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跡継ぎが出来たと、聞いた。
ロビン邸に着いたのは多くの超人たちの訪問の後だった。
最近は連中との付き合いもなかった為、気後れもあってワザと日程をずらしたのだ。
華やかな祭りの後の、ひっそりと穏やかな時間が屋敷に漂っていた。
顔見知りの執事に声を掛けるとマダム・アリサは中庭にいると言う。
久しぶりのロビン邸は何ら変わるところは無かった。
バルコニーから中庭に出ると、木陰の椅子にまどろむ彼女がいた。
彼女の膝の上には大きなブランケットが乗っていた。
「お久しぶりです」
なるべく驚かさないように声を掛ける。
「まぁ、随分と遅かったじゃないの。道にでも迷ったの?」
驚いた様子も無く、ずっと傍に居たように彼女は答えた。
女性は子供を産むと美しくなるというのは本当のようだ。
母となったのに、少女の面影を残したままだ。
「すいません、もっと早く来るつもりではあったのですが」
「いいのよ。来てくれただけで嬉しいわ」
そう言って俺に向かって微笑む。風が少しだけ彼女の髪を乱す。
「ロビンは?」
彼女の回りにメイドの姿も見えない。
「いつもこの時間は坊やと私の二人だけにしてもらっているの」
ブランケットに向かって微笑みかける。
「ねぇ、ウォーズマン。この子の顔を見て頂戴」
春の木漏れ日のような眼差しのマダム・アリサが俺に微笑む。
「この子にマスクをしてしまう前に貴方に見てもらいたいの」
か細い腕に、大き過ぎるブランケットをしっかりと抱き締めている。
「いけない、マダム・アリサ。ロビン一族は素顔を晒してはならないのだから」
慌てて後ろに逃げようとしたが、それより早く彼女は俺の前に辿り着く。
「いいの、いいから、ね?ロビンにナイショよ?」
差し出されたブランケットの中には、天使が眠っていた。
「今は寝てるけど、瞳は綺麗なブルーなのよ」
夢を見ているのか天使が微笑んだ。
「…マダム・アリサ、何故?」
何故、こんな俺に、天使の素顔を。
「私はね、この子がロビン一族の跡取りとしてではなく、
ひとりの子供として貴方とは逢ってもらいたかったの」
天使の手が何かを求めてモゾモゾとしている。思わず、俺は手を差し伸べた。
白く柔らかい小さな手は、俺の黒く醜い指を見つけると驚くほど強い力で握り締める。
指先から天使の体温が俺を包み込む。
何かを掴んだことが嬉しいのか、天使の口元にエクボが浮かんだ。
「ナイショよ?ウォーズマン。二人…うぅん、三人だけの秘密よ?」
少女のような無邪気さでくすくすと笑った。
二人の小さな、くすぐる様な笑い声が俺の耳朶に染み込んでいく。
ふいに、涙が溢れた。止まることの無い涙。
「どうしたの?おかしなウォーズマン。何で泣くの?」
そう言いながら優雅な指先は俺の涙を拭い、頬を撫で、天使に話しかける。
「ね、坊や。ウォーズマンったら泣き虫さんねぇ」
ブランケットに包まれた儚くも幼い命。
マダム・アリサにそっくりな金髪の天使は、今日のことは覚えないだろう。
全てに祝福されるだけの存在である自分というものを。
神には、機械の願いが聞こえるだろうか?この穢れ無き魂は汚されぬようと祈る歯車の声が。
あの日、午後の光の中でマダム・アリサと天使は幸福な聖家族であった。
あれから幾つの夜と昼と季節が過ぎていったのだろう。
木漏れ日の下の幼な子は、闇を歩く捕食者と成長していた。
だが、その身が極界に落ちようとも6対の羽根を失われなかったセラフィムのように、
漆黒の翼を持った俺の天使は、己の中に眠る光を失うことは無かった。
―――――ケビン
光の子、輝ける天使、具現化された福音、マスクに隠された明けの明星。
例え姿が変わろうとも、春の風、芽吹く命の讃歌、この世界の全てはお前のモノなのだ。
それにお前はまだ気付いていない。幾ら血塗られ、闇の翼を持とうとも、全ては赦される存在。
この黒い醜い獣に微笑みかけてくれた罪深き、地上の天使よ。
俺はお前の贖罪だ。
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