No.43
傘寿は長寿の一里塚

― 下手でいい・下手がいいに惹かれて ―


三田村 律 子


三田村 律子(武高30会会員)
MITAMURA, Ritsuko

 旧姓定政。1952年南越中学校、1955年武生高等学校、1956年福井ドレスメーカー女学院を卒業。同年10月、社寺建築・一般建築を生業とする1721年創業の三田村家に嫁ぎ、家事と家業の事務職に従事して現在に至る。1970年よりの10年間は武生市体育指導員を務め、福井県体育指導委員会より永年表彰を受ける。1975年より、新発足の武生市婦人ボランティア連絡会に入会。この会での民話保存活動により、2003年には市の福祉協議会より、また2007年には県の福祉協議会より表彰を受ける。(福井県越前市在住)



はじめに

 越前市で社寺建築や一般建築を生業として、もう300年近く続く三田村家に嫁ぎ、主婦として、また家業の事務職として今日まで過してきました。幸い一男二女に恵まれ、長男はすでにその第9代目として家業を継いでくれています。

 私自身は、武生高校時代に陸上部に所属していたこともあり、若いころには市の体育指導員を務めたりしていました。1975年(昭和50年)に、当時の武生市社会教育課の指導で「武生市婦人ボランティア連絡会」というものが発足した際、私も誘われて入会しました。幾つかのグループがありましたが、私はそのうちの民話グループに所属して、現在まで活動を継続してきております。



民話グループでの活動

 このグループの活動は、地元の古老より昔話や伝説を聞き、本にしてその保存を図ろうというものです。この民話集「武生むかしむかし」は第1集から第16集までが出版され、その総集編として第1巻98話、第2巻45話の2冊が刊行されています。私たちの住む越前市には、面白い話、美しい話、不思議な話、恐ろしい話など、たくさんの民話や伝説が残っていて、それを纏めたものです。なお、この民話に関しては、小学校や老人施設を訪問して、あるいは丹南ケーブルテレビなどで、「読み聞かせ」の活動としても実施しております。
私の趣味

 私は、裏千家茶道を続けてもう40年近くになります。絵手紙は、小池邦夫先生の「下手でいい、下手がいい」との言葉に惹かれて始めましたが、未だに上達できません。それでも、絵手紙をあしらった自作のカレンダーを、ここ10年ほど作り続けてきました。下図にその2015年(平成27年)版の一部を紹介します。「独楽」は一年の幸せを祈って、また「蟹」は季節の旬のものとして、という具合に、月々、その月に合わせて描いてあります。
  また俳句は、頭の体操、そして四季折々の美しさを17文字に詠むことで心の鍛錬になればと思っていて、現在、詠む楽しさを味わっているところです。またパッチワーク・キルトは、指先を動かしたり、作品の配色などを考えたりする作業が呆け防止になるのではと思い、入会しました。ここに示したキルトの作品は、教室での生徒の作品展示会に出展したものです。
 このように、現在4つの会に加入していますが、それぞれの会のお友達が違った方々ですので話題も全部異なり、私なりに頭の体操に役立っているように思っております。お友達も増え、いろいろと学ばせていただき、たくさん笑い、楽しい時間を共有させていただいております。これも家族友人たちの温かい支えがあってのことと感謝しております。

 なお、俳句との出会いについては、武生現代俳句会合同句集「燦(さん)」第6号(2015年)に執筆掲載した文章がありますので、以下に再掲させていただきます。


俳句との出会い

 私が俳句と出会ったのは、夫の義兄 吉波一男(俳号吉波泡生)からでした。吉波兄は、学生時代は私宅に住み、圓徳寺の「雪しろ」に入会していました。後に奈良市に在住し、「かつらぎ」「ひいらぎ」の俳句会に在席していたようです。

 吉波兄は幼い頃、現在の福井市毛矢町に住んでいて豊富な知識の母親より沢山の物語や短歌、そして流行の唄等を聞いて育ったと聞いております。盆や正月そして福井へ取引に来た時は、話術巧みに昔話や浪花節、そして最後には面白く四季折々の風景を即詠し、私の心は、あまり良く解らぬままに、俳句の世界へと誘われて行ったようです。そんな吉波兄の影響か、私もいつか俳句を習ってみたいと思っていました。

 ところが吉波兄は呆気なくこの世を去ってしまいました。私の夢も露のように消えてしまいましたが、そんな中、南公民館に俳句教室のあることを知り、何も解からぬままに入会いたしました。吉波兄は「俳句を詠むならホトトギスが自然体でいいと思うよ。」と言っていました。私は今、俳句が少し詠めるようになった気でいますが、あまりの奥深さにドーンと壁にぶつかり、壁の高さに押し潰されそうです。

 菜の花の咲く頃になると、吉波兄の「蓮如輿」の句集を思い出します。吉波兄は殊の外、蓮如上人に熱い思いを寄せていて、琵琶湖、旧北国街道、木の芽峠など、上人の縁りの地を歩かれて吟行され、また、ふる里への想いも一入だったのではと思います。代表的句集に「蓮如輿」と「青潮」秀逸俳人叢書三十一句集を出版されています。

 そんな影響もあってか、私もいつの日にか俳句を老後の生活の花にしたいと入会しました。水上啓治先生の丁寧なご指導のもと、また教室の皆様より色々とお教え頂く中で、俳句を詠ませて頂く幸せを味わっている昨今です。最後に「義兄さん、私もやっと一歩前進です。有難うございます。」と天国に向かって言いたいと思う今日此頃です。

吉波泡生句集「蓮如輿」より                  
      蓮如輿吾も合掌受けて供奉


俳句作品の紹介

 なお、この武生現代俳句会合同句集「燦」に掲載させていただいた句に、最近詠んだ句も幾つか追加して、以下に掲載させていただきます。

空港の世界の時計去年今年
母の手の中で踊るや鏡餅
年賀状はみ出して来る婆の顔
北斎の富士を飲み込む春の波
 
雛まつり五感ゆるりとほぐれけり
能登へとの発車のベルが春告げる
春の虹まなこ離さば消えそうな
家系図に一筆加えて花菜風
 
瓦礫原母の日赤い花一輪
紫陽花の風より来たる母の文
絵手紙の大きい茄子ポスト入れ
ひまわりや今日を素直に風に揺れ
 
長崎の夜空をこがす熱帯夜
峡一村合掌屋根にねむの花
今年米神の恵みに神の水
青すすき一村包み風渡る
 
家業継ぐ柱となる孫小判草
火の岳や言葉むなしく秋の暮
秋なすび大胆に曲げ土曜市
鬼灯の灯りに母を偲びおり
 
蟷螂や目玉飛び出し明日見ゆ
紅葉山残照のみ込む東福寺
母の忌やはぜる柘榴の泪かな
ポマードの父の匂いや冬帽子


 これらの俳句や、先に掲載させていただいた絵手紙やキルト作品など、いずれも愚作ばかりで、皆様にお目に掛けるようなものではありませんが、武高30会の仲間内のこと、ご笑覧いただければと思って紹介させていただきました。


あとがき


 卒業以来かなりの歳月を経た今、「今日が一番」と感謝することを忘れずに傘寿を迎えられたらこの上なく幸せな人生ではないか、などと思うようになりました。そこで次の一句をここに添えさせていただき、筆を置かせていただきます。

     穴惑ふ傘寿は長寿の一里塚       律子