ショパン・エチュード(練習曲)作品10,25 & 3つの新練習曲 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ショパンのエチュードについて・ピアノ音楽史に燦然と光り輝く金字塔 ・技術的な練習曲に芸術的要素を盛り込む試み ・技術だけでなく音楽表現のための練習も兼ねた作品 ・ピアノ学習の最高到達点に限りなく近い エチュードというのは邦訳すれば「練習曲」です。 一般的に、音楽作品は鑑賞用の芸術作品であり、練習曲はそれら芸術的な音楽作品を芸術的に演奏するために必要な技術(=テクニック)を 習得することを主目的に創作された作品で、演奏を聴くことを楽しむために書かれたものでないわけです。 つまり一般的に練習曲は鑑賞用ではなく、あくまで練習目的の作品ということになります。 我が国でなじみの深いところで言えば、バイエル、ハノン、ツェルニーなどがそれらの代表格です。 イメージ的にはあくまでピアノの鍵盤上の技術習得のみを目的とした無味乾燥な作品ばかりで、鑑賞に耐える作品は皆無に等しいという印象をお持ちになる方が 多いと思いますし、実際その通りだと僕自身も思います。 一方で、ショパンのエチュード(練習曲)と聴いて、皆さんはどんな曲を思い浮かべるでしょうか。 「革命のエチュード」、「別れの曲」、「黒鍵のエチュード」、「エオリアンハープ」、「木枯らし」などの曲名を 挙げる方が多いと思います。これらの作品は技術の習得のみを目的とした無味乾燥な作品でしょうか?? いえいえ、むしろ逆ですよね。ピアノ史に輝く珠玉の名曲の数々・・・ あの名曲「別れの曲」が実は練習曲だったという事実を知らない人も結構多かったりします。 一体ショパンのエチュード(練習曲)はどうなっているのでしょうか?本当にこれで練習曲と呼んでしまっていいのでしょうか? ここにこそショパンのエチュードの特殊性があるわけです。 ショパンは練習曲のそれぞれの作品にピアノ演奏上の特定の課題を盛り込み、練習曲としての役割を果たしながらも、 それらの作品1つ1つに美しく魅惑的な旋律、極めて芸術的で洗練された和声、熱い情熱をふんだんに盛り込み、 第一級の芸術作品へと昇華させたのです。 ショパンは「練習曲(エチュード)」と名のつく作品を27曲残しています。 一般によく演奏される作品10, 25それぞれ12曲の練習曲と、作品番号なしの「3つの新練習曲」です。 ショパンのエチュードOp.10, 25はそのほとんどが極めて高度な技巧を必要とする難曲ですが、 それに加えて、豊かな詩情、美しく魅惑的な旋律、多彩なハーモニー、リズムに対する鋭敏な感覚、 音色に対する研ぎ澄まされた感覚などといった、より音楽的に高度な資質と表現力が求められており、 従来の作曲家による「練習曲」よりもはるかに高い次元の最高級の芸術作品として昇華されたものとなっています。 これらの練習曲集は、ショパン・ピアノ曲、否、ピアノ音楽史上の金字塔として燦然と光り輝いているのは周知の 通りで、この後、リスト、ドビュッシー、ラフマニノフ、スクリャービン等が、12という曲数 にこだわった、芸術的な練習曲集を書いているのは、先駆者ショパンを見習ったものであるとされています。 作品10と作品25はともに12曲ずつあり、作品10は同時代の作曲家フランツ・リストに、作品25はリストの愛人ダグー夫人に 献呈されています。作品10はリストに献呈されただけあり、作品25と比較して覇気に満ちた難曲揃いで、 作品25よりも作品10の方が平均的な難易度は高いです。作品10のエチュードは言ってみれば、リストに対する挑戦状という 意味合いもあったのだと思いますが、作品10の冒頭の2曲の難易度が突出していることからも ショパンの気迫が伝わってきます。 リストはショパンの前で作品10のエチュードを見事に弾いて見せたと言われています。
ショパンのエチュードの難易度について それではまずどの曲から始めればよいのでしょうか? いきなり難曲を弾くことはおすすめできません。まずは最も難易度の低いグループから取り組み、 徐々にレベルアップしていくことをおすすめします。 参考までに各曲の解説に入る前に、僕自身が弾いてみて感じた難易度(=体感難易度)を下のように5グループに分けてみました。 但し、エチュードで求められる各種テクニック(3度、6度、幅広いアルペジオ、連打、跳躍、指の拡張など)の得意・不得意には 当然のことながら大きな個人差があります。そのため、この難易度が皆さんには全く当てはまらない可能性があります。 あくまで僕自身の感じた体感難易度ということで、参考程度にして下さい。 実際に練習してみなければ、皆さんにとっての各曲の難易度は判明しないと思いますので、 ここで僕が付けた難易度を気にするよりも、まずは挑戦してしまった方が良い場合も多々あると思います。 あくまで参考ということで、ご理解いただければと思います。
入門編:Op.10-6, Op.10-9, Op.25-2, Op.25-7
エチュード作品10前述したように、ショパンのエチュード作品10の12曲は、フランツ・リストに献呈されています。 一般に音楽作品はそれに相応しいと思われる人に献呈される傾向があり、顕著な例では他にスケルツォ第3番→グートマンなどがあります。 曲数が何故12曲で、作品10と作品25で合わせて24曲なのか、この曲数に深い意図があるのか、と考えると、 行きつくところはバッハの平均律クラヴィーア曲集と、そこから発想を得た「24の前奏曲」になります。 当然、24の前奏曲は24のエチュードの数年後に書かれたものであるため、エチュードを作曲した時点では「24の前奏曲」はその構想すら描いていなかった ものと考えられますが、ショパンはバッハを尊敬し平均律クラヴィーア曲集を敬愛していたことからも分かるように、 「自分も24の調性による作品集を書いてみたい」という漠然とした野望を抱いていた可能性が高いです。 作品10のこれらのエチュードにはそんな野望が読み取れます。 まず曲の配列を見てみると、作品10−1がハ長調、作品10−2がその平行調のイ短調となっている点が注目に値します。 そして作品10-3はホ長調、作品10-4がその平行調の嬰ハ短調、作品10-5が変ト長調で作品10-6がその平行調の変ホ短調という配列です。 これは偶然ではなくショパンのはっきりとした意図が読み取れます。この通りに配列するかどうかはともかく、 当初の構想としては長調とその平行調の短調をセットにして、最終的には24の前奏曲のように、24の調性をすべて使った練習曲を 創作しようとしたのではないか、というのが僕自身の個人的な見立てです (他にも僕と同じように考えている方も既にいらっしゃるかもしれませんが)。 この曲順を見て、「おおーっ」と感激したのも束の間、第7曲の作品10-7が作品10-1と同じハ長調となっているのを見て、 「あれ〜っ」と思った人も多いのではないでしょうか?そして作品10-8に至ってはヘ長調になり、 長調と短調でセットという法則まで崩れてしまっています。しかし、作品10-9がヘ短調、作品10-10が変イ長調と ここで長調と短調の順番は逆転しているものの一応平行調の関係が復活しています。 そして作品10-11の変ホ長調と作品10−12のハ短調は冒頭と同様に長調と短調の平行調の関係が復活しています。 このように作品10の12曲の曲配列には当初、ショパンが24の全ての調性を使った練習曲を書こうとしたという意図とその痕跡が ところどころに読み取れると思います。当初、24の前奏曲のように5度循環形式で書こうとしたのかもしれませんが、 ト長調のエチュードがどうしても書けなかったのではないか、という推理も成り立つような気がします。 ト長調というのは非常に明るい調性で、明るさだけを取れば基本的にハ長調以上ですが、基本的に穏やかな調性であるため、 この調性でエチュードを書くのは確かに非常に難しいような気がします。 ショパンの作品を概観しても、ト長調の作品は非常に少なく、プレリュード1曲、ノクターン1曲、マズルカ3曲、アンダンテスピアナートに過ぎないです。 その他、ピアノ協奏曲第1番・第1楽章の再現部の第2主題に使われている程度でしょうか。 これは単なる憶測に過ぎないのですが、このようにしてショパンが創作の過程で考えたことを 色々想像してみると想像が膨らんで楽しめるのではないかと思います。 それでは、エチュード作品10の各曲について、詳しく見ていきましょう。
エチュード第1番ハ長調Op.10-1etude in C major, Op.10-1Allegro,4/4拍子 難易度:10/10
