「戦 星」




「よぉマスクマン、気分はどうだ?」
逆光となっている開け放たれたドアから、こっちを見ている男の顔は分からない。
「…誰だ?」
酒焼けした俺の喉は擦れて、疲れた声しか搾り出せなかった。
「別に誰だろうが構わないだろう」
外の灯りが男の長い髪をゆらゆらと暗い部屋の中に浮かび上げていた。
「俺は気が短いんだ、痛い目に逢わない内にどっかに行け」
聞く者を不機嫌な気分にさせる耳障りな声で、低く吼える。
「別にてめぇを見るのに金が必要じゃないだろう?
 MAX達が面白そうなガラクタを拾ったって言うから見に来てやったんだよ」
一体何が楽しいのか、喉をコロコロと鳴らしながら俺に近づいてくた。
「―――うぜぇよ!」
ノーモーションで近くにあった空き瓶を顔めがけて投げつけた。
至近距離だから顔を逸らす間もない、はずだった。
「バーカ、こんな分かりやすい事しか出来ないんじゃ、お前、死ぬよ?」
ニヤニヤとイヤラしい笑顔を浮かべながら俺の投げた空き瓶を受け止めていた。
「この俺がそう簡単に死ぬ訳はねぇんだよ、チンカス野郎」
言い終わるか終わらないうちに、影は瓶を持っていない片方の手で俺の喉を締め上げた。
「面白いこと言うじゃないか…そんな事言ってんなら、このまま殺してやろうか」
心底楽しそうに、目をますます細めて顔を綻ばせながら、締め上げる手に力を込めてくる。
「フ、ンッ、笑えないジョークだな」
気管が押し潰され、無理に声を出すだけで目の前に黒い霧がかかってくる。
このままでは“オチる”―――
とにかく手を振り解く為に影が持ったままの空き瓶を奪い取り、その頭に振り下ろした。
ガラスの砕ける感触と、破壊の手応え。
一瞬、首を絞める手が緩んだ隙に体を反転させ、影との間に幾らかの距離を作った。
「―――なんだよ、チャチなマネしやがってよぉ」
粉になったガラスの破片を笑いながら頭を振り、払い落とした。
「うるせぇよ。そっちこそ、いきなり首を絞めやがって…」
大急ぎで深呼吸を繰り返して肺から体中に欠乏しかかった酸素を送り届けた。
「まぁ怒るなよ、マスクマン。何にせよ反撃してきた事は褒めてやるからよ。
 それに今の挨拶代わりで超人が本当で死ぬ訳なんてないだろ?」
笑ったまま、影は部屋の隅に置かれていたロウソクに小さな火を灯したした。
頼りない僅かな光の中で、影は一人の男の姿となっていった。
逆光の中ではわからなかったが、男の長い髪は燃えるような赤い色をしていた。
「それにしても、あんなガサツなマネしか出来ないんじゃ女にモテないぜ」
部屋の中に転がっている酒瓶の一つを拾い上げ、ラベルと中身の残り具合を確かめている。
「別に興味はねぇから気にならねぇよ」
一番手近にあった瓶を手に取り、そのまま煽り飲む。強烈なアルコールの炎が喉を焼く。
「おーぉ、まだ青くせぇガキのクセに一丁前の口を利くねぇ」
男も瓶から直接、酒を飲む。満足そうに顔を綻ばせている。
「あいにく俺はテメェみたいに良く動く舌は持ち合わせてないんだよ」
瓶の底に残っていた酒を一気に飲み干す。胃の中で炎が踊り狂っている感覚を覚える。
「でも女共はこの“舌”をえらく気に入ってくれるぜ」
チラチラと舌先を、まるで別の生き物のように俺の目の前で動かしてみせる。
頼りないロウソクの明かりの下、男の顔には笑顔が広がっている。
この男はさっきまで俺を縊り殺そうとしていたのだ。
それなのに、男の顔を見ていると、不思議とやり返そうという気を削がれる。
強すぎるアルコールが俺を手懐けはじめている。
「とりあえず、ちったぁ骨があるようだし酒も貰った事だ。
 今日の所は命だけは勘弁しといてやるよ、マスクマン」
まるで女を品定めする手つきで俺のマスクを撫で上げる。
「マスクマンじゃねぇよ、俺の名はケヴィン…ケビン・マスクだ」
その手を薙ぎ払おうとしたが思うように狙いが定まらず、手は宙を切る。
「ほぅーん、ケビン・マスクか。まぁ明日まで覚えてたら、次からはそう呼んでやるよ」
焦点がぼやけ、男が俺の目の前で3人に増えたり1人に戻ったりを繰り返している。
「あぁ、おいデカブツ、てめぇの名は何だ?」
アルコールが神経を鷲掴みにして、意識がゆらゆらと揺れてきた。
「その口の利き方は気にいらねぇが教えてやるよ―――俺の名はマルスだ」
トロけるような、甘い、囁き声が、耳を舐る。

マルス、マルス、マルス
昔読んだ本にあった名前。
火星の異名、ローマ神話の軍神と同じだ。
赤い恒星。
その名に、戦いを司る者。
その名に、縛られた男…
紅玉の瞳。

「お前も、“戦う者”の名前を持ってるのか」
幻のあの人が、闇の夜空の向こうから、俺を見詰めている。
「あぁ?何だよ…“お前も”って?」
影の―――マルスの目がロウソクの灯りを受けて輝いた。
その瞳は、激しく燃え上がる紅蓮の光に満ちていた。
赤い、赤い、血の色のような紅い瞳…
「いや、なんでもない」
忘れようとしていた、あの人を思い出してしまった。
きっと、赤い瞳のせいだ。
コイツの赤い目は、瞳の色は、戦いを求めて燃え盛る星の赤だった。
あの人のような、冬の夜空に瞬いている悲しい紅い星の色ではなかった。
アルコールの熱が見せた幻。





――――――――――あぁ、貴方に会いたい



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