「Beaujolais」



日本で暮らし始めて、初めての冬がやってくる。
この国は毎日が目まぐるしく変化していく。
昨日までの空き地にはビルが建ち、子供達が走り抜けた路地に壁が並ぶ。
ベルリンの街並のような時間はここにはない。
平凡な日常など存在しない。まるで変わり続けなくては、ならないかのように。
ガラにもなく感傷的になっているのは貴方のせいだ。

貴方からの電話で、気が付けば良かった。
『ジェイドか?…その、日本に、行ってもいいか?』
貴方の事で俺が反対など出来る訳がないのを知っているだろう。
『それと悪いんだが、夜、お前の時間を空けておいてくれないか?』
貴方のその一言で全て理解出来たはずなのだ。

レーラァ。
夜の空港での再会にも貴方はどこかよそよそしかった。
都心に向かう車の中で、貴方の心はすでにここには無かった。
着いたホテルは深夜にも係わらず、多くの男女が行きかっていた。
貴方は俺の肩を促し、バーに向かうと窓際の席に腰を下ろした。
メトロポリスの夜景が足元に広がる。まるで地上に落ちた星空だ。
店の照明は薄暗く、テーブルの上のキャンドルが僅かに顔を照らす。
「急で悪かったな、ジェイド」
謝罪の言葉など必要ない。貴方が目の前にいる。これ以上望むことがあるはず無い。
「お前が日本にいると思ったら、居ても立ってもいられなくなった」
ボーイがそっと、レーラァと俺にワイングラスを差し出した。
深い、深い深紅の液体。
グラスの縁からは若々しく芳醇なアロマが立ち上る。
店のアンティークな柱時計が深夜12時を告げた。
その音を耳にしながらレーラァはグラスを傾ける。

夢見るような眼差し、少しだけ上気した顔。
満足げな笑みを浮かべ、俺に微笑む。
瞬間、俺は貴方の想いを理解してしまった。
そんなに、そんなに、恋焦がれてたんですか?
だからこそ、貴方は俺のいる日本に飛んできたのですね。

「ジェイド、お前も飲んだほうが良いぞ。今年は上物だ」

…レーラァ。
たった、一年に一度しかない日。でもドイツにもその日は来るのです。
ですから、わざわざ来るまでの事は無いと思います。

11月第3木曜日、ボジョレー・ヌーボー解禁。


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