エチュード第2番イ短調Op.10-2etude in a minor, Op.10-2Allegro,4/4拍子 難易度:10/10 非常に難しい練習曲です。拍の冒頭で和音を弾くために1指、2指を使ってしまう関係上、 半音階は残りの3指、4指、5指だけを使って弾くことが必要になります。 音が少なくて静かで華やかさがなく、演奏効果に乏しく簡単そうに聴こえますが、 実は非常に難しい曲です。耳に聴こえる華やかさと実際の難易度がこれほど大きく乖離している曲も珍しいのではないかと思います。 「もう、拍の冒頭の和音を弾くためだけに1指と2指を使ってしまうから、半音階を残りの3本の指だけで弾かなければ ならなくなるんだよ。それだったら冒頭の和音を省略して半音階だけを普通に弾いてもそんなに変わらないんじゃない?」 と言いたくなりますが、それはあくまで音楽的なことを考えての話です。 この作品はれっきとした練習曲で、練習課題があるわけですから、音を省略してしまうと練習曲としての 目的が果たされなくなりますし、拍の冒頭の和音が抜けるとそれこそ本当に気の抜けた音楽になってしまいます。 3指、4指、5指で半音階を行き来するという動きの性質上、この作品の難易度を規定しているのは、 まず第一に3指、4指、5指の独立性と運動能力ということになりますが、 実は拍の冒頭で1指、2指で和音を押さえなければならないところが、さらに難易度を上げています。 2指が長くて柔軟で、2指と3指が大きく広がる人ほど、この和音を挟んだ半音階パッセージには有利に働きそうです。 前出のOp.10-1のエチュードでも痛感しましたが、もっと指が長くて柔軟だったら、と再三思わされてしまいます。 これもエチュード24曲中指折りの難曲です(個人的難易度ランキング第3位)。
エチュード第3番ホ長調Op.10-3「別れの曲」etude in E major, Op.10-3Lento ma non troppo,2/4拍子 難易度:8.5-9/10 この作品は、ショパンの全ての作品の中でも最も有名な部類に入る名曲中の名曲です。 皆さんも「別れの曲」のこの有名な旋律を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。 いや、ショパンを少しでも知っている方なら耳に焼き付くほどに何度も聴いてきた曲ではないかと思います。 「別れの曲」があまりにも練習曲らしくなく、この曲が練習曲であるという事実を知らない方、 あるいはこの曲を知ってからしばらくの間、知らなかった方も多いのではないかと思います。 「別れの曲」というタイトルはショパンの他の多くのタイトル付きの作品同様、 ショパン自身がつけたものではなく、ショパンを描写した1934年制作のドイツの映画「Abschiedswalzer」 でこの作品が使われたことに由来するようです。 ショパンはこの旋律について、 フランツ・リストに「これほど美しい旋律を今まで書いたことがない」と言ったそうです。 確かにショパンの全作品中、いや古今東西の全ての作曲家のあらゆる作品の中でも、 このホ長調の旋律は特にロマンティックで甘美で、傑出したものとなっています。 曲の構成は明快な3部形式です。3部形式(ABA)の主部(A)では、入り組んだ和声の中からメロディーラインを はっきり浮かび上がらせながら歌うことが課題になりますが、この部分は技術的には易しい部分です。 中間部はいきなり流れが変わるように始まります。 いきなり右手の6度の和音の連続からして意外な曲者で、左手でも普通の手の大きさでは跳躍が必要になる音域の 音を弾くことが求められています。その後は右手に4度の和音の上昇音型(13指-25指で4度を交互に弾きながら上昇していきます)、 その間、左手は4度の音程で半音ずつ下降していきます。これを休止を挟みながら異なった音程で繰り返します。 その後は右手・左手で6度を交互に弾きながら下降する音型があり、 中間部最後のクライマックスは左右両手で右:52指→31指、左:52指→31指で 左右短10度にまたがる減七の和音を構成音とする6度の和音を連続して弾かなければならず、 手が小さいと苦労する部分とされています。 1992年〜93年頃にNHK教育テレビで放送されていた「ショパンを弾く」という番組の中で、 講師のシプリアン・カツァリス氏が、この部分の運指について、 手が小さければ、このように弾いても良いと、41指〜51指を交互に滑らせながら弾く運指を実演してみせてくれました。 しかしこれでは技術的に易しくなりすぎて、かえって表現に緊張感が出なくなるようにも感じました。 この6度の連続のクライマックスが終わると、しばらく経過句のような楽句が流れ、 静かに主部のホ長調の旋律が戻ってきます。 主部の再現は短縮化されて、一度目の旋律の提示部分が省略されて、いきなり例の最も感動的な旋律が 立ち上がってきます。ここは激しい中間部の後だけに余計に甘く切なく響いてきます。 この曲は中間部の難易度が際立っていますが、前後の主部はそれほど難しくないため、 この曲に挑戦してみたいという中級以下の方はまずホ長調の有名な旋律部分から入ることをおすすめします。 上級の方はどうぞ中間部も臆することなく弾いてみて下さい。
エチュード第4番嬰ハ短調Op.10-4etude in c-sharp minor, Op.10-4Presto,4/4拍子 難易度:9-9.5/10 ショパンのエチュード全曲の中で演奏効果が非常に高く難曲として知られていますが、 難易度的にはショパンのエチュードの最高峰と比較するとワンランク落ちます。 最近では「のだめカンタービレ」でこの曲が使われ、我が国ではその影響で一躍人気が高まったのではないかと思います。 16分音符の速いパッセージはスケール、アルペジオ、オクターブトレモロと細かい動きが要求される上に、 同様の動きが左手にも登場するため、右手と左手の各指が均等に鍛えられていることが要求されます。 作品自体は情熱に満ちた紛れもないロマン派の音楽ですが、こうした左右両手に 同型のパッセージが交互に出現するところは、ややバッハ的とも言えます。 常に右手か左手のいずれかが速い動きを続けている「準常動曲」とも言える作品です。 僕自身はこの曲に初めて着手した時、Op.10-1とOp.25-6の練習の合間に弾いていたため相対的に易しく感じましたが、 客観的に見ればそれほど易しい曲ではない、いや、ショパンのエチュードの中でもやや難しい方の部類に入ります。 ショパンのエチュードの中ではある程度、進度が進んでから着手した方がよいと思われる曲です。
エチュード第5番変ト長調Op.10-5「黒鍵」etude in G-flat major, Op.10-5Vivace,2/4拍子 難易度:9/10 その名の通り、右手は黒鍵ばかりのパッセージが延々と続きます。ショパン自身「この曲は、黒鍵ばかり を弾く曲であることを知っていないと全く面白くない曲」と言っていたそうです。 確かにこの作品はショパンのエチュードの名曲群と比較すると、作品としての魅力は一段落ちるのではないかと思います。 技術的にはショパンの エチュードの中にあって、それほど難しくないですが、きちんと粒の揃った音で弾かなければ、この作品の 美しさは引き立たないと思います。絶対的な技術の正確さが要求されているところを考えると、これも 案外な難曲かもわかりません。なお、「黒鍵」という名前はついているものの、左手の和音には頻繁に 白鍵を弾く箇所が登場しますが、実は右手にもたった1ヶ所白鍵を押さえるところがあります。 コーダに入る前の静かな属七和音の1つのF音です(変ト長調の第七音)。 逆にこれ以外、速いパッセージはいずれも黒鍵を弾くことになり、まるで高い場所を華麗に舞う アクロバティックな体操競技のようで、さすがショパンのエチュード、決して易しい曲ではないと思います。
エチュード第6番変ホ短調Op.10-6etude in e-flat minor, Op.10-6Andante,6/8拍子 難易度:6/10 ショパンのエチュード作品10,25全24曲の中で、技術的には最も易しい練習曲です。 しかし音楽的には難しい曲で、塞ぎ込むような暗い雰囲気を独特の和声で表現しながら、 不安定な調性で曖昧にさまよい、それが聴く人に奇妙な印象さえ与えています。 暗い曲調ですが、ただ単に暗いだけでなく、陰鬱さ、重苦しさ、やるせなさ、悲痛さなどの、 様々な種類のネガティブな感情を丹念に描き分ける極めて優れた音楽的な感覚、ピアノの音色に対する研ぎ澄まされた感覚が必要になります。 構成は3部形式で、主部は右手で旋律、左手で伴奏と、役割分担が明確です。 左手の伴奏音型はやや素直ではなく指の間を拡張させる練習にはなっていますが、エチュードの中では極めて易しい部類に入ります。 右手の旋律は保持音+動きを伴う音、というパターンになっていますが、拍の最後のこの動きを伴う音を インテンポで弾いてしまうと音楽が「前のめり」になって、ゆったりとした陰鬱な情緒が失われて機械的になってしまうため、 ここでテンポをやや落とすのが音楽的に正しい弾き方になります。 中間部では、左手の16分音符の動きが右手に移り、右手では旋律を保持しながら、16分音符の内声部を刻み、 左手がオクターブでバスを支えるというパターンになっています。ここは右手の旋律が埋もれてしまわないように 際立たせながら、旋律部と内声部を弾き分けるのが課題になりますが、テンポが遅いため、決して難しくはないです。 主部は同じ変ホ短調で再現され、右手の旋律が終わった後、左手の伴奏音型が変ホ短調で そのままフェードアウトして消え入るように終わりを迎えますが、1つだけ「仕掛け」が用意されています。 左手の音型は変ホ短調でG音には当然♭が付いていて、このまま最後は当然G♭で終わるだろうと 誰もが予想するところですが、その皆の予想を覆し、最後の一音はG♭ではなくナチュラルを付けてG音となっています。 この一音のみによって、この曲は変ホ長調での終結となります。
