「Blue・Heaven」



屋敷の裏庭で、ひっそりと咲いていた青紫の薔薇に心を奪われた。
その花が、余りに美しすぎたから。

思わず伸ばした手に触れると儚く、震えるように花弁を揺らした。
見るだけで胸が騒ぐ花の色は、あの人の瞳を連想させる。
その身を守る茨の禍々しさも妖しい魅力でしかない。
指に刺さる棘の痛みさえ、花の甘美な香りに惑わされていく。
薔薇は、存在するだけで俺を魅了した。
―――ポキリ。
ほんの少し、僅かに茎を摘むだけで、花は、俺の手の中にその身を委ねた。

「ジェイド…何をしている?」
不意に声を掛けられ振り返る。
そこにはレーラァが真っ直ぐ俺を見詰めていた。いや、俺の手の中に咲く花を見ている。
「あ―――ご、御免なさい」
許しも得ずに摘み取った薔薇が一輪。レーラァは何も言わずに俺の手を取る。
「血が出てるじゃないか」
棘が刺さった親指にプックリと、血が赤い玉になっていた。
その指に、レーラァの唇が触れる。まるで薔薇に口付けを与えているような姿だ。
「まったく、ボンヤリしてるんじゃない。バイ菌でも入ったらどうする」
吸い出した血の混じった唾液を吐き出す。レーラァの口の端に微かに俺の血が残っている。
「御免なさい。俺、採るつもりじゃなかったんです。御免なさい」
決して、花を傷付けるつもりは無かったのに…
「“花泥棒は罪にはならない” からな」
俺の手から花を取り上げたが、その目は微笑んでいた。レーラァの瞳と同じ色の花が揺れる。
「ど、泥棒だなんてっ!本当にそんなつもりじゃなかったんです」
どんな言い訳をしても俺が折った事に変わりはない。
「わかってる、わかってる。何でも言葉通りにとらなくていい」
器用に茎に残っていた棘を取り除くと、薔薇を俺の胸元に差し込んだ。
「花に触れる者に罪は無い。無防備な姿を晒して手折られるならば、それは花のせいだ。
 それが、人の心を惑わす程の美しさを持って生まれたモノの原罪だ」

―――――生まれながらの罪、なのか。

「まぁ、お前でなくても手を出すだろうが…珍しいだろう?青い薔薇など」
俺に微笑みかける瞳が、胸を掻き乱す。
“花泥棒は罪にはならない”のならば、美しいだけで罪ならば
俺は―――――この手を伸ばして、貴方に触れても赦されるのでしょうか?


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