「ICON」



儚げな光を注いでいた陽はすでに沈み、薄いベールのような闇が空の色を変えていた。
窓の外では音もなく降り積もる雪に世界は塗り込められ、残照も白い結晶に包まれていった。
空から舞い落ちる雪はあたかも光を発するかの如く闇に浮かび上がり、視界に広がる景色は
無垢な色と空間に姿を変え、ゆっくりと静寂が全てを支配していた。
極北に近い場所に建てられてた粗末な部屋で、灯りもつける事もせず、ひとり酔う事のない
酒を煽いでいた。彼が腰を下ろす椅子は軋みを立てて、今にも壊れてしまいそうに見える。
申し訳ない程度に造りつけられている壁の暖炉には消し炭の欠片もなく、煙突から迷い込んで
くる雪がわずかに煉瓦を湿らせていく。窓の桟に積み重なる雪を眺めながらグラスの中身を
一気に喉に流し込む。少し粘度がある透明な液体を飲み干して吐き出す吐息は白い。
しかし、いくら酒を呑んでも彼の身体は温かさを感じることは無かった。

酒が喉を流れ落ち、臓腑に染み込む前にエネルギーに転化されてしまう。
生身の肉体を機械の身体が蝕むかのように、自身の意思とは関係なく生命を維持していく。
その度に、人と同じに在りたいと思う程に、己が異端者でしかない事を思い知らされる。
何杯目かのグラスを空けると身を預けていた椅子から立ち上がり、暖炉の上に置いたままに
していた古い写真立てを取り上げてガラスに積もった埃を拭い払った。
僅かに窓から差し込む明かりの下で、色褪せた写真に写る顔を一つ一つ指でなぞる。
キン肉マン、テリーマン、バッファローマン、ラーメンマン―――そして、ロビンマスク。
指先を動かす度に生身の記憶と機械の記録が彼らと供にいた時間を思い出させる。
共に戦い、傷つき、助け合い、手を取り合った、彼らと共に過ごした、かけがいのない日々を
思い出す度に、機械の心臓に熱い血が流れ込む。それは自分の金属の肉体が人間の体温を
持っていたことを思い出させてくれた。アルコールでは得ることの出来ない温もりだ。

だが、写真立ての中から微笑みかけてくる彼らは今はもう誰も、何処にもいない。
全ては時の流れという濁流に飲み込まれ、過去へと押し流されていった。
彼らと過ごした日々は遠い、とおい、遥か昔の出来事だ。残されたのは彼ひとり。
今は誰一人とて写真の中の彼らがこの世界に存在して居た事さえも知らないかも知れない。
彼らと供に戦った頃の事は今では大昔の伝説に過ぎなくなっている。
取り残された自分は、心臓の最後の歯車が動きを止める日だけを夢見る殉教者だ。

この世の全てが凍て付く、白い夜の中で、ただ独り、立ち尽くす。
手に残る一葉の、セピアに染まる写真―――それは彼のイコン。


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