武生26会のページ
Takefu 26 Alumni Association

            

武生26会 解散 !
 武生26会は、会員の高齢化に伴い、2020年(令和2年)3月をもって解散することになりました。4月には第14回総会を開催予定でしたが、折からの新コロナウイルス騒動もあり、最終総会を待たずに解散を決定したものです。とはいえ、これで同窓の絆が切れるわけではなく、個別に交流を深めつつ、それぞれが残された人生を有意義に過ごすよう頑張っていきたいものです。
 このページは、解散とはいえ、しばらくはこのまま継続して残します。直近の第12回、第13回総会の写真が欠如していますが悪しからず。機会があればまた新規に記事や写真を掲載することになるかも知れません。皆さん、どうぞお元気で!!
 

 
武生26会とは?
 武生26会は、福井県武生市(現在、越前市と改称)の武生第一中学校 昭和26年度(第5回)卒業生で構成された同窓会組織です。会員の方々の本ページへの投稿を歓迎します。下記メールボタンをクリックして、原稿を添付の上、メールにて送付下さい。
 
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第11回 武生26会総会
 武生26会の第11回総会が、去る2014年4月12日、越前市の料亭「鎌仁別荘」にて開催されました。今回も先回を上回る参集者で、老人パワー全開。そのときの写真です。会員の皆さん、元気で2年後にまたお会いしましょう。
 
第10回 武生26会総会
 武生26会の第10回総会が、去る2012年4月14日、越前市の料亭「うおとめ」にて開催されました。今回は総勢63名の「後期高齢者」が参集し、先回総会からの物故者9名に黙祷をささげた後、会長挨拶、関東地区・関西地区の代表者による挨拶、藤間流日舞、乾杯と続き、久しぶりの再会を祝して大いに歓談しました。そのときの写真をここに掲載します。第1次、2次、3次会とパワー全開でした。
 
第9回 武生26会総会
 武生26会の第9回総会が、去る2010年4月10日、越前市の「武生パレスホテル」にて開催されました。今回は総勢64名が参集し、先回総会からの物故者5名に黙祷をささげた後、会長挨拶、関東地区・関西地区の代表者による挨拶、藤間流日舞、乾杯と続き、久しぶりの再会を祝して大いに歓談しました。そのときの写真をここに掲載します。
 
第8回 武生26会総会
 武生26会の第8回総会が、去る2008年4月12日、越前市の料亭「鎌仁別荘」にて開催され、総勢66名が全国から参集しました。先回総会からの物故者5名に黙祷をささげた後、会長挨拶、関東地区・関西地区の代表者による挨拶、母校の校歌斉唱、乾杯と続き、皆それぞれに久しぶりの再会を祝して、大いに歓談しました。そのときの写真をここに掲載します。
 
武生26会の懇親会
 郷里越前市で、継体天皇即位1500年を記念して、平成19年11月18日、ものづくりシンポジウムが開催されました。この地域には古くから伝統工芸品を代表とする「ものづくり」の文化があり、その淵源は、この継体大王と渡来文化との結びつきから始まったといわれています。
 シンポジウムの第一部では、須恵器・冠・太刀・古代和紙・古代織物など、往古の匠のものづくりの再現に挑戦した結果が発表されました。引き続く第二部では、武生26会会員でもある越前市出身の4名の技術者(岩井、江尻、廣田、藤井)がパネル討論を行い、現代のものづくり、未来への挑戦など、イノベーションに関して議論しました。
 終了後、武生26会の皆さんが懇親会を催して歓待してくれ、久し振りに郷里の同窓生たちと楽しいひとときを過ごすことができました。多謝!!
 なお、シンポジウムの報道記事についてはここをクリックください。
 
第7回 武生26会総会
 武生26会の第7回総会が、去る2006年4月8日、越前市の料亭「うおとめ」にて開催され、総勢87名が全国から参集しました。先回総会からの物故者9名に黙祷をささげた後、会長挨拶、会員による日舞、合唱の披露、母校の校歌斉唱、乾杯と続き、皆それぞれに久しぶりの再会を祝して、大いに歓談しました。そのときの写真をここに掲載します。
 
記念文集 「無邪気な田舎の挑戦者たち」 の発刊について
表紙写真
(クリックすると拡大表示します。)

ごあいさつ

 拝啓、26会会員の皆様には、益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。今般、26会関東支部の有志が中心となって「本の発刊」を企画しましたところ、多数の賛同者から多くの浄財が寄せられ、お蔭さまで無事発刊にこぎつけることができました。会員の皆様の蔵書に加えていただければ幸いです。購入に際してのお問合わせ、ご注文は、下記メールボタンをクリックして、メールでお願いします。(注:頒布終了しました。)

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その目的は? 何を記録?

 この文集は、本会会員が近々古稀を迎えるにあたり、その記念として自らの足跡を記録に留めようと企画制作されたものであり、そこには無邪気な田舎の挑戦者たちの生き様が描かれています。      

誰のために? 
 挑戦者として活躍してきたすべての会員と、支援者・理解者としてのその家族、ならびに後継者でかつ未来の挑戦者でもある武生第一中学校の後輩たちのために書かれたものです。勉学離れの激しい現在、先輩である私たち26会会員の活躍の様子を知ってもらい、その結果、将来、郷土の誇りとして活躍してくれる人材が一人でも多く輩出されるとすれば、私たちとしても大変嬉しいことです。

新聞記事
(クリックすると拡大表示します。)

武生第一中学校に寄贈
 去る平成17年7月19日、武生26会の代表者が武生第一中学校を訪れ、古稀記念文集「無邪気な田舎の挑戦者たち」50冊を中島校長先生に寄贈しました。そのときの新聞記事をここに掲げます。      
       

