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重いドアを開けるとライトを落とした店内から僅かにジャズが流れて来る。
バーテンダーはCDで申し訳ないと言うが、酒を飲みに来てる訳だからBGMには関心はない。
むしろ喧騒も、ひと気を感じないこの空間の為に来ているぐらいだ。
日頃の血生臭い生活を、瞬間でも忘れるために。
いつも座るスツールの隣に珍しく先客がいた。
ケツの青そうな、ガキっぽい奴だ。
何やらバーテンダーと話をしていたようだが、俺が入ってきたのに気を使ってか黙り込んだ。
カウンターに置かれたグラスに半分ほど琥珀色の液体が入っている。
薄暗い店内の中、そいつの金髪はキラキラと輝き、目は翠色に光っていた。
「こんな早い時間に珍しいですね?さて、何を飲まれます?」
バーテンダーが俺の注文を聞く。
「あぁ、マンハッタンを作ってくれよ」
俺みたいな大の男が飲むモンじゃない。
だが、バーテンダーは何も言わず、並べてあるビンから選び出す。
ミキシンググラスに注ぐのはイエロー・ローズとドライ・チンザノ。
音も無く混ぜられ、注がれたグラスからは湿った土の香りが湧き上がる。
グラスの底で漂うチェリーが、薄暗い照明の中で残り火のように揺らめく。
見た目とは裏腹の、甘さの無いカクテルをゆっくりと飲み下す。
マティーニが夏の薫りならばマンハッタンは秋の夕闇の匂いだろう。
舌に残るアルコールを肺に飲み込みながら、俺の耳はバーテンダーと隣の奴の声を拾う。
「それで、さっきの話ですけど、どう思います?」
酔ってるのだろう。俺がいるのも構わず、話を再開したらしい。
「ど―――考えても、俺の想いをわかってて、無視してると思いません?」
どうやらヤツ自身と誰かのことを言っているらしい。
バーテンダーにそっと目配せをすると微かに顔を左右に降り、一瞬だけ苦笑いを見せる。
随分と長い間、このガキの相手をさせられているみたいだ。
「俺だって自分の立場ぐらいは解ってる、わかってるんです。
でも…でもね、少しは俺の気持ちに答えてくれても〜イイと思うんですよぉ」
呆れた。なんて自分勝手な事を平気で口にするヤツだ。
「指先を動かすだけで、何を思ってるのかなんて理解出来るんです。
だってね、俺にはね、あの人しかいないんですもん」
この世の中で一番の幸せ者は自分が愚かだと気付かない人間だ。
まさか場末の酒場で天然記念物を見るとは思いもしなかった。
そっと盗み見ると、ガキの眼には薄く、霞がかかっていた。酒に呑まれた奴の目だ。
酒に溺れる位ならば、さっさと相手の身体に溺れるほうが楽しいだろうに。
充分に酔っているのに舐めるようにグラスの中身を飲んでやがる。
「もうね、レーラァの事が、本当に大好きなんですよ。
好きで、好きで、どうしようもないくらい好きなんです」
熱を持った声で、心の底からとろけるように呟く。
「どうして、こんなに好きになっちゃったんだろう」
これ以上、のろ気話を聞かされるのはまっぴら御免だった。
折角のマンハッタンが腹の中で綿菓子になった気分だ。
グラスを傾け、底に残ったチェリーを口に転がし入れる。
奥歯でチェリーを噛み締める。隣のガキみたいに甘いチェリーだった。
「今日はもう帰る」
バーテンダーに返事をさせる余裕も無い速さで席を立った。
重い扉もチョコレートにされてしまったらしい。今夜はアイツのせいで胸焼けがしそうだ。
それにしてもあんな甘ったれなガキに惚れられた女も大変なこった。
もしかしたら、レーラとかいう女はバラの砂糖菓子で出来てるかもしれない。
それなら、この俺様があのガキの代わりに美味しく戴いてやろう。
他人の甘い蜜を頂くのは、何よりも俺を酔わせる。
まさか、あン時のガキとHFで再会するとは思わなかった。
―――認識NO.007、ジェイド。
HFでは絵に描いたような礼儀正しさと真面目さウリにしてやがる。
素面の優等生と、酒に飲まれたあの時と、一体どっちがコイツの本当の姿なんだろう。
いつか腰が抜ける程飲ましてみてやろう。
ただ、アイツの砂糖菓子だけは手を出す気はしなかった。
阿呆話の第2弾。
えー、マルスと、相変わらずアホのジェイドです。
マルスはD.M.Pをエスケープして呑み歩いてます。
陣内のイメージのマルスは甘ったるいカクテルを飲んで
カッコつけてるような、自称遊び人タイプ。
かなり陳腐なイメージだな。
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