっている。特に期待が大きいのは感覚の高度化であり、その高速化・低コスト化である。現在の視覚装置はゲート数・サイズ・視野規模などからみた単純性能比較でも、人間の目の十の十一乗分の一以下程度のものに過ぎない。生体に近づけるのは無理としても数年のうちに一GOPS(ギガ・オペレーション・パー・セカンド)程度の視覚装置がつくられる技術環境にあるので今後が楽しみである。いよいよ多値時代が本格的に到来しよう。
(注: その後視覚装置の研究は、多値の時代を経てカラー化へと進み、
さらには動画、ビデオ処理へと移っていって大きな変貌を遂げた。)