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むかし、むかし、まだ神様が人間といっしょに地上にいた頃のお話し
年に一度の、山神様と魔女達の祭り「ヴァルプルギスの夜」に
虹に化けた悪魔が暴れていたのを、ひとりの男が退治した
彼の知恵と勇気に、魔女達と山神様は感謝して
山神様は自分の名前を、魔女達は魔法の力を分け与えた
おばさんに何度となく聞かせてもらった、おとぎ話を思い出しながら僕は歩いた。
どれ位歩いたのか判らないけど、おじさんにもらった靴はすっかりボロボロになっちゃった。
もうずっと歩いて来たけど、どの町に行っても僕が聞いたおとぎ話を知ってる人はいなかった。
でも、僕は歩くのをやめるなんて出来ない。
だっておじさんもおばさんも僕にウソなんてひとつも言う事はなかったんだもの。
おとぎ話は本当はおとぎ話じゃなくて、お話の人は本当にいるって言ってたんだ。
その人なら僕の事をわかってくれるだろうって、僕の“ちから”をわかってくれるはずだって。
だから僕はおとぎ話の人を探す。
もちろんゴスラーからターレまで探したけど、誰も知らなかった。
それでも何人かは、もしかしたらと言って教えてくれたのがベルリンだった。
でも、ここの人たちは他の町の人たちと違って、小さい僕なんか気付いていないのか
上の方ばかり見てて、すごく早足で通り過ぎいていく。
もしかして、みんなが上を見てるのは何かがあるからなんだろうかな?
そう思って僕もマネてみた。
見上げるとピンク色のフランクフルトやハムがきれいにケースの中に並べられている。
おいしそうだなって思ったら、お腹を空いてる事を思い出した。
もうずっと、ちゃんとした食事なんてしていない。
たまに教会にお願いしてスープとパンを譲ってもらうばっかりだったから、久しぶりにお肉を
見たら自分でもビックリするぐらいお腹がなった。
「見かけない坊やだな、迷子になっちまったのかい?」
突然声をかけられて、びっくりした。
誰だろうと思って周りを見たら、ケースの上からヒゲを生やしたおじさんが僕を見てた。
「迷子じゃありません。僕、人を探してるんです」
「探してる?お巡りさんには聞いたのかい」
おじさんが心配そうな顔をした。
「たぶんお巡りさんじゃ見つけられないと思います」
「なんでだい?」
まさかおとぎ話の人を探してるなんて言ったら、笑われるに決まってる。
「だって…それより、おじさんに聞きたい事があるんですけど」
「私でわかる事なのかな」
「あの、おとぎ話を知りませんか?ヴァルプルギスの夜に、悪魔退治をするお話なんです」
「ヴァルプルギスの夜に悪魔退治だって?」
おじさんは驚いた顔をしている。やっぱり、この町の人も知らないお話なんだろう。
そう思ったらなんだか、スゴく疲れちゃった。
がんばってベルリンまで歩いてきたけど、もしかしたら本当は、おとぎ話はウソだったのかな。
「なぁ坊や、坊やの知ってる話をおじさんに聞かせてくれないかい?」
おじさんはケースの上に体を乗り出しながら話しかけてくれた。
だれも僕に見向きもしない町で、おじさんはちゃんと僕の話を聞いてくれようとしてくれる。
それだけでもうれしくて、おばさんがお話してくれたおとぎ話を最初から教えてあげた。
山神様と魔女達の楽しそうな様子や、恐ろしい虹の悪魔と男の勇ましい戦いの様子を
おばさんがお話してくれたように一生けんめいに話した。
おじさんは僕の話しをちゃんと聞いてくれて何度かウンウンと言ったりした。
話を最後まで聞き終わると、おじさんはケースの中の大きなハムを切って、僕にくれた。
「お腹が空いてるんだろう?よかったらコレを食べな」
「でも僕、こんなに買えるほどお金は持ってないです」
しっとりしたハムはすごくおいしそうで、すぐでも食べたかったけどポケットの中のお金が
足りないかもしれない。そうしたら残念だけどこのハムはおじさんに返そう。
「お代はいいからお食べ。随分と懐かしい話を聞かせてもらったお礼だよ」
「それじゃ、おじさんはこの話しを知ってるんですね!」
今度は僕が驚くと、おじさんは大きく頷いて笑いながら、もう一切れハムを乗せてくれた。
「そりゃそうさ。ベルリンに住んでる人はみんなそのお話は知ってるとも。ほら、あそこに
大きなお屋敷が見えるだろう?あそこに住んでいるのが、坊やの探してる昔話のひとさ」
おじさんがケースの上から落っこちそうになりながら指差した方を見た。
そこは僕の住んでた町の教会よりずっと立派なお屋敷だった。
「ねぇおじさん、僕が行っても追い返されたりしないかな?僕、どうしても会いたいんだ。
どうしても会って話がしたいんだ。その為にずっとずっと、歩いてきたんだもの」
僕は背伸びをして、おじさんにお願いした。会うために今までずっとひとりで歩いてきたんだ。
「なぁに大丈夫さ、坊やを歓迎してくれるよ。なんてったってあの人は、この国の英雄だ。
自分を慕ってくれる者がいる、それだけで絶対に会ってくれるはずだよ」
そう言って、おじさんは大きな手で僕の頭をなでると、そっと背中を押した。
「さぁ行ってごらん」
「はい!」
僕は走った。走り出してからお礼を言うのを忘れてる事に気付いたけど後で言おう。
今は少しでも早く会って、確かめたかった。
おじさんもおばさんも僕にウソを言ってなかった事を。
おとぎ話は本当はおとぎ話じゃなくて、その人なら僕の事をわかってくれる事を。
僕の“ちから”を、本当の僕をわかってくれる事を。
「どうした?」
レーラァは読んでいる本からは目を離さずに声を掛けてきた。
「い、いいえ。何でもありません」
まさか暖炉の炎に照らし出されたレーラァの顔を見ていたなんて、言える訳がない。
慌てて読みかけのページの文字を追おうにも、今度はレーラァが俺を見ていた。
「何をボンヤリしてたんだ」
だがその口調は問い詰めるものではなく、俺を心配してくれるからこその問い掛けだ。
「ちょっと、子供の頃によく聞かせてもらった話を思い出しただけです」
おばさんに聞かせてもらっていたおとぎ話だなんて言えるはずもない。
「ほう―――どんな話だ?」
モジモジしているのを照れていると勘違いしてるのだろう。珍しく、食い下がって聞いてくる。
「そんな、お聞かせするほど面白い話じゃありません」
「いいから話してくれ」
穏やかな顔でレーラァが俺の方に笑いかけてる。こんな風に催促されたら話さない訳には
いかない。でも俺の話しを聞いて、それがレーラァの昔の試合の事をおとぎ話にしていたと
気付かれた時に、レーラァはどんな顔をされるのかちょっとだけ気になった。
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