〜これもまた同じ一日〜



「ジェイド、お前もしかしてウェイト増やしてるのか?」
スパーリングを終えるとキッド先輩は何気なく言ったきた。
「あ―――えぇ。もう少し付けとこうかと思って」
「止めとけ、止めとけ。お前の戦闘スタイルだったら無理に増やすと筋肉が邪魔する」
「そ、そうですか?」
「俺たちみたいな軽量級はスピードが一番なんだからな」
「そう、ですよね。えぇ、ちょっとメニューを考え直して見ます。
流石というか何と言うか。

ウェイトが増えている。
確かに、最近の出来事での心配事のひとつだ。咄嗟に誤魔化したが由々しき問題である。
正義超人として自己管理が出来ていないのはあるまじき事だがそれ以上の問題があった。
―――スカーフェイス。
もう2週間ほどにもなるだろうか。いきなり俺の部屋に押し掛けて来てそのまま居座っている。
取りあえず今のところは何ら問題を起こしている気配は見当たらない。朝は大抵寝てるが
俺がパトロールから戻ってくる頃には部屋は片付いてるし、何より毎晩飯を作ってくれてたり
するのだ。悔しい事にそれが美味いときてる。
俺は簡単に懐柔されるつもりは全くないのだが、頭と体は別の生き物なのだと最近知った。
部屋に帰り、玄関先に漂よってくる香りを嗅ぎ付けると腹の虫が大合唱を始める。
自分の意地汚さにウンザリするしかない。
げんなりと重い気持ちを引きずったままマンションに帰る。
ポケットから鍵を取り出し、玄関を開けた。だが室内は暗く、人の熱もなかった。
いつもは玄関先で大きな顔をしていた赤いブーツも見当たらない。
ついに、ついに出ていってくれた…
安堵の余り、俺としたことがその場に座り込んでしまった。
ともかくこれで先輩達や超人委員会からコソコソ隠れるようなマネをしなくて済む。
真実がどうであれ、悪行超人のスカーフェイスを居候させているなどお人好しにも程があるって
もんだ。嬉々としながら台所に向かい、冷蔵庫から祝い酒にワインを取り出すとシンクに並べ
置いてある、磨き上げられたグラスに折角なのでたっぷりと注ぐ。
「Prost!」
少し冷やし過ぎてはあったが黄金色に輝くワインはとても甘く、喉を転がり落ちていった。
余りの美味さにグラスいっぱいに満たしたワインはあっとゆう間に飲み干してしまったが
そもそも俺はこんな上等な酒を買った記憶はない。明らかに普段買っているテーブルワインの
質を大きく超えている。と、すると答えはひとつか。
スカーフェイスの買った(と思う)ワインをそっと冷蔵庫にしまった。
1人きりの部屋は広く感じられる。
久しぶりの開放感に浸りながらシャワーを浴び、そのままソファーに横になった。
ドイツにいた時だってこんなだらしがない格好はした事はなかったが今日は特別だ。
仰向けに姿勢を変えそのまま大きく伸びをした。
と、視界の端に映るものがあったので視線を動かすと
背もたれには見覚えのある赤い髪が一本残されていた。
「なんだよ、汚したまんまじゃないか」
指で摘み取り、床に落とす。さっき飲んだワインがシャワー後に気持ちよく回ってきた。
ちょっとばかり行儀が悪いのは分かってるが、このまま少しばかり眠ることにした。

久しぶりに見た夢の中で、レーラァが俺に微笑みかけていた。
懐かしいその笑顔を手を伸ばし頬に触れる。
普通なら此処で鉄拳が飛んでくるが夢は都合良くできいる。
腕に抱き寄せようが夢の中のレーラァは俺にされるがまま、身を委ねてくる。
堪らず重ねる唇にも、無抵抗で答えてくれる。
長い、長いキス、なが、い…苦し、い。
あまりの息苦しさに目を覚ますと俺の綺麗に通った鼻筋を押さえるデカイ手があった。
イヤーな予感を感じながら、視線を動かすと予想通りの顔が俺を見下ろしていた。
「―――あ、あぁ?お前、出て行ったんじゃないのか!?」
慌てて起き上がり身を乗り出しているスカーフェイスの顔をなるべく遠くに押しやる。
「お生憎様だな、ちょっとした野暮用で出かけてただけだよ」
赤い髪を揺らしながら俺に言い聞かせるような口調で答える。
「野暮用?」
「まぁ、お子様のお前に言っても判らないからな。オ・ト・ナの用事ってことにしとくわ」
イタリア人のクセにシニカルな視線で俺を見下ろす。
「ところで、いつからお前はストリーキングを趣味にしたんだ?」
奴の視線を追い一糸纏わぬ姿のままで寝ていた事に今更ながら気付く。
「どんな夢を見てたか聞かないケドな、半立ちのお前の“息子”をさっさと仕舞ってこいよ」
目の前が真っ暗になりそうなのを必死で堪え、ベットルールに走るしか俺には出来なかった。

