永年勤めた日本ビクターが消滅して
― ビクター高柳会を発足 ―
廣 田 昭

廣田 昭 (武高30会会員)
HIROTA, Akira
1952年武生第一中学校、1955年武生高等学校を卒業。1959年東京工業大学電気工学科を卒業して日本ビクターに入社。1961年、同社研究開発本部にてVTRの研究開発を開始。1966年家庭用VTRの開発担当課長に就任し、1976年VHSビデオを開発。1988年取締役ビデオ研究所長に就任。1996年VHS標準センターを設立し所長に就任。1999年日本ビクターを退任し、その後公益法人・高柳健次郎財団・技術顧問を経て現在は評議員。(神奈川県茅ヶ崎市在住)
はじめに
私は日本ビクターに40年間勤め1999年に退職したが、その12年後の2011年にこの会社は消滅した。以下はそれからの数年間、私の右往左往の記である。
[1] 会社の消滅―その時OB会は
日本ビクターには歴史あるOB会「日本ビクター寿会」が存在しているが、この時まで私はその活動に関心がなかった。しかしこの時からその動きが気になりだしたので、その様子に着目していると、一見何事もなかったかの如く多くの皆さんが、ハイキングの会やゴルフの会を楽しんでいて、その様子だけがホームページに紹介されている。ところが集りに参加してみると、話題の多くは「なぜ会社がなくなった」「誰が会社をつぶした」等々、当然のことながら消滅期の会社についてである。多くのOBは会社消滅そのことに心を奪われ、永年勤めた会社への誇りが失われ、当惑していると感じた。
しかし私は、会社も人と同じように消え去る時があるが、その最後がガン死か交通事故死かは大きな問題ではなく、その人が、その会社が、如何に生きていたかが大切だと思った。老年OBとして何かが求められていると思ったが、それが何かは容易にはわからなかった。
[2] 会社消滅の前例
私には忘れがたい一冊の本がある。それは米国RCA社が1986年、消滅することが決定的となったその時に、有志の何人かで作り上げた立派な記念本「RCA」であり、まだ存在していたRCA社から日本ビクターに贈呈された本である。
そこにはRCA社がエレクトロニクスの分野で成し遂げた世界的貢献が見事に多くの写真入りで説明されている。特にテレビの最初の撮像管を創り、それを手にしているツヴォルキンや、経営と技術をリードしたサーノフの写真などは深く印象に残っている。ただこの本にRCAとしての最後、滅亡の記録はないが、ああ、これで良いのだと私は思った。この本はRCAに働いた全員の誇りを維持するに十分である。しかしこの「RCA」に相当する本「日本ビクター」をその組織がない今作ろうとしても時すでに遅い。
[3] 「ビクター高柳会」をスタート
気がついてみると、RCAのツヴォルキン以上の人がビクターには居た。テレビの父と言われる高柳健次郎である。氏は1990年に亡くなっているが、生前に設立した記念財団は今なお年間数百万円に及ぶ研究助成金を研究活動に出して活動している。
この高柳の名前を入れた新たなOB会を周囲に提唱して見た。結果として結構な反応があり、2013年1月20日に第1回ビクター高柳会が発足した。さらに翌年の同日第2回目には評論家・麻倉怜士氏から「ビクターのDNAよ永遠なれ」と題して、失われかかった誇りを取り戻すにふさわしい講演があり、その内容はホームページを通じて広く会員以外のビクターOBにも届けられた。この開催日の1月20日は、高柳健次郎の誕生日であり、同時に高柳健次郎財団の研究助成金贈呈式等も開かれている日である。したがってこのビクター高柳会は当初から「語り継ぎ」をキーワードに、OB会としては珍しくアルコール抜きのサンドイッチとコーヒーだけの真面目な会として定着しつつある。
[4] 「イ」の字90周年記念のページ
