1941/05/25 12:20


気がつけば太陽は真上から照り付け、長く伸びていた影は今では僅かに顔を日焼けから
守ってくれる程度に小さくなっている。
中天の空を帽子の庇越しに見上げていたが、機影ひとつ雲一筋も目に入ることはない。
ケヴィンの乗った飛行機が未到着となれば直ぐにでも捜索が開始されると思っていたが
そんな気配もまた、一向に感じられなかった。
横に座っているケヴィンにしても、救助が来ないのは腹立だしいに違いないだろう。
「―――立て」
「え?」
「立てと言ったんだ」
風に巻き上げられる金髪を払い、背を預けていた尾翼に手を掛けながら腰を上げた。
「ダコタの中を確認しに行くぞ」
「確認って、今更何を確かめるモンがあるんだよ」
砂漠を吹き抜けていく風音に混じって、ケヴィンの舌打ちが耳についた。
「だから、その何かが残ってないかどうかを見に行くんだ」
目深に被った帽子の上からジェイドの頭をブーツの先で小突くと、一足先に歩き出した。
炎は鎮火していたが未だ熱は残っており、近づくと皮膚をヒリヒリと刺激する。
ケヴィンはグローブをした手で扉を支えにして器用にダコタの中に上ってしまった。
ジェイドはコートの袖を伸ばして手先をカバーしてから、ドア口に手を掛けて身を引き入れた。
想像はしていたが、機内は煤で黒く汚れ塗装も高熱によって剥がれ落ちていた。
大きく傾いた機体の中は焼け爛れ、無傷の物は一切見当たらなかった。
この状況の中で使えそうなものが残っているとは思えなかったが、それでも万に一つの
期待を込めての探索は、結局は無駄に体力を消耗させるだけだった。
なおかつ胃袋が昨晩の薄いスープ以来、何も食べていないと空腹を訴えている。
「腹減ったな、卵さえあれば翼の上で目玉焼きが作れたのに」
追い討ちをかけるように腹が鳴いた。
思った以上の大きな音に、少し離れていたケヴィンがこっちを向いた。
「お前は本物の馬鹿か?いくら上天気だからって本当に機体で卵が焼けたら、タンクに
 乗ってる連中は、みんな茹で死んじまうだろう」
そう言いながら煤に汚れた指を頭の少し上でクルクルと丸を描くようにまわしてる。
「なんだ、軍曹が言ってたのはウソかよ」
「当たり前だ。もし目玉焼きが焼けたとしても、ベーコンがなきゃ話にならん」
弾装箱を開けて中身を床にばら撒く。
「弾だけあっても役に立たねぇしな」
幸運にも無傷で残った弾薬も今は無用の長物だ。収穫らしいものは一切無い。
よく考えれば、捕虜をたった一人移送するだけの機体に色々詰め込むはずはないだろう。
ケヴィンもようやく諦めがついたのか、壁に一蹴りをくれると地上へと降りた。
ジェイドもその後を追った。さほど高さはなかったが、着地の拍子にブーツの裏の鋲が石に
当たり、ガツンと耳障りな音を立てるとジェイドはバランスを崩して砂の上に尻餅を付いた。
「何やってるんだ、ちゃんと歩かないか」
よろよろと立ち上がったジェイドの方を振り向きながら、苛々しげな声で怒鳴りつける。
だが当のジェイドは、なんともいえない微妙な表情で右足を何度か足踏みを繰り返した。
「ちょっと…足を挫いた、みたいだ」
自分でも信じられないという顔をしながらジェイドはケヴィンの方に顔を向けた。
「―――貴様、冗談も大概にしろよ」
腹立だしさ隠し切れずに振り向きざまにジェイドの足を蹴り上げた。
「ウダウダ言わずに立て、歩け!」
怒鳴りながらジェイドを蹴りつけたが、すぐに様子がおかしい事に気付いた。
両手で右足を抱え込み、痛みの為か顔は血の気が引き真っ白になったまま口から唸り声が
こぼれ、ブルブルと震えている。
「いい加減にしろよ、本当に痛めたのか?」
怒りが限界を超したのかも知れない、急に馬鹿馬鹿しい気分になったのは確かだ。
今、足元で身を丸めながら荒く呼吸しか出来ないジェイドを無闇に傷つけたとしても
何を解決してくれるわけでもない。
振り掛かっていた暴力が止んだ事で、砂で顔を汚していたジェイドは自分を見下ろしている
ケヴィンを横たわったまま見上げた。
「もう、気は済んだか?」
何度か言葉を切りながら、口に入った砂を吐き出した。
その間にも返事が無いのを了解としてジェイドはようやく詰めていた息をつくと
うずくまったままゆっくりと深呼吸を繰り返すのをケヴィンはただ見下ろしていた。
やがて起き上がる気配が見受けられないジェイドの脇に片膝を付き、その顔を覗き込む。
額に汗が滲んでいたがそれは熱砂のせいだろう。
だがそれを差し引いてもジェイドの表情は苦痛を訴えていた。
「降下は無傷だったくせに、こんな段差で怪我するなんて…どれだけお前は間抜けなんだ?」
ケヴィンは苛々しそうに金髪を掻きむしるとジェイドの傍らについに腰を下ろした。
「手を退けろ」
痛みを押し殺すように足首を掴んでいるジェイドの手を叩く。
「さっさと足から手を離せといってんだ」
また蹴られるかと頭の片隅を過ぎるも言われるままに手を離すと、ケヴィンはジェイドの
ブーツと靴下を脱がせ、指先を爪先や足首に当て、熱や腫れを確認した。
「どれ、どこが痛む?」
「足首―――足首が痛い」
横になったまま答えると、足の指先を一本ずつ掴んでグリグリと順番に動かした。
一通り足の指を確認すると今度は指先を掴んだまま、足首をゆっくりと回す。
されるがままに、ケヴィンの手元を見ていた。
癇癪を起こしやすい性格なのは2、3日の間に充分過ぎるほど確認している。
様子を見るといいながら足を捩じ切るかも知れないと思うと、心拍数をわずかに上がった。
「コレだけ動かせるんだったら骨は逝ってなさそうだな」
何かをされるんじゃないかと覚悟をしていたが、そんな気配もない。
なるべく動かさないように丁寧に靴下を履かせると硬くキツくブーツの編み上げを締めた。
「とりあえず様子を見るしかないな。多少痛むだろうが、ガマンしろ」
そう言うと日陰で横になり、ポケットからチョコレートの欠片を取り出して少しだけ齧った。



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