エチュード第7番ハ長調Op.10-7etude in C major, Op.10-7Vivace,6/8拍子 難易度:9/10 右手で2度または3度と6度または7度の和音を交互に弾く練習曲です。 このうち上の音(外声部)が旋律を担い、下の音は2指・1指での連打となっているのが音型の特徴です。 左手の音型は単純で特に技術的に難しい部分はなく、もっぱら右手の練習曲となっている点が他の練習曲と少々異なる点です。 このパターン音型は曲の間中、変化しませんが、曲の流れからはABA+コーダの3部形式に分類することができます。 主部(A)はハ長調で始まり、ホ短調で終わります。中間部はニ短調で始まりますが、ハ長調・ト長調と変化し、またハ長調に戻ってきます。 主部は短く再現され、短いコーダを経てハ長調の強い和音とオクターブで力強く終結となります。 わずか1分半の曲ですが、 この曲は右手の動きの性質上、得手・不得手が非常にはっきりする曲ではないかと思います。 それに加えて、右手の和音の下の構成音はほぼ一定して変化せず連打の動きとなっているため、 ピアノのアクションにも大きく影響されます。 まず右手は、2指3指で3度または2度→1指5指で6度または7度、という動きが求められますが、 これを上の音と下の音に分解すると、この曲の難易度の理由が見えてきます。 下の音は2指と1指で同音を交互に連打する動きをするため、連打の得意・不得意がこの曲の「体感難易度」を左右します。 上の音は、3指→5指を交互に繰り返しますが、3指から5指までの距離は3度から6度まで変化します。 この距離が5度以上になってくると、特に指の短い人の場合、指に緊張が強いられる人が多いのではないかと思います。 3指が長く柔軟で3指-5指で6度の距離が余裕という人であれば、この曲はそれほど難しく感じないかもしれません。 僕はこの曲を初めて弾いた時に使用していたピアノのアクションがあまりよくなかったことと、 右手の3指〜5指のスパンがあまり広くない(手の幅自体は結構ありますが指が短くて固いのが原因です)ため、 この曲は難儀しました。 指の長さや柔軟性、連打の得手・不得手によって、この曲の「体感難易度」は大きく変わってくると思われます。
エチュード第8番ヘ長調Op.10-8etude in F major, Op.10-8Allegro,4/4拍子 難易度:9/10 速い16分音符のアルペジオを主体にした練習曲で、ABA+コーダの3部形式の構成です。 難易度的にはショパンのエチュードの中で平均的かやや易しいレベルです。 主部(A)はヘ長調で右手が速い16分音符のアルペジオ(但し2指3指4指で奏する音は隣接してスケールになっていて、1指2指で奏する音は離れているため、 全体としてはスケールというよりアルペジオに分類すべき音型)となっています。 主部ではこれとほぼ同様のテーマが2回繰り返されるため、やや変則的なソナタ形式とも呼べる構成です。 中間部はニ短調(ヘ長調の平行調)で始まり、ヘ長調の主部のテーマをほぼそのままの形で利用していますが、 すぐにそのテーマを離れ、左手も右手と同様16分音符を刻みます。 この部分のユニークな点は右手と左手でほぼ左右対称の動きをするため、右手と左手に同様の「負荷」がかかり、 左手も同様に鍛えられる点です。そしてこの部分で最も難しいのは、1指2指3指5指の動きです。 1指2指3指でスケールを弾いた後、3指から5指までで最大で増6度の幅の音型を弾かなければならない点です。 速いパッセージなので、多少無理気味でも3指と5指を増6度に拡張できるのであればそれに越したことはありませんが、 3指から5指へのすばやい跳躍を利用する弾き方でもある程度は対応できます。しかしその場合は多少テンポが落ちることになります。 ちなみに僕の指の長さで3指-5指の増6度への拡張は何とかギリギリといった程度でこの曲に対応はできましたが、 3指がもっと長ければ楽に対応できそうです。皆さんはどうでしょうか? いずれにしても、この中間部の華麗な展開こそが、この曲の最大のクライマックスであり最大の難所です。 主部はヘ長調で再現された後、右手の細かいパッセージによる比較的長い経過句を得た後、 5小節に渡る16分音符のユニゾン音型を弾き、最後は4つのアルペジオで終結します。 この4つのアルペジオにはフォルティッシモの指示がありますが、あまり大きな音で弾かない方がセンスの良い終わり方になると思います。
エチュード第9番ヘ短調Op.10-9etude in f minor, Op.10-9Allegro,molto agitato,6/8拍子 難易度:7/10 ショパンのエチュードの中では特に易しい部類に入る練習曲で、ショパンのエチュードの中ではOp.10-6と並んで、 まず最初に手を付けるべき作品だと思います。 左手のための練習曲で、特に左手の各指間の拡張と手首の柔軟な回転を利用した奏法を習得することを目的としています。 左手の伴奏音型は幅が広く、音型によっては12度や13度にまたがることもあるため、普通の手の大きさでは一度に押さえられないような 広い音域をカバーしますが、それを指の間を広げて手首の柔軟な回転を利用して的確に打鍵する必要があります。 左手の伴奏音型は6音を1単位とし、運指は531313を基本としていて、第3指を回転の「軸」として 各指の間の広がりを調節することにより、第1指、第5指で正確に打鍵することが求められます。 しかし、この回転の「軸」は、時に第2指、第4指に移ることもあります。 531313の第1音の5指、第3音の1指、第5音の1指は変更の余地はありませんが、第1音と第2音に6度の広がりが求められる場合には、 第2音を2指で取ってもよいと思います。その代わり、その場合、次の第2音と第3音の音の幅を2指→1指でカバーする必要があるため、 あくまでも次の音の幅がカバーできるかどうかで判断する必要があります。また第3音-第4音、第5音-第6音は 9度の広がりを持つ場合があり、これを1指-3指で弾くのは結構難しい場合が多いと思います(1指-3指で9度まで広がる人は少ないですよね)。 その場合には、3指ではなくすばやく4指に入れ替えて弾くことになります。 こうして、この音型の運指は531313を基本としながらも、場合によっては521414のような運指で弾くことも求められています。 このような理由で、この練習曲は手の大きさ、指の長さによって難易度が結構変わってくると思いますが、 いずれにしても、ショパンのエチュードの中ではかなり易しい部類に入る曲であることは間違いないと思います。 指の短い僕でもこの曲はショパンのエチュードの中では特に易しく感じたので、皆さんも問題なく弾けるようになると思います。
エチュード第10番変イ長調Op.10-10etude in A-flat major, Op.10-10Vivace assai,12/8拍子 難易度:9.5-10/10 分散6度のための練習曲で、ショパンのエチュードの中では難しい部類に入ると思います。 3部形式ですが、この分散6度の音型は基本的には変化せず曲の最後まで続きます。 音型は、第1指−第2指・第5指を1単位とし、原則として第2指・第5指で6度の音型を押さえます(中間部では7度となることもあり、 なかなか難儀します)。 この音型は、バラード第2番の激しい中間部などでも使われていますし、 中間部の後半に登場する音型は、バラード第1番のコーダに非常に似ています。 このような音型が延々を続くわけですが、僕のように第2指が短く固く第2指-第5指で増6度がやっとという場合には、 この曲は結構弾きにくいと思います。 音楽的にも非常に内容の濃い作品で、主部は変イ長調で和声は変化しながらも変イ長調という調性は変化せずに 中間部に入ります。しかしこの中間部が非常に変化に富んでいて、いきなり遠隔調のホ長調で入るところには はっとさせられてしまいますし、その後も意外な転調が多用されていて、目まぐるしく変化する和声が 新鮮な感動を呼び起こしてくれます。最初にこの曲を聴いた時は、この中間部の調性展開に心を奪われた記憶があります。 この中間部の目まぐるしく変化する和声に敏感に反応して適切なテンポルバートと音量で聴かせてくれる センスの良いピアニストの演奏を聴くと、ショパンの名曲の中でも特に傑出した作品として聴こえてきます。 技術的にも音楽的にも充実したショパンのエチュードの隠れた名曲の1つです。
エチュード第11番変ホ長調Op.10-11etude in E-flat major, Op.10-11Allegretto,3/4拍子 難易度:8/10 ショパンのエチュードの中ではやや易しい部類の練習曲だと思います。 左右両手の幅広いアルペジオが最初から最後まで延々と続く極めてユニークな練習曲です。 その分散和音の響きはあたかもハープを連想させるものがあり、 「エオリアンハープ」というタイトルは、Op.25-1のエチュードよりもむしろこの曲の方が相応しいのではないかと思えるほどです。 左右ともにほとんどの音型がアルペジオとなっていますが、その音域は両手ともに最低でも10度はあり、 中には12度、13度の広がりが求められることがあります。これを手首の柔軟な回転を利用して、各指間の広がりを調節して 下の音から上の音に向かって順番に打鍵していくことになりますが、 このような奏法の都合上、一番ミスタッチしやすいのは最後に打鍵する一番上の音です。 しかし、その一番上の音が最も重要な旋律となっています。 このように、この曲の旋律は各アルペジオの音の中で最もミスタッチしやすい音の連続で成り立っていることが 厄介なところで、弾いているとまるで「綱渡り」をしているような危うさを感じることがままあります。 この作品も各アルペジオの構成音が変化しながら音楽が構成されていますが、 非常に美しい和声と転調が多用された優れた芸術作品です。 広い音域の分散アルペジオの練習曲ですが、見事に芸術作品に昇華されています。
