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乾いた空気を切り裂く銃撃の音が、夏の高く抜けるような空に鳴り響いた。
立ち枯れの草原を掻き分け、何人もの男達が泳ぐように進んでいた。その男達の頭上を
いくつかの銃弾が音を立て飛びかっていた。頭を低くさせながら、統率のない群れとなって
逃げていく男達を風下から狐狩りの如く追い立てるのは、悪意が人の姿をしたかのような
黒衣の兵士達だった。彼らは容赦なく銃を放ち、澄みきった青空に硝煙を棚引かせていた。
照りつける日差しは男達の肌を焼き、額を流れ落ちる汗に襟は濡れる。
「おい、この先はどうなっている?」
マルスの赤い髪は陽光を浴びて燃え上がる色に変わっていた。吹き出る汗を袖口で乱暴に
拭い、風に揺れる枯れ草の先を見た。地の利の効かない場所だ。
だがそれ以上に言いようもない不安が腹の底に渦巻いていた。傍らの1等兵も自分と同じ
モノを感じ取ったのか、いささか神経質過ぎる程、キョロキョロと辺りを見ている。
「もう少し進むと左右に開けた街道に出るはずです」
「何か気になるな」
首筋に逆立つ、イヤな感覚が収まらない。
「とりあえず、ここはお前が指揮を取って第1分隊で正面からあいつらを追い続けろ。
それから残りの分隊は左右から扇形に展開させこのまま追い込みを掛けさせろ」
「はい。ですが、隊長殿は?」
「俺は単独で迂回して奴らの背後に回り込む。それまでお前があいつらの注意を惹きつけろ。
左右の連中はデコイだ。最終的に俺のと挟み撃ちが目的だぞ、いいな?」
「了解しました」
1等兵の返事を聞くと、踵を返し影だけを残し走り出した。
背の高い枯れ草を飛び越え、長い髪をひるがえす姿は、やがて音だけ残し消えていった。
「イタ公どもの動きはどうだ?」
街道から少し外れた納屋に、集まった男達は円陣を組むように立っていた。
「人数は2〜30ぐらいだ。街道の向こう側で、こっちの様子を伺ってやがる」
シャツをベッタリと湿られた浅黒い男が、息を切らせながら途切れ途切れに答える。
先程の逃走から駆け込んできた者達の汗の臭いが、狭い納屋の中に立ち込めていた。
「あいつらの主力部隊はまだ到着してないな」
「それは大丈夫だ」
渇ききった喉に壜から水をラッパ飲みにしながら、もう一人の男が言う。
「それより、気になる奴を見かけたぞ」
旧式の猟銃を抱えた初老の男がこちらを振り返ることなく、窓の外を見ながら呟いた。
「…この間大騒ぎをした坊主だよ、バッファローマン」
男達の視線が、納屋の隅に腰を下ろしていた彼に集まる。
「それは確かか?」
「あんなに目立つ赤毛の小僧を、見間違うはずがない」
唾を吐き、初老の男は断言した。
「どういう事だ!あいつはウォーズマンが始末したんじゃないのか?」
「どうなんだ。ちゃんと処分はしたんだろう?」
「バッファローマン、あんたもそう言ってたじゃないか!」
「はっきり言ってくれ!」
男達は声を張り上げ、バッファローマンに詰め寄る。どの顔にも困惑と怒りが浮かんでいる。
「なぁ、黙っていないで、ちゃんと答えてくれ」
窓に張り付いたまま、初老の男がこちらに顔を向けた。
周りを取り囲んだ男達は固唾を呑み、バッファローマンの言葉を待つ。
彼を見つめる目は、猜疑と恐怖が入り混じりながらも、救いを求めていた。
街道を越え反対側の草影もまばらな麦畑に身を低く潜めながら移動する。照りつける陽射しに
影は短く、踏みつける痩せ麦の穂先は砕け散る。辺りには首筋をピリピリと逆撫でる気配が
立ち込めていた。真昼の空気は重く、いつしか風は凪いでいた。銃を握った手は汗に濡れて
グリップに染みを写す。マルス以外に動く人影は周りになく、彼を取り巻く世界から音は失われ
ていた。その時、熱に澱んだ空気が動いた。
風の流れが変わっていた。
蒸れた空気が鈍重に、うなじから頬にかけて撫でていく。風に乗り背後から漂ってくる垢と
グリースと火薬と、反吐の臭い。理性で抑えつけることの出来ない本能が危険を伝える。
部隊と離れてから10分も過ぎてはいない。だが辺りのあまりにもの静けさに気付くと総毛立つ。
地上の彼を嘲笑うように、空を鳥が横切り、その羽ばたきの振動が頬に伝わる。
更に高く、鳥は中天を目指すかの如く羽根を広げその姿を徐々に小さくしていった。
風の流れが、また変わる。
そして、今まで感じていた予感は現実のものとなった。
ゆっくりと肩越しに見遣る先に、バッファローマンが歪んだ笑顔を浮かべていた。
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