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夜の闇の中、赤毛の少年の事を思っていた。
凶暴な目をした少年だった。
この世の全てを憎悪する目で俺を見ていた。だが不快ではなかった。
手には少年の感触が残っていた。
少年の身体は、よく鍛えてはあったが若さゆえに未完成な肉体だった。
思い返すと何故か笑みが零れた。
「何か面白いことでもあったみたいだな」
背後から声をかけられ首だけを回し、声の方に視線を向けた。
心許無い月明かりの下から姿を表した声の主は、闇よりも深い漆黒を纏っていた。
「―――あぁ、珍しい毛並みの子猫とちょっとばかし遊んできた」
体の向きを変えると石畳に足音を響かせ彼の横に寄り添い立った。
月明かりも届かない路地裏に居ながらも、身を潜める彼の紅い瞳が黄金色の目を見上げた。
「火遊びだったら程ほどにしておけよ」
いつものように感情の起伏のない凍える声で語りかけてくる。
「そう妬くな、こう見えても俺は一途な男だから浮気はしないんだ」
口の端をわずかに歪めるよう笑って見せると少年の体温の残る手で彼の冷たい頬に触れた。
「つまらない冗談を聞くほど俺も暇じゃないのは分かってるだろう?」
目を細め、溜息まじりに首を振ると彼の頬を包む手を払いのけた。
だが素顔を覆う冷たい鋼鉄のマスクには手の温もりが残った。
「バッファローマン、俺にはもう時間はないんだ。いつ撤収命令がきてもおかしくはないんだ。
だからこそ―――それまで俺は少しでもお前達と共に戦い続けようと思っているのに
お前ときたらこの戦いの大儀さえも冗談にしかねない」
そう言いながらもこの戦争を弄んでいるのは自らの祖国なのだ。
「俺だってふざけてるばかりじゃないさ」
払い除けられた手を残念そうな仕草で一瞥し、気を取り直すとベルトに差し込んでいた
ルガーを彼の目の前に玩具でも扱うように取り出した。
「こいつに見覚えはないか?」
差し出された銃を受け取り、冷たい鋼鉄の重さを手に感じた。銃口には未だいくらか火薬の
焦げる臭いが残されていた。磨き上げられた銃身は夜の中で月明りを頼りに淡く、キラキラと
輝いている。特別なチューニングは一切されていないように見受けられた。
ただグリップに、この銃にはあまり似つかわしくない物があった。
それは一羽の鷹が翼を大きく広げた美しい銀の彫金だった。
瞬間、視覚が古い記憶に眠らしていた一人の男を網膜に映し出した。
星明りを集めたような銀の髪と雪よりも白い肌、そして世界の謎を宿した青い瞳。
あの時、彼は確かに美しい“鬼”だった。
「あの人が使っていたルガーに、よく似ている」
呟く様にそう言うと今まで見た事のない表情で紅い瞳が遠くを見つめた。その横顔は見る者の
心をひどく掻き乱す憂いに満ちている。愛おしそうに彼の黒い指が鷹をなぞる。
その仕草さえ心苦しく、堪らずに彼の手からルガーを奪い上げた。
「ウォーズマン、そいつを本当の持ち主は、一体誰だ」
彼の指の跡を確かめるように月明かりに翳すと黄金色の瞳でグリップを確かめる。
相当、使い込まれてきたのだろう。
彫られた鷹の細かい翼はすり減っていたが、その目は生きてるかのように輝いている。
そして足元に髑髏を掴んでいながら次の獲物を求めるのか、狂気の目は宙を見ていた。
魅入られたようにルガーから視線を放さず吐息の漏らすように言葉を繋いだ。
「―――“プロイセンの鬼”を知っているか?」
それが、鋼鉄の死神を従える男。
いつもは感情を表に出さない彼が、その名を思い出しただけで打ち震えていた。
それが歓喜の喜びか、恐怖の怯えかまでは推し量る事は出来なかった。
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