エヴァ・ブラウン
エヴァ・ブラウン~ヒトラーの最後の恋人
1945年4月28日。アメリカ軍が、ドイツ、ミュンヘンを制圧しました。ミュンヘンには、ヒトラーの私邸があります。そこで一人の兵士が、見たこともない女性の、一枚の写真を見つけました。
同じ日のベルリン。首相官邸は、ソビエト軍の攻撃を受けていました。そのとき地下壕では、ヒトラーが、最後のときを迎えようとしていたのです。
元ヒトラーの秘書 T・ユンゲ「あの日、エヴァ・ブラウンが、奇妙なことを言ったんです。あなたは今日泣くことになるわ、って。私はとうとうそのときが来たと思いました。ヒトラーは、自殺する前に予告すると聞いていましたから。」
死の直前に、ヒトラーとエヴァ・ブラウンは結婚式を挙げました。
「エヴァは、その日結婚することを知っていたようでした。首相官邸の地下のホールに、婚礼の祭壇代わりのテーブルが設えられました。」
切迫した状況の中でさえ、正式な手続きが取られました。
元総統司令部の無線オペレーター R・ミッシュ「突然見知らぬ男が入ってきて、こう言ったんです。戸籍係です。総統が結婚されると聞いて伺いました。私たちは、何も聞いていませんでした。」
エヴァの希望で、彼女のお気に入りの音楽がかけられました。二人が署名した、結婚証明書。夫婦となる二人は、純粋なアーリア人であることを証明しなければなりませんでした。名字の最初の文字を、誤ってブラウンのBと書いたエヴァ。彼女のために用意された結婚指輪は、大きすぎました。
エヴァのいとこ G・ワイスカー「結婚に関していえば、ヒトラーはずっとドイツという国と結婚していたのです。でもそのドイツが存在しなくなったのだから、エヴァとの結婚を拒む理由もなくなった、そういうことです。」
ヒトラーが支配するドイツは、連合軍に敗北しました。1945年5月5日。アメリカ軍は、バイエルンアルプスの、ベルヒテスガーデンに到達しました。ここは、ヒトラーの実質上の本拠地でした。かつての権力の中心は、廃墟と化していました。
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アメリカ軍は、ヒトラーの山荘の調査を始めました。地下の避難所や通路は、5キロメートルにも及びました。ここは、エヴァ・ブラウンが避難するための部屋。足を踏み入れたアメリカ兵は、彼女の存在を全く知りませんでした。エヴァがこの部屋に来ることは、滅多にありませんでした。ベルヒテスガーデンは、戦場にはならなかったのです。
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やがてアメリカ兵は、「身近な題材」という名前のフィルムを発見しました。それは、エヴァ・ブラウンのカラーフィルムでした。エヴァ・ブラウン。その存在をひた隠しにされた女性。彼女は、ヒトラーの最後の恋人でした。
生い立ち
エヴァ・ブラウンは、1912年、教師のフリッツ・ブラウンと、妻フランシスカの二人目の子供として生まれました。ブラウン家は、ミュンヘンの一般的な中流家庭で、既に娘がいたことから、父親は息子を望んでいたようでした。エヴァは、ごく普通の家庭で育ちました。
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エヴァは、ジムバッハの修道院付属学校に入りました。
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若いエヴァは、人から注目され、好かれる存在になりたいと願っていました。そして、名声を夢みたのです。
エヴァのいとこ G・ワイスカー「エヴァは、自分はスターにならなくていいけど、人々の中心に立っていたいと話していました。」
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エヴァは、いつか王子様が現れると夢みる、ごく普通の少女でした。
エヴァの幼なじみ A・ヒエンドルマイヤー「子供がよく使う言葉があるんです。悪い男に近づかなければ、きっと王子様が現れる。」
当時ワイマール共和国は、右翼勢力に脅かされていました。そして1921年、ヒトラーが、国家社会主義ドイツ労働者党の党首になりました。彼は権力の座を狙い、1923年、クーデターを起こしました。このいわゆるミュンヘン一揆は失敗に終わります。しかしその裁判での判決は、極めて軽いものでした。
ヒトラーとの出会い
1929年、17歳になったエヴァは、修道院の付属学校を卒業しました。彼女はいたずら好きで、あまり信心深くはありませんでした。そんなエヴァは、ヒトラー専属の写真家、ハインリヒ・ホフマンのもとで働くことになります。
