死後の世界と魂はあるのか

死後の世界はあるのか

イントロダクション

人は、死んだらどうなるのでしょうか。この世から消えるだけなのか。それとも何らかの形で生き続けるのか。人間の意識や魂は、死後も存在し続けるのでしょうか。科学では解き明かせない、究極の問いに思えます。しかし今、生物学者や物理学者、哲学者たちが、死後の世界は存在するのかという疑問の解明に挑んでいます。

時間、空間、そして生命。時空を超えて、未知の世界を探求します。

<案内人 モーガン・フリーマン>死とは終わりなのでしょうか。永遠の静寂、暗闇、そして無。あるいは肉体が滅びた後も、人間の内なる何かが生き続けるのでしょうか。哲学者や科学者は何千年もの間、この問いについて思考を巡らせてきました。いずれ誰もが、直面する問題です。

私が6歳のとき、祖母がなくなりました。初めて体験した、親しい人の死でした。少年だった私は、疑問を抱きました。祖母はなぜ突然いなくなってしまったのか。永遠に逝ってしまったのか。それとも、祖母の魂は、どこかで生き続けているのか。

脳神経外科医の臨死体験

脳神経外科医のエベン・アレグザンダーは、ハーバード大学の医学部で、多くの手術を手掛けてきました。2008年、彼は自身に起きたある出来事をきっかけに、死後の世界について深く考えるようになりました。珍しい細菌性髄膜炎にかかり、昏睡状態に陥ったのです。

脳神経外科医 ヱベン・アレグザンダー(ハーバード大学):「髄膜炎にかかると、脳の表面全体が侵されます。人間が、死の状態に最も近づくことができる病気。そういっても過言ではないでしょう。これは、そのときの私の頭の内部を映した画像です。脳の表面が、すべて膿で覆われているのが分かります。脳細胞のエネルギー源であるブドウ糖は、細菌に消費されていました。そのため、思考を司る大脳皮質が、完全にマヒしてしまったんです。」

脳死に近い状態になってから7日後、アレグザンダーは奇跡的に昏睡から目覚め、1か月後には快復しました。しかし、昏睡状態の彼に、あることが起きていました。

脳神経外科医 エベン・アレグザンダー(ハーバード大学):「昏睡していたときのことで真っ先に思い出すのは、今私が“ミミズから見た世界”と呼んでいる光景です。見えるもの全てがくすんでいて、薄暗く、色は茶色や赤。頭の上に木の根があったのも覚えています。とても長い間そこにいたような気がします。記憶は失われ、言葉もすっかり消え去っていました。もちろん、集中治療室で起きていることなど、何もわかりませんでした。すると突然、何かくるくる回るものが現れ、しだいに大きくなっていきました。そして、私がそれまでいた、土の中のような汚らしい世界、醜く不吉な光景を、すべて消し去ってくれたんです。私は、突然美しい野原に出ました。自分の体が存在する感覚はありませんでしたが、美しい蝶の羽の一部になっていることが分かりました。周りには、ほかにも色鮮やかな蝶が何百万匹もいて、群れをなして飛んでいました。それから私を含む蝶の群れは、この世を離れ、今私がコア<「コア(中心)」>と呼んでいる場所に行きました。コアは最初、とてつもなく広く暗いところに思えました。でもやがて、温かく神聖なものが、コアに存在しているのを感じるようになりました。それは、この世とは違う場所に存在する、間違いなく、私たちが神と呼んでいるものでした。目の前にいくつもの宇宙が広がりました。その宇宙の大きな部分を占めているものは、愛であると確信しました。」

臨死体験をした多くの人々が、アレグザンダーとよく似た証言をしています。ほとんどの体験者が、何か超越的なものが存在すると語っています。しかし科学は、まだそれを証明できていません。

脳神経外科医 エベン・アレグザンダー(ハーバード大学):「私の体験を、神経科学の立場から説明するのは困難です。科学者としての私は、自分自身の体験に懐疑的ですが、昏睡中の記憶はとても鮮明です。神経生理学や、神経解剖学の様々な知識を駆使して、自分の体験について考えてみました。しかし、私の体験を十分に説明できる仮説を見出すことは、できませんでした。それで結局、私の身に起きたことを神経科学によって説明することは、不可能であるという結論に至ったんです。」

