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春というには早すぎる陽射しの中、想い人を待つ牛が一匹。
周りの景色から浮いてる事を気にしない男は、テラスに並べられたテーブルに窮屈そうに身体
を屈めながらすっかり冷え切ってしまったコーヒーを持て余していた。この街では珍しい日焼け した褐色の肌に人好きしそうな黄金色の瞳。意識しなくとも発散されている異国の匂いが人々 の興味を引くのに、その上いまどき誰もしないであろうアフロヘアと天を突くかの如く捻じれた 巨大な角を併せ持っている。そんな男がママゴト遊びに使うような小さいコーヒーカップを口に 運んでいればイヤが上でも視線は集まるに決まっている。
が、本人いたって平気。
今更どんな視線を受けようが構わない。今までだってレスパン一丁で街中を闊歩してたのに比
べればキチンと服を着ている以上なんら気にする事など無かった。それよりも今日の待ち合わ せ相手の方が断然気になる。自分より一回りも年下で正義感が人一倍強い、晩熟のくせに思 慮の浅い世間知らずのお坊ちゃま。家柄も折り目正しい一族の跡取りである為に有形無形の ライバル達を蹴落として、やっと今日のデートに漕ぎ付いたのだ。自然に顔も緩んでくる。だが 悲しいかな、その顔は笑顔というよりか何か企んでいる風にしか見えなかった。
「珍しいこともあるもんだな、てっきり遅れてくると思ってたのになぁ」
約束の時間から少し遅れて来たにもかかわらず、詫びの一言もない。
「Einen Kaffee bitte!」
近くにいたウェイターに声を掛けながら椅子に腰を下ろす。こういうところの無作法さは相変わ
らずだ。本当なら今すぐにでも抱きしめたいがそんな事をすればコイツの“ベル赤”でスッパリ 真っ二つに斬り付けられるに決まってるので我慢していると、すぐに大ぶりなカップに薫り高い コーヒーが目の前に運ばれてきた。
「Danke.」
愛想笑いひとつしないウェイターがカップを置き、テーブルを離れると彼は琥珀色に輝くトロリと
した液体をたっぷりとコーヒーに垂らし入れるとコーヒーの中から、花が開いていくかように薫り が広がり、俺の鼻先をくすぐる。
「相変わらず、なんにでも蜂蜜いれるんだなぁ」
少し呆れながらついつい言ってしまう。
「しょーがないだろ、生粋のベルリーナなんだから」
スプーンでグルグルと混ぜながら俺に向かって舌を出す。
「―――ベルリーナ?」
「ベルリン生まれのベルリン育ちの事だよ。ほら、ここの店の看板に熊が描いてあるだろ?
この街は熊が造った街、だからベルリンっていうんだぞって、親父に聞かされた事がある」
行儀悪く、溶け切らずにスプーンに残った蜂蜜を舌先で舐めながら、まるで赤ん坊が親に甘え
るように俺に対して無防備な顔を向ける。
きっと親父さんも、この顔にメロメロになってたことだろう。
「ふーん、熊ねぇ・・・だからってそんなに蜂蜜を食ってると“ウィニ―・プー”みたいなデカッ尻に
そのうちなっちまうんじゃないか?」
「バァカ、俺はあんなデブちんの熊になんかにならねーよ」
頬を一杯に膨らまして睨み付けてくるが、口の端に付いた蜂蜜のせいで迫力に欠けている。
「でも間抜けなところはそっくりだな」
本人は気が付いて無いようなので俺の指で拭い取ってやるとバツが悪そうな顔をする。
その表情に見惚れて動きを止めていたら蜂蜜の付いた指を咥え、舐め取りやがった…
された事と状況を理解した途端に、俺の下半身が一気に恥ずかしい状態になった。
図体がデカイとナニの方も比例するわけだからとてもじゃないが、このまま歩こうものなら警官
に捕まっちまう状態だ。神に誓ってサイズに誇張はない。
「なんだよ、俺よりずっと間抜けな格好になったなぁ」
ニヤニヤしながら俺の顔とナニを交互に見比べる。可愛さあまって憎さ100倍とはこの事だ。
咄嗟に腕を掴み、椅子ごと引き寄せる。
「それじゃあ、お前にココの責任を取ってもらうまで、お家に返さないでおくかな?」
このセリフには顔を青ざめるべきだ。決して恥らって赤らめるべきではない。それを何を間違っ
たかコイツと来たら真っ赤になって俯きやがる。
―――参った…このベルリーナも恋をしていたようだ。
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