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そこでエヴァは、ヴォルフと名乗る男性と出会います。それが、アドルフ・ヒトラーでした。エヴァは政治には全く興味がありませんでした。その男性が、自分を褒めそやしてくれる人かどうか、それだけが重要でした。そしてヒトラーは、従順で、明らかに自分より弱い少女を好みました。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「カメラマンのホフマンが、なんとかしてヒトラーとエヴァを結びつけようとしていたんです。エヴァ・ブラウンを銀のお盆に乗せて、ヒトラーが食いつくのを待っていたようなものです。」
ホフマンは、ヒトラーに取り入るためにエヴァを利用したのです。しかしエヴァは、ヒトラーと知り合ったことを誇りに思っていました。
行きつけのレストランで長々と話をするヒトラー。エヴァにはほとんど理解できませんでした。それでもエヴァは、ヒトラーに惹かれていました。そんな二人の関係を決めるのは、ヒトラーでした。
エヴァのいとこ G・ワイスカー「ヒトラーには権力がありました。彼はその権力を行使したのです。エヴァもそれを望んでいたのかもしれません。」
自殺未遂
しかしヒトラーが望んだのは、恋愛における権力ではなく、政治における権力でした。エヴァの待ちわびる日々が始まりました。何週間も連絡がなく、エヴァは愚痴をこぼします。「彼の時間はほかの人のためにあるのよ。」エヴァはヒトラーを独占したいという強迫観念に取り憑かれ、その思いは、とうとう行き場を失いました。
1932年11月、エヴァは、自宅でピストル自殺を図ります。本当に自殺を?というヒトラーの問いに対し、医師は、心臓を狙っていましたと答えました。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「ヒトラーがあまりにも彼女を放っておいたから、彼女は何もかもが嫌になったのです。」
エヴァはヒトラーの関心を引くことに成功しました。しかしそれも束の間でした。1933年1月、ヒトラーはついに政権を握りました。エヴァにとっては嬉しいことではありませんでした。彼女はめまぐるしく変化する世間から取り残されていました。2月には国会議事堂放火事件が起き、ドイツは、恐怖と独裁の道を歩み始めたのです。
「この国家、この帝国は、何千年にもわたり存続する。喜ばしく思おう。未来は我々の手にあるのだ。」
ヒトラーが自分のために割いてくれる時間はどれだけあるか。エヴァはそればかり考えていました。
元エヴァの運転手 W・ミトルシュトラッサー「エヴァは政治のことなどどうでもよかった。彼女はヒトラーから愛されたかったのです。エヴァは彼を愛していました。」
二人の関係を知っていたのは、姉妹だけでした。妹のグレートルは日記に記しています。“――今日、またアドルフが素晴らしい演説をしました。私の姉は、この偉大な男性の恋人なのです。”
ヒトラーに惑わされていたのは、エヴァだけではありません。何百万人という人々が、熱狂の渦に飲まれていました。エヴァは苦しみます。
心理学者 M・ミチャーリヒ「エヴァはヒトラーの虜でした。その理由は、いろいろあるでしょう。彼は偉大な総統であり、神にも似た指導者であり、絶対的な権力を握っていました。エヴァはあの人なしには生きられないと思うようになったのです。」
1935年、エヴァは日記に記しています。
“――神よ、今日彼は返事をくれるでしょうか。不安でたまりません。”
彼女は、再び自殺を考えました。
“――薬を飲む決意をしました。35錠も飲めば、今度こそ確実に死ねるはずです。”
しかし、またしても手遅れになる前に発見されました。ヒトラーは、スキャンダルを恐れました。ヒトラーが原因で自殺を図った女性は、エヴァだけではありませんでした。
マリア・ライターの自殺未遂
1926年、ヒトラーは、マリア・ライターという17歳の女性に手紙を書いています。“――可愛い人。君の愛らしい目を見つめて、ほかのことはすべて忘れてしまいたい。君のウォルフ。”
しかし、マリアが愛を求めると、ヒトラーはそれを跳ね除けました。彼は愛されることだけを望み、愛そうとはしなかったのです。悲嘆に暮れたマリアは、自殺を図ろうとして両親に止められました。
ゲリ・ラウバルの自殺未遂
そして間もなくヒトラーの前に、新たな女性が現れます。姪のゲリ・ラウバルです。ヒトラーは自らゲリに近づきました。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「ヒトラーはゲリのことが好きでした。なのにとても厳しく接したのです。ゲリは陽気で愛らしい少女でした。ヒトラーは嫉妬心からゲリを束縛したのです。」
選挙活動でヒトラーが不在のときでさえ、ゲリは自由ではありませんでした。しかしヒトラーは、心からゲリを求めようともしませんでした。絶望したゲリは、ヒトラーのアパートで、自らの命を絶ちました。ヒトラーは、この事件に衝撃を受けます。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「ヒトラーは憔悴して、食べ物も受け付けませんでした。そしてゲリの部屋に閉じこもっていました。テーブルにピストルがあったそうです。ヒトラーは私の妻に言いました。私は死ぬ、もう食事の準備はしなくていい。妻は答えました。あなたの人生はこれからです。」
