終活のお墓に想う
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葬送文化の変容 ―
石 田 正
二

石田 正二(武高30会会員)
ISHIDA,
Shoji
旧姓福井。1952年武生第一中学校、1955年武生高等学校を卒業。同年、富士銀行(現在のみずほ銀行)に入行。北陸3県で3名採用と言う難関を幸運にも突破して就職できたのは、武生高校で受けた教育のお蔭であったと感謝している。その後、転勤で、福井、大阪、静岡、東京と10ヶ店で勤務し、38歳のときに大阪に居を構えた。1990年に同行・関西地域事務所を最後に退行、引続き子会社で勤務を続け、1998年62歳で定年退職。以来、銀行OBの同好会に所属したり、町会のお世話などで極力多くの人と接するよう心掛け、また健康を第一にして、自分の限界を知り、背伸びせず、好きな酒・ゴルフ・海外旅行を楽しんでいる。(大阪府羽曳野市在住)
平安から鎌倉にかけて、仏教は、皇室や貴族の保護を受けていた最澄・空海による密教中心の時代から、法然・親鸞・日蓮による「念仏を唱えることで全ての人々が往生出来る」と説く新しい教義が起こされ、武士や貧困に苦しむ民衆の心の中に広く浸透していった。我が家も伝来仏教の信徒で、故郷越前のお寺に先祖代々のお墓がある。
お墓の継承は、民法で「慣習により先祖の祭祀を主宰する者が之を継承する」と規定されており、それは長男を指すものと解され、次男である私は分家して新たにお墓を建てる必要があった。お墓は遺族が供養として建てるものとする説もあるが、中国では古来「生前墓」を寿陵と呼び、一家の長寿と繁栄を表わすものとされており、我が国でも、子供に負担をかけないようにとか、高騰が続いているので早いうちにとの考えからか「最近は生前墓の注文が多い」と石材店は言う。
墓地の新設には、知事の許可や周辺住民の同意が必要なため、供給が追いつかず、人口の集中する都市部では住宅難に続く墓地難の時代となっている。大阪に住む私は、人生の終幕に備える「終活のお墓」を半ばあきらめていたある日、お墓付き墓地売り出しのチラシが配布されたので早速現地説明会に駆けつけた。其処は住宅街の一角にあり、田舎に行くと田畑の中によく見掛ける部落が所有する「部落墓地」の名残りであった。
町会長の説明によると、墓地の整備と拡張を行った結果20区画の余剰地が出来たので、近隣住民に解放する事を決めた由。偶々出合った滅多に無い機会であり、自宅から車で10分の立地に「お墓は近いことが一番」と言う妻の後押しもあってその場で購入を決めた。
2012年、お墓を建てた人515人から回答のあったある出版社のアンケート結果によると、お墓の費用は全国平均で墓石費用131万円、墓地の永代使用料52万円、合計183万円で、その他に必要な管理費が年間6000円ということであった。私の場合もそれと大差なかった。
お墓の開眼法要も済ませたその年の暮、NHK紅白歌合戦をきっかけに「千の風になって」がヒットした。「私はお墓に居ません、風になってあの大空に居るのです」と言う歌詞である。「お墓を買ったばかりなのに……止してくれよ!!」である。何時も偲ぶ思いがあれば、形はどうでもよいとする考えも解るが、私はお盆やお彼岸など、折にふれ、時にふれて墓前で追慕する行為に意味があると信じている。
大阪市内に「お骨仏の寺」がある。10年毎に、納骨された遺骨で仏像を造立していて、現在はお堂に計7体が安置されている。参拝者の一人が、「今年に主人を亡くした。子供は娘二人で、しかも遠くに嫁いでいるため、お墓を建てても直ぐに無縁墓になってしまうので、このお寺に納骨した」と言う。お墓を持たない人、持てない人も多いようで、参拝者は後を絶たない。