エチュード第12番ハ短調Op.10-12「革命」etude in c minor, Op.10-12Allegro con fuoco,4/4拍子 難易度:9/10 「革命のエチュード」として知られるショパンの名曲です。 ショパンのエチュードはよく知らなくても、別れの曲とこの曲だけなら知っているという皆さんも多いのではないでしょうか。 昔から今まで、テレビのドラマやCMでもよく使われていて、この曲のテーマだけなら知っているという方も多いと思います。 この曲には逸話があり、祖国ポーランドが政治的に不隠な状態になり周囲の奨めでポーランドを後にしたばかりのショパンが、 旅の途上で、祖国ポーランドを支配していたロシア軍に対して反乱(革命)を企てて失敗し、ポーランド軍が鎮圧され、ワルシャワが陥落した という知らせを聞いて、ショパンは祖国の家族や友人が皆、ロシア軍に殺されてしまったのではないか、 捕虜にされてしまったのではないかと恐れ、怒りと不安の感情で混乱しながらピアノに向かったそうです。 そうしてできたのが、この「革命のエチュード」だというものです。しかし、この逸話の信憑性は今日、疑問視されているようです。 確かに、ポーランド軍がロシアに反乱を企てて失敗し、ワルシャワが陥落したというのは事実で、 祖国を愛するショパンがそれを聞いて、ピアノに向かって荒れ狂ったというのもショパンの手記や手紙などから ほぼ確実視されていますが、それとこの作品との関連を示す客観的な証拠は残念ながら残っていないようです。 この曲は主に左手のための練習曲です。作品10のエチュードの中で唯一序奏がある曲です。 序奏は右手の和音の強打と左手の16分音符の速い下降音型で始まりますが、最後には右手も参加して 華麗で力強いユニゾンとなり、左手の怒涛のアルペジオに突入します。ここまでが序奏です。 左手は16分音符の速いアルペジオの音型で、そこに右手でようやく有名なハ短調の第1主題(CD−E♭E♭−)が高々と奏でられます。 続く(GG−GA♭−G)は弱音で弾くように指示がありますが、これはあくまで前出のCD−E♭E♭−と比較した場合であって、 あまり弱く弾く必要はないと思います(ブーニンは思いっきりフォルティッシモで弾いてますしね)。 左手の音型がこのまま続くのであれば易しい曲ですが、この後、2オクターブ以上の広い音域を514212指で徐々に下行する 動きが求められたり、2音単位で半音ずつ上昇する細かい音型が出現したりと、それなりに難しい音型となっています。 この2音単位で半音ずつ上昇する細かい音型は、1423指を原則としながらも鍵盤の並びの関係上、時に13指を挟みながら、 1423-1423-13-1423-1423…と続きます。 そしてもう一度、ハ短調のテーマが登場しますが、ここは弱音で奏するような指示があります。 主部は変ロ長調で終わります。 中間部は嬰ニ短調で始まりますが、この中間部冒頭の4小節の左手の動きがこの曲の一番の難所ではないかと個人的には思います。 この部分、左手は5421指の動きを繰り返すだけですが、左手の弱い4指と5指が隣り合う半音違いの音を連続して弾き、 時に白鍵と黒鍵の位置関係が逆転することもあり、 もつれやすいのが、この部分が難しい理由ではないかと思います。この部分が終わると、左手はスケールの変則と、 第1主題で登場したアルペジオの音型の再現(但しヘ短調となっています)となり、 ここはそれほど難しくはないと思います。 中間部が終わると、曲の冒頭の序奏が戻ってきますが、右手で押さえる和音の構成音が微妙に違っているので注意が必要です。 主部の再現は、ハ短調の第1主題(CD−E♭E♭−)がさらに複雑化されて変奏されています。 左手の動きに気が取られてしまって、この部分が弾きにくいという人もいるようですが、勢いで弾いてしまって問題ないと思います。 そして主題が繰り返された後は、徐々にデクレッシェンドして激情が落ち着いてきますが、ここで求められている左手の動きも アルペジオとスケールでありながら、やや変則的であり、なかなか難しいです。 そして、2音単位で半音ずつ上昇する細かい音型が再度登場しますが、 この部分もさりげない難所ではあるので、この部分だけ取り出して部分練習することをおすすめします。 最後は序奏のユニゾンと似たようなユニゾンの下降音型を華麗に力強く弾き、 最後はハ長調の和音で力強く終結します。 このサイトではこの「革命のエチュード」は「誰にでも弾ける難曲」として紹介しましたが、 それはものの本質を分かりやすくするためにあえて危険を承知で試みた「極論」であって、 実際には誰にでも弾けるわけではないことをここでお断りしておきます。 誤解させてしまった皆さんにはこの場を借りてお詫びしたいと思います。 ショパンのエチュードの中ではやや易しい部類には入りますが、一応それなりに難しい曲ではあります。
エチュード作品25
エチュード第13番変イ長調Op.25-1「エオリアンハープ」(or「牧童」)etude in A-flat major, Op.25-1Allegro sostenuto,4/4拍子 難易度:8/10 ショパンのエチュードの中では人気の高い曲で、「エオリアンハープ」または「牧童」というタイトルが付いています。 技術的にはショパンのエチュードの中では易しい方の部類に入ります。 この作品は、基本的に1拍6連符で左右両手が絶え間なくアルペジオを弾き続ける曲です。 基本的に右手の第1音が旋律となっており、この旋律音を際立たせた上で、他の5音は音量や音色をセーブして、 それを支える伴奏の役割に徹するという「弾き分け」が必要になります。 当然のことながら旋律ははっきりと際立たせる必要がありますが、他の5つの音ははっきり弾く必要はなく、 大きなうねりとして聴こえれば良いわけですが、均質な音色とタッチが求められます。 同時代の作曲家ロベルト・シューマンはこの曲に対して、 「小さな音が1つ1つ聴こえると思ったら間違いで、むしろ変イの長和音の波が耳を打ち、ペダルが踏まれるたびに高い波頭が起きると思った」 とコメントしています。この曲の本質を的確に表現していると思います。 アルペジオの構成音は変化し、雄大なハーモニーが形作られますが、その上で、 わずかに憂いを帯びた感動的な旋律が右手で奏でられます。 特にヘ短調で始まる第2部からが最大の聴きもので、そのハーモニーの美しさは特筆すべきものです。 特に中間部後半の盛り上がりには弾いていて鳥肌が立つような感動を覚えます。 しかし、この曲の最大の難所もやはり中間部で、アルペジオを均質に鳴らすために、 右手左手ともに指の間の拡張が必要になります。特に5指3指で増6度、3指2指で4度というのが僕にとってはややつらいところですが、 弾き慣れれば何とかなります。 最後は変イ長調のアルペジオの連続部を経て、分散和音で余韻を残すように静かに終わります。 音楽的に豊かで素晴らしい名曲です。しかもショパンのエチュードの中では難易度は易しい方ですので、 是非、皆さんにも弾いていただきたいおすすめの1曲です。
エチュード第14番ヘ短調Op.25-2etude in f minor, Op.25-2Presto,2/2拍子 難易度:7/10 ショパンのエチュードの中では、Op.10-6, 9, Op.25-7と並んで最も易しい部類に入る練習曲です。 終始、右手が3連符で動き続ける常動曲です。この曲は2分の2拍子であるため、右手は事実上6連符と同じ扱いになりますが、 この右手の6連符は譜面上は3連符×2という認識で演奏するように指示されています。 しかし左手はこの右手の6連符2音に対して1音の割合で入ってくるので、この6連符が2×3に聴こえてしまうという リズム的に厄介な課題があります。 日本人は概して3拍子が苦手だそうなので、この右手を3連符の連続として聴ける人が果たしてどれだけいるのか、と思います。 何を隠そう、悲しいことに僕自身はどうあがいても右手の6連符は2×3にしか聴こえないです。 この曲は右手が狭い音域を速いスピードで駆け巡る曲ですが、意外にもつれやすく厄介で、 しかも楽譜の版によって出だしから運指(指使い)が全く違っていたりして、自分にとって最善の運指を探す余地が大いにあります。 僕はパデレフスキ版の、132132132145−132132132154という運指が最も弾きやすく感じました。 冒頭から意外につまづきやすいと思いますが、隣り合う音のトリル音型が入ってきたり、 もつれやすい部分があるため、あらゆる部分に対して運指を検討する余地があります。 加えて、この曲を上手く弾くためにはピアノのアクションが均質に調整されていることも重要になります。 音楽的側面についてですが、この曲も3部形式で主部はヘ短調で途中変イ長調に転調する部分があり、この単位が2回繰り返された後、 変イ長調で中間部に入り、変ロ短調に転調して同様の音型が使われ、中間部後半はヘ短調の属和音のコードが持続して、減衰するように終わり、 ヘ短調の主部が静かに戻ってきます。そしてヘ短調のまま静かに消えるように終わります。 この曲は瞑想的で塞ぎ込んだ情緒が支配する作品で、起伏が小さいと言えます。 転調があまりなく、ショパンのエチュードとしてはやや面白くない作品とも言えそうです。 しかし難易度としてはショパンのエチュードの中では易しい部類に入るため、 ショパンのエチュードの入門編として、是非皆さんにも弾いていただきたい作品の1つです。 ちなみにこの作品のヘ短調の主部のコード進行は、ワルツ第14番ホ短調遺作の第1主題のコード進行に似ていると 言っている方がいましたが、確かにその通りだと思います。 ショパン自身は恐らく、この事実には気づいていなかったと思いますが、ショパンはこのような作曲技法上の「癖」を持っていたのだと思います。
