No.12 ゴルフの一期一会
― アメリカの女子プロの一言 ―
梅 田 満
梅田 満 (武高30会会員)
UMEDA, Mitsuru
1952年上池田中学校、1955年武生高校、1960年早稲田大(法)卒。卒業時、東京都庁試験に合格するも、武中先輩の牧野亀治郎氏に憧れ明治生命へ入社。料金部門、企画部門を経て、営業所長(いわゆる営業の第一線)を新宿、渋谷で経験。本社移動後、新設の適格企業年金、厚生年金基金業務に従事。猛烈な残業に次ぐ残業に耐え、社長の生命保険協会長就任に伴い、そのスタッフに。その後主務省(大蔵省)の担当として商品認可、不動産取得認可等など、いわゆる「モフ担」として7年間従事。総務部長、関連不動産会社の役員を経て、1994年広島銀行と提携した総合信販業「(株)ライフ」の常務取締役に就任。2001年、同社を退職。その後は、避寒のためマレーシア・キャメロン高原での1〜2ヶ月のロングステイを8年ほど楽しむ。現在は近郊の健康温泉や週1〜2回のスポーツジム、週1回の中国語教室でボケ防止に励んでいる。(東京都練馬区在住)
ゴルフ指南書
ゴルフの魅力に取りつかれて既に40余年。もう若い頃の勢いは無くなりました。それでも しばしば、悔しい思いの失敗を繰り返すので、時折本屋の店頭で、ゴルフ雑誌や指南書の類を拾い読みすることがあります。タイトルに曰く、「悩めるゴルファーのかけ込み道場」、等など。そこには通常、次のような文言が並んでいます。
● 「ヘタを固める」と云うことがあります。練習をすればするほど悪いクセが固まり、
「長年の悪癖」は自分ではなかなか治せません。● この一冊で「お金も時間も」無駄でなくなるばかりか、上達のスピードも格段に
早くなります。総てを託してください。● 千日の稽古を「鍛」と云い、万日の稽古を「練」と云います。 ● 小さな力でぶっ飛ばす極意は、グリップを指先で包み込むようにすることです。 ● 腕をダラリと下ろし、アゴの下でグリップしましょう。 ● 寿司を握る要領で軽く、力を入れないで。
「エッ……?? バカ云うな。柔らかく握って、軽く振ったらボール飛ばないヨ」と、反論しながら、くだんの本を本棚へ投げ返すのが常であります。
ゴルフでの一期一会
最近読んだこの手の本に、「一期一会」というのがありました。
その解説に曰く、「一期」とは人の一生、「一会」は唯一度の出会い。度々顔を合わせる仲であっても、「今日のゴルフ会」、「今日の組み合わせ」は、二度と同じ状況のない、人生で一度きりの大切な時間です。「永年の友人」であれ、「今日初めて組み合わされた人」であれ、二度とないひと時を共に過ごすわけですから、「ああ楽しい時間だった」「素敵な出会いだった」と思うようにしましょう。
この精神は「あなた自身にも返ってきて、より豊かな時間を持てるようになる」のです。そして「伸び伸びと、無理をせず、自分のゴルフをすることに徹すれば、スコアも自然とよくなる」のです。
ローハンディの方は、「時間をかけて、苦労して身に付けたものを、鼻にかける」ようではいけません。優れたゴルファーは「驕った態度を取らず」、決してその「才能や技量」をひけらかすことはありません。
そして同伴競技者を褒めなさい。聞かれれば教えてあげても好いが、知っていても知らないフリをするのです。「一歩さがって譲るのです」。そして、まるで何も知らないように、「役立たずの人間」のように「超然」としなさい、と。
ゴルフの本で、般若心経の解説のような「お説教」があるとは思いもよりませんでした。しかし、素晴らしい指摘でありました。
在京武高30会ゴルフ
在京の武高30会会員によるゴルフ会は、1998年(平成10年)頃、2〜3回開催したことがあります。確か初回は、谷崎満男氏が、往時の野球部つながりで郷里の武生から武田祐一氏を呼んで、千葉市の彼所属の倶楽部で開催したときでした。「際立ったスコアなし。天気晴朗にしてコースコンデション最高」と小生のゴルフ日誌に記録があります。
