ふるさと「越前市」ア・ラ・カルト
― 井の中の蛙、井を語る ―
岩 端 るみ子

岩端 るみ子(武高30会会員)
IWAHATA, Rumiko
1952年武生第一中学校、1955年武生高等学校を卒業。1959年福井大学学芸学部教育科音楽専攻を卒業し、主に中学教員として38年間勤務し、1997年武生第一中学校教頭職を経て定年退職する。その間主に吹奏楽指導を中心に活動し、全国大会出場などを通して1976年全日本吹奏楽指導者協会優秀指導者賞を受賞し、同年音楽教育部門として福井県教職員顕彰功労賞を受賞する。退職後、武生市男女共同参画推進員として1998年より市の条例やプラン策定事業に携わり、2001年NPO法人男女平等推進協会を立ち上げ、その理事長として、市との協同による市民向けの事業を行い現在に至っている。その功績により2003年武生市政功労者賞を受賞し、2007年には福井県男女共同参画社会づくり功労者として知事表彰を受ける。また、2005年より越前市教育委員の委嘱を受け、2009年より4年間教育委員長として務め、2012年に越前市教育委員長功績表彰を、2013年には福井県教育行政功労表彰を受ける。一方、43年間続けている市民合唱団「武生」の指導は今も楽しみにしていて、多くの方の支えで2014年には福井県文化功労賞を、2015年には越前市制10周年記念特別功労賞表彰を受ける。武高30会第16代会長。(福井県越前市在住)
まえがき
私たちのふるさと越前市は、平成17年、旧武生市と今立町との合併により新しく誕生し、昨年平成27年、市制施行10周年を迎えました。
私たちが高校生活を送っていた当時の武生の町は、60数年経った今も日野山と日野川に囲まれ、桜の木と菊の花を愛する自然の環境は昔と変わっていませんが、現在人口約84,000人の中核都市として、今未来に向かって一歩ずつ歩みを進めています。
ふるさとを遠く離れ、昔を懐かしく思い出しておられる皆さん方に、武生で生まれ育ち、地元で学び、現在市民の一人として越前市に生活する私として、現状の「ふるさと」の一部をお知らせしたいと思います。
市制10周年を機に、市では「豊かな自然環境と文化を継承し、新たな時代に生かし、市民が誇りをもって暮らすまちを築くため」の環境・文化創造都市宣言を行いました。その意図を活かし、今のふるさとの様子を私勝手にア・ラ・カルトとして選んでみました。
1 コウノトリ
昭和30年、北日野地区に2羽のコウノトリが飛来したのをきっかけに保護活動が開始されました。それ以来、坂口地区・白山地区・国高地区・王子保地区などに餌を求めて飛来し、それぞれの地区でも保護活動が熱心に行われました。「コウチャン」「えっちゃん」と命名されて親しまれ、兵庫県豊岡市の保護施設とも連携をとりながら大切に見守られて来ました。
平成23年、白山地区でつがいの飼育が開始され、平成26年には福井県では50年ぶりのヒナが3羽誕生しました。「げんきくん」「ゆうきくん」「ゆめちやん」と命名され、昨年平成27年10月、成鳥した2羽が人々の見守る中放鳥され、夢と希望をのせて元気に飛び立っていきました。
コウノトリは「幸せを運ぶ鳥」「赤ちやんを運ぶ鳥」と言われていますが、市では自然環境のシンボルとして、生物の保全再生を通した「生物との共生」を目指しています。市の鳥として位置づけされたコウノトリを市民が暖かく見守り、里地里山の人と生き物との共生を大切にした環境づくりが拡げられていくことが今後の課題だと思われます。
白山地区で行われた放鳥時の拙作:
「コウノトリ 夢を広げて 青に舞う」 るみこ
2 紫式部
父、藤原為時が越前国府の国司となったことでこの地を訪れ、後に代表作「源氏物語」を書いた紫式部は越前市ゆかりの一人です。越前国で紫式部が京を懐かしんで詠んだ歌は、多く残されています。
「ここにかく 日野の杉むら 埋む雪
小塩の松に 今日やまがへる」
「名に高き 越の白山 雪馴れて
伊吹の嶽を なにとこそみね」
など、越前の地名が入った歌も詠まれています。
市内には、紫式部を偲んで日本で唯一寝殿造りを模して作られた「紫式部公園」があり、園内には日野山を眺める紫式部の銅像が金色に輝いて立っています。また、毎年「源氏物語アカデミー」が市内で開催され、全国から紫式部や源氏物語を愛好する人たちが集い、平安時代を研修する学びの場が開かれています。
毎年、秋の恒例となっている「たけふ菊人形」の平成27年度の見流し館のテーマは、市制10周年にふさわしく「紫式部と源氏物語」で、華やかな物語が菊人形で美しく飾られて越前市の特色が充分に生かされました。
3 いわさき ちひろ
今も多くの人に愛され続けている絵本作家いわさきちひろは、大正7年12月の雪の降りしきる朝、当時の武生町橘区にあった母
文江の下宿先で誕生しました。母 岩崎文江は長野県出身でしたが、奈良女高師を卒業し、当時新設されたばかりの武生町立実科高等女学校に教員とし赴任していました。父は同じ長野県出身の建築技師
倉科正勝で、大正8年誕生したばかりの知弘(ちひろ)と共に母文江は、夫の待つ東京へと6年間住み親しんだ武生を後にします。この折に当時の町長は、学校に尽くした功績を讃え、母
文江に感謝状と金一封を贈っています。