強いられた自己犠牲
ヒトラーの愛を得るためには、完全な自己犠牲が強いられました。エヴァが2度も自殺しようとしたことを受けて、ヒトラーは彼女を自分の山荘に引き取りました。エヴァをコントロールできなくなることを、ヒトラーは恐れたのです。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「姪のゲリは命を絶って、エヴァは2度も自殺を企てて、ようやくヒトラーの関心を引くことができました。それでもヒトラーは、エヴァとの関係を確かなものにしようとはしませんでした。」
結婚しない関係は、エヴァの両親(写真右)にとっては許しがたいことでした。1935年9月、父親はヒトラーに、モラルを問う手紙を送りました。
ブラウン家の弁護士 O・グリッチュネーダー「父親のフリッツ・ブラウンは、そのようなだらしない関係には断固反対であり、娘には構わないでほしいと訴えました。しかし、何の効果もありませんでした。」
エヴァが父親の手紙を差し止めてしまったのです。結婚証明書の代わりに、エヴァは、ぜいたくな暮らしを与えられました。
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そして秘書という名目で、ヒトラーのそばに仕えることを許されました。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「エヴァはとてもエレガントでしたね。すらりとしていておしゃれにも気を使っていました。彼女には時間もお金もたっぷりありましたから、一日に2度、3度と着替えていましたよ。…エヴァは魅力的でしたよ。」
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元ヒトラーの副官 R・シュピッツィ「エヴァ・ブラウンという女性は、お茶とお菓子でヒトラーに、小市民的な安らぎを与える、ただそれだけの女性でした。」
エヴァは、自分はヒトラーの恋人だと思い込むことで、納得しようとしていました。
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写真係
エヴァは、公の場では恋人ではなく、ただの写真係でした。カメラを持たないと、ヒトラーに近づくこともできませんでした。ヒトラーは、山荘に美しい女性たちを招くのが好きでした。エヴァは、嫉妬を抑えるのに必死でした。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「エヴァが、頭痛がして気分が悪いと言って、部屋に戻ってきたことがありました。でもそれは口実で、激しく嫉妬していたんです。ヒトラーが自分に目もくれないことに、腹を立てていました。」
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エヴァは、周囲から重く見られていませんでした。
元ヒトラーの世話係 K・クラウゼ「エヴァ・ブラウンは、ごくありきたりな女の子でしたよ。私は全く、敬意を抱いていませんでしたね。取り柄のない、つまらない女性に見えました。」
エヴァお嬢様
しかし、徐々にエヴァは自分の地位を確立していきました。
元エヴァの部屋係 A・ブライム「私たちはエヴァを、お嬢様と呼んでいました。私たちの主人は、ヒトラーではなく、エヴァ・ブラウンでした。」
ごく限られていましたが、エヴァが自由に振る舞える場所もありました。
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元総統司令部の無線オペレーター R・ミッシュ「ヒトラーの所有物としてのエヴァ・ブラウンは、とても控えめな女性でした。でも――ヒトラーがいないときの彼女はまるで別人でした。従業員たちのパーティで、一緒にダンスをすることもありました。」
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エヴァには、二つの顔がありました。陽気にはしゃぐ彼女のほうが、本来の姿だったのかもしれません。
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元ヒトラーの世話係 H・デーリング「ザルツブルクの高級ナイトクラブへ、エヴァを連れて行ったこともありました。そこで、お互いに親しくなったんです。彼女はタンゴを踊るのが好きでしたねぇ。彼女の踊りは情熱的で、それでいて、繊細でした。」
エヴァはもともとスポーツが得意な、快活な女性でした。山荘の外では、彼女は自由を満喫していました。
