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目の前に座るラーメンマンはポットから新しく茶をカップに注ぎいれる。
「どういう事だ?」
向けられた視線は刃のように研ぎ澄まされ、迂闊に目を合わせば痛みを感じただろう。
「言葉の通り―――まさかこの歳になって欲が出るとは思いもしなかった」
カップに鼻を近づけ深く香りを吸い込み、ゆっくりと一口含むと言葉を繋いだ。
「私の持ち得る技は余りにも血生ぐさい。無論、後世に残すようなモノではないと思っていた。
だがHFでのジェイドを見ている内に、彼に秘められた可能性に懸けてみたくなった。
Jr.、お前も判っているだろう?ジェイドには間違いなく、一流の超人としての資質がある」
彼の言葉は真実しか紡がない。
「礫を落とし、研磨し、内に秘めた輝きを開放させる。石の価値は磨かれる程に高まる。
そして造り上げられた石は完璧なる宝玉となり、永遠に輝き続ける」
カップの白い湯気は俺とラーメンマンの見守るステージで小さな踊り子のように揺れている。
「ラーメンマン、本気で言っているのか?」
普通なら気付かないほど僅かに肯定を示すように首を振る。
「獅子は愛する我が子の為に、敢えて茨の路を指し示す。正義を貫く為には時として、心を殺し
修羅の道を選ばねばならない事もある。しかし今のジェイドには無理だ。それはお前自身が
よく分っている筈だ―――お前と共にいる事は、成長の妨げにしかならない」
穏やかな表情のまま視線を俺の目から離さず答える。
「彼の為になるならば、私は喜んでお前を排除するつもりだ」
高まる緊張に空気が電気を帯びたように張り詰める。サンルーフに振る注ぐ陽光さえもが
凍りついたように時間だけが過ぎていく。
「それにお前の肉体では、じきに生粋の超人たるジェイドを相手に出来なくなるだろう。
あの子の為を思うならばお前も現実に目を向けるべきだ」
カップを置き、静かに指を組むと深く椅子に腰を沈め、ブロッケンを見据えた。窓の外から
子鳥たちのさえずりが遠く聞こえてくる。風が木々の葉を振るわせる。
「わかってる、そんな事は最初からわかっているよ」
冷えたコーヒーには油が浮かんでいる。
「俺は自分の浅ましさにホトホト呆れているんだ。ブロッケン一族を超人界に復活させるのと
ジェイドを一流の超人にするのは…本当は全く別の次元なのに―――貪欲な俺はどちらも
己の手に入れられると思った。いや、それ以上を望んだ」
飲むつもりのなくなった、冷たく黒い液体をスプーンで遊ばせる。分離した油は混ざることなく
表面に惰性で円を描き続けていた。
「ジェイドはいい子だ。あの子は彼自身を、俺の為に差し出してくれた。
無邪気に何も疑う事もなく、俺が与えるモノ全てを小さいからだ全身で受け止めて」
不意に胸に痛みを覚え、堪らず瞳を閉じた。
締め付けられる苦しさに涙が零れ、頬を流れ落ちた。
閉じた瞼に浮かぶ、幼い頃のジェイドの姿は今と何ら変わる事はない。
痛ましいほど一途に真っ直ぐに、壊れてしまいそうな繊細な心を持った子。
与えられる喜びと奪われる悲しみを憶えてしまった幼子。
あの子は俺の闇を照らす光、パンドラの箱に残されていた希望。
水が指の隙間から零れ落ちるように、ジェイドへの想いを留める事は出来ない。
ジェイドは、俺の全てだ。
「あの子と共に在りたい―――ただ、それだけなんだ」
ラーメンマンは何も語らず、サンルーフの外を飛ぶ鳥を眺めている。ラーメンマンもよくよく
考えてきた事なのだろう。滅多に見せる事のない厳しい表情を崩すことなく、俺を見据える。
喉の渇きに、冷め切ったカップを口に運ぶ。
コーヒーに映る顔は醜く歪んでは掻き乱れ、口をつけた舌先にわずかに酸味を感じた。
「私の考えは師であるお前には伝えた。次はジェイドと話しをさせてもらおう」
ラーメンマンもすっかり冷たくなってしまったカップを一息に飲み干す。
「安心しろ、力尽くであの子を攫っていったりなどはしないよ」
そういう彼の顔からは先程の険のある眼差しは消え去り、穏やかな笑みを浮かんでた。
だが、俺の心は騒ぎ続ける。
それは彼の知る由のない俺の欲望。
知られる訳にはいかない、楽園の禁断の果実を手に触れるかの如く、禁忌の秘め事―――
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