当日駆けつけた参加者は、彼等の他、寺田公規、赤星龍二、山口良一、水落惠士の各氏に小生、それとたしか藤枝純教、藤吉謙次氏も。そしてコンペ終了後、「倶楽部ハウスで大いに飲んだ」とあります。
2回目は、小生所属の飯能市の倶楽部で、新たに廣田 昭氏が参加してくれました。スコアは別として、氏の淡々とした、爽やかなプレイぶりが良かった、とは参加者全員の評でした。
こうしたゴルフ会は、「声の大きな呼びかけ人」が居ることと、「参加者の思い入れ」がマッチしないと継続しないのが常です。ですから「在京30会ゴルフ」もそれきりになってしまいました。今年は、「傘寿記念」の「在京30会」を是非開きたいものです。そして「一期一会」の素晴しい「めぐり合いの場」を持ちたいものと思っています。
美人ゴルファーと
さて、すっかり縁遠くなりましたが、「社用ゴルフ」華やかなりし頃、すこぶるつきの美人ゴルファーと同伴競技をしたことがあります。
それは、まだバブルの残滓が漂っていた平成の始め頃で、アメリカの女子プロのホリー・ハートリーさんとでした。場所は栃木県・烏山の大金ゴルフ倶楽部。日本女子プロ協会主催で某有名オフィス機器メーカーが協賛するプロ・アマ大会でした。当時、外国人プロと云えば、いかつい体格で、美貌とは縁遠い、台湾勢が主勢でしたが、偶然にも「好感度 1」の彼女と、組み合わせ抽選が当ったのです。他の参加者からは、何か工作を施したのではないか、とやっかみ半分に羨望されました。
それで、3人の同伴決定者達は、宇都宮市内のホテルで開かれた前夜祭で、ワインを片手に、ワクワクしながら彼女の現れるのを待ちました。同伴競技者は、商社マン、銀行員、そして小生。「英語でゴルフができるものか」と心配しつつ、でも腹をくくって、会場に臨みました。しかし、事務方から、「那須の宿舎からは遠いし、四国からの転戦とかで、今宵は欠席」と知らされ、パーテイの夜は、空しいカラ振りに終わりました。
翌日の朝、組み合わせの最年長者の故に、代表して挨拶の破目に。「昨晩はお会いできなくて残念。寂しかった……云々」。答礼は、意外にも全員へのハグ。そして曰く、「疲れていたのでごめんなさい」……。「オフコース・ノープロブレム」、とは、誰かが……云ったような云わなかったような。3人の同伴競技者は、「美女のハグに朦朧」とし、「瞬時に」彼女のフアンになってしまいました。
さて、プロ・アマ競技では、戦いが始まればコースでの技術指導はご法度です。従って専ら余談の花が咲くことになります。
彼女からの質問に、「あの向うの山に見える牛のいる建物は何か?」がありました。
「牛舎と云う。牛の住宅だ。」
「何故、狭い建物に牛を入れ込むのか? 牛の自由を侵害してないか? アメリカでは広い牧場で自由行動を認めているが……。」
「我が国は国土が狭いからである。牛にも相応の我慢をさせている。」、「日本人はマッチ箱のように小さな家で生活をしている。電車の座席も大きくないし、学生は四畳半のような狭い部屋で勉強をしている」……等など。
3人は揃って、勝手な英語で、身振り手振りを入れつつ、しかし自信を持って、日本の風俗、習慣の紹介をしました。
よく観察すると、彼女は機知に富んだ対応が随所にみえ、加えて聞き上手。そして俊敏。当然のことながらマナーも良い。父親はゴルフのティーチングプロであるとのこと、更に、シーズン終了後は結婚することまで聞き出しました。そこで小生から、「貴女はゴルフ環境ばかりでなく、とても良い生活環境で育ったンだね」。するとこれに対し、「ミスター・ウメダ。私は、幸運にも素晴しい父を持ちました。それ故に、今の私があると思います。私の父は、グレイトです」……と。
表彰式会場では記念写真にサインを貰い、当日のショット連続写真をもとに、スタンスやグリップ等など、夫々の課題や改善点についてアドバイスを貰いました。
あれから20余年が経ち、教えられたことの殆んどは、忘れてしまいました。しかし、このヤンキー娘の「父親称賛の辞」は、今でも、記憶に残る、思い出の一言です。