エチュード第15番ヘ長調Op.25-3etude in F major, Op.25-3Allegro,3/4拍子 難易度:8/10 ショパンのエチュードの中では標準的かやや易しい難易度の作品です。 技術的な課題としては右手2指3指による極めて正確なトリル技術の習得と、両手2指〜5指のスパンの拡張と正確な跳躍です。 特に左手の音型は2指から5指までが1オクターブ以上のスパンを要求されることがあり、これは普通の手の大きさでは届かないため、 素早く正確な跳躍が求められます。 曲はヘ長調で始まり、右手、左手が同じリズムを持つ軽快な音型が1拍毎にその構成音を変えて繰り返されるという単純なものですが、 その和声は単純でありながらもなかなかどうして美しいものです。 両手の動きは基本的に左右ほぼ対称で(と言ってももちろん厳密には違いますが)、第1指・第3指で和音を押さえた後、すぐに第2指で その間の音を押さえ、最後は両手ともに5指でその外の音を押さえるというパターンです。 右手は第3指・第2指で弾く音が隣接しており、これがトリル1回分としての練習にもなります。 これが最初の8小節続き、これがこの曲のテーマとなります。 次の9小節目〜16小節目では、左手の音型はそのままですが、今度は右手の第3指・第2指で弾く 隣接した音のトリルを倍速(32分音符)で2回弾くように変わり、ここがこの曲で一番の難所です。 難しい理由は2つあり、1つは右手第2指・第3指で弾くトリルの音価と音色の完全なコントロール(回数は厳密に2回で、 しかも音価(音の長さ)が揃っていないと美しく聴こえません)が難しいことと、もう1つは右手と左手でリズムが異なることです。 このようなマイナーエチュードに初めて取り組む人は、大抵の場合、ピアノを弾き慣れている最上級者だと思われますが、 それでも右手と左手のリズムが異なるこのような箇所では、最初は左手が右手に「つられて」しまうことが結構あるようです。 ここはとにかく正確に弾けるようになるまでは決してテンポを上げず、遅いテンポで粘り強く何度もさらうのが練習のポイントです。 この難所が過ぎると、今度は冒頭の音型に戻り、冒頭のテーマから離れ、変ロ長調→変イ長調と経て、目まぐるしい調性展開が行われます。 そして29小節目からは、冒頭のテーマがロ長調で再現されますが、これはそのまま上記の調性展開に受け継がれます。 49小節目以降は、再びヘ長調に戻り冒頭のテーマが再現されますが、1度再現された後は、最後に向かってディミヌエンドしていきます。 そして最後にちょっとした難所があります。68小節目の右手G音F音の32分音符のトリルですが、 ここは単なるトリルではなく半拍毎に1指と5指で交互にC音を弾かなければならず、しかも3指と2指だけのトリルでは 音価のコントロールが乱れやすいため、4232−1232という運指で弾くことが求められます。 最後はヘ長調の3つの和音で静かに終わります。 この曲は右手の第2指・第3指のコントロールが最大の課題で、個人的にはあまり得意な曲ではないです。 ショパンのエチュードの中では半ば「忘れられた存在」ですが、この曲を一度でも弾いたことがあれば、 周囲からショパンマニアの称号が得られるかもしれません(そんな称号欲しくないでしょうけど)。 我こそはと言う方は一度、取り組んでみて下さい。結構面白い曲ですよ。
エチュード第16番イ短調Op.25-4etude in a minor, Op.25-4Agitato,4/4拍子 難易度:8/10
左手の跳躍のための練習曲で、ショパンのエチュードの中では標準的な難易度です。 簡単そうに聴こえますが、 左手の跳躍が結構忙しい上に中間部では調性が目まぐるしく変わって 左手の伴奏音も目まぐるしく変化するため、これらを音情報と鍵盤の位置で正確かつ確実に記憶しておかないと、 本番でミスタッチをしたときに立て直しがきかなくなるという最悪の事態に陥る危険が高いタイプの曲です。 指の動きのみによる暗譜が最も危険な類の曲で、系統立てた正しい暗譜の重要性を再認識させてくれる曲とも言えます。 曲は3部形式でイ短調で始まります。左手は第5指の低音8分音符+それ以外の指による和音8分音符で1拍を構成し、 右手は8分音符の休符+8分音符和音で、右手が裏拍を刻みます。左手の伴奏音型は最後の拍以外全てスタッカーティッシモで 弾くことになっていますが、右手の指示はスタッカーティッシモから変化していきます。 まず右手はスタッカーティッシモのみでテーマが提示されますが、2回目には途中スラーやタイやアクセントがつき、 この裏拍による旋律の表情が微妙に変化し、ちょっとした変奏になっています(これは前出の作品25-3とのエチュードとの共通点です)。 19小節以降が中間部でここからは目まぐるしい調性展開が行われ、臨時記号の嵐になってきます。 練習して弾き慣れることももちろん大切ですが、再現性の高い確かな暗譜とするためにも、 音と楽譜と実際に押さえる鍵盤の位置について正確に記憶することが重要になります。 39小節以降が主部の再現ですが、テーマが2回再現された後、曲の終わりに向かってディミヌエンドしていきます。 最後はC音に#が付き、イ長調の和音で静かに終わります。 ショパンのエチュードもノクターン同様、ピカルディの3度で終わる曲が多いですね。 曲想的には決して魅力的とは言えず、改めてショパンの他の作品を振り返ると、ショパンがこのような不思議な曲を作るなんて、 という気持ちにもなりますが、これはエチュードだからこそ、と言えそうです。 作品25-3と並んで、ショパンのエチュードの中では半ば「忘れられた存在」とも言えますが、 ショパンの他のエチュードに弾き飽きてきたら、これも是非、一度は弾いてみて下さい。
エチュード第17番ホ短調Op.25-5etude in e minor, Op.25-5Vivace,3/4拍子 難易度:9/10
この曲は難易度的にはショパンのエチュードの中でもごく標準的だと思います。 練習の課題としては、右手の第2指−第5指の間を増6度〜7度に拡張することと、第2指・第5指(16分音符)−第1指(付点8分音符)の付点リズムの音型を 正確に弾くことです。また左手のアルペジオは1拍目と3拍目にあり2拍目は休符となる小節が多いです。 この左手のアルペジオの多くは一度に押さえられない音域で、10度は当然として13度(C音から1オクターブ上のA音)までの 広がりも要求されテンポを落とさずに弾くのが難しい部分です(但しここでテンポを落とすのが音楽的に正しい弾き方なので、理にかなっています)。 主部はさらにABA'の3部に分けることができ、Aはホ短調で開始して一瞬ト長調に転調しますがすぐにホ短調に戻ります。 B部はト長調で始まり、初めの4小節は右手は同様のリズムですが、その後は右手のリズムは8分音符になります。 そしてA'部が戻ると今度は右手の第2指と第1指の関係が入れ替わっており、2指で前打音を弾き、直後に第1指と第5指で和音を弾く、 つまり第2指(前打音)−第1指・第5指に変わっており、曲の冒頭の音型としっかり区別して弾くことが求められます。 ところで、このホ短調の右手の音型、皆さんはどこかで見たことがないでしょうか? プロのピアニスト、あるいはショパンばかり弾いている僕のようなショパンマニアしか分からないことだと思いますが、 これはショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11の第1楽章のピアノの終了間近に、4度の和音で下降する直前、 ホ短調で駆け上がっていくときの音型と酷似しています。 但し、僕はこの部分、空いている左手をフルに活用し、右手でホ短調の主和音を下から4分音符で弾いていき、 左手で下の音を8分音符で弾いていくという運指で弾いています(これは余談です)。 このエチュードの主部は最後に向かって盛り上がり、和音と跳躍でしばし静寂が訪れます。ここまでが主部です。 中間部はホ長調で始まり、右手で3連符の分散和音型(2番目に和音を含む)をポジション移動させながら上昇下降する音型を、 構成音を変えながら弾き続けますが、これは旋律を彩る伴奏的、装飾的パッセージであって、 あくまで旋律部は左手にあるところが特徴です。この部分は主に3声となっており、右手のパッセージと左手のバスが伴奏、 そしてその中間の左手の上の音が旋律を担っています。非常に美しい旋律、和声で、ホ長調−嬰ハ短調−ホ長調ー嬰ハ短調−嬰ト短調−ホ長調 と刻々と転調を行い、極めて美しい響きが彩りを添えています。中間部中ほどに盛り上がりを見せ、左右両手とも減七和音を構成音とする ハーモニーの部分で中間部の頂点を築きます。この部分は右手にも10度の広がりが要求され、さりげない難所となっています。 ここが収まると中間部冒頭と同様のホ長調の旋律が再現されますが、今度は右手が3連符ではなく16分音符となり速度が上がっています。 そして同一旋律が再登場したとき、左手の主旋律が付点音符に変化し、さりげない変奏となっており、 くどい音楽になりそうなところをセンスよく収めています。 中間部が静かに終わると、主部が静かに戻ってきますが、ここでは16分音符−付点8分音符の16分音符が2和音から3和音に構成音が増えています。 最後はホ短調の調性で、中間部直前と似たようなアルペジオ前打音+跳躍が出現し一旦収まりかけますが、最後はホ長調に転調し、 左手第5指、及び右手第1指・第5指でE音を保持したまま、右手第2・第3指でG#-A音のトリル、左手でH音-C#音のトリルと、 トリル2重奏をしながらクレッシェンドし、最後はG#−H−E−F#でゆっくり駆け上がりながらG#の力強い単音で、ホ長調の調性で 輝かしく終結します。 主部のホ短調の不安・焦燥感に駆られる何とも形容しがたい不安定な響き、中間部の美しく魅力的なハーモニーと 移ろいゆく流れの美しさなど、エチュードの中でも音楽的には特に優れた作品と言えます。 難易度はそれなりに高いですが、難しすぎず易しすぎず手頃な難易度です。 上級者には是非とも弾いてほしいおすすめの1曲です。
