マティーニ



重いドアを開けるとライトを落とした店内から僅かにジャズが流れて来る。
バーテンダーはCDで申し訳ないと言うが、酒を飲みに来てる訳だからBGMには関心はない。
今日はいつものバーテンダーの他に初老の小柄なバーテンダーもカウンターに待機している。
ホテルのバーを引退した彼が、週に1回だけシェーカーを振る日だ。
これを目当てに来る客もいる。

いつも座るスツールの隣に珍しく先客がいた。

かなり体格の良い青年だ。
彼の前にグラスには半分ほど琥珀色の液体が入っている。
薄暗い店内の中で青年の金髪はまるで発光しているかのように輝いている。
青年はしきりに若い方のバーテンダーに何かと話し掛けているようだ。
暗い照明の中で青年の目が翠色に光っていた。

「お久しぶりですね、何にします?」
初老のバーテンダーが注文を聞く。
「そうだね、マティーニを頼むよ」
この店のマスターが彼をスカウトした一品。
熟練された彼の手元を見つめる。
ゴードンの微かな松の香りがゆっくりと漂う。
仰々しくカッコばかりつけたがるバーテンダーと違い、淡々と作る。
儀式めいた仕草で作るのは技術が伴っていない奴だけだ。
本物は動作に無駄がないだけでなく、行為そのものがひとつの芸術だ。
仕上げに昔ながらにレモンの霧を飛ばす。
目の前にそっと差し出されたグラスの中に酒精が凝縮されていた。
レモン・ミストが鼻腔を刺激し、氷の炎が口内に広がるのを飲み下す。
ヴェルモットの余韻が喉をくすぐる。
私の愛する、これがマティーニだ。



残り香を楽しんでいるところを青年の声が耳に飛び込んできた。
「初めてお会いした時から、運命だと思ったんですよ」
聞くつもりはないが、青年の声は大きく、多分一番離れた席にいても聞こえるだろう。
「別に大した話をするわけじゃないんだ、け、ど、ですけどもね?
 あの人の知性が言葉の端々から溢れてるんですよ」
どうやら彼自身と誰かのことを言っているらしい。
バーテンダーにそっと目配せをすると微かに顔を左右に降り、一瞬だけ苦笑いを見せる。
察するに随分と長い間、この青年の相手をしているらしい。
「話す時にこう、目を見ながら話をするんですよ。
 でね、その目の中に本当に星が煌いてるんですよ」
ドラマだってもっと気の利いたセリフを言う。
大甘な単語を躊躇いなく声に出せるとは、相当酔っているに違いない。
「キラキラした目をみるじゃないですか、その目に俺が映ってるんですよ。
 それって俺しか見てないってことでしょ?」
口にしたマティーニを噴き出さないように慎重に飲み下す。
この青年は自分のセリフにも酔っているのだろう。
羨ましい限りだ。青年期にありがちな幻想を描いているのだろう。
純粋で真っ直ぐで、世の中に間違ったことは存在しない。
「もうね、レーラァの事が、本当に大好きなんですよ。
 好きで、好きで、どうしようもないくらい好きなんです」
熱を持った声で、心の底からとろけるように呟く。
この青年に思われているレーラという女性は一体どんな人物だろう。



ふいに、携帯電話が鳴る。
うっかり電源を切るのを忘れてしまっていた。
バーテンダーに視線で謝る。
今日は他に客がいなくて良かった。
「また今度ゆっくり寄らしてもらうよ」
老バーテンダーに謝りながら席を立つ。
もう少しゆっくり出来たなら、もしかしたらあの青年の思い人が現れたかもしれない。
扉を開けながらそう思うと心残りではあった。





階段の踊り場で人の気配がないのを確かめ、バックからマスクを取り出し、装着する。
誰も知らない、私の自由な時間はこれでまたしばらくの間はお預けだ。
携帯電話の着信履歴を見るとウォーズマンからだ。
緊急の場合しか連絡などしてこない奴の事だ。

何か悪い予感がした。

先程の青年の思っているほど、世界は善意に満ちてはいないのだ。










まさかあのときの青年とHFで再会するとは思わなかった。

―――認識NO.007、ジェイド。

彼が無事、HFを卒業できた暁にはあの店に誘ってやろう。
その時には彼の言う、星の瞳をした“レーラ”を呼んでもらうことにしよう。




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阿呆話・・・で、わかり難いですがロビンとアホなジェイドです。
一応、時間設定は悪行超人たちの復活前のひと時のつもり。

以前飲みに行ったとき、実際にお店であったことをネタにしました。
セリフはその時のほぼノンフィクションです。



あ、あとジェイドの認識NO.はWWUのドイツ戦車長
ミヒャエル・ビットマンに一寸、あやかりました。
また誰にも分からないネタだなぁ。