「ジェイドぉ、いつまでも拗ねてないでいい加減出てこいよ」
ドアを何度となくノックする音が部屋に響く。
「自分で出しといて恥ずかしがるモンじゃないだろう?」
奴の言い分に間違いがないだけに余計に情けなさに打ちひしがれる思いだ。
「ほーら、いい子だから大人しく出てきておくれ」
ゆっくりとドアを開けながら俺の様子を伺いながら声を掛けてくる。
「いい加減出てこいよ、お前の大好きな御飯の時間だよー」
頭から被っている布団の上からヤツの手が俺の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「今日はちょっとばかり奮発して、ブルートヴルストを買ってきてやったんだから」
―――――
「シュニッツェルに目玉焼きもちゃんとのせてやったんだから機嫌直せよ」
……

スカーフェイスが用意してくれた食事をまたしても全て平らげてしまった。
後になってから悔いるから“後悔”というのを実感している。
少しばかり肉付きの良くなったウェスト周りの事は明日から考える事にしよう。
「で、一体いつまで居座るつもりだ?」
食後のコーヒーを飲みながら聞いてみた。
「あんまり考えてないなぁ。結構居心地が良いんで、もう暫らくは居たいんだけどな」
まぁ、想像していた通りの答えだ。
「この際はっきり言っておく。お前がいると俺が迷惑だ」
「なんで?俺は何も悪さなんかしてないぜ?」
これも想像していた通りの答えなので用意していたセリフを言う。
「お前の存在そのものだ!いいか、お前は悪行超人で俺は正義超人なんだ!」
決まった、このまま決めポーズをしてもいい位に決まっていた。
「だから?バッファローマンだって悪魔超人だったじゃないか」
俺の折角の決め台詞を気付く事とも無く、いつの間にかヤツ専用になった
マグカップで悠々とコーヒーを飲み干しながら答える。
「あのなぁ、先生は改心されて正義超人になってる。それとも、お前も改心するか?」
席を立ち、コーヒーメーカーからお替りを継ぎ足し、俺のカップにも注いだ。
「まさかぁ!そう簡単に性質がコロッと変わる訳無いだろ」
少しぬるくなったコーヒーを飲みながら、さも当たり前の事を聞くともない口調で返される。
いくら話をした所でスカーフェイスを言い含める事は俺にはムリなのは、よーくわかった。
時計に目をやると、もうじき日付が替わろうとする頃合になっていた。
今日中にコイツを追い出す予定だったが、心優しい俺としては
幾ら相手が悪行超人とはいえ、夜空の下に放り出すのは忍ばれた。
「ともかく、今日はもう寝ろよ。お前が先に寝てくれないと俺が落ち着いて眠れないから」
思い起こせば、いつもスカーフェイスが俺より先に寝たことはなかった。
だから朝になって俺の横で寝ている姿を見る度に言いようもない倦怠感に襲われているのだ。
「あー?気にすんなって、今までも捕って食っちゃいないだろ」
「食われて堪るか!いいから今すぐに布団に入れ」
暫定的に奴の寝床と化しているソファーを指差し、怒鳴りつける。
「何だ…お前、もしかして俺様を誘ってる?」
「ふざけるな!!!」
もう、限界だ。これだからイタリア人は嫌いなんだ!
「おーコワい、怖い。まったくこれだから冗談がわかないお子様は困るねぇ」
なんでも色事に置き換えるクセに、いざとなったら冗談で済まそうとしやがる。
「いい加減にしろよ、スカーフェイス」
怒りに打ち震える拳が戦慄く。今日こそは正義の鉄槌を下さない事には気が治まらない。
「オーケイ、わかった。悪かった」
持っていたマグカップを置くとそそくさとソファーに横たわり、ワザとらしくアクビをしやがる。
「これでイイだろ?」
俺の顔を見て、笑いながら赤ん坊みたいに口を尖らせる。
「人を小馬鹿にしたマネはやめろ!」
正義超人らしく平和的会話による解決を試みようと思っていたが、やはり無理だ。
迷いひとつなく、大きく振りかざした拳を狙い外さず奴の脳天に叩き込んだ。
だがズブズブとめり込んでいく拳の感触が途中でおかしなことに気付いた。
「なぁジェイド、何だってお前はいつもそんなに怒ってばかりいるんだよ」
枕代わりにいつも使ってるクッションを身代わりにしてスカーフェイスは首をすくめていた。
「俺はお前といる居心地の良い場所だからここにいる、それが理由じゃダメか?」
小首を傾げながら100万ボルトの笑顔を惜しげもなく振りまく。
「そういうセリフは女に向かって言え、バカ野郎!」
破けてボロボロになってるクッションを奪い取ると、力の限りぶつけてやった。
どうせ明日になったらコイツが片付けてくれるんだから遠慮はしない。
「なんだよぅ、そんなに照れる事ないだろう?」
ニヤニヤと笑いながらクッションと投げキッスを俺に返してきた。
だーかーらー、お前はいい加減に純情な俺をからかうなぁッ!!!
「純情ねぇ…」
俺の下半身に視線を向けながら含み笑いをしてる顔にクッションを命中させる。
クッションの羽毛が飛び散る中、スカーフェイスと一晩中追いかけっこを続けた。

翌日、マンションの住人の苦情が正義超人たる俺に寄せられたのは言うまでもなかった。


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