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山荘に一歩入れば、礼儀をわきまえなければなりません。
元ヒトラーの秘書 T・ユンゲ「ヒトラーは、エヴァには優しい声で話しかけましたが、ほかの人がいる前では、愛情のあるそぶりは見せませんでした。」
ヒトラーとの関係を公にできないことに、エヴァは傷ついていました。
エヴァとヒトラーの肉体関係
ヒトラーとエヴァは、本当に恋愛関係にあったのか。これまで多くの人が興味を抱いてきました。
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元エヴァの部屋係 A・ブライム「エヴァの居間と寝室と、浴室があって、隣に物置部屋がありました。そこがヒトラーの部屋と、通じていたんです。このことが、二人の関係を証明していますよ。」
エヴァの部屋には、ヒトラーの肖像画があり、その隣に、ヒトラーの部屋へと続くドアがありました。
元エヴァの運転手 W・ミトルシュトラッサー「ヒトラーとエヴァは男女の関係にありましたよ。二人は隣同士で暮らしていたんですからね。何もなかったと考えるほうが、おかしいですよ。」
エヴァ・ブラウンのブロンズ像。ヒトラーの命令により、顔はエヴァとは違うものになっています。
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二人の関係は秘密にされていました。
元ヒトラーの世話係 K・クラウゼ「二人が夜を共にしていたかは知りません。部屋には鍵が掛けられていて、誰も入れませんでしたから。真実は誰にもわからないんです。」
二人のあいだに何があったか、という話題は禁じられていました。秘密にされるあまり、ヒトラーが肉体的に不能だったと考える人もいます。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「私の妻が、ヒトラーのシーツを調べたこともありました。何も見つかりませんでしたけどね。」
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元エヴァの世話係 M・ミトルシュトラッサー「二人は確かに、夫婦同様の関係にありました。エヴァは、ヒトラーが会いに来る日が生理の予定日とぶつかると、薬を飲んで遅らせていました。その薬を、ブラントという医師から受け取るのが、私の役目だったんです。このことは、二人が夫婦同様の関係にあった、確かな証拠ではないでしょうか。」
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しかし、もはや真実を知る術はありません。
買い物が楽になるオーストリア併合
1938年、ヒトラーは故郷オーストリアを併合しました。エヴァが考えたことは、これで買い物が楽になる、ということだけでした。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「オーストリア併合に対して、エヴァは何の感慨も抱きませんでした。ただ、好みの洋服や靴がそろう、ザルツブルクに行きやすくなったと喜んでいました。」
イタリアでも、エヴァは政治的なことに関係なく過ごしました。ヒトラーがムッソリーニと政治の話をしていたころ、エヴァたちは市内観光をしていました。公式スケジュールにはないことでした。
エヴァはナポリ湾で暇をつぶし、ヒトラーは艦隊の視察をしていました。
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ブラウン家の弁護士 O・グリッチュネーダー「ヒトラーに影響を与えていた問題や、ヒトラー自身が影響を及ぼしていた問題に、エヴァは全く関わっていませんでした。」
「ベルリンは君の来る場所ではない」、ヒトラーはそう言って、エヴァを首都から遠ざけていました。
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英仏対独宣戦布告
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「戦争が近づくにつれて、ヒトラーはそれまで身近にいた人々――特にエヴァや、その姉妹、友人たちと疎遠になっていきました。戦争ではほとんど役に立たない彼らは、存在しないも同然でした。ヒトラーの頭の中は、戦争のことでいっぱいだったのです。」
ゲリの影
1940年、フランスが降伏。前線を訪れたヒトラーの手元にあったのは、エヴァの写真ではありませんでした。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「ヒトラーは、私の妻に預けてあった封筒から、ゲリ・ラウバルのとてもよく撮れた写真を取り出して言ったんです。どうか、このゲリの写真を私に貸してほしい。司令部に持って行きたいのだ。後で必ず返す――。エヴァ・ブラウンがヒトラーのすぐ隣にいたのにですよ?彼女は、それだけの存在だったということです。」
