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「―――――ない」
今日は月に一度の超人委員会からの給料日。
正義超人だからって無給で働いてるわけじゃナイ。平和であるにも色々と金が掛かるのだ。
で、給料日。
物価の何かと高い日本でも、結構シビアな金額しか貰えない。外食なんかしようものなら
あっと言う間に財布がカラになる。と、なると自然と自炊が多くなる。
そうは言っても到底レーラァにお見せすることも出来ない慎ましい食事なのだが…
そんな訳で、給料日は月に一度の贅沢をする日に決めたのだ。
あまり高くはないレストランで一番安いコースとグラスワインを一杯。帰りにレンタルショップで
古い映画を借りてきて、買ってきた安酒を飲みながら観る。たいした金額も掛からないし
先輩達みたいに馬鹿騒ぎする訳じゃない、きわめて健全な楽しみなのだ。
が、問題はその軍資金が消えてなくなったのだ。
午後のパトロールの途中で引きだした給料が財布もろとも消えたのだ。もちろん落としたりする
わけなどない。今日の道程を銀行から部屋に戻るまでを限りなく思い出してみる。
銀行を出てから、残りのパトロールをした。(財布は持っていた。)
キッド先輩とジムでデラヒーバの掛け方と返し技の練習。(レーラァとやりたかった…)
マシントレーニングに来ていたガゼル先輩とロッカーで世間話。
(そーいえば、先輩の財布ってクロムハーツのなんだよなぁ。)
黒のなめし革で、シルバーもいい感じに黒ずんでたなぁ。
俺のはエッセンおじさんから餞別に貰ったお下がりの財布。
―――――謎は全て解けた。
…鹿だ、あの鹿だ、あん野郎。
いくら形が似てるとはいえ、俺の財布を持ってくなんざ、フテぇ野郎だ。
アン畜生!今度あったら唯じゃおかねぇからな。覚悟しとけってんだ。
頭にみるみる血が上る。
が、不意に後頭部に激痛が走る。
「よぉ〜う、久しぶりだな」
そう言いながら背後から目の前に現れたのはスカーフェイスだった。
何やら色々大荷物を持っている。多分、これで俺の頭を叩いたんだろう。
「…何の用だ?」
出来るだけこの疫病神とは付き合いたくなかった。こいつに負けて以来、負け癖が付いた。
「あんまりつれない事言うなよ、同期じゃないか」
よくも、いけシャーシャーとした事を口に出来るのだろう。
「ふざけた事を言うな、俺の同期にはそんな間抜け面の奴はいない」
こーゆー不貞の輩は無視することにしよう。いい加減、腹も減ってきたし。
「おいおい、随分な言い草じゃないか」
俺の背後にぴったりとくっついて来る。
「正義超人ならこんな大荷物を持って困ってる人を無視しちゃイカンだろ?」
「勝手に可哀想な人を演じてろ」
と、言った途端に、腹の虫が盛大に鳴き声を上げた。
「おいおいジェイドぉ、お前も随分と可哀想な人だなぁ」
後ろからスカーフェイスが楽しそうに声をかけてくる。
「弱き者に手を貸してくれさえすれば誰かの腹の虫は大人しくなる事請け合いなんだがな」
ガサガサと持っている袋の中から美味そうな匂いを漂わせたパンを取り出してかじり出す。
「どうだ?丁度揚げたてのを買ったんだぜ」
口の端に溶けかかったチーズを付けてやがる。
「日本で食うにしちゃ味はまぁまぁだな」
―――――胃が限界だ。
「荷物を持ってやるよ。だから一口くれ」
「荷物はいいから、ほらよ」
食いかけのパンを口に押し込まれた。中に熱々のチーズとハムが入ってた。
「美味いな、この揚げパン」
「カルツォーネだ!」
間髪いれずに訂正された。食い物にうるさい奴はこういう所も細かい。