エチュード第18番嬰ト短調Op.25-6etude in g-sharp minor, Op.25-6Allegro,4/4拍子 難易度:10/10 ショパンのエチュードの中でも指折りの難曲です。 ピアニストが3人集まると、この曲の運指の話題が出ると言われるほど、この曲の運指は奥が深く、 この曲を弾く人が様々な運指を編み出して工夫しているとも言えます。 それほどの難曲ということでもあります。 右手の3度の和音の練習曲で、3度和音のトリル、半音階の上昇下降、全音階の下降を中心に、 3度和音の動きをほぼ全てを網羅しています。3度和音のトリルは16分音符という厳密な音価が定められた14指-25指でのトリルとなるため、 舟歌や幻想ポロネーズで登場する重音トリルとは比べものにならない難易度となっています。 14指-25指でトリルを繰り返し、14指-25指-14指-23指の動きを4回繰り返した後、半音階で上昇していきますが、 ここの運指は大きく2通りあります。3度の半音階の上昇の弾きにくさは、ピアノの鍵盤の配列と関係しています。 3度和音の上の音は3指〜5指で弾き、下の音は1指、2指のみで弾くことになります。 上の音は作品10-2と同様の運指で滑らかに弾くことができ問題は起こりませんが、問題は下の音です。 E音-F音、H音-C音は半音の違いながら、白鍵どうしが隣り合っている(間に黒鍵がない)ため、 3度和音の下の音がここを差し掛かる時に、いずれにしても、1指または2指を連続で使うことが避けられないわけです。 そのようなわけで、ここを弾く際に2通りの運指パターンが生まれます。 1つ目のパターンは、E音−F音、H音−C音を全て1指で取る方法です。つまり隣り合う白鍵を1指の瞬間移動によって打鍵する方法です。 2つ目のパターンは、D#音を2指で弾いた後、その2指を右手前に滑らせるように自然に移動させてE音を2指で弾き、F音は1指で取るという方法です。 同様に、A#音を2指で弾いた後、その2指を右手前に滑らせるように移動させてH音を2指で弾き、C音は1指で取ります。 僕は当初、1つ目のパターンで弾き慣れてしまったせいか、身体に染みついてしまいましたが、弾きにくさは相変わらずです。 もしかしたら後者のパターンの方が弾きやすいのかもしれません。皆さんはどうでしょうか。 3度和音の下降については、上のような選択の余地は出てきません。というのは例えばC#-E音は2-4指で取ることになりますが、 次の上の音E♭は絶対的に3指以外の運指はあり得ないわけです。このとき下のCナチュラルを2指を滑らせて取ると、2-3指で3度を取ることになり、 次の1指4指に上手くつながらなくなるからです。こうして、3度和音の下降のときは、黒鍵を挟まない隣り合う白鍵は全て1指で取ることが 絶対的となるわけです。幸いなことに、3度の半音階は上昇に比べると下降は易しいので問題にならないと思います。 3度の半音階の上昇下降がスムーズにできればこの曲は半分は仕上がったようなものですが、まだ課題があります。 この曲の一番の難所は嬰ト短調の全音階の下行部分です。半音階と違って全音階というのは同じテンポでも 手の横移動の速度がほぼ2倍になるので(正確には12/7倍)、その分、手に緊張が強いられることになりますが、 特に問題になるのは、F##−A#→E−G#の部分です。全音楽譜やパデレフスキ版では、下の音はどちらも1指で 取る運指が振られていますが、これは1指で白鍵を飛び越すことになるので1指の移動距離が大きく、手に強い緊張が強いられます。 僕はこの運指で弾いて上手く弾けないと頭を抱えていたこともありますが、これが染みついてしまっています。 ここのF##音が2指で取れればここは自然な運指で弾くことができますが、それを実現する運指が実はあります。 24指(C#−E)−13指(H−D#)ー24指(A#−C#)−13指(H−G#)ー24指(F##−A#)−13指(E−G#)−35指−24指−13指(以下同様) とすれば良いわけです。この運指がどの程度弾きやすいのかは分かりませんが、検討の余地は大いにあります。 中間部後半にハ長調、変ロ長調で右手が35指−12指でそれぞれ3度を弾きながら下降してくる部分がありますが、 僕はここがどうも弾きにくいです。原因は2指、3指が固く短く広がりにくいためだろうと思います。 嬰ト短調の主部が再現されてからはやはり3度和音のトリルと全音階の下降、半音階の上昇下降を繰り返すパターンがあり、 最後は半音階で長く下行して短いトリルを経て、嬰ト長調の和音で静かに終わります。 この作品は運指の検討の余地が大いにあります。腕が疲れる曲ではありませんが、ショパンのエチュードの中でも屈指の難曲です。 我こそはと思う方は挑戦してみて下さい。弾き方で質問のある方は管理人にメールでも下さい。一緒に悩みましょう。
エチュード第19番嬰ハ短調Op.25-7etude in c-sharp minor, Op.25-7Lento,3/4拍子 難易度:8/10 ショパンのエチュードとしてはかなり易しい部類に入る練習曲です。 練習曲というよりもノクターン(夜想曲)に分類した方がよいのではないかとも思える作品です。 個人的にはショパンのエチュードの中ではOp.10-6, Op.10-9, Op.25-2と並んで、技術的には最も易しい部類に入ると考えている曲です。 技術的な課題は、右手と左手の特殊な役割分担です。 左手が主旋律を奏しながら、右手の和音でゆっくりと拍を刻みながらの伴奏に対して、高音で第2の旋律(対旋律)を奏するという 特殊な弾き分けパターンを習得することです。このような多声音楽でメランコリックな曲調からだと思いますが、「恋の二重唱」とも呼ばれているようです。 あまり浸透していないサブタイトルですが、これが恋の歌だとするなら、随分憂鬱な恋ですね。 余談ですが、これと酷似した作品がショパンの他の作品にもあります。皆さんはお分かりでしょうか? プレリュード第6番ロ短調です。これも左手で主旋律を奏し、右手で和音を刻みながら高音で対旋律を奏するパターンで、 しかも3拍子というところまでそっくりです。それでも嬰ハ短調とロ短調という全く違った調性なので、全く違った雰囲気の曲になりますね。 話題を元に戻しますが、このエチュードは中間部に登場する左手の速いスケール及びスケール的パッセージも左手の練習課題で、 主部が再現された後も左手に速い半音階の上昇があり、これも1つの練習課題にはなっています。 しかし最後のスケールはただの半音階なので、 それまで散々他の練習曲で練習してきた人であればこれは極めて容易な部類で、何を今さらショパンの練習曲で練習しなくても、 という部類の演奏技術ではあります。
この曲も序奏を持った3部形式で書かれています。 中間部は第21小節から始まり、左手に速いスケール的パッセージが現れますが、ここはその名の通り、スケールに類似した ただの単音のパッセージなので、きちんと音を拾って練習を積めば意外に楽に弾けるようになります。 そして最後の左手の最も速いスケールの部分は変ホ長調という意外な遠隔調に転調しています。 その直後、その主音(E♭)をD#に置き換える(読みかえる)ことによりそれを第3音とするロ長調にすぐさま転調するという手法で 遠隔調への転調を行っており、これはショパンのピアノソナタ第3番の第2楽章の主部から中間部への転調でも全く同様の手法が見られます。 しばらくロ長調のゆったりとした経過句が流れ、一旦流れが途切れた後、主部の音型がホ長調で戻り、1小節でその平行調の嬰ハ短調に転調し、 主部が戻ってきます。 主部のテーマが一度再現され、そのテーマの最後の音型が左手の速い半音階の上昇に変化し、再度テーマが戻ってきますが、 嬰ヘ短調に転調して左手に16分音符を刻む、非常にやるせない旋律が胸に込み上げてくるように現れますが、 嬰ハ短調に戻ってからはその気分も「諦め」といった趣に変わります。 63小節目にはフォルテが登場しますが、これはあまり大きな音量ではなくあくまでも前後の弱奏から相対的に際立たせる程度の音量で十分です。 そしてそれを境に最後に向かって気分は沈んでいき、うなだれるように嬰ハ短調の和音で静かに終わります。
この曲は上記の通り、音楽表現に主眼が置かれた、技術的には易しいエチュードです。
