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「おい、生きてるか?」
顔を何度か叩かれて目を覚ますと蒼い瞳が俺を見下ろしていた。
一瞬、俺は何をしていたのか考える事も出来ず、吸い込まれそうな目をぼぅっと見ていたが
すぐに頭の奥を割れ鐘が鳴り響き、さっきまで空中でいた事を思い出した。
「軽い脳震盪だ、じき元に戻るから安心しろ」
まだ少し目の焦点が定まらなかったが、どうやら天国行きだけは免れたようだった。
しばらく呆然としていたが、身体に巻きついているはずのハーネスがとっくに外されていた。
俺が気を失ってる間に親切にもケヴィンが取ってくれたのだろう。
「初めてのダイブにしちゃぁ上出来だったな」
見覚えの無い顔の男は、ガラガラの声でそう言いながら蒼い瞳を細めながらニヤリと笑う。
「なんだ―――頭でも打って、俺の声を忘れたのか?」
忘れる訳がない。
だが俺の目の前にいる男が、見覚えのある鉄騎兵とは到底思えなかった。
マスクの留め具は壊れたらしくダラリと取れかかり、ケヴィンは素顔を晒していた。
しかしその顔は逆光のせいでハッキリと見ることは出来なかった。
「どこが痛む所はあるか?」
「いや、今のところ…目の前に星が飛んでるぐらいだ」
俺はそう答えながら上体を起こし上げた。
「それじゃ、さっさと立て。脱出したパイロットを助けなきゃならないんだ」
不揃いに伸びた金髪を風になびかせ、蒼い瞳は遠くを見つめていた。
だが、その先にあるのは燃え上がるダコタと、無数のカケラと―――
砂地に身体を投げ出し、ありえない方向に頭を傾げた、男の姿だった。
彼のパラシュートは背中に治まった形で残されていたが、下半身は見当たらなかった。
出血のほとんどが残されていないのは、多分砂に染み込んでしまったのだろう。
この砂漠は無慈悲で貪欲だ。喜んで人の死を貪る。
太陽の焼け付く日差しの下、ケヴィンの金髪は炎のように赤味を帯び、輝いている。
「糞ッタレ!!」
聞き飽きたフレーズをまたも繰り返すと、機能を果たさなくなったマスクを剥ぎ取り
足元の乾いた砂地に叩き付けた。
ほとんど陽を浴びたことのないであろう素顔は怒りに青ざめ、唇をキツく噛み締めている。
「テメェら全員、ぶっ殺してやる!」
そう言うや否やケヴィンは有無を言わせる間もなく、俺の襟首を掴み、力の限りを込めた
拳で俺の顔を殴りつけてきた。頬の下の骨が、ゴリッと軋む音を立てる。
あまり耳にしたくない音だったが怒りに我を忘れてるケヴィンに聞こえるハズもないだろう。
何発もの拳が鼻筋を打ち、鼻の奥から流れ出る血が鼻孔から口に入り込む。
息もままならずに唾液と咳を吐き出すと、ようやく俺を弄る手を止めてくれた。
「俺も乗ってた事を忘れないでくれ。敵より味方に撃たれる方が精神的にキツイんだぜ」
粗い呼吸で何とか喋りながら喉の奥に溜まった血を吐き出した。
「それに俺だったら腹いせに捕虜を殴るより、通信機の確認を先にするけどな」
俺の言葉に、ようやく俺達が置かれている状況を思い出してくれたらしい。
襟首を掴んでいた手を放すと黒煙を上げて燃えさかる機体を見遣った。
未だ炎を噴出しているその様子から、どう考えても機材は全てオシャカになっている事だろう。
現状を直視したケヴィンは、舌打ちをすると無限に広がる足元の砂を蹴り上げた。
放射線を描き宙に舞う砂と広範囲に飛散した機体の部品がそれぞれに
陽光を反射させ、さながらフラッシュの嵐を思わせた。
俺はポケットの中のチョコレートの缶とタバコが残っているのを確認してから、聞くに堪えない
罵声を上げているケヴィンを残して地面に突き刺さった尾翼の残骸が作る日陰に避難した。
尾翼に背を預け、コートの襟を立てて帽子を深く被り直し、身体をなるべく小さくする。
「そんなに怒鳴ったって飛行機が元に戻るわけじゃない。体力の無駄使いだ」
イライラと炎天下の下に立ったままでいるケヴィンに声をかけた。
怒りと苛立ちで眼は吊り上がり、逆立つ金髪が彼の姿を悪鬼の如く変えていた。
「いつまでも日光浴をしてないで、こっちに来て座って身を休めた方がいい」
さして広くはない日陰の中で身を縮めてケヴィンの座れる程度の場所を作った。
「…貴様、捕虜の分際で俺に指図をする気か?」
頭に血がのぼってしまってるケヴィンには何を言っても気に障る事だろう。
「捕虜もクソもないだろう。何たって、ここは砂漠のド真ん中だからな」
眩しすぎる日差しに中に立っているケヴィンから視線を外し、目頭を揉む。
目の前をチカチカと飛ぶ星の数がいくらか多くはなったが視力そのものに影響はなさそうだ。
「慌てて動き廻らなくたって、鉄騎兵が消えたとなれば捜索部隊でも繰り出してくるだろう」
ポケットから一片のチョコレートを取り出すと犬歯で2つに割ってひとつは缶に戻した。
「アンタの国の味には及ばないだろうけど、それなりにイケルぜ?」
俺の歯形が少し付いたチョコレートをケヴィンに放って渡す。
真っ黒い固まりは小さな曲線を描きながら無事にケヴィンの手の中に着地した。
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