〜そして俺は途方にくれる〜



人通りの多い街のオープンカフェでの待ち合わせほど落ち着かないモノはない。
超人というだけで子供はヒーローショーの主人公と勘違いしてるのか
あたり構わず飛びついてくるし、若い兄ちゃんたちは肝試しのつもりか、やたらと絡んでくる。
おっさんやおばちゃん達に至っては手形が付くほど容赦なく腕や背中を叩いてくる。
やはり超人というものは肩身の狭い生活を強いられるのだ。
などと悲観にくれてみたりしながら身体を小さく折り畳み、椅子に深く身を静めながら
目の前を右に左に行き交う人をボンヤリと数えて時間を潰してみたが前向き行為には程遠く
大きなアクビしか生みださなかった。
壁に掛けられた時計に目をやると約束の時間から20分ほど過ぎていた。
大して旨くないクセに値段だけは超一流のぬるくなったコーヒーを、もう一口喉に通す。
何を見るとはなく視線を泳がせていると視界の端に見覚えのある姿が映った。
その姿は俺以上に、この界隈に似つかわしくない格好をしていた。
着古してヨレヨレになったジャージの上下に裸足で健康サンダルをつっかけて、手には
付箋だらけのファイルを幾つも抱え、無精ヒゲを生やした顔のままで大股に歩いている。
極めつけは代名詞ともいえる天を突くかのようにそそり立つ2本の角。
それはHFで見慣れた姿だった。
背中をジンワリとしたイヤーな汗が流れ落ちる。
どうか俺に気付かずに、店の前を通り過ぎるのを祈ってはみたが
神様が願いに耳を傾けてくれるより先に悪魔の目が俺を見つけてしまった。
「おぉ〜、ジェイドじゃないかぁ!お前、こんな所で何してるんだ?」
ただでさえ目立つ風貌なのにデカイ声を張り上げながら、こちらに向かってくる。
他人のフリで無視を決め込む前に、俺の隣に空いたままになってる席に腰を下ろした。
馴染みの店なのか、片手を挙げるだけでウェイトレスはニッコリと笑いを返してた。
「それそう、超人協会にお前宛のクレームの電話が来てるぞ」
困った口調で言いながら目と口元はニヤニヤとしながら顔を覗き込んできた。
ムズムズと背中を虫が這い上がるようにイヤな予感がする。
「まぁ、クレームッて言ったってお前さんのマンションの住人だよ。
 なんでも最近、深夜遅くまで大騒ぎしてるようだが、何かお祭りでもしてるんですか?だとよ。
 まぁお前も若い男だし、うるさい事は言いたくないが人様の安眠を妨げるような事はするな」
そう言いながら頬杖をついて、俺の下半身に意味ありげな視線を送ってくる。
どう譲歩してみた所で、先生の言わんとしてる事に察しが付いた。
「あの、先生。まさか何か勘違いしてませんか?」
「照れるな照れるな。健全な男子たるもの、何事も全力で取り組むのは良い事だ」
俺の飲みかけのコーヒーを勝手に取ると一口で飲み干す。
「ブロッケン仕込みだから奥手かと思ってたが、やる事をやってるのには感心したぞ」
バカみたいに大口を開けて笑い声を張り上げる姿に、道行く人の視線が否が応にも集まる。
「ん?ジェイド、もしかしてお前―――ここで“コレ”を待ってんのか?」
片手の小指だけを立てて、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
こんな所で待ち合わせなどしなければよかったと、思ったところで仕方ない。
後で悔いるから、後悔というのだと言う事を体感しつつ、気持ちは暗くなる一方だ。
こんな状況でアイツがやって来たら、話がややこしくなりそうだ。
が、得てして運命なんてものは望まない方に働くことが多い。
車道を挟んだ歩道遊からこっちに進んで来る赤い物体が、これほど憎らしく思えたのは
俺の人生において何度目だろう…
スーパーのロゴがでっかく入ったナイロン製のエコバッグを膨らませて意気揚々としてた顔が
俺の隣に居座る先生を確認した途端、眉間に芸術的な皺を寄せた。
先生も奴の気配に気付いたらしい。
顔を上げると、今や遅しと奴が来るのを待ち構えてる。
「おぅ、スカーフェイス。しばらく姿を見ないと思ってたが、生きてたみたいだな?」
片手を上げて陽気に振っているが、どう見てもその仕草は追い払ってるようにしか見えない。
だがそんな扱われ方をされても神経の図太いこの男に効く訳がない。
スカーフェイスが立ち去らないとわかり手を下ろすも、その手は俺の肩にちゃっかり置かれた。
「ジェイド、なんでお前の隣にバッファローマンがいるんだ?」
「俺の方が知りたいぐらいだ」
隣の先生に気付かれないように溜息を吐き出す。
「まったく、教官ともあろう者が生徒にチョッカイ出すなんて世も末だな」
俺を挟むようにして先生とは反対側に腰を下ろし、俺の肩に乗せられてた手を叩き落とす。
「それはお前が邪念の多い目で見るからであって、これはスキンシップという行為だ」
そう言って叩き落とされたデカい手でグシャグシャに俺の頭を撫でる、というか掻き混ぜた。
まるで洗濯機の中のシャツみたいに揺さぶられて、軽く酔う。
「そーゆー過度の干渉はセクハラになるんだよ」
スカーフェイスは俺の頭の上に置かれたままの先生の手を掴み取る。
