No.30
俳句に遊ぶ

― 何よりの賜りものは人との絆 ―



谷 口 智 子


谷口 智子(武高30会会員)
TANIGUCHI, Tomoko

 旧姓田中。1952年武生第二中学校、1955年武生高等学校を卒業。同年金沢大学高等看護学校へ進学(3年)、更に近畿保健婦専門学校へ進学し、1959年卒業。同年保健師として京都市に勤務。1962年結婚、1974年退職。その後1978年より母校の常勤講師・嘱託職員として勤務するとともに、京都市および外郭団体での保健教育、啓蒙など、京都市の保健行政に関わり、2010年に退職。この間、1983年より俳句結社 向日葵に入会、俳句を始める。1993年 向日葵同人。水無月賞・年度賞・草壺賞を受賞。(京都府京都市在住)




俳句との出会い

     紫陽花の いろ薄れたる 簾ごし  智子

 この句は私が初めて詠んだ俳句で、中学3年のときの校内文芸大会に出句したものです。 その後、1〜2回は投句していたようですが、続きませんでした。

 高校卒業後は、進学のため家を離れましたが、その頃母が俳句を始めたことを知りました。母からの手紙に書き添えられた句、帰省時に母から聞く句会の話に少しずつ惹かれ、何時の間にか種火となって、胸の奥に暖められていたようです。

 子育ても終え自分の時間を持てるようになった頃、当時ブームになっていたカルチャー教室に市民俳句講座を見つけて、早速学びました。

 昭和58年(1983年)の4月、講座の終了を期に俳句結社 向日葵に入会し、俳句の修業が始まりました。

 俳句は、鉛筆一本と紙があればできる手軽な趣味と言われましたが、どうしてどうして、俳句を知れば知るほど俳句文芸の奥深さに戸惑いました。

 俳句は、季語と17文字の制約のある韻文詩、言葉の表現の難しさに躓きながら、切磋琢磨の日々でした。


祇園祭を詠む

 
そんな中、京都に住む者として祇園祭を詠みたく、20句の作品にまとめて応募、平成18年度の向日葵「草壺賞」を受けました。以下にそのときの写真と、句を幾つか掲げます。

 

☆ 祇 園 会
くじ取りて 名乗る一番 夏羽織
奉書巻く 粽ま青に 吉府入
鉾を組む はじめの縄を 回しけり
縄搦み 日輪がらみ 鉾建つる
祇園会や 車軸に盛りし 清め塩
裃へ 切り火涼しく 打たれけり
炎帝へ 鉾の切っ先 畏れけり
西日中 手締め一本 鉾を解く
路地裏に 鎖す鉾蔵 梅雨の月
        


吟行と健康

 今までいろいろと趣味の手を広げましたが、俳句だけが残り、今は生活の一部のようになっています。俳句を継続して詩嚢を肥やすだけではなく、大袈裟ですが人生も豊かにしてくれたと思います。

 自然を観察し四季の移ろいに聡くなり、小さな発見にも感動して自然に親しむ楽しさを覚えました。

  


 吟行と称していろいろな地を訪ね、見聞を広めるなど、種々の体験をしました。風光明媚な地ばかりではなく、時には動物園やビル街など、また泊りがけで地方へも足を延ばしました。吟行は、散策し句作するのですからよく歩きます。お蔭で今も健脚で健康を維持しています。

 勿論言葉を考え、字を書きますから、呆け予防にもなります。

 何よりの賜りものは、俳句を介しての人との絆です。句会では、年齢や肩書など関わりなく忌憚なく評価し合い、感動を共有します。俳句を通じて人と人とが直に交わり、多くの句友を得ました。感動を共有できる友は一番の宝です。

 句作には今だ難渋の毎日ですが、私にとって俳句は元気の素です。体力の続く限り楽しみたいと思います。

     晩年の まっ直中や 落葉降る  智子