あっとゆう間に食べてしまった。コレでしばらくは腹の虫も静かにしてくれるだろう。
「さ、て、と、それじゃあ行こうか」
あまりにさり気なく、スカーフェイスは俺の腰に手を回して歩き出した。
「行くって、何処にだよ…うぁァ、お前どこ触ってるんだ!!!」
「ちょっとぐらい触ったって減るもんじゃねぇだろ?それよりどっち行けばいいんだ?」
「どっちって、ナニが?!」
「お前ん家に決まってるだろう」
即効ダッシュで引き離す。
何が悲しくて自分の腕を引き千切った奴を家に招き入れなきゃならない。
ともかく振り切って逃げるに限る。
「〜ジェイドぉ、てめえ、このヤロォ、俺様から逃げ切れると思ってんのかぁ!!」
後方から大声で叫びながらスカーフェイスが追いかけてくる。
これじゃ傍目に見たらどっちが正義超人かわかりゃしない。
振り切る事が出来なかったのは修行が足りないとしか言い訳が出来なかった。
玄関で戸を開ける開けないの押し問答をしたが新聞勧誘員より巧妙に入り込まれてしまった。
「す、素直に(ハァハァ)家に入れても、(ハァハァ)いいじゃねぇか、よぉ」
「バ、バカ言え。(ゼィゼィ)誰が、すき好んで(ゼィゼィ)悪行超人なんか家にあげるか」
お互いに呼吸もままならず、追い出す気力も今は失せてしまった。
それに食いかけとはいえパンを貰った事だ。
「きょ(フーハァ、フーハァ)、今日の所は(フーハァ、フーハァ)とりあえず泊めてやる」
「(ハゥウ、ハゥウ)おーう悪いが、遠慮なく(ハゥウ、ハゥウ)そうさせて、もらうぜ」
肩で息をしながら脇を通り抜けて勝手にリビングに大の字になりやがった。
玄関先には荷物が乱雑なままになっていたが俺も無視する事にしてベットルームに入った。
着替えて直ぐリビングに戻るつもりだったのに、つい寝てしまった。
しかも腹が減りすぎて眼が覚めた。
ボ―――と、した頭でリビングに行くと、キッチンから良い匂いがしていた。
覗いて見ると鍋が噴いていて、そこから何ともいえない湯気が出ていた。切りかけの野菜が
転がっていたので、トマトを一切れつまみ食いした。に、してもスカーフェイスの姿が見えない。
おかしいと思いつつ廊下に出ると奴がいた。
電話で誰かと話をしている。
「てめぇ、ドコに掛けてる!!」
ちょっとでも油断したのはやはり修行が足りないのだ。悪行超人の仲間に俺の家の場所を
教えて襲撃をするつもりに違いない。呆気に取られたスカーフェイスから受話器を奪い取る。
「おう、コラ、どサンピン!てめぇ、何処に電話してんじゃ!!」
受話器の向こう側で息を呑む音が聞こえた。ザマーミロ。
「―――ジェイド、お前はいつの間に師匠にそんな口を利くようになったんだ」
一気に体温が氷点下まで下がる。隣ではスカーフェイスがニヤニヤしながら俺を見てる。
「ち、違います、今の汚い言葉はスカーフェイスの陰謀です。
貴方の弟子である俺が、あんな野蛮で粗野な言葉を使うわけがないじゃないですか!」
スカーフェイスが俺にツッコミを入れようとするのをスウェーでかわす。
「俺は貴方だけのシューラァなのに、貴方を汚す言葉を口にする訳など有り得ないのに」
心を込めて、熱っぽく口説く。俺のこの口調にレーラァは弱い。
暫くすると、受話器の向こう側から鼻をすする音が聞こえる…オーケー、誤魔化せた。
「ジェイド、すまなかった。一瞬でもお前を疑った私を許してくれ」
微妙に涙声になっているレーラァの声が、俺の、耳元に…!!!
ア、あぁ、ああぁ〜あぁあぁ〜ぁ〜ぁああ〜あ〜!!!!!素敵です、その声!!
