中学時代
日野の山を窓越しに仰ぎ、久しく、穢れなき少女のころを思い出していました。
東小学校から武生第一中学校へと入学、昭和24年初夏に新校舎がほぼ完成するまでは、南小学校の一部を借用して学びました。新校舎へ移る際には、机や椅子を私たちの手で運びました。今考えるとそれほど遠くない道程なのに、当時は小石だらけの凸凹道だったせいか、小さな体には大変重くてつらかったことが今でも鮮明に脳裏に残っています。昭和27年3月には第5回卒業生として母校を後にしました。余りにも短かった中学生時代。今では懐かしさで一杯です。
中学卒業後、ミドリ・ドレスメーカー洋裁学院に入学し、洋裁の腕を磨きましたが、昭和34年に結婚し、僧侶の夫とともに、真宗出雲路派の総本山毫摂寺の武生別院に約30年間、法務、坊守として務めてきました。この間、2女を授かり、現在は娘夫婦とともに同居して、平穏な毎日を過ごしております。
ボランティア活動
このような「煩悩具足の凡人」である私にも、残された余生に何かできることがないだろうかと考え、「出来ることを、出来るときに」をモットーにボランティアの仲間入りをすることにしました。
このボランティア・グループは、行政ばかりに頼るのではなく、行政のお手伝いをするという基本的立場で、「子育て」、「高齢者支援」、「助け合い」など、時間預託と奉仕型のボランティア活動を行なっています。その名をNPO法人 ニッポン・アクティブライフ・クラブ(略称ナルク)といいます。今では全国の109ヶ所に活動拠点を持っています。
|
|
|
|
| ボランティアグループ「ナルクふくい」の仲間たちと、平和堂ロビーにて。右端が筆者。(平成17年) |
|
ナルクふくいの会員による車椅子の整備・清掃奉仕活動。第2和上苑にて。(平成17年) |
このグループの多様な活動の中で、私の得意とする部門が見付かりました。昔とった杵柄と申しましょうか、洋裁の技術を活かして、介護用着などを作り始めました。この手作りの作品を持参して、各町村の社会福祉協議会が後援する「家族介護教室」に出向いています。
この教室は、高齢者を現に介護している家族や近隣の援助者に対し、介護方法、介護予防、介護者の健康づくりなどについての知識・技術を習得させるための教室であり、私たちは、介護服、リハビリ・グッズなどの手作りの指導や、作品の展示をボランティア活動として行なっています。
あるとき、福井発明工夫協会主催の「介護手作り着衣」試作品発表会に、グループ代表の勧めで出してみました。新規性・商品性やレポート提出による技術説明の面からの採点で、「アイデアを採用する」が75パーセント、「技術の説明力が良い」が71パーセントと、かなり高い評価を得ましたので、少しずつ活動に自信が出てきている昨今です。
|
|
作りリハビリグッズの中から。とくに幼児や一人暮らしの高齢者に喜ばれている。 |
|
|
和服のリフォームの例。和服独特の大胆な柄を活かした作品。 |
ナルク展の開催
このようなことがきっかけとなって、この小さな草の根活動がいつしか大きなプロジェクト・チームを組むまでになりました。
私は、もともと日本人の持っている古いものへの愛着、ものを大切にする精神と、和服独特の大胆な柄、絹の持つ美しさに魅せられて、眠っている着物や帯など、思い出深い古着を、和から洋へと創作して参りました。
新しいものの溢れている現代では、ものを大切にする心が失われつつあるように思われてなりません。しかし、毎日の暮らしに、人や、自然や、過去を大事にする感性を持つことは、生活を豊かなものにするための、人間だけが持ちうる暮らしの知恵だと思います。
そういう考え方から、和服リフォームにも力を注いでいます。このたび、武生ふるさとギャラリー叔羅(しくら)を会場として、「ナルクの介護アイディア&和服リフォーム展」を、武生市教育委員会やマスコミ各社の後援を得て開催することになりました。私はこのナルク展の実行委員長を務めています。
 |
 |
ナルク展のパンフレットから。(平成17年)
写真をクリックすると拡大します。
(拡大表示後、「戻る」ボタンで元に戻ります)
|
今後の活動
仲間とともに、体への負担が少ないことを目指し、介護する人、介護される人の身になって、これからも手作りアイディア運動を推進したいと思っております。
以前、福井国体をきっかけに取得した調理師の資格は、寺院での伝承料理のほかに、今では独居老人の食事介助にも役立っています。また市長・社会福祉協議会会長からの委嘱による地域福祉委員も今年で4年目。「出来るときに、出来ることを」を合言葉に、今元気なうちに、相互扶助の世の中を築いて行けたらと願っています。