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時間は深夜を過ぎようかとしていた。
ドアをノックする音に全く気付かなかった。
「バッファローマン、少しいいか?」
声のほうに顔を向ける。
いつの間に俺の部屋に入ってきたのだろう、相変わらず気配ってモノを持っていない奴だ。
右手にはロビンの部屋からくすねてきたらしい酒瓶を下げている。
書きかけの書類を一先ず片付け、グラスを取りに洗面台に向かった。
「随分と美味そうな手土産を持ってるじゃねぇか」
散らかしてままのベットの上の荷物を除けて、場所を作ってやった。
椅子よりも、俺用のスプリングの効いてないベットの座り心地がお気に召しているからだ。
「で、わざわざラーメンマン先生が俺に何の用だ?」
持ってきたウィスキーを二つのグラスに気前よく注ぐ。どうせロビンの酒だ。
「相変わらず高そうな酒を選んで来てやがる」
「鼻が利くと言って貰いたいな」
微かに笑いながらあっとゆう間にグラスの酒を飲み干す。
明日になれば盗んだ事はすぐにバレるだろうが、とりあえず飲んじまえば証拠は残らない。
2杯目の酒を注ぎながら、ラーメンマンはタイミングを計るように話し出した。
「スカーフェイスの事だが―」
「・・・スカーフェイス?アイツがどうした」
思いもよらなかった名前が出た。
一期生と二期生の入れ替え戦のレフリングの為、俺と何人かのレジェンズが明日一足先に
地球に旅立つ事になっている。
「あぁ、ファクトリーの頃から気になっていたのだが、どうも彼の“氣”に善くないモノを感じる」
ラーメンマンらしい回りくどい言い回しをしてくる。
「またお得意の東洋の神秘ってやつか?」
「ふざけるでない」
珍しく、真面目な声で返された。
酒を飲みながらこんな声を出すラーメンマンは初めてだった。
「モニター越しでしか見ていないからはっきりとは言えないが、彼の“眼”が気に要らない」
「仮にも教官が生徒を捕まえて、気に要らないはないだろう」
また、グラスを煽る。マッカランの香りがやけに鼻につく。
確かにキッドやジェイドとの試合を見た限りでもスカーフェイスの対戦相手に対しての行為は目
に余るものはある。それをあえて言うならば必要以上の加虐だ。
「…お前は感じないのか?」
一段と声のトーンを落とした声で聞いてくる。
本人は気付いていないだろうが、相手が自分の考えている事に瞬時に理解できないと途端に
機嫌の悪い声になる。ラーメンマンの悪い癖だ。
「だから何がだよ。判りにくい言い方はやめて、はっきり言ってくれ」
コイツと違って、俺は持って単刀直入に言われないとイライラする性分ときてる。
ラーメンマンは静かにグラスの中身を飲み干すと、言葉を選びながら話し始めた。
「彼の瞳はサクランボのようだ。それも熟し切った、紅い実だ」
「何だそりゃ?」
話を引っ張っておいてサクランボだ?
「危険な事が起きそうな気がして仕方ない」
とっくに空になったグラスの底をじっと見詰めながら答える。
「おいおい、ラーメンマン。アイツがチェリーボーイで危ないって意味が全く分からんぞ」
「バッファローマンよ、言葉を換えてはいけない。サクランボはあくまでサクランボだ」
グラスを手で弄ぶ。催促されたわけじゃないがウィスキーを注いでやった。
「じゃあ、お前さんの言うサクランボの何が危険なんだ」
すると細い目を更に細めて、俺に分かり易くする為に言葉を選んでいる。
「中国には古来より星を見て凶事を占う方法がある。その中の一つに『焔星が出づるとき人の
世に戦乱が広がる』と言われているものがある。この焔星という星が司るものは戦さだ」
「焔星が輝きを増すほどに星の色はまるで木の実が熟すかのように変わり、やがて実が
腐り落ちるように、星が紅く燃え上がる時・・・地上には混迷が広がる」
ここで、ウィスキーを一口飲み下した。
「オーケイ、その焔星ってのがサクランボ色の星だっていうんだな」
「話を最後まで聞かない男だな、私の話は未だ終わっていない。
ところで西洋にも戦いを司る星が在るのを知っているか?」
コ憎たらしい聞き方は30年経っても変わる事はない。
「悪いが“学”が少ないんでそういう事は詳しくない」
「ならば最後まで静かに聞いておけ。スカーフェイスの出身は確か、イタリアだったな」
「あぁ、そうだ、間違いない」
放り出していた書類からスカーフェイスの項目を見つけ出しながら答えた。
「イタリアのローマ神話は星座のモチーフにされる事が多い。
その中で、焔星には奇しくも戦いに係わる神の名前が付けられた」
「戦神、マルス―――か」
ラーメンマンは無言で頷くとまた一口と、グラスを傾けた。
「幾らなんでも、スカーフェイスの眼でそこまでは考え過ぎじゃないか?」
昔から物事を深刻に考えすぎる奴だ。
「昔から、目は心の窓という。何を語らなくとも相手の瞳を見ればおのずと何を考えているのか
判ってくるものだ。ましてそれが凶事の前触れとなるなら尚更だ」
「ほぅ―――さすがはラーメンマン先生、読心術までお使いになれるとは知らなかった」
「バッファローマン」
笑いはなかった。ただ、深い迷いに満ちた表情のマーメンマンが俺を見詰める。
「考えすぎならば構わない。だが、私は出来るのであれば無益な事は起したくない」
持っていたグラスをテーブルに置くと、そっと俺の肩に手を置いた。
「年を取るというのはこういう事なのだろうか。酷く、心が騒いで仕方がない」
「相変わらず心配性だな。安心しろ、このバッファローマン様がわざわざ出向かうんだ」
それだけ言うと俺は笑って見せてやった。
いつかラーメンマンが言っていた、好きだと言っていた笑い方で―――
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