ゲリの影を、エヴァは消し去ることができませんでした。ヒトラーは、フランスで勝利を祝っていました。
そのときエヴァは、ケーニヒス湖にいました。そこは、戦争とは無縁の、牧歌的な世界でした。ヒトラーは、自分の恋人が、世の中の情勢に無頓着であることを望みました。戦争や大量虐殺という現実のなかで、そんな女性と過ごすことでしか、安らぎを得られなかったのかもしれません。
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遥か彼方の前線
1941年、ヒトラーはソビエトに侵攻しました。前線は遥か彼方。ブラウン家の人々は、ヒトラーとエヴァの中途半端な関係を受け入れ、襟につけたナチスのバッジによって、ささやかな特権を手にしていました。
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元ヒトラーの世話係 H・デーリング「エヴァはいつも、オレンジをたくさん欲しがるんです。食べるためではなく、絞ってジュースにするためです。またウミガメのスープが好きで、よく夜中に食べたがりました。とても無理な注文だったので断ると、彼女は不機嫌になりました。」
エヴァの美的感覚~秘匿されるプライベート
エヴァは美しさを保つことに気を配りました。写真に写るときも、美しくあろうとしました。そんなエヴァの写真は慎重に扱われていました。
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写真家の息子 R・B・シヒト「私の父はエヴァの写真を撮りました。プライベートな写真だったのですが、父はそれを公にしてしまったのです。それで父は、1941年の終わりごろ、突然前線へ送られてしまいました。」
罰として、ロシア戦線へ送られたのです。ヒトラーの私生活に許可なく入り込む者には、容赦なく厳罰が課せられました。
写真家の息子 R・B・シヒト「父は戦後、かつての上官から、自分が本当は二度と帰ってこられない場所へ送られるはずだったことを知らされました。」
悲惨な前線の後ろで
エヴァにとって戦争は、まるで実感のないものでした。
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元エヴァの部屋係 A・ブライム「毛皮のコートを、軍に寄付するようにとの指示が出たんです。山荘の女性たちは、素晴らしい毛皮のコートを持っていました。そのときエヴァは言いました。このコートはもう着ることはないけど、こんな高価なコートを前線に送ることなんてできないわ。」
東部戦線で何千人という兵士が凍え死んでいるとき、ベルヒテスガーデンの山荘では、クリスマスパーティが開かれていました。エヴァには、金や銀の品が送られました。ヒトラーは山荘では気前が良かったのです。エヴァ・ブラウンのイニシャル、EとBのモノグラムは、ステータスの証でした。
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元総司令部の電話交換手 A・シュルツ「私が耳にしたヒトラーとエヴァの会話は、奇妙でしたね。エヴァはチャーミングな女性でしたよ。ヒトラーに感謝しながら、とても楽しそうに話をしていました。彼のことが本当に好きなのだと分かりました。いっぽうヒトラーの口調は、堅苦しいものでした。エヴァが贈り物のお礼を言うと――まあその贈り物は、側近のボルマンが用意したものでしたが――ヒトラーは言いました。気に入ってくれたのなら、よかった、よかった。」
ささやかな抵抗
側近のボルマンは、山荘内の粛清も行っていました。エヴァの部屋係を、両親がカトリックに偏っているとして、やめさせようとしました。
元エヴァの部屋係 A・ブライム「私はすぐに山荘を出て行けと命じられました。するとエヴァが言ったんです。それは納得できないわ。あなたは私の部屋係だもの。すぐに総統に電話して取り消してもらいます。でもヒトラーは、ボルマンに従うようにと言ったんです。」
エヴァはヒトラーの側近たちに逆らうことはしませんでした。とても太刀打ちできなかったのです。
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「部屋係の女性の兄弟は、爆撃機のパイロットでした。彼らは国家のために、命を懸けて戦っていたのです。それなのにボルマンは――彼女を追い出すように言ったのです。私にはできませんでした。」(註)
エヴァはこの件についてはあきらめました。妥協するしかなかったのです。しかし、分をわきまえない行動に出ることもありました。
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はヒトラーではない
