「Who killed Cock Robin?」




重みを増した雨雲が空を覆い尽くし、糸より細い雨が倫敦の街を覆い尽くしていた。


雲は晴れることなく緞帳をたらし、空気にはすっかり雨の匂いが染み付いていた。
人も、街も、木々も、空も、世界を取り囲む何もかもが
一切の色彩を灰色に塗り替えたように感じさせる天気だった。
そんな雨の中を、誰もいないグランドを唯一人走っている人影があった。
世界が色を失った雨の中を、サファイヤ・ブルーのマスクは走り続けていた。
均整の取れた体を包むラガーシャツから白い蒸気となって彼の体温が立ち昇っていた。
熱を帯びた身体で、冷たい雨の中を随分と長い間、彼は走り続けた。
ひたすらに、ただひたすらに、ぬかるんだグランドを走ることで
男の視線から逃げようとしていた。

立ち並ぶ街路樹の下に、男は存在していた。
いつから男がそこに立っていたのかはわからなかった。
ただ、男の濡れるに任せた両肩がそこにいる時間の長さを物語っていた。
だから…男の視線に気付かぬフリをし続けた。
耳に聞こえるのはマスクの内に篭もる自らの呼吸音と泥濘を跳ねる水音。
そして音もなく降る霧雨に佇む男の、聞こえる筈のない吐息。
霧に霞む景色の中で男の姿だけがやけにハッキリと浮かび上がる。
そして男の視線は、逃れる事の出来ない鎖となって心を掴まえていた。
気が付くと街路樹に向かって歩みを進めていた。
一歩、一歩、男との距離を縮める―――

小鳥が羽を休めるように身を寄せた樹の下は、冷たい河の底を思わせた。
凍えるような雨の中で男は両腕で彼を引き寄せ抱きしめた。
彼は僅かに顔を仰ぎ、見上げるように男の瞳を見据える。
男は少しばかり見下ろすように、サファイヤ・ブルーのマスクを見詰め返していた。
向けられた、男の燃えるような視線は降る雨の冷たさを忘れさせた。
「君は運命を信じるか?」
雨に濡れ細った金髪の先から一滴、雫が落ち、マスク越しに頬に触れる。
「君を見た瞬間、運命というものを信じる気になった」
男の大きな手がマスクの留め金を外す。
陽に晒される事のない亜麻色の髪に雨が降り注ぐ。
彼の柔らかい髪を掻きあげ、マスクの下に隠されていた瞳に男は唇を重ねた。
まるで、ずっと昔から与えられていたような口付けだった。
やがて男は彼の髪に顔を埋め、耳朶に唇を寄せ囁いた。


「君の名を、教えてくれないか?」





Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,
With my bow and arrow,
I killed Cock Robin.



戻る
戻る