〜食卓の風景〜



昨日の夜は結局、深夜映画を最後まで付き合って見たせいで今朝は寝過ごしてしまった。
大急ぎで身支度を整え、部屋を飛び出す。
一瞬、リビングで寝てるスカーフェイスを残していく事に不安を覚えたが気にしない事にした。
マンションのエントランスを抜けようとした時、声を掛けられた。
「ちょっと待て、ジェイド」
!!あ、あァー――鹿ヤロウ!!!
「いつもの時間より遅いな」
そう言いながら右手を俺に差し出した。
「昨日、ロッカールームに忘れてあったぞ。しっかりしとけよ。
 万太郎なんかに見つかってたら、今頃根こそぎ使われてる所だ」
端っこの革が擦り切れてる黒い財布。
「あ、有難うございます!!!先輩、助かりました」
「いいって事よ、じゃあ俺もパトロールに戻るとするか」
「本当に良かったです」
もう1秒財布を出すのが遅かったら、“ベル赤”で、また開きにするところでした。
「そうだ、ジェイド。昨日なんだが、この近所で悪行超人が出たらしいぞ」
「え?悪行超人?」
「目撃した人がいたんだが、どうも正義超人に追いかけられていたらしいんだ」
逆です。しかも追いかけられていたのは俺です。
「ともかく、何か情報があったら連絡をくれ、いいな?」
それだけ言うとガゼル先輩は風の様に走り去っていった。良かった、先輩が本当に馬鹿で。
財布も無事帰ってきた事だし、パトロールを終えたら部屋で寝てる不燃ゴミを片付けよう。

部屋に戻る頃にはすっかり陽が落ちていた。
「よーう、今日は遅かったなぁ」
玄関を開けるとリビングからスカーフェイスが声を掛けてきた。
「なんで、まだ俺の家にいるんだよ」
「細かい事言うなよ、それよりさっさと着替えて来い」
「お前に指図される筋合いは無い!」
咄嗟に“ベル赤”を出そうとしたが、狭い部屋の中で超人が暴れたらどうなるかを考え止めた。
「おぉーいい子いい子、よく我慢したなぁ。そのまま早いトコ着替えて来い」
それだけ言うとスカーフェイスはキッチンに引っ込んでしまった。
多分、頭にケトルを乗っけたら3分で沸騰させる自信があるぐらい俺は怒り狂っている。
なんでアイツの言いなりに着替えたりしなきゃならないんだ。
決めた、今日はベットルームから絶対出て行くもんか。このまま寝ちまおう。
「―――出来たら飯が冷える前に来てくれないか」
キッチンから頭だけ出したスカーフェイスが俺のほうを見ている。
…レーラァ、俺は今これほど自分が意地汚いと感じた事はありません。
だってキッチンから漂ってくる匂いを嗅ぎ付け、腹の虫が合唱は始めたのですから。

テーブルの上に並べられた料理は昨日とうって変わって何とも滋味に溢れていた。
以前雑誌で見た日本の食事だ。
ご飯にスープ、グリルした魚に、アイリッシュスープのような鍋もある。
「日本人はこんなものを食ってるらしいぜ」
自分で作ったであろうに、怪訝そうな顔をしたままスカーフェイスはスープをカップにすくう。
「先に言っとくけど、マズくても俺の責任じゃねぇからな」
コイツがここまで言い訳するのは、多分始めて作ったからに違いない。
丁度いい。一口食ってからこき下ろしてやろう。まずはスープからだ。
「あ、え?」
「だから言っといただろ?文句はナシだぜ」
スカーフェイスは酒を飲みながら魚を食っている。
「そうじゃない、文句じゃなくて、―――ちょっと驚いただけだ」
「ふーん。なんだったら残してもいいからな」
「あ、あぁ」
気の無い返事をしているが、今日のメシはまたしてもおいしかった。
レーラァ、ウチが貧乏だったのは本当なのですね?なに食べても美味く感じます。
アイリッシュスープもどき(肉じゃが)も、甘いオムレツ(出汁巻き卵)もおいしいです。
スカーフェイスが鍋を使って炊いた米を口いっぱいに頬張った。
「それにしたって、こんな年寄りじみたモンばっかり食ってて楽しいか?」
呆れた顔をしながら俺に聞いてくる。
「別に年寄りじみたなんて思わないけど。俺はこういう食事も好きだな」
「おおぉー、さすが常日頃からジジィの面倒見てる者は言う事が違うねぇ」
「は?」
「お前んとこのロートル・レジェンドの事だよ」
…ロートル?選りにもよって、レーラァを掴まえてジジィだとぉ?!
「おっと、メシ時に大声で叫ぶのは禁止だ。行儀がなってないぜ」
人をくった笑いを浮かべながらスカーフェイスはグラスを傾けている。
手に持ったままのスープカップを投げようかと思ったが、中身が勿体無いのでやめにした。
「―――なぁ、スカーフェイス。俺だって喧嘩はしたくないし、せっかくのウマいメシを
 駄目にする気は一切ない。だから、もう少し言葉を選んで話さないか?」
こういう時はこちらから妥協するに限る。
なのに当のスカーフェイスときたら、真っ直ぐに俺の顔を見て動かずにいる。
「なんだよ。まさかお前、もしかしてワザと俺に喧嘩を売るつもりだったのか?」
売られた喧嘩なら何時でも買ってやる覚悟は出来てる。
「いや、お前が俺の作った飯をウマイって言ったのに驚いただけ」
そういうとグラスを傾け、喉を鳴らした。
「まぁ褒められたって事にしとくわ。―――ジェイド、お前も飲むか?」
俺の前に新しいグラスを置きながら、瓶から直接酒を注いだ。
「何処までも疑り深い奴だなぁ。毒も何も入っちゃいねぇよ」
確かにコイツが毒なんて姑息な手を使うとは思えない。
ゆっくりと、注がれたグラスに口を付け、中身を嚥下する。
ウオッカかと思ってたが、鼻に抜ける香りと口に広がる甘い感触で何の酒がわかった。
「日本酒の“玉の光”ってやつだよ。飲めない味じゃないだろう?」
頷きながら、また一献。飲む程に、さっきまでの怒りがゆるゆると雪解けのように崩れていく。
「ジェイド、俺は別にお前とぶつかりたい訳じゃない。一言多いのは俺の性分だし。
 まぁ、最大限の努力はする…口先だけじゃない、誓ってもいい」
スカーフェイスがこんなに譲歩した事なんて今まで一度もなかった。
面食らって、思わず見詰めてしまった。
「―――そんな目で見るなよ、照れるだろ」
スカーフェイスらしくもなく、慌てて視線を外すと飯をブルドーザーのように掻き込み始めた。
その姿が可笑しくて、俺はスカーフェイスを肴に何杯目かの酒を飲み干した。



気が付くと朝になっていた。
いつのまに、どうやってベットルームに戻っていたのか全く覚えていない。
それよりも俺のベットで一緒に横になっているスカーフェイスの方が気になった。
僅かにイビキを掻きながら、俺を放さないように腰に手を回していた。
まさか…
いや、有り得ないことだが……
パニックに陥ってる俺の事などお構いナシにスカーフェイスは幸せそうな顔で寝てるし。

レーラァ。このままでは、俺はダメになってしまいそうです。


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