その後、画家いわさきちひろとしての生涯は決して平担なものではなかったのですが、母文江の生きかた、そしてちひろの絵に対する強い情熱と努力と才能により開花していきます。
ちひろは昭和11年18才の時、母文江と共に武生を訪れ、生まれた家やゆかりの地を訪ねています。
この生まれた家が現在「ちひろの生まれた家記念館」として、当時の面影を残して修復され、天王町にひっそりと開館しています。
母文江が武生の女子教育に力を注ぎ、娘ちひろは子どもの絵を通して平和と幸せを願い、絵本画家として多くの人々に愛され続けています。
この母娘は二代にわたって越前市ゆかりの人といえると思われます。
なお、私は縁あって開館当初から8年間初代館長として務めさせていただきました。
4 かこ さとし
多感な年少時代を武生で過ごした越前市出身の絵本作家かこさとし(加古里子)さんは、子どもに夢を与える主人公「だるまちゃん」や「てんぐちゃん」などのキャラクターを通して、夢や想像力を托した多くの絵本を書かれています。
現在もご健在で、越前市では平成25年「ふるさと絵本館 らく」をオープンし、かこさとしさんの絵本や関連資料を展示しています。また、子どもたちが気軽に絵本に親しめるコーナーなどを設置し、現在家族連れでの来館者が多く利用しています。昔ながらの伝承遊びの体験や、映画上映や子どもたちの発表利用など、創造力や探究心を育む場としておおいに期待されている新名所の一つです。
市では、開館と同時に「読書のまち宣言」を行い、市中央図書館を中心に読書の大切さの普及を図っています。
また、市内を走る市民バス「のろっさ」の車体には「いわさきちひろ」や「かこさとし」の代表的な絵が描かれており、越前市の二人の作品が市内各所を走っています。
5 和紙・打刃物・箪笥
越前市を代表する伝統産業として越前和紙・越前打刃物・越前箪笥の三つが挙げられます。これらは伝統的工芸品として国の指定を受けています。どれも人の手による技法で長い歴史の中で引き継がれ、越前市の誇りとして末長く守り継いでいくことが大切です。
☆ 越前和紙
越前和紙については、古代王朝の時代、紙の神様として知られる川上御前が、今立地区の村人たちに紙漉きの技を伝えたという伝説が残されています。
奈良時代には写経用の紙を漉いていましたが、公家や武家を通して広く使用されて全国的に紙の産地として地位を確立していきます。「奉書」や「鳥の子」など、現代までその技法は伝えられ、著名な画家や書家などの注文により大規模な高級手漉和紙が漉かれています。
若い人や後継者により新たな分野への展開も図られており、現在、今立地区和紙の里通りを中心に町づくりも整備されています。
☆ 越前打刃物
越前打刃物は、南北朝時代、京の刃匠 千代鶴国保が現在の越前市に住み、近郊の農民たちの鎌を打ち作ったことが始まりと伝えられています。旧武生町の中には鍛冶屋町といわれる地域があり、そこには打刃物業が軒を並べて日本古来の手仕上げ技法を守り、町の主要産業として栄えました。
現在では、鎌・くわ・ナタなどの農機具や包丁・ナイフなど、現代感覚のデザインや工夫を取り込んだ作品が世界的にも注目されています。
☆ 越前箪笥
越前箪笥は、江戸時代から明治大正時代にかけて多くの指物師により製造されました。家の中の調度品としての箪笥も、また、らんまや建具なども、堅固で美しく、繊細な技法による重厚な作として大変重宝がられています。その当時からタンス町として現在に引き継がれ、多くの製造業者が協力し合いながら趣向をこらした行事も行われて、市の伝統産業として注目され、また町づくりの一つとしても最近特に重要視されています。
6 越前おろしそば・ボルガライス・中華そば
昔から、美味しい地下水が豊富なこの越前市は、食文化も大切に育まれてきました。とくに、
@ 400年の歴史と手打ちによる独自の味を誇る「越前おろしそば」、
A 新しい感覚を取り入れ現代人にマッチしたボリュームたっぷりの「ボルガライス」、
B 昔から名称を変えずに伝統の味にこだわる「中華そば」
の三つが、現在、越前市のご当地三大グルメとして売り出されています。
市内では、三大グルメをセットとして提供する店もあり、それぞれの味を一度に味わうことも売りの一つです。
「越前おろしそば」は、市内の各店がそれぞれ特徴ある自慢の味にこだわっており、「ボルガライス」については、発祥や名称のナゾが全国的に話題と興味を引いています。また、「中華そば」については、ラーメンという語をあえて使わず、武生駅前界隈を中心に昔ながらの素朴で親しみのある味を大切にして、その存在感を示しています。
一度ぜひ、越前市の特色ある味を食してみてください。
あとがき
越前市以外を殆んど知らない私は、大海を知らずして小さな井戸の中ばかりを見つめてきましたが、年令を重ねるごとに、その狭く限られた井戸の良さをしみじみと感じることに気づきます。
ふるさとを愛し大切に思う気持ちは、水の波紋の広がりにも似た静かな輪の広がりを思わせます。
現在、高齢期を迎えている私たちは、1500年の歴史に支えられたふるさと越前市を誇りに思い、若い人たちや子どもたちが未来に向かって元気に歩み、ふるさとがさらに発展していく姿を静かに見つめ、陰ながら応援していきたいと切に思い願う昨今です。

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