「なるほど、お前の減らず口は一向に改まる気配はなさそうだな」
先生は掴まれた手首を器用に半回転させると逆にスカーフェイスの手首を取り、捻りあげる。
お互いに軽口を叩いてるはずなのに、目が笑ってない。人目を一切気にせず、ふたりして
火花を散らすのは構わないが、俺の居ないところでしてくれないだろうか…
「カフェ・オレ、お待たせしましたぁ〜」
ちょっと鼻にかかったウェイトレスの声が、福音の如くテーブルの上から降り注ぎ、俺の頭上で
繰り返されている激しく不毛な攻防戦を気にもせず、先生の目の前にカフェボウルを置いた。
「あ、悪いけどエスプレッソのダブルと、こいつのコーヒーも追加でひとついいかな?」
スカーフェイスは俺の空っぽにされたコーヒーカップを指差し、健やかな笑顔で注文を言う。
こういう状況でも女の子には耳に心地良いバリトンの声に切り替える能力は大したもんだ。
置いてかれたカフェ・オレを目の前に、先生は一時的に休戦としたらしい。
掴みあっていた手を離して持ち上げたカフェボウルは、かなり大きめのハズなのに
先生が手にすると、まるで蕎麦猪口のようにしか見えない。
「それよりスカーフェイス。何だってお前、こんな所にいるんだ」
無精ヒゲにミルクの泡をくっ付けた顔をこちらに向けながら、今更この状況を聞いてくる。
「別に正義超人じゃないんだから、俺がどこで何をしてようと俺の自由だろ」
スカーフェイスは俺が座ったままの椅子を、自分の方に引き寄せると先生を半眼に見据えた。
「お前がどんな講釈を垂れようが一向に構わないがな、俺としてはHFの優秀な生徒だった
 ジェイドが出来の悪い生徒に影響されないように気をつけておかなきゃイカンのだよ」
「下心丸出しの中年オヤジが、なに言ってやがる」
スカーフェイスの険のある視線を無視して、口の端に残った泡を器用に舌で舐め取りながら
ニヤリと俺とスカーフェイスの顔を探るように交互に見る。
「ほぉーよくも言ったな。そういうお前だって巧い事いってジェイドを丸め込んでるじゃないか」
「ななな何いうんですか先生!!俺はこいつとは一切関係はありませんよ!?」
「落ち着けジェイド。このオヤジの言う言葉に耳を貸す必要は無いぜ」
ッるせー、この宿六!手前ぇは黙っとけってんだ!!
思わずテーブルを叩きつけるも、このふたりにはどこ吹く風だ。
「俺をだしにして自分をアピールするつもりだな、スカーフェイス」
「おぉ、さすが年寄りだけあって言うことが違うね」
留まることのない棘だらけの言葉の応酬に、頭が痛くなりそうだ。
「エスプレッソ・ダブルとコーヒー、お待たせしましたぁ〜」
ウェイトレスが変わらぬ鼻にかかった声で、小さいテーブルの上は既に満席の状態なのに
追加注文のコーヒーカップを更に無理やり乗せようとする。
「あぁ〜ちょっと待って。先にこの空のカップを下げてから」
なんとかカップを置こうと無理やり並べるのはやめてくれ。
「ジェイド、このオヤジはどうやら好からぬ事を考えてるみたいだぞ」
「何を言ってる。お前以上に悪巧みを思いつく奴など居て堪るか」
ふたりともふんぞり返って、ウェイトレスが困ってるのに手を貸そうともしやしない。
「すいませぇ〜ん、こちらのグラスをお下げしても宜しいですかぁ?」
の、声と一緒にガチャガチャッと盛大な音を立てて、コントみたいにグラスが倒れていく。
「きゃッ!申し訳わけありませぇん!!すぐタオルをお持ちしますぅ」
あっという間もなくテーブルの水害は広がり、逃げ遅れた俺のズボンは水浸しになった。
「いや、大丈夫、構わない。それより今日の分はツケにしておいてくれ」
いうが早いか先生は呆然としたまま固まっていた俺を、ひょいと抱え上げ席を立つ。
「あっ!!!テメェ、ジェイドに何するつもりだ!」
立ち上がった先生のジャージをスカーフェイスが掴んだ。
「何するもないだろう。これだけ水が掛かっちゃ、拭いたって染みになる。
 それより着替えちまった方がお漏らしみたいな染みは気にならないだろう」
ただボタボタと濡れるに任せたままにされた俺は、今になって店中の注目がこのテーブルに
集まって事に気付いた。
超人が集まって、大騒ぎして、そのうち一人は(お漏らしのような)水浸し―――。
「後生ですから、早く俺をここから連れ出してください」
何故俺だけ、こんな恥ずかしくも辛い思いをしなくてはならないんだ。
この状況では顔を上げる事も出来ない。
「聞いたかスカーフェイス?ジェイドもこう言ってる事だ、じゃあな」
颯爽と店から走り出すのはいいですから、俺を抱えたままでいるのは止めて下さい。
「待て!お前みたいなエロオヤジにジェイドを預けられる訳ねぇーだろぉうがぁ!!!」
少し後ろの方から、スカーフェイスが大声を上げながら追いかけてくる。
その声に街中の人達が何事かと騒ぎたてる…
俺は先生の小脇に抱えられたまま、己の情けない状況に涙を流さずにはいられなかった。


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