「牛と熊・2」




思いがけない雨のせいで、靴はグチャグチャと耳障りの悪い音を出す楽器になっていた。

通り雨だと高をくくっていたのが災いした。気付いた時には本降りの雨の中を大の男が二人し
て大騒ぎしながら軒先を捜して走り回る羽目になっていた。せっかくのデートもこうなると台無し
以外の何ものでもない。ようやく見つけた大きなショーウィンドウに架けられた日除けの下に潜
りこみ、天に向かって睨みを効かせては見たものの雨雲は何ら気にする素振りもなく盛大に雨
を降らすだけだった。俺の隣ではまるで黒猫の団体に目の前を横切られたようにすこぶる機
嫌の悪そうな顔をしたブロッケンJr.が気持ち悪そうに左右の足をバタバタと振っている。こんな
表情をしている時は言葉を選ばないと、すぐに癇癪玉に火がついて取り返しが付かなくなる。
久しぶりに2人っきりの時間を少しでも引き延ばしておきたい。何かいいアイディアはないもん
かと日除けに角をぶつけない様に周りを見渡せば、なかなか良さ気なモノが目に入った。
「なぁ、ひとつ提案があるんだが聞いてくれないか?」
二人とも羽織っていたジャケットを脱ぎ、これ以上雨水が染み込まないように残ってる雫を勢い
よく振り払いながら、お伺いをたててみた。
「面白い話じゃなかったら、俺はこのまま屋敷まで走って帰るからな」
愛しのベルリーナは不機嫌のあまり三白眼になってることに気付いてない。雨に祟られたのが
俺のせいだと言わんばかりに、プーッと膨らました頬の愛くるしさにクラクラと眩暈がしそうにな
るのを何とか堪えると取っておきの提案を披露した。
「天気が意地悪してくれたお陰で、お前は新しい靴を手に入れるチャンスを獲得したんだぜ?」
怪訝そうな顔をしたブロッケンが顔を上げ、そのまま視線を俺の後ろのショーウィンドウへと移
動させる。あまり派手じゃないが色取りと様々なデザインの靴がこれ見よがしに並べられてい
るのを確認すると、ようやくニッコリと笑ってくれた。

たまには悪天候も捨てたもんじゃない。


濡れ鼠のような格好にも拘わらず、靴屋の店員は俺たち二人に合うサイズの靴を探し出してき
てはフィッティングを繰り返した。元来身に着けるものに対してかなり大雑把にしてる俺と違って
ブロッケンは筋金入りの頑固者だがら、なかなかと気にいったブーツが無いらしい。履いては
フロアを一周し、脱ぎ捨てるという行動を小1時間もされれば流石の俺でもアクビの一つも出さ
ない訳にはいかない。濡れてたジャケットもかなり乾き、ショーウィンドウ越しに外を見ればさっ
きまでの大雨がウソのようにピタリと止んでいた。
「バッファローマン、これに決めた」
散々悩んだにしては普段履いてるブーツと、左程代わり映えのしないのを手にしていた。
せっかくのプレゼントなんだから、たまには毛色の変わったものでも選べばいいのにと思うが、
こうゆう所に奴のこだわりを垣間見たりする。すっかり機嫌を直したブロッケンは新しい革の匂
いに気を良くしたのか、鼻歌交じりに新しいブーツに足を差し入れている。そのポーズは俺の
脳髄をK.Oするには充分だった。
「―――何だよ」
俺の視線に気付いたらしく、ブーツに差し入れようとしていた足先を宙に留めたままの姿勢で
顎を上げ俺の顔をみている。
「気にするな。わからんだろうが俺は今、目の前の誘惑に挫けないようにしてるんだからな」
小首を傾げ、俺の言葉の意味を理解するために必死で頭を働かしているに違いない。
「お前がブーツに足を差し入れる時の爪先からふくろはぎのライン、それとブーツを持つ手から
 肩にかけての曲線から続く、丸めた背中と腰。全てのラインが完璧なまでに一致した動作。
 日常の中でこれほどエロスを感じさせる動きがあるとは思わなかった」
片足を上げた中途半端な姿勢をピクリともさせずに紫色の目を大きく見開き俺の方を見てる。
「…お前はそーゆー風に俺を見てるのか?」
「今まで気が付かなかったのか」
つい俺の下心が口をついてしまった。一瞬の間を置いたが直ぐに耳まで真赤にすると、片手に
持っていたブーツを俺に向けて投げつけてきた。危うく顔面に直撃しそうになるのを何とか未然
に防ぐ。店員は支払いの終わってない商品の行く末を案じながらこちらの様子を伺っている。
「ほらほら、いい子だから早く履いてくれ。これ以上、お前の可愛い素足を見せ付けられたら
 さすがの俺も夜まで我慢出来なくなっちまうからな」
運良く無傷だったブーツをブロッケンに投げて返してやると乱暴に足を突っ込みながら店員に
聞こえないように小さな声で「お前の表現は露骨過ぎなんだよ」と囁く。

目深に被ったヘッドギアの下から、恥ずかしそうな顔をしたベルリーナが俺を見上げてた。



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