精神科医の臨死体験調査

エベン・アレグザンダーと同じような体験をした人は、ほかにも数多くいます。ブルース・グレイソンは、バージニア大学医学部の精神科医です。これまでに1,000件以上の臨死体験を調査してきました。

精神科医 ブルース・グレイソン(バージニア大学):「臨死体験で必ず語られるのは、深い安らぎ、安堵感、肉体からの離脱、そして、まぶしい光です。その光は、温かさと無条件の愛にあふれているそうです。中には、人間とは違う神聖な存在に出会ったと語る人もいます。それを神と呼ぶかどうかは人それぞれですが、全能の力を持つ存在という点では一致しています。」

多くの科学者は、こういった体験を、ニューロン<ニューロン(神経細胞)神経系を構成する細胞>に酸素が行き届かず、脳に強いストレスがかかったために引き起こされた幻覚だとみなしています。

遠心機の気絶と臨死体験の違い

<遠心機>1970年代、アメリカ空軍である実験が行われました。遠心機を使って、パイロットに大きな重力をかけます。血液が足の先に集まり脳の酸素が欠乏したため、参加したパイロット全員が気絶しました。意識が戻ると、まぶしい光を見たという人や、意識が肉体を抜け出し、自分自身を上から見下ろしていた、という人がいました。臨死体験者の証言とよく似ていますが、重要なことが欠けていました。

精神科医 ブルース・グレイソン(バージニア大学):「パイロットたちは、臨死体験者と同じような体験をしました。しかし、今は亡き愛する人たちとの再会や、神聖な存在との出会いなどはありませんでした。臨死体験を科学的に説明しようとすると、すぐに突き当たる壁があります。考えることなどできないはずの脳が、なぜ複雑な思考をし、それを記憶しているのかという点です。」

臨死体験とは、命のともしびが消えようとするときに見る、最後の夢なのでしょうか。それとも、死の先に何かがあることを示す印なのでしょうか。真実を知るためには、魂とは何なのかを科学的に解明する必要があります。魂とは空想の産物なのか、それとも実在するものなのか。

死後の世界を科学的に考える場合、欠かせない問題があります。意識とは何かという問題です。意識とはどこから来て、死後どこへ行くのでしょうか。

麻酔科医の考える脳と意識の関係

スチュワート・ハメロフは、アメリカ、アリゾナ大学にある意識研究センターの所長です。麻酔科医としても活躍しています。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「何も心配いりませんよ。目が覚めたら、とてもいい気分になっているはずです。」――「麻酔をかけられた患者は、夢を見ません。意識を失い、目覚めたときには、自分がどれくらい眠っていたのかもわかりません。意識はありませんが、脳自体は活動しています。なぜこの状態が生じるのかは、解明されていません。」

多くの患者と接するうちにハメロフは、脳の活動と意識との関係性を知りたいと思うようになりました。ハメロフは、イギリスの著名な物理学者、ロジャー・ペンローズ<物理学者 ロジャー・ペンローズ>と共同研究を始めました。二人は、脳の働きに関する新しい説を打ち出し、永遠の魂をめぐる科学的論争を巻き起こしました。この説の根幹をなすものは、脳細胞の中にあるマイクロチューブルという構造です。

<マイクロチューブル>アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「マイクロチューブルは、脳細胞の中にある管のような構造です。細胞骨格<細胞骨格>の一種で、細胞の構造を決定づけています。マイクロチューブルは、細胞を、一種のコンピューターのようにして機能させる役割を果たし、分子レベルで情報を処理しているのだと考えられます。」

<量子コンピューター>マイクロチューブルは、脳を従来のコンピュータとは違う量子コンピューターとして機能させる役割を担っていると、ハメロフたちは考えています。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「このドミノを、脳の右脳と左脳だと思ってください。一般に脳は、ニューロンの集合体だとみなされています。一つのニューロンが活動するとシナプス<シナプス ニューロン間の接合部>を経て次々とほかのニューロンに信号が送られていきます。一つのニューロンが活動すると周りのニューロンも活動し、脳全体に信号が送られる。これが従来の考え方です。」

量子もつれと量子情報

<量子もつれ>従来型コンピューターでは、跡をたどることが可能な回路を経て、信号が伝達されます。しかし量子コンピューターでは、量子もつれと呼ばれる未知のプロセスを経て情報が伝達されます。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「量子もつれは、意識と深い関係があると私たちは考えています。ある場所でニューロンの活動が起きたとします。すると空間的に離れた全く別の場所で、それに対応した反応が起きる。直接接触していないのに、瞬時に情報が伝わるんです。」