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元山荘の兵士 L・ハルテンシュタイン「山荘の入り口には警備兵がいたのですが、彼らはエヴァをよく知っていたので、身分証明書の提示を要求しませんでした。そして、そのまま彼女を山荘に通しました。このことをエヴァはヒトラーにこう報告したのです。山荘の警備はなっていません。警備兵は私のことをチェックせずに通しました。これで安全が保障されているといえるでしょうか。彼女はただ、自分の権力を誇示したかったのでしょう。」
エヴァ・ブラウンの権力は、とても小さなものでした。
見せかけの世界
やがてエヴァは、少しずつ現実を知るようになりました。
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日光浴するエヴァの家族
元ヒトラーの世話係 H・デーリング「エヴァは好奇心旺盛な女性でした。私はよく前線の状況や、最新のニュースを話して聞かせました。現状を知ると、エヴァはひどく落ち込みました。そして、これからよくなるかしら、ドイツは勝つと思う?と聞いてきました。私ははっきりとは答えませんでした。答えられなかったのです。ただ、うまくいくはずですよ、とだけ言いました。」
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大爆発
に逃げ
惑う兵
士たち
元第三帝国フィルム保管係 H・バルクハウゼン「私たちは、スターリングラードに関する、最初のソビエトのフィルムを、スウェーデン経由で入手しました。しかし、それをヒトラーは見たがりませんでした。ドイツ軍の惨状ばかりが映っていたのです。」
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のまま死んでしまった兵士
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元ヒトラーの世話係 H・デーリング「信じられないかもしれませんが、山荘で働く人々は、恐ろしい出来事については何も…まったく何も、聞いていませんでした。」
このような映像も、山荘で目にすることはありませんでした。
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しかし、山荘を訪れた人が、ヒトラーに切り出したのです。
元ヒトラーの秘書 T・ユンゲ「ヘンリエッテ・フォン・シーラッハという女性が、突然ヒトラーに向かって言ったんです。ウィーンの駅でユダヤ人たちが乗った列車を目にしました。彼らはそれはひどい扱いを受けていました。総統はご存じなのですか。ヒトラーは立ち上がり、感傷でものをいうのはやめてほしい、よく知らないことに口を挟まないでもらいたい、そう言って、その場から出て行ってしまったそうです。その晩の予定はすべてキャンセルされ、それ以来、シーラッハ夫人が山荘に招かれることはありませんでした。」
見せかけの世界を壊そうとする者は、即座に追放されました。
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結婚のアプローチ~エヴァの決意
1944年6月3日。ノルマンディー上陸の3日前。エヴァの妹グレートルと、親衛隊の将軍のフェルゲラインとの結婚式が行われました。エヴァは、まるで自分の結婚式のように、式の準備に熱心でした。ヒトラーに見せ付けて、暗に結婚を迫っていたのです。
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エヴァのいとこ G・ワイスカー「エヴァにしてみれば、屈辱的なことでもあったのです。妹が正式に結婚するいっぽうで、エヴァはいつまでたってもその存在が認められず、相変わらず、恋人だか、愛人だか、はっきりしない立場だったんですから。」
1944年、7月8日のことでした。エヴァは、いつものように友人とケーニヒス湖で泳いでいました。そこに、ある知らせが飛び込んできました。
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元エヴァの運転手 W・ミトルシュトラッサー「大変なことが起きた、と知らせに来た男が言いました。何があったのかと訊くと、総統が暗殺されそうになった、というんです。」
反ヒトラー派が会議室を爆破。中にいたヒトラーは何とか一命をとりとめました。エヴァは、チャンスが来たと考えました。
元エヴァの運転手 W・ミトルシュトラッサー「エヴァはお付きの女性を呼んでこう言いました。荷造りをしてちょうだい、ベルリンに行くわ。私は――お嬢様、それはいけません。総統はずっと山荘にいるようにとおっしゃっていたでしょ。そう言って止めようとしました。」
ヒトラーは、エヴァを待ってはいませんでした。暗殺が失敗に終わったのは、神の思し召しだと彼は言っていました。それでもエヴァは、ヒトラーが自分を必要としていることを願いながら、ベルリンへ向かいました。
