No.42
気軽に動ける喜び

― 手を抜かず、寛容をめざして ―


丸 岡 登喜子


丸岡 登喜子(武高30会会員)
MARUOKA, Tokiko

 旧姓成田。1952年武生第一中学校、1955年武生高等学校を卒業。同年東洋レーヨン(現 東レ)金津工場に入社し、実業団バレーボールに打ち込む。1958年退社し東京へ。結婚後 名古屋、狛江を経て、1975年 秦野市に移り住み、歯科医院に勤務。ママさんバレーをずっと続けてきて、秦野市でのバレー歴は40年。歯科勤めもバレーも現在継続中。(神奈川県秦野市在住)


 

 わが家の窓外には、青い空の下にくっきりと丹沢連峰が見えます。名水の里に住んで早や40年。最近の私、何やらブツブツひとりごと。


    行って来ます
傘寿に手の届く
   今日この頃
仕事に、図書館に、
   バレーの練習に
いつだって 自由に 気軽に動ける
   この身の軽さ
“行って来ます”のあいさつを
   言える喜びを
       かみしめている
  
  
      回 復 力
先月 関東ママさんバレー大会があり
神奈川県代表で
   我がチームが群馬の赤城へ、
70歳以上の大会だが、
   私、プレーヤー最高齢
二試合フル出場で クタクタ
少し手を抜く?……
   とんでもない 全力投球よ、
帰宅三日目ダウン!!
   いよいよ体力の限界!か……と
いやいや 生涯スポーツとして
      ……続けるつもり
  
 
     心がまえ
幼少の頃 一緒に遊んだ詩人
津田幸男さんの詩に登場する犬
   「 日溜りで寝転んでいる犬
   その犬の腹の上を悠々と
   はいずり渡る青大将
   おどろく事もせず
   ただ眺めているだけ
   穏やかな流し目で……
   その犬の寛容さ 」 とある
見習いたい、
      ……その犬の寛容さを
  
 
     桜か梅か
春、桜、30会、
   好き、好き、大好き、
年々歳々 私をささえてくれて
   ありがとう
だが近年 梅がいとおしい
静かに 凛と天を仰ぐ
   その姿に惹かれる
季節が来たら 又、
   曽我梅林へ行こう
 
 
   ハゲたユニフォーム
武高バレー部のユニフォームは
   モスグリーンだった、のに
   グランド練習で色あせしていた
真黒な顔 キズの絶えない手足
授業中のいねむりと
   夢中で過した高校時代
あれから60年 
   友達とのつながりに喜び
      健康でいられる幸せ……
ずっと続いている30会と
   バレーのおかげかも
 
 
     なつかしい歌
高1のある夜、上級生に呼び出され
   自転車で大虫の農道へ
二人 笑いながら大声でうたった
   “帰れソレントへ”
後日女子バレーの先輩から、
   お小言をもらった
      にがい思い出
 
 
     こ の 夏
昔の重いふとんをまとったような
   息苦しい暑い日々
その一日の終りに
   大らかでやさしい剣の達人と逢う
   “その時はその時よ”と
   悠々と歩く後ろ姿の
   鬼平とすごす至福の時
明日も図書館へ行かなくちゃ!
 
 
     サプリメント
伏し目がちに歩いた
   桜吹雪のあの道 あの時
季節が変っても 何十年たっても
   忘れられない
胸にひろがるピンクのジュータン
貴方との思い出を
   かじりながら 生きてます
 
 
     宝  物
白いレースにつつまれた
   秘密のレターはセピア色
東京からの便りをにぎり
   二階にかけあがった恋愛時代
何通も何通も 届いた貴方からの手紙
   せつなく うれしかった
あれから五十七年
   時々虫干しよろしく読みかえす
   なつかしい筆跡、やさしい言葉
   蜜のレターは蜂蜜色に
真っ赤なリボンをかけて
   貴方の元にとどけたい
   それまでそっと かくしておこう

 「継続は力なり」を胸に、「人生、結果よりも過程こそが大切」と心に刻み、すべてに感謝しつつ、私の幕が閉じるまで楽しく生きたいと思っています。