ハメロフたちは、あるマイクロチューブルで起きた変化が、離れた場所にある別のマイクロチューブルに影響を及ぼす可能性があると考えました。また量子論によれば、何もない空間でも情報が伝わります。

<量子情報>アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「量子情報は、全ての空間、宇宙にも存在しています。このドミノと違い、あらゆる方向に情報が伝わるため、こちらで何かが起きると、すぐに離れた場所にも影響が及ぶわけです。」

この説が正しければ、マイクロチューブル内の情報が、脳の外にある広大な空間と繋がる可能性があります。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「脳内の意識が量子もつれによって、広く宇宙全体に存在する可能性もあるわけです。」

原意識(プロトコンシャスネス)

人間の意識は、脳を構成するニューロンよりも、もっと基本的な宇宙の構成成分のようなものでできていると、ハメロフは考えています。

<「原意識(プロトコンシャスネス)」>アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「私が原意識と定義したものは、ビッグバンのときから宇宙に存在しています。」

ハメロフたちのいう量子もつれの理論を応用すれば、臨死体験の謎も解けるかもしれません。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「心臓が止まり、血液が流れなくなると、脳は量子コンピュータとして機能しなくなります。しかし、マイクロチューブル内に存在する量子情報は破壊されず、宇宙全体に散らばります。患者が息を吹き返すと、散らばった量子情報は再び脳内に戻ってきます。そして、白い光を見た、亡くなった家族に会った、体を抜け出したと言うわけです。息を吹き返さなければ、量子情報は肉体から離れたまま、魂として存在する可能性もあります。」

量子情報が脳内と宇宙空間を行き来するのが臨死体験の本質だと、ハメロフは考えています。それは手術室での体験とも一致するといいます。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「脳死宣告を受けた患者の臓器提供手術で、何度も麻酔を担当してきました。つい最近、大動脈が止められ、脳に血液が流れていない患者のモニターをチェックしたところ、脳のニューロンが爆発的に活動している現象を確認しました。驚くべきことですが、まさにこの目で見たんです。」

魂とは、宇宙と繋がる量子コンピューターである、という説に、多くの科学者は懐疑的です。しかしハメロフは、自分たちの主張が少しずつ実証されていると感じています。生物学上の様々な現象が、量子論を応用することで、説明可能だとわかってきたからです。

アリゾナ大学 意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「20年ほど前に出した我々の説を、根本的に否定できた人はいません。今後も新たな証拠が、我々の説を後押ししてくれるはずです。」

意識はどこから来て、どこへ行くのか。もし意識というものを計測できる方法があれば、その疑問に対する答えが見つかるかもしれません。

神経学者による脳活動パターン計測

その方法が見出される可能性が出てきました。ある科学者が、脳の活動パターンによって意識の謎に迫ろうとしているのです。

人間の脳は、およそ1,300グラムと、それほど大きくありません。しかし、世界を一変させてしまうようなアイデアを生み、キング牧師やチンギス・ハンなど、さまざまな個性を作り出します。脳は、自分が人間であることを自己認識し、多くの人は脳に意識が宿っていると考えています。意識とは、脳から生まれるのでしょうか。意識が、脳そのものよりも永らえることはあるのでしょうか。人が死んだとき、脳に何が起きるのかを研究するのは容易ではありません。しかし、死によく似た現象は毎日起きています。人は、眠りに落ちると意識が遠のきます。

神経科学者のジュリア・トノーニは、意識を失った状態で脳がどのように変化するのかを研究しています。意識の謎を解明するのが目的です。

神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「意識のもっとも単純な定義は、夢を見ない眠りにつくと、消えるもの、です。しかし意識がなくなっても、脳の中のニューロンは、目が覚めているときと同じように、活発な状態にあります。脳kが活発な状態にありながら意識をなくすとは、いったいどういうことなのでしょう。」

脳内に生み出される特別な炎

トノーニによれば、私たちがある体験をすると、脳に独特の活動パターンが生まれます。複雑な体験をすれば、パターンもより複雑なものになります。トノーニは、それを測定することで意識の謎に迫りました。