ベルリンは、瓦礫の山でした。しかしエヴァは、ミュンヘンや山荘に戻ろうとは思いませんでした。ミュンヘンが爆撃を受けたとき、エヴァは宝石類をいとこに譲ろうとしました。
エヴァのいとこ G・ワイスカー「エヴァはネックレスやブレスレットを持ち出して言いました。あなたにあげるわ。もう私には必要のないものだから。いつも着飾っていた彼女が、もう要らないというのです。あのときすでに、エヴァは死ぬつもりだったのでしょう。」
エヴァ・ブラウンは、決断を迫られていました。ヒトラーのいない人生を生きるか、彼と共に死を選ぶか。
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元ヒトラーの世話係 H・デーリング「エヴァは戦火のなか、特別列車でベルリンに到着しました。エヴァの姿を見たヒトラーは驚き、すぐに送り返そうとしました。でも彼女はベルリンに留まったのです。」
地下壕のおとぎの国~守れなかった妹の夫
首相官邸の地下壕に、ソビエト軍が迫ろうとしていました。そんななか、最後までヒトラーを守るようにと、若い兵士たちが、警護を命じられていました。その兵士の一人が、エヴァに会いました。
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元総統司令部の伝令係 A・レーマン「地下壕でエヴァ・ブラウンに会ったとき、私は薄汚い、不潔な格好をしていました。喉が渇いて、とにかくふらふらの状態でした。やっとの思いで地下壕にたどり着いて、ほっと一息つき、周りを見ました。するとそこは、まるでおとぎの国のようでした。清潔で優雅な身なりをした女性が、目に入りました。自分のいた世界とは昼と夜ほどの差がありました。」
情勢は悪化の一途をたどり、ヒトラーは追い詰められました。ゲーリング(写真右)とヒムラーは離反しました。それでもエヴァは、ヒトラーのもとを離れませんでした。
妹の夫、フェルゲライン(写真左)も逃亡を図りました。彼は、死刑判決を受けます。
元首相官邸の電話交換手 J・モア―「フェルゲラインは煙草をくわえていました。肩章は外され、コートもはだけ、武器を取り上げられた状態で、連行されてきました。」
エヴァには死刑を止めさせることはできませんでした。
元総統司令部の無線オペレーター R・ミッシュ「エヴァは、フェルゲラインを助けてくれとヒトラーに懇願しました。なりふり構わずといった様子でした。でも、彼女の願いは、聞き入れられませんでした。」
叶えられたエヴァの悲願
しかし、ヒトラーのもとから側近たちが去ったとき、エヴァの念願がついに叶いました。ヒトラーとエヴァは、結婚したのです。
心理学者 M・ミチャーリヒ「エヴァにとっては、たとえ指輪が大きすぎても、ヒトラーと結婚できることは最高の喜びでした。でも私には、人々が大勢死んでいっている瓦礫のなかで式を挙げるなんて、理解できませんね。しかもしきたりに乗っ取った、実に小市民的な結婚式だったそうです。」
結婚は、エヴァの夢でした。エヴァは、ヒトラーと運命を共にすることを望んだのです。
元ヒトラーの秘書 T・ユンゲ「それまでずっとお嬢様か、フロイライン・ブラウンと呼んでいた人を、突然ヒトラー夫人と呼ぶことになったのです。はっきりとは覚えていませんが、戸惑いを感じていた人もいたと思います。」
ヒトラーは遺言書に、このように記しています。“私とその妻は、屈服、あるいは降伏の不名誉を逃れるため、死を選択した――。” 毒物が、用意されていました。
4月30日、午後3時30分。エヴァは毒を飲みました。ヒトラーは服毒し、さらにピストルでこめかみを撃ちました。30分後、最後の側近たちが部屋に入りました。
元ヒトラーユーゲントの指導者 A・アックスマン「エヴァ・ブラウンの姿が目に入りました。ヒトラーの隣のソファに座っているように見えました。彼女は眼を閉じていました。彼女の姿は、見た目には、生きているときと、何ら変わりませんでした。毒を飲んでいましたが、まるで、眠っているようでした。」
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のタンク
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元ヒトラーの秘書 T・ユンゲ「エヴァ・ブラウンは、生涯のほとんどをヒトラーの陰に隠れて暮らし、その境遇を変えるチャンスにも、恵まれませんでした。でも彼女にも野望があったのです。英雄の愛人、総統の妻として、歴史に名を残すこと。それが、エヴァの生きる目的であり、彼女に力を与えていたのだと思います。」
エヴァ・ブラウンの存在を、歴史的な失望、と表現する歴史家もいます。エヴァは、ヒトラーのそばにいながら、彼の政策に何一つ影響を与えず、また、それを望むこともありませんでした。
それでもエヴァは、常にヒトラーの私生活の一部でした。ヒトラーが独裁者として迷うことなく進むためには、エヴァという安らぎが必要だったのかもしれません。
<終>