解説:無邪気・田舎・挑戦者について
 この文集の主タイトル「無邪気な田舎の挑戦者たち」にある「無邪気」、「田舎」、「挑戦者」について、以下に解説します。

 まず「無邪気」とは、邪気のないこと、悪気のないことです。すなわち子供の頃の夢を失わず、心の清らかなさまを言います。昔の天真爛漫さそのままに、偽り飾らず、ときには心に思うままが言動に現われたりすることもあります。悪く言えば幼稚ですが、憎めない幼稚のことです。
 

 「田舎」とは、一般に、都会から離れた土地のことを言います。郷里、故郷の意味も持っています。ときには軽蔑の言葉としても使われ、田舎者には、やぼったい、洗練されていない者の意味があります。一方、自らを田舎者と称する場合には、たとえ洗練されていないとしても、無から出発して他とは一味違う経験をした自信のほどを暗に表現しており、そこには懐かしい古里を持つ者としての多少の優越感も含まれているようです。

 さて「挑戦者」とは、困難で達成出来ないかも知れないことに果敢に挑む人のことを言います。挑戦者という言葉にはいつも心地よい響きがあります。人はすべからく挑戦者でありたいものですが、そのためには次のような要件が必要でしょう。 

 第一に、夢と勇気を持つことです。夢とは単なる理想ではなく、熱くなれる夢のことです。勇気とは、未知の分野に対してでも果敢に跳び込める気概のことを言います。

 第二に、知恵と知識を持つことです。自ら歩もうとする分野についての正しい知識を持ち、未来に向かっての確かな指針を持つことが重要となります。人生での
困難は、自らの腕を磨き、知恵を積み、心を静めて初めて克服できるものです。

 第三に、情熱と執念を持つことです。何にでも興味を持ち、かつ感動できるようであれば、他人の話に真剣に耳を傾け、積極的に自分の歩む道に取り入れることができます。また、自らが燃え、さらに周りを燃えさせることも重要です。一緒に燃えてくれる協力者は挑戦者にとっての宝でもあります。たとえ途中で失敗しても、10年の執念を持って再挑戦の機会を伺うことも重要となります。

 以上を要約すると、挑戦者とは、自分の分野の状況をきちんと把握し、その発展に尽きない興味を持ち、常に改革を目指して努力する人のことでしょう。現状に安住しないで歩み続ける人のことだと思います。歩み続けるには自信と謙虚さの二面が必要です。自信がなければ前に進めないし、謙虚さがなければ正しい道を歩めません。その歩む姿や生活信条の中に、他人にはない精神的なたくましさと風格が隠されていて、人々は、そこに「真の挑戦者」としての魅力を感じるのではないでしょうか。

 武生26会は、そのような無邪気な挑戦者の集団を目指しつつ、今日に至っています。


記念文集の内容
 この記念文集の概要を次表に示します。なお、本の詳細内容については、ここからもご覧いただけます。
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記念文集の頁へ

 
    古稀記念文集

     無邪気な田舎の挑戦者たち
     われら同窓生の奮戦の記録と後輩たちへの提言

 [本の概要]

   主タイトル: 無邪気な田舎の挑戦者たち
   副タイトル: ― われら同窓生の奮戦の記録と後輩たちへの提言 ―
            武生第一中学校第5回卒業生 古稀記念文集
   ページ数:  約120ページ B5版 上製本

 [本の目次]

 まえがき         
 祝辞  編纂を祝して    NHKプロモーション 飯島明久・井上義教
 祝辞  発刊を祝して    武生第一中学校校長  中島和則

 第一部 特別寄稿 ― 古里・母校・わが師友 ―
   
◆ 武生という街               安藤スミ子    
   
◆ 一中という名の学校            岩端るみ子
   
◆ 父 高坂賢一(初代校長)のこと      宮本博雅
   
◆ 武生26会の歩み             片山登一
 第二部 一般寄稿 ― 努力・実践・わが人生 ―
   ◆ 経営に役立つ経理業務の推進        青山壽一
   ◆ 趣味を通じた生涯学習           東 壮价
   ◆ 若手芸術家のための文化行政        池田 温
   ◆ 銀行における支店業務の推進        今川正良
   ◆ 高精度旋削加工技術の開発・実践      岩井 仁
   ◆ 視覚技術・ロボット技術の開拓       江尻正員
   ◆ 万博での地域冷房プロジェクト       瀧波英之
   ◆ 企業合併プロジェクトの推進        武田道雄
   ◆ 野球に打ち込んだ青春時代         武田祐一
   ◆ 海外建設プロジェクトへの参画       谷ア満男
   ◆ 管理栄養士としての地域活動        茶谷幸子
   ◆ 介護用着物の創作と奉仕活動        仲野弘子
   ◆ 私のバレーボール人生           久野泰男
   ◆ 印刷業と自然環境保全活動         平野敬之
   ◆ ビデオテープレコーダーの開発       廣田 昭
   ◆ 自動車の設計と生産技術の開発       藤井二三雄
   ◆ 歯科業務とママさんバレー活動       丸岡登喜子
   ◆ ハイパーレスキュー隊の活躍        水落惠士
 第三部 一言集  ― 追憶・佳言・わが想い ―
  ◆ 武生一中時代の思い出       嶋本満子・中山絹枝・小泉誠二・
                     千秋利一・片山登一

  ◆ わたしの好きな言葉        小木 明・姥 秀子・小泉誠二・
                     服部英治・今川正良・江尻正員

  ◆ 後輩たちへのアドバイス      保坂恵美子・高瀬順也・姥 秀子・
                     岡田恵美子・服部英治・池田 温・
                   
  大滝 寛・今川正良・岩井 仁
 あとがき
 付録
 協賛者名簿