<関係性の情報>神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「どの体験も、素晴らしいパターンを生み出します。燃える炎が絶えず変化しながら、美しい形を見せてくれるようなものです。そのパターンを特徴づけるのは、私が「関係性の情報」と呼んでいるものです。意識は、脳内に生み出される特別な炎です。それが燃えて輝くには、特別な材料が必要です。」

しかし、その炎がいつ燃え上がり、いつ消えるのかを突き止めるのは簡単ではありません。ジュリオ・トノーニは、人が夢を見ない眠りに落ちて意識をなくしたとき、脳がどう変化するのかを調べる実験方法を考案しました。意識を失った頭の中を、神経学的に調べようというのです。

経頭蓋磁気刺激法による計測

<経頭蓋磁気刺激法>神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「経頭蓋磁気刺激法を用います。頭部を切開することなく脳にごく弱い電流を流す方法で、安全です。大脳皮質が、電流にどう反応するのかを調べます。」

最初は、目を覚ましている被験者に対する実験です。電極を網状に配置して、脳全体の活動を記録します。スイッチを入れると、大脳皮質に1/10秒間、刺激が与えられます。その刺激が、脳の一部のニューロンを活動させ、次々と別のニューロンに信号が送られます。この神経活動は大脳皮質のおよそ30%に広がり、1/3秒ほど続きます。一つの刺激が、脳の中で呼び鈴のように反響しています。明らかに意識がある状態です。では、意識がないときはどうでしょうか。

(註:実験助手)「被験者は、今眠りに落ちています。この状態で先ほどと同じ刺激を脳に与えて、反応を見てみましょう。」

刺激を与えたニューロンは、活動しました。しかし、今度は周りへの反響は起きず、刺激がなくなると、活動もすぐ止まりました。眠っている状態では、脳の一部がほかの部分と情報を共有する力が失われているようです。つまり、情報を共有する力こそ、意識の重要な要素なのだとトノーニは考えています。

目が覚めているときは、脳の中で政府の閣議のようなものが開かれています。大臣や専門家の意見をまとめて、行動計画を決めるのです。しかし、眠りに落ちると専門家がいなくなるため、何も決められなくなります。

神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「深い眠りに落ちると、なぜ人は意識を失うのか。脳内の専門家たちが、話し合いをやめるからです。眠ると、専門家たちが会話をしにくくなるいくつかのメカニズムが働きます。そして最終的に、会話が完全にできなくなると、人は意識を失うわけです。」

トノーニの研究は、昏睡状態にある患者の有無を見極めるため、医療機関で応用されるかもしれません。

神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「あなたの家族が昏睡状態に陥ったとします。息をしているのに、苦しんでいるかどうかも分からない。そんな状況でまず知りたいのは、その人の中に、まだ意識が存在しているかどうかでしょう。」

ジュリオ・トノーニは、意識の有無を判定する方法を見つけたようです。しかし、入り組んだニューロンのネットワークの中でいかにして意識が生まれるのかは、いまだに謎に包まれたままです。

神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「意識を生み出すために複雑なシステムが必要だというのは事実です。しかし、単に複雑ということなら、インターネットも非常に複雑です。あるいは、チェスのプログラムも、極めて複雑です。ほかにも複雑なものはたくさんありますが、意識は生み出せません。意識を生み出すために必要なのは、正しい複雑さです。そんな離れ業を成し遂げられるものは、ごくわずかしか存在しません。どうやら大脳皮質は、それをほぼ理想的に達成できるようです。」

魂に重さはあるか

意識の根源を見つけ出す方法はあるのでしょうか。そして、自己を認識することと魂は、同じものなのでしょうか。人間の魂を見つけたと主張する人々もいます。

魂とは何でしょうか。エネルギーでしょうか?触(さわ)れるのでしょうか。そして重さはあるのでしょうか。1907年、アメリカの医師、ダンカン・マグドゥガルは、魂の重さは21グラムだという説を発表しました。人が死亡する際の重量の変化から割り出された数字です。しかしその後100年以上、この実験を再現できた者はいません。なぜなら、量るべきものが見当たらないからです。

魂とは、何らかの物質なのでしょうか。物質だとすれば、魂も原子からできているはずです。地球は、何十億年もの間、原子をリサイクルしてきました。森の木、海水、そして人間の細胞に至るまで、リサイクルされた原子から成り立っています。あなたの体の一部に、かつてクレオパトラの肉体を形作っていた原子が混ざっているかもしれません。人間の細胞は絶えず死滅しています。その一方で、一時間に十億個の細胞が新たに生み出されています。つまり年齢に関係なく、肉体の大部分は10歳に満たないのです。