最近、少子化や核家族化などの社会情勢や、信仰心や価値観などの思想信条の変化によって、葬送の慣習は大きく変化し多様化している。都市に多い「ロッカー式お墓」、「立体駐車場式お墓」、夫婦の両家を一緒に祀る「両家墓」、お骨を海や山に撒く「散骨」、お寺が遺骨を郵パックで受付ける「送骨サービス」、樹木を亡くなった方の墓標にして、その周りにお骨を埋める「樹木葬」等々。
そのうちでも樹木葬は、「自然に還ることができる」、「自分の代で終るお墓にしたい」といった理由で最近急速に注目を浴びるようになり、一昨年大阪のある市が募集した「桜葬」は、僅か数日で定員の2500人に達した。ある大学教授が雑誌の対談で「樹木葬を選んだ7割の人に後継者である子供がいる。変化を感じる」と語っている。民法で規定された家制度は、「今残るのは墓だけで先祖の霊からなる想像上の共同体に過ぎない」として戦後廃止された。先祖代々など縦の繋がりよりも、仲間などの横の繋がりを重んずるようになった結果起った変化だろう。
最新のスタイルは、2013年10月、米航空宇宙局(NASA)の元職員が考案したものとして発表された「宇宙葬」である。1グラムの遺灰を納めたカプセル100個をロケットに乗せて宇宙に打上げ、1年間地球を周回した後、大気圏に突入して燃え尽きると言う。「あっ、あの人は流れ星になった!!」の費用は1990米ドル(約25万円)である。
最近、費用のかからない葬送を選ぶ人が増加した結果、お葬式の事情も大きく変化している。「家族葬」は最早定着した感さえあるが、通夜や告別式を省略し直接斎場で行われる「直葬」は何か寂しく、孤独死による引取り手の無い遺骨が数多く自治体で保管されている現状はいかにも儚く物悲しい。
このところ大学医学部への献体の登録希望者が急増していて、大阪のある大学では年間30体を希望していたところ希望者が2000人に達し、現在は受付を中止していると言う。大学がその後火葬し、遺骨は遺族に返されるか大学の納骨堂に納めて供養されるので、お墓が買えない人や遺骨を託す子供がいない人が献体を選択したのだろうと報じられている。医学発展のために貢献しようとする美談の裏に、厳しい現実が垣間見える。このように葬送の慣習を変化させた要因はお寺にも影響を与えている。
名所旧跡にある「観光寺」は、拝観料収入があり大勢の人で賑わっているが、その一方で地方に多い「葬式寺」は苦しい運営にさらされている。一つのお寺が存続するためには200軒の檀家が必要と言われるが、田舎は限界集落と言う新語が生まれたほど高齢化と過疎化が進んでいる。その上、子供がお墓の継承を拒否するため、親が離壇料を支払って墓終いをすることでの檀家の減少や、住職の後継者不足の問題が追打ちをかけて、全国に7万5千あるお寺のうち1万2千が「無住寺」である。
2010年の大阪府の調査によると、高齢者の単身世帯人口は42万人を超えた。まさに孤独死時代の到来である。我が国は戦後の復興を経て欧米の先進国の仲間入りを果したが、未だに財政難から社会福祉制度が脆弱なまま個人の自由と権利を主張する利己主義が蔓延し、これまで根強くあった家族愛や地域の絆は確実に崩壊に向かおうとしている。
それでも現在、際限が無いかの如く経済発展を追及し続けているが、その間に、葬送の日本の文化や、宗教観、死生観はどのように変化して行くのだろうか。
傘寿を迎えようとする昨今、子供の頃お盆に浴衣を着せられ、姉に手を引かれて行った精霊流しの光景が、何故か懐かしく想い出されるのである。
追 記:
(1) 本稿では、趣味の海外旅行で撮った写真の中から、本文での「お寺」繋がりで「教会」の写真をいくつか選び、掲載させていただいた。
(2) 現役時代の多忙な生活の中でも、故郷が懐かしくて毎年帰省を欠かしたことはなかった。昨年度も、亡き両親の墓参りのためお盆に帰省したが、車で武生インターを降りると、過ぎ去った日々の想い出が懐かしく蘇ってくる。私にとって、越前市は永遠に青春の町である。

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