エチュード第20番変ニ長調Op.25-8etude in D-flat major, Op.25-8Vivace,4/4拍子 難易度:10/10 この曲もショパンのエチュードの中では屈指の難曲です。 とはいうものの、作品10-1や作品10-2、作品25-6と比べると若干難易度は落ちますが、 このページの概論で示した通り、ショパンのエチュードの難易度を5段階で分けると、上記の最難曲と同様「極めて難しい」というランクに入ります。 6度和音のトリル音型や半音階の上昇(下降はないです)、その他狭い範囲を動く分類不可能な音型を、6度和音を保ったまま奏します。 右手で6度の隣接する和音を1指4指−2指5指でトリルのように連続で弾くということは、2指5指を6度に広げることは言うまでもなく、 2指と4指で5度の広がりが要求されるということでもあり、指の間の拡張が必要になります。 また6度和音の半音階の上昇については、上の音は3指〜5指で取ることになり、その運指は3度和音の半音階と同じですが、 下の音を弾くのに2指が使えないため、全て1指で取ることになります。そのため下の音は完全にレガートで弾くことは難しいのですが、 上の音は3指〜5指を使ってレガートに弾くことができるわけで、結果として全体としてはレガートに聴こえるように演奏することは十分可能です。 半音階進行だけでなく、小刻みに動き回る部分は、14指−25指を交互に使いながら、時には4指を滑らせて続けて使うなどの特殊な運指も求められます。 このように右手だけでも結構大変なのに、実はこの曲は左手の動きも曲者だったりします。 バスが遠く左に離れた非常に低い音になっているため素早く正確な跳躍が求められるほか、左手の和音進行は5指(バス)−5指2指−4指1指−2指1指−4指1指−5指2指 のような運指で幅広い音域をカバーする動きが求められ、右手と同じ速度が要求されます。 そのようなわけで、作品25-6とは違い、いくら頑張っても涼しげに弾くことができず、忙しい動きになります。 この曲も3部形式で、主部は変ニ長調で始まり一瞬だけ変ホ長調に転調しますがすぐに元の調に戻り変ニ長調で終わります。 中間部は変ニ長調の平行調の変ロ短調で始まりますが、調性不安定な部分を経て、変イ長調→変二短調(表記上の調性)と変化し、 左手が同一音型のまま右手が下降2音単位で上昇していく部分でクレッシェンドし、最高点でこの曲のクライマックスとなります。 同様の音型で下降していく部分は今度は左手も参加し、ここはかなりの難易度です。 下降していくのと同時に高揚感は静まっていき中間部は終わり、主部の再現に戻ります。 主部は同様に再現されますが、結びの前に変ホ短調への転調からの和声進行は本当に感動的です。 ここを聴くときも弾く時も胸が熱くなるような苦しくなるような、そういう感覚になります。 胸に熱くこみ上げる、やるせなさ全快の音楽です。 この気分が静まると最後に向かって淡々と進んでいき、最後は左手で同一音型、右手で6度の半音階の長い階段を駆け上がり、4つの力強い和音で終結となります。 我こそはと思う方、是非、この曲に挑戦してみて下さい。
エチュード第21番変ト長調Op.25-9「蝶々」etude in G-flat major, Op.25-9Allegro assai,2/4拍子 難易度:8-8.5/10 Op.25-8に引き続き、この曲もわずか1分足らずで終わってしまう非常に短いエチュードです。 オクターブの連続を含んだ右手の軽やかな進行が、まるで蝶の舞いを連想させることから、「蝶々」のタイトルで親しまれている作品です。 難易度的にはショパンのエチュードの中ではやや易しい部類に属しますが、 可憐な響きから想像するほどの易しさではありません(耳に聴こえる難易度<実際の難易度)。 3部形式で、右手は、1指−2指4指(3度〜5度)−1指5指(オクターブ)−1指5指(オクターブ)で1つの単位です。 1番目の1指と2番目の2指4指の位置関係は逆転することがあり、また3番目、4番目のオクターブの進行は上昇もあれば下降もあります。 これを結構速く弾くわけです。弾いてみると分かると思いますが、まるで右手で早口言葉をしゃべらされているような、 そんな気分になる曲です。要するに聴こえるほどに易しくないわけです。 完全に脱力して、手首のスナップを利用して手首から先の動きで正確かつ軽やかにオクターブを捉える練習を 遅いテンポで十分に行って、その感覚をしっかりと覚え込んでからでないと、テンポを上げるのが難しいのではないかと思います。 それに対して左手は幅広い跳躍はありますが拍を刻むだけで別段難しいところはありません。 音楽的には、3部形式の主部は変ト長調で始まり、左手のバス音は変ト長調の全音階で一音ずつ下降していきますが、一切転調はしません。 中間部は前半は変ニ長調で伸びやかな和声で転調はありませんが、 後半は調性不安定でためらいがちな曲想になり、何とも可憐な響きです。 主部の再現は同様に変ニ長調で行われますが、最後の結びの変ト長調の前の調性展開や和声はショパンの他の作品にはないユニークなものです。 最後は右手が同じ動きを繰り返し消えるように終わります。 全体を通して転調が非常に少なく、変化に乏しいことは否定できませんが、 蝶が舞うような可憐な雰囲気のある魅力的な曲調が何ともユニークです。 完全な脱力、軽快な奏法を習得するための練習曲で、耳に聴こえるほどに易しくはない曲です。
エチュード第22番ロ短調Op.25-10etude in h minor, Op.25-10Allegro con fuoco,2/2拍子 難易度:9/10
両手のオクターブのための練習曲で、ショパンのエチュードの中では標準的な難易度の曲です。 主部は炎のようなオクターブ連続進行で、怒りが爆発するような凄まじさで、 このヴィルトゥオジティはショパン的というよりもむしろリスト的とも言えますが、 実はただの両手のオクターブ進行でこの程度の速さと強さを出すのは、技術的にはそれほど難しくありません。 ピアノを弾けない人には信じられないことかもしれませんが、そのようなわけで、僕たちがこの曲を聞けば、 激しい曲であるにもかかわらず「この曲の何がそんなに難しいの?」と小首をかしげることになります。 しかし、これは難しく作られたエチュードなんです。オクターブの連続進行の間、そのオクターブの間に位置する特定の1つの音を 押さえたまま弾くような指示があり、それがこのエチュードの難易度を無駄に上げています。 第2指で特定の音を保持したまま、1指5指、または1指4指でオクターブを弾かなければならないため、 腕を振り下ろすような弾き方ができないわけです。むしろ鍵盤を這うような弾き方で大音量を出さなければならず、 見た目には何とも華やかさに欠ける地味な弾き方で最大限の華やかさを表出することが要求されるわけです。 そして、第2指を押さえながら1指5指または1指4指を滑らせながらオクターブ連続進行を弾き続けるということは、 第2指と第4指の拡張も求められるわけで、柔軟性も求められるわけです。 オクターブ中の保持音がなければ、ある程度手が大きい僕には楽に弾ける得意中の得意の曲になるところを、 この厄介な音がオクターブの中に入っているばかりに、難曲となっているわけです。 この曲はもちろん他の曲と同様、ある程度ダンパーペダルを使って弾きます。だからオクターブの間の1つの音を せっかく保持していても、それが楽譜に忠実な弾き方で本当に保持しながら弾いているのか、 ダンパーペダルの効果で保持しているように聴こえるだけなのかは、演奏からはなかなか判断がつきません。 それならいっそ、楽譜に書いてある通りに真面目に保持せずに、一度打鍵したら離してしまっても 一応同じように聴こえる上に、さらに華やかさと力強さが出せるのだから、そうしてしまっても構わない のではないかというのも一応、理屈の通った考え方ではあります。 しかしながら、この曲はあくまで技術上の特定の課題を持った、れっきとした「練習曲」であることを忘れてはいけないわけです。 例え弱々しい演奏になろうとも、テンポが遅くなろうとも、第2指と第4指が広がらずに苦労しようとも、 楽譜の指示には従わなければならないわけです。 それがこの練習曲の本当の難しさです。ゆえに難易度9/10としました。 ちなみにオクターブの間に出てくる保持音を保持しなくても良いのなら、難易度は7/10程度だと思います。 この曲も3部形式で、主部はロ短調で、弱音から入り両手オクターブの半音進行を行き来しながらクレッシェンドしていきます。 この冒頭4小節は序奏に当たる部分です。フォルテで大爆発するところが第1主題に相当します。凄まじいオクターブの連続を 保持音を保ったまま鍵盤を這うような弾き方で見た目は地味に、そして耳には華麗に聴こえるように弾かなければならないわけですが、 20小節目以降は保持音の束縛から解放されて、腕を振り下ろす弾き方が「解禁」になります。 ここでピアニストの腕の動きを見ていると、ここで何が起こったのかというくらい腕の上下幅が瞬間的に大きくなり、 それと同時に音量もフォルテの質感も充実してきます。最後は凄まじいオクターブの連続で、fffに達し、 壮絶な和音の連続の後、一瞬静寂が訪れます。ここまでが主部です。 中間部はLentoにテンポを落として拍子も3/4拍子に変わり、ロ長調で穏やかに始まります。 右手は1指−3指、1指−4指、1指−5指を使ってレガートのオクターブで旋律を奏し、左手は幅広い和音を押さえます。 左手の和音は長10度までの広がりを求められ、アルペジオ記号は一切付いていませんが、 これが届かない場合、音を省略するのではなくアルペジオにして全ての音を弾くべきです。 この中間部は本当に美しい旋律と和声に彩られた素晴らしい音楽です。 クレッシェンドやリテヌート、ディミヌエンドなどの表記の意味を理解し、音楽の微妙な抑揚とテンポの伸縮により、 表情豊かで心に響く音楽を作り上げていく楽しさが味わえる部分です。 中間部の終わりには右手のオクターブ旋律がそのままの音型で左手に単音の音型で受け渡され、 それがオクターブになり、さらにはそれが両手のオクターブユニゾンになりアッチェレランドとクレッシェンドによって盛り上がり、 主部がロ短調でそのまま再現されます。主部は大幅に短縮されて、そのまま爆発的なオクターブ連続となりそのまま最後に向かって 突進し、最後は3つの和音でロ短調で力強く終結します。