唯物論

クリストフ・コッホは、生物学と工学の教授です。人間の本質は、一つ一つの原子や細胞とは無関係で、ニューロン<ニューロン(神経細胞)神経系を構成する細胞>のネットワークの状態がその人物を作りあげていると、コッホは考えています。

生物学者/工学者 クリストフ・コッホ(カリフォルニア工科大学):「脳ほど複雑なものはありません。人間の脳にはおよそ1,000億個のニューロンがあります。一つ一つのニューロンが小型コンピューターのようなもので、それぞれが1万個から10万個の別のニューロンと繋がっています。」

ニューロン一つ一つに意識は宿りません。ニューロンが大規模に連係し合い、ネットワークを形作ることで意識が生まれます。

生物学者/工学者 クリストフ・コッホ(カリフォルニア工科大学):「意識とは、膨大な数のニューロンが活動することで生じるものです。そこから魂が生まれ、喜怒哀楽の様々な感情も生まれるんです。」

しかしコッホが考えるように、脳内のネットワークが人間の本質だとすれば、永遠の魂は存在しないことになります。

生物学者/工学者 クリストフ・コッホ(カリフォルニア工科大学):「人は様々な経験によって、絶えず変化していきます。永遠に変わらないものなどありません。年を取れば肉体も性格も心も変わります。不変の魂などというものはないんです。魂とは、脳が生み出すものであり、常に変化していくものです。」

<唯物論>こうした考え方は、唯物論と呼ばれます。魂を生み出すものが、脳内の物質的なネットワークである以上、魂が肉体よりも永らえることはあり得ない、永遠の魂は幻想に過ぎない、という考え方です。

生物学者/工学者 クリストフ・コッホ(カリフォルニア工科大学):「脳が機能しなくなり、ニューロンの活動がストップすれば、人々が魂と呼んでいるものも存在しなくなります。」

認知機能のモデル化

しかし認知科学者のダグラス・ホフスタッターは、魂は死んだ瞬間に消えるものではない、と考えています。

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「大学時代、大好きな教授がいました。物理学者でしたが、同時に、とても信心深い人でした。ある日その人が、脳の中にはまだ発見されていない、未知の微粒子が存在する、その微粒子が魂や意識を生んでいるんだと言ったんです。その発言を聞いて私は、衝撃と戸惑いを覚えました。」

ホフスタッターは、より科学的な手法で魂に迫ろうとしました。そして、認知機能のモデル化に成功し、人はどのようにものを考えるのか、という謎の一端を明らかにしました。

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「人間は、まわりの世界をモデル化し、そのイメージで世界をとらえています。たとえばコショウ入れ。ちらっと見ただけで、それがコショウ入れであることを認識します。心の中に、すでにコショウ入れのモデルが存在しているからです。」

いわば、まわりの世界の地図を心の中に作る行為で、どんな動物も行っています。たとえば、蜂は太陽と巣の位置を知っています。オニイトマキエイは、入り組んだ海流の中を進みます。ヒヒは群れの序列を覚えます。人間の心の地図は出会う人や物など、様々な要素からできています。

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「私たち人間は、まわりの世界に存在するものだけでなく、自分が何者かという概念まで、心の地図に組み込んでいます。たとえば、自分の肉体的な特徴。ユーモアのセンス。バスケットボールのうまさ。そういった様々な要素を反映させて、自分が何者であるかという概念を作り上げるんです。」

精神のフィードバックループ

<「精神のフィードバックループ」>ホフスタッターは、このような心の地図を、精神のフィードバックループだと考えています。

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「テレビ画面にカメラを向けると、延々とテレビ画面が映し出されます。これが、フィードバックループの一例です。それと同じように、人間の魂とは、長年にわたって自分自身を認識し、その結果を繰り返し、フィードバックしていく過程で生み出されるもので、実在するものなんです。」

魂が自己認識の産物だとすれば、人間以外の生物にも多かれ少なかれ、魂があることになります。知能が高いほど、魂は大きくなるとも考えられます。はたして魂は人間に特有のものなのでしょうか。それとも、自己認識できる生物全てに存在するのでしょうか。