ビクター高柳会の中には「語り継ぎ」の内容が存在しているとして、これを会員の皆さんから原稿と資料として集め、そのホームページに上げることとなった。幸い2016年が高柳健次郎の最初の「イ」の字テレビ電送実験から90周年に相当する。その1年前ではあるが2015年1月〜10月、毎月1回計10回に亘りアップロードを続け、「イ」の字90周年記念のページと名付けた。ここには、戦後丸焼けの工場からスタートし、レコード、ステレオ、テレビ、ビデオ、等々の商品と共に成長していく日本ビクターの姿が、この間常に技術を先導した高柳健次郎への想いと共に集められた。
[5] 日本ビクター70年史の復活
私が、「イ」の字90周年記念のページのために用意したいと考えたのは「日本ビクター70年史」である。1997年に会社として編纂した最後の社史である。ところがこの社史は本ではなく、パソコンで視聴するCD-ROMとして配布されたが、そのCD-ROMが現在のパソコンWindows7〜10やXPでは、見ることも聞くことも出来なくなっている。日本ビクターの後継会社JVCケンウッドにも問い合せて見たが反応なし。このCD-ROMの制作会社、さらに当時の担当者まで探し出したが言われたことは、「このCD-ROMを読みだすには当時のパソコンWindows95を用意する以外にありません」と。会社の消滅でその歴史の消滅まで黙認されている現実には驚いた。
この事態を解決してくれる友人が一人居た。彼によるとWindowsXPにマイクロソフト提供のソフトを使って、仮想PC98をその内部に作れるという。今やサービス停止を宣言されている古いパソコンXPを引っ張り出してテストした結果、この仮想PC98でもビクター70年史CD-ROMは読めることが判明したとのこと。「この後はご自由に」とこの大型のパソコンXPを貸し出してくれたので、自宅で問題のCD-ROMを視聴できるようになった。とは言ってもここから取り出せる情報は、静止画とアナログ音声信号だけで、これを当初の狙いに沿ったマルチメディア構成に再編集するには大変な作業を要したが、一応曲がりなりにもホームページに復活版として上げることが出来た。
それにしても今回使われた仮想PC98のソフトウエア提供は、その後XPサービス停止の直後に終了していて、現在は利用できなくなっている。ビクター70年史は「70年の歩み」(解説付きスライドショー)並びに、年表、資料、エンターテイメントやPRなどに分類された小史、等々からなる見事な社史であるが、この機を逃すと永遠に再現出来なかったものと胸をなでおろしている。
[6] 日本ビクターの若年OBへ
私は一時期、会社消滅時に会社を追われた未だ働き盛りの面々に会っても、その時に話す言葉を失っていた。ビクター70年史のアップロードを終えた今、次のように語りはじめている。
「皆さんは入社当時にこの会社が消滅するなど想像すらしていなかったことでしょうが、是非もう一度日本ビクター70年史を見なおしてもらいたい」と。そして戦後の会社は何時潰れても不思議ではない会社だった事を知った上で、さらに70年史の歩みから自分自身が歩み出す力を見つけてもらうことを期待していると伝えている。
さらに時間がある時には、トインビーの有名な著書「歴史の研究」の話をする。この本によれば、人類はこれまで戦いを通して世界帝国をつくり、文明を創り、そして滅びる、これを繰り返していて、あのエジプト王国も、ローマ帝国も、すべて同じ運命をたどっていると。日本ビクター70年史には、VHSビデオによる世界制覇もあり、その内容はまさに人類が繰り返してきた歴史そのものなのだ。さらにトインビーによれば、その文明は一旦消滅するがその後に復活(ルネッサンス)があるというから、その復活を皆さんに期待していると結ぶことにしている。
おわりに
ここに紹介した「ビクター高柳会」のホームページはYahoo検索で案内される。ただ、「イ」の字90周年記念ページとその中の「日本ビクター70史」は多くの方にも興味を持ってもらえる内容だが、パスワードが設定されている。当時の社外秘資料と著作権問題のためで、ここに明記することができなくて残念である。
― 以上 ―

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