エチュード第23番イ短調Op.25-11「木枯らし」etude in a minor, Op.25-11Lento - Allegro con brio,4/4拍子 難易度:10/10 ショパンのエチュードの中で最も人気が高く最高の芸術性を持つ名曲で、技術的に最も難しいものの1つです。 その意味で、技術・音楽性ともにショパンのエチュードの1つの頂点とも言える最高傑作です。 多くの楽譜ではこの「木枯らしのエチュード」は8ページで書かれており、 ここでは1ページ毎に各パッセージの動きの特徴と難易度を細かく見ていきたいと思います。
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エチュード第24番ハ短調Op.25-12「大洋」etude in c minor, Op.25-12Molto allegro, con fuoco,2/2拍子 難易度:9/10
ショパンのエチュードの中では標準的かやや易しいレベルの練習曲です。 暗く激しい怒涛のアルペジオの連続が、荒れ狂う大海原の波のうねりを連想させるところから、「大洋」というタイトルが付けられていますが、 他のタイトル付きのエチュードと比較すると、人気はやや落ちるようです。 2/2拍子の2拍(1小節)で1つの単位を構成し、各手が採るポジション内の音は基本的にちょうどオクターブの範囲のアルペジオ3音で、 これを弾き終わるとポジションをオクターブ上に瞬間移動させて次の3音、そしてさらにオクターブ上に瞬間移動させて次の3音を弾きます。 この最後の音(つまり9番目の音)が2拍目の冒頭の音となり、ここから下降していきます。下降は上昇の時と全く正反対の動きをするだけです。 こうして1小節の最後まで弾きます。ここまでが1つの単位です。 この単位が、アルペジオの構成音を変えて、続いていくわけです。 右手は1指-2指-5指または1指-3指-5指、左手は5指-2指-1指または5指-3指-1指で、それを延々を繰り返していくだけの単純な動きなので、 これを本来のテンポで弾くための指の運動神経は上級者ではほぼ例外なく備わっていると思いますが、 それにもかかわらずこの曲は意外に上手く弾けていない人が多いです。
この曲が技術的に難しい原因は主に2つあると思います。 1つ目は前述した単位毎に、アルペジオの構成音が変わることです。その度に、アルペジオの中の第2指または第3指で弾く音の相対的な位置が変わり、 第1指または第5指までの位置が微妙に変化するので、それをミスタッチせずに正確に打鍵するためには、その位置関係を身体が正確に覚えていないと いけないことです。アルペジオはかなりの速さで弾かなければならず、その位置を確認している時間的余裕がないため、 身体が覚えていることが絶対条件となります。「このアルペジオを弾くのなら、手はこのくらいに広げて第2指(または第3指)は このくらいの位置で固定すればいい」というような微妙な感覚です。これが狂っているとミスタッチの連続になります。 これは左右両手に対して言えることなので、片手ずつだけならミスタッチせずに弾けても、両手で弾くとミスタッチを連発するということも多々あるようです。 (確かに僕の場合も両手で弾くと途端にミスタッチしやすくなります)。 2つ目は前述したようなポジション移動です。5指で弾いた後、瞬間的に正確に1オクターブ移動させて、同じ音を1指で弾く、 またはその逆のパターンを左右同時に両手で行わなければならないわけです。 これについても1つ目と同様に、片手ずつなら何とかなっても、両手でやるのはなかなか大変です。 以上2つの課題を正確にやり遂げるためには、とにかく先を急がないこと、これに尽きます。 絶対にミスタッチしないという強い意志を持ち、身体が覚えるまでは絶対にテンポを上げないという厳しい姿勢で臨むべきです。 こうして非常に遅いテンポで辛抱強く続けていくと、不思議なことに鍵盤が手になじみ、 鍵盤に吸い付けられるようにミスタッチをせずに弾けるようになります。 こうなってから慎重にテンポを上げて行けば、仕上がりは格段によくなります。 ミスタッチした時の弾き方を身体が覚えてしまうと、それを矯正するのがさらに大変になり、 曲の完成も遅れますので、最初が肝心と心得て、慎重に練習を進めて下さい。 この曲も3部形式です。主部はハ短調で始まり、前述したように基本的には1小節で1つの単位です。 そしてその冒頭の右手の第1指で弾く音が実は旋律となっています。従って、この曲は、E♭−D−F−E♭−D−E♭−C− という旋律で始まることになります。そして7小節目〜8小節目は右手の16分音符の第2音が強調され、C−B♭−A♭−G−G−F−F− という音が旋律として聴こえるように演奏する必要があります。 主部の後半はハ長調に転調します。16分音符の冒頭にアクセントを付けて旋律として強調する部分もあります。 中間部は変イ長調で始まります。広大な海原がやや静けさを取り戻し、果てしない海の広がりを思わせる曲調となっています。 しかしそれも長くは続かず、31小節目からは新たな流れが始まり、徐々にクレッシェンドをして大きな波が徐々に高まりを見せ、 そのまま頂点を築くことなくクレッシェンドが続き、そのままその流れで、怒涛のように主部の再現に突入します(47小節目)。 冒頭のテーマが再現された後は、再び最後に向かって持続的なクレッシェンドで怒涛のようにクライマックスに向かって突き進みます。 変ニ長調、ハ短調と経て、怒涛の音楽は一体どんなクライマックスを迎えるのかと手に汗握るスリリングな展開を見せ、 ついに71小節目でfffで大爆発となります。しかしここからはハ長調です。そしてそのまま大音響のハ長調のアルペジオが 形を変えてこだまし、最後はハ長調の和音で力強く終結します。 この曲はやはりショパンのエチュードだけあって難曲ですが、エチュードの中では特に難しい部類ではなく、 むしろ易しい方です。演奏効果が非常に高い曲なので、ショパンのエチュードの学習が佳境に入ってきたら、 是非とも弾いてほしい曲です。
3つの新練習曲(遺作)
3つの新練習曲第1番ヘ短調etude in f minorAndantino,2/2拍子 難易度:6/10 技術的には、左手の8分音符のアルペジオ型の伴奏に乗って、右手で3連符の単音の旋律を奏でる、という複合リズムの練習が課題になりますが (左手4に対して右手が3)、 難易度的にはエチュードとしてはかなり易しい部類です。この曲は全体的に憂鬱な情緒が支配しますが、その中にも やるせない情熱が込められており、これを限られた音量の中で品格を保ちながら表出するのが課題です。 この曲は、転調が非常に多く、 調性的には不安定で、楽譜の「行間」に込められた思いは限りなく深いです。ショパンが譜面に書ききれなかった細かな 情緒の変化を敏感に感じ取り、それを演奏に反映させていく姿勢が求められる曲です。和声進行とテンポルバートとの 深い関係を感じ取るセンスと経験が求められる一曲です。
3つの新練習曲第2番変イ長調etude in A-flat majorAllegretto,2/4拍子 難易度:7/10 この曲も、第1曲と同じように左手の8分音符の伴奏に乗って、右手で3連符の和音を弾くというもので、技術的には、複合リズムの 練習が課題ですが、この曲の場合は、右手が和音になっているため、各構成音のバランスを整えるのも大きな課題です (特に最高音の旋律部を際立たせること)。この曲も楽譜には記されていない部分の深さまで、ショパンの託した音楽的なメッセージ を読み取る必要がありますが、それを解く鍵が和声進行にあります。分かる人には当たり前のように分かることなのですが、 これは経験の少ない人には意外に難しく感じられるかもしれないです。技術的には、右手の和音の進行を覚える(暗譜)のが やや大変ですが、弾き込んでいけば、必ずものにすることができる易しめの曲だと思います。
3つの新練習曲第3番変ニ長調etude in D-flat majorAllegretto,3/4拍子 難易度:7/10 軽快で上品な曲です。この曲の技術的な課題は右手にあり、上声の旋律はレガートで滑らかに弾きながらも、下声は常にスタッカートで 軽快に弾き続けなければならないことです。互いに異なった種類のタッチと音色を、同じ右手で同時に弾き分けるのは、決して 易しいことではないですね。これを実現するためには、右手の各指が均一に訓練されていて、独立にコントロールするテクニックが 要求されます。練習の段階から、そのような課題を強く意識しつつ、解釈が崩れないように慎重に進めていく必要のある曲です。
2002/10 初稿 |
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