人工の魂

魂は、人間に特有のものではないという立場から、魂を人工的に作り出そうとしている科学者がいます。その研究は、死後の世界の謎を明らかにするのでしょうか。

人間の魂は肉体に勝るものであり、肉体は魂の入れ物に過ぎない。多くの宗教がそう説いています。しかし多くの科学者は、魂とは進化の歴史のなかで生み出された、脳の自己認識ネットワークであると考えています。それが正しいとすれば、人間の脳のコピーを作ったらどうなるのでしょうか。脳のコピーにも魂が生まれるのでしょうか?魂や精神というものをコンピューターで再現できるとしたら、人間は死から逃れる道を見出せるかもしれません。

世界中の研究者が人間の脳を解析し、人工的に模倣しようとしていますが、非常に難しい課題です。脳は極めて複雑なものだからです。脳を完全に解析するには、まだ長い年月がかかりそうです。それを待ちきれない科学者たちは、生きたニューロンとコンピューターを繋ぐアイデアを生み出しました。生物学と工学を融合することで、魂の謎に迫ろうとしています。

神経工学者 スティーヴ・ポッター(ジョージア工科大学):「コンピューターでシミュレーションできるのは、極度に単純化されたニューロンに限られます。この培養皿にあるような本物のニューロンは、現代のコンピューターでシミュレーション可能などんなものよりも、はるかに複雑です。」

神経工学者のスティーヴ・ポッターは、半分が生きた細胞、半分が機械でできた脳を作ろうとしています。ラットの胎児からニューロンを採取して培養し、小型の電極版の上で育てているのです。

人工頭脳 ハイブロット

<多電極アレイ培養皿>神経工学者 スティーヴ・ポッター(ジョージア工科大学):「多電極アレイ培養皿と呼ばれるもので、緑に光っているのがニューロンです。培養皿の電極はニューロンの活動を記録したり、刺激を与えたりする装置と繋がっています。ニューロン同士は、軸索と、樹状突起<軸索 樹状突起>で結合しています。映像の再生スピードを上げると、ニューロン同士が結合し、信号をやり取りする様子がよくわかります。いわば、ニューロン同士の会話と呼べるものです。ニューロンがほかのニューロンに信号を送るたびにカルシウムが放出されるため、カルシウムに反応する色素を使うと、会話の様子が撮影できます。」

電極を通じてニューロンに情報を与えると、ニューロンが反応します。その電極はコンピュータを介して小型のロボットにも繋がれているため、ロボットは半分生きたニューロンでできた人工頭脳を持つことになります。

<ハイブロット>ハイブロットと名付けられたロボットは、新しい生命体といえるかもしれません。実験台の上で進む道を発見するたびに、ニューロンが反応しているのが分かります。動物と同じように、ハイブロットも経験と学習を重ねます。では、このハイブロットのようなロボットが、意識を持つ可能性はあるのでしょうか。

神経工学者 スティーヴ・ポッター(ジョージア工科大学):「このような培養システムが、いずれ意識を持つかどうか。私たちの答えは、イエスです。培養皿の中のニューロンは、環境から情報を受け取り、複雑な方法でそれに応えています。ごく初歩的なレベルですが、環境を意識しているんです。別の生物のニューロンを使い、さらに複雑なシステムを作り上げれば、人間に近い意識を生み出すことも可能だと思います。」

自己認識と魂の有無を知る方法

しかしハイブロットが自己を認識し、魂と呼ばれるものを持ったとしても、どうすればそれを知ることができるのでしょうか。方法は会話しかありません。人工の脳に「あなたに意識はありますか」と尋ね、相手がそうだと主張してくるなら、それを信じるしかないのです。これは人間の場合も同様で、相手に本当に意識があるかどうかは、相手の言葉を信用する以外、確認するすべはありません。たとえ、相手がゾンビでも。

神経工学者 スティーヴ・ポッター(ジョージア工科大学):「今でも人工の脳に、ごく単純な意識を持たせることは可能だと思います。しかし、私が目指しているのは、人間の意識の完全なコピーです。たとえば、私の意識のコピーを別の肉体に移植したら、会った人が私自身だと思い込んでしまうようなレベルのもの。そんな意識を作り出す方法は、まだ見当もつかない状況です。」

魂を人工的に作り出し、私たちの意識をコピーするまでには、まだ長い時間がかかりそうです。しかし肉体が滅びた後も、魂をこの世に残すことは可能だと考える人もいます。

思考パターンの混じり合い

<案内人 モーガン・フリーマン>科学技術が、意識や魂の謎を解明するまでには、まだ長い道のりがあるようです。では、ほかに方法は?