レーラァの声に身悶えていると、突然電話が切れた。
見ると、スカーフェイスのヤツが電話線を引っこ抜いていた。
「俺様の陰謀だからなー♪」
上機嫌の顔をして、俺を見ている。本っ当ーに、気に障るヤツだ。
「そんな仏頂面してないで、こっちに来い」
こいつ、まるで自分の家みたいに俺をアゴをしゃくってキッチンに向かう。
普段から整理整頓しているキッチンは戦場のように散らかっていた。
「何でこんなにキッチンが汚れてるんだよ」
「使えば汚れるに決まってるだろ、それに汚れたならキレイにすれば良いじゃないか。」
シレっとした顔で受け流された。
「汚さないように心掛ければいいじゃないか!」
「あーハイハイ、今後は多少でも気に掛けるよう心掛けとくよ」
絶対守る気がない口調で言われるのは腹が立つだけだ。
が、次の瞬間…ダイニングテーブルの上に置かれた料理に目を奪われた。
「―――スカーフェイス、この飯は?」
「キッチンの汚れの元」
はっきり言って、こんな豪勢で豪快なものは年に何回も食べた事はない。
何とも甘い小麦の香りをさせているライ麦パン。
普段は高くて買っていない、何種類ものチーズ。
マンゴーとメロンには透けそうなプロシュートが巻かれている。
中央には色とりどりの野菜とこんがりと焼き色の付いたチキンのグリル。
切りかけだった野菜は、どうやらこのミモザ・サラダのようだ。
そして、鍋から移したばかりのスープは目が覚めるような赤にクリームで白が一筋。
全ての料理を並べるとスカーフェイスは向かいの椅子に座り、グラスにワインを注いだ。
早速、腹の虫が騒ぎ出した。
だが、直ぐに喰い付くのは俺のプライドが許さない。
「俺の気のせいか?油の中にチキンが浮いてるように見えるのは?」
「バーカ、オリーブオイルはこれぐらい入れないと美味くないんだよ」
そう言いながらたっぷりのオイルをパンに染み込ませて口に運んでいる。
「美味いも美味くないも、どう見たって身体に良くない量だ」
ちょっとムッとした表情をしている。代わりに俺の方は少しだけ気分がよくなった。
「だったら喰わなくたっていいぜ」
「え?いや、せっかくだから食べるよ」
確かにオリーブオイルは甘くて美味い。ワインとの相性もいい。
が、いちゃもんをつけた以上オイルはなるべく避ける。
「あーあぁ勿体ないよな、オイルを食わないなんて」
ワザとらしく溜息を口にしながら俺を見ている。
「なぁジェイド、オイルはバッファローマンもよく食ってんだぜ」
「…だからなんだよ」
ニヤリ、人を小馬鹿にするときの笑いを浮かべる。
「まぁ、チビッ子にはオリーブの味はわからないってことだよ」
チビッ子…俺の嫌いな言葉だって知ってて〜!
「出てけ!出てけ!!出てけ!!!今すぐ家から出てってくれ!!!!」
流石にご馳走が乗ってテーブルはひっくり返さなかったが、手にしてたスプーンは投げ付けた。
「ギャ―ギャー騒ぐな、折角の飯がマズくなるじゃないか」
まるで意に介さず、涼しい顔をしたままでワインを飲み干してやがる。
「お前が余計な事を口にしなければ俺だって文句は言わない!」
悔しい!悔しい!!何がなんだか悔しい気持ちが先走る。
「わかったわかった、そんなに言うんなら飯が終わるまで喋らないでおくよ」
スカーフェイスは、俺の鼻息にウンザリした顔をしていたらしい。
ようやく、落ち着いて食事に戻る。
さっきまでとはうって変わってすこぶる静かで、食器の音しかしない食卓になってしまった。
「―――なぁスカーフェイス」
「…」
無言。約束を果たしているみたいだ。咀嚼する音もしない。
「美味いよ、これ」
「…」
カチャカチャと、カトラリーの擦れる音とグラスを置く音しかしない。
いつしか、テーブルいっぱいに並べてあった料理はあらかた片付いてしまった。
正直、美味かったが無言の食卓を過ごした後では、砂のように味気ない記憶しか残ってない。
「あの―――あの、有難う。本当においしかった」
考えて見れば、せっかく用意してくれたのに文句しか言ってなかった。
俺の思っている事に気付いたのか、いつもの憎らしいニヤけ顔が俺を見ていた。
「素直に最初から食ってりゃいいんだよ」
フカーフェイスが大きな手で、レーラァみたいに俺の頭をクシャクシャに撫でた。
食事戦争が終わるといつの間に日付けが変わっていた。今夜はさっさと寝ようと思っていたが
スカーフェイスが深夜放送の古い映画を見たいというので付き合う事にした。
それは『暗黒街の顔役』のリメイクだった。
「俺この映画好きなんだよ。普通はアル・パチーノっていったら『ゴット・ファーザー』だけどな」
俺のお気に入りのクッションを枕にしながらテレビに見入っている。
「どうだ?ラストシーンの銃撃戦は最高だったろ?」
見終わった後、自慢気に言われ、少々ムッとした。確かに内容は面白かった。
「そうだな、ひとつだけ欠点はあったケドな」
「あの映画の何が良くない?」
「…タイトル」
「ジェイド、本当にお前って可愛くない奴だなぁ」
そう言いながらも俺をニヤニヤしながら見ている。
とりあえず明日になったら財布を取り返そう。
それから隣で楽しそうにしてるスカーフェイスを追い出そう。
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