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挟み足

やあやあ今年もお目にかかれた
さてもさてもありがたや
と 大層な口上を宣い
あでやかな甲羅を一気に剥がす

越前の海辺の町から届いた蟹で
夫婦は結婚記念日を祝う
腹に抱えているタマゴを?ぎ取り
ふんどしを除く
セイコ蟹の醍醐味はミソとタマゴだ
潮の香の絆を確かめ 先ずは乾杯

元気であれば来年もまた蟹を
夫はその先をにごして
甲羅のミソに舌鼓を打ち
わたしは祈りの位置をととのえて
「消え失せよ」と
胸骨に巣喰う癌細胞を叱りつけ
皿に盛った蟹のいのちをいただく

細い足をぼきっと折って身をほじると
脳裡を過ぎる故郷の水のせせらぎ
流れに逆らって向こう岸を目指した
遠い日の蒼い惜別が疼く

全身の殻をすっぽりと脱いで
蟹は脱皮を繰り返し
成長していく

卓上のこの蟹は二つの挟み足で
まだ挟み足りない何かを
日本海の沖へ残してきたかも知れない

走るべき行程を走り終え
わたしの魂は 肉の衣を潔く脱ぎ捨て
永遠の光の速さで
創造主の懐へ帰って行けるだろうか

食べ尽くした蟹の殻を
寄せ集めて 砕き
内なる信仰の畑へ散布する