認知科学者のダグラス・ホフスタッターが、ヒントを与えてくれました。ホフスタッターによれば、意識とは、脳が様々な情報を組み合わせて思考パターンを作り出すところから生じるものです。

ある人物の思考パターンは、その人ひとりの物ではなく、生きている人も死んでいる人も含め、影響を受けた人たち全員の思考が混ざり合っているということです。そして、人は複雑な思考パターンを、ほかの人に伝えることもできます。

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「ショパンの楽譜です。白い紙の上に並ぶ黒い音符は、ショパンの精神活動の核心を伝えてくれます。高揚感、絶望、喜び、あきらめ、苦悩。さまざまな感情が、曲の中に余すところなく表現されているため、私たちは、他人であるショパン<フレデリック・ショパン(1810~49)>の心の中を、深く覗き込むことができます。亡くなってから160年以上が経つのに、ショパンの魂の一部はこの世に残り、多くの人々の心の中で生き続けているんです。」

これはある意味で、永遠の魂と呼べるものでしょう。

死のあとに残るもの

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「死とは、皆既日食に似た現象だと思います。日食になると、月が太陽の前に来るため、太陽の光は遮られ、地上は暗くなります。でも、全ての光が消え去るわけではありません。月が太陽と完全に重なっても、コロナの淡い輝きが、月のまわりを縁取ります。その淡い輝きこそ、人間が死んだ後に残るものなんです。」

ホフスタッターがこのような見方をするようになったのは、妻キャロルの死がきっかけでした。

認知科学者 ダグラス・ホフスタッター(インディアナ大学):「イタリアに滞在中、突然、妻に脳腫瘍が見つかりました。診断を下されたのが12月11日で、翌日の夜には昏睡状態に陥っていました。本当に、あっという間の出来事でした。長年人生を共にしてきたパートナーが、突然いなくなってしまったんです。私は、こう考えずにはいられませんでした。何か、妻の一部だけでも、生き続けさせることはできないものだろうか。もし可能なら、魂をどこかに移すことはできないものだろうか。ごく限られた範囲ですが、それは可能だと気づきました。今私の中に存在するキャロルは、非常に大雑把なものです。本当の彼女に比べれば、荒いコピーに過ぎません。例えるなら、生きている人は、数百万個の美しい石でできたモザイク画のようなものです。死によってモザイク画は破壊されますが、その前にコピーを作っておくことは可能です。ただし、コピーはせいぜい、1,000個の石しか使えません。色も構図も同じですが、全体にもっと大まかなものになります。それでも、オリジナルが失われた後、絵の概要を伝える役には立ちます。」

私たちの魂の一部は、出会った人々の中で生き続けます。人間性の最も印象深い部分が、肉体よりも長くこの世にとどまるのです。

死後の魂の行方

では、人々の心の中以外に、魂が存在し続ける場所はあるのでしょうか。人間の意識は、肉体の死と共に失われるのでしょうか。魂は、いずれ科学技術で再現可能になるのでしょうか。あるいは魂は、死とともに宇宙に広がるのでしょうか。死後の世界の魂の行方について、科学者の意見は大きく分かれています。

神経科学者 ジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学):「意識を失えば、魂も何もかも失われます。あなたの存在は、完全に消え去るんです。」

精神科医 ブルース・グレイソン(バージニア大学):「臨死体験者の言うことをそのまま信じるなら、人間の意識や精神は、肉体がなくても存在しうることになります。」

アリゾナ大学意識研究センター所長 スチュワート・ハメロフ:「量子論にもとづいて意識をとらえれば、私たちがこの世に存在する意味や目的は、大筋として説明できると思います。死後の世界や生まれ変わりについてもです。」

脳神経外科医 エベン・アレグザンダー(ハーバード大学):「私は、自分の臨死体験を通じて、この世の外でも、魂が素晴らしい形で存在できることを知りました。それは紛れもない真実です。この世を去るとき、誰もがそれを知ることになるでしょう。」

誰もが、人生の終わりに死の真実を知るでしょう。しかし、生きている間に知ることは、難しいようです。死が、人間の理解が及ばぬ世界だとしたら、必要なのは、何を信じるか、なのかもしれません。

<終>

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