ハーケンクロイツ ~ドイツ第三帝国の要人たち~

ベッティーナ・ゲーリング

ゲーリングの兄の孫

「そうなんです。私はヘルマン・ゲーリングにそっくりなんです。ヘルマンの実の娘より似ています。兄は、母方の親族に似た顔をしています。でも私は、顔以外にも、父方の人たちと共通点が多いのです。過去の経験から、私はそのことを強く意識するようになりました。自分が、あの人たちと同じ欠点を持っているかどうか、わかりません。でも、できれば、母方に似ればよかったのに、と思います。嫌ですよね。嫌われる部分を受け継いでいるんだとしたら。」

ベッティーナの祖父の弟、ヘルマン・ゲーリングはナチス指導者の一人で、ヒトラーの側近であった。ヨーロッパのユダヤ人絶滅命令を下し、ニュルンベルク裁判で死刑判決を受けたが、執行の直前、服毒自殺を遂げた。

「ゲーリングという名前は、私にとって長い間、負担になっていました。アメリカに移住して、結婚して、夫の姓に変えたときは、なんというか――新しいスタートを切ったような感じがしました。でもその後、離婚することになり、夫の名前を使い続けるか、ゲーリングに戻るかで、とても悩みました。旧姓がゲーリングでなければ、夫の名前を使うのは、すっぱりやめていたでしょう。でも、ゲーリングよりは、ましでした。」

〔米国 ニューメキシコ州 サンタフェ〕

「ドイツを離れて30年以上になります。もう35年になるかしら。遠く離れていたほうが、一族の過去に向き合いやすいのです。」

「兄と私は、現実的で、重い決断に踏み切りました。不妊手術を受けることにしたんです。私たちは、ゲーリング家の子孫を増やしてはいけないと考えました。」

「祖母が一緒に住んでいたころ――私が11か、12歳くらいのときでした。家族でホロコーストのドキュメンタリー番組を見ていたとき、祖母はずっと、『全部うそよ、全部うそ』と言い続けていました。『どうしてそんなことが言えるの?真実をよく見て。』そう私たちは言いました。当時から、家族のなかで、考え方の違いや、喧嘩があったんです。あの人たちは、起きたことを認めてしまうのが恐ろしいんです。だからそんなことは何もなかったと主張して、目をそらそうとしていたんだと思います。」

〔米国 ニューメキシコ州 サンタフェ〕

「時々、ドイツの料理や、文化や音楽が恋しくなるんです。そんなときは、ドイツ料理のパーティを開くことにしています。夫が、ドイツ民謡を歌うこともあります。ドイツ文化は、すべてにナチスの色がついてしまいましたが、考えてもみてください、ナチスの支配はたった12年間なんですよ。私は、ドイツのクラシック音楽や、文学が大好きです。他では見られない質の高さがあります。」

「来てくださって、ありがとう。たまには気兼ねなく、ドイツの伝統を楽しみましょう。グーラッシュと赤キャベツを用意しました。シュペッツレもあります。では、楽しんで。」

♪祖国ほど美しい場所はない
どこまでも続く広大な山河
菩提樹の木陰で落ち合う
夕暮れが近づくころ 菩提樹の木陰で落ち合う 夕暮れが近づくころ♪

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