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朝の目覚めにしてはどんよりと頭は重く、いつもの爽快感は一切なかった。
まるで山肌にガスがかかってるようにはっきりしない意識のままに、朝の光に目を向ける。
そんな俺の視界に飛び込んできたものは、ただでさえ狭い俺の部屋のリビングに
無駄にデカイ超人がふたりも転がっている嬉しくもない状況だった。
赤い髪を乱れるに任せ、いつものソファーで身を丸めているのはスカーフェイスに
違いないのだが、その横で転がっているのは、二本の角を生やした大水牛に他ならなかった。
俺は眉間に皺を寄せながら視線を動かすと、カウンターの上には見憶えのない酒瓶が
いくつも転がり、そこを中心にアルコールの匂いが辺りに充満していた。
足の踏み場も無いほどに散らかされたリビングを何とか通り抜けてベランダに辿りつくと
微妙にたてつけの悪いサッシを開き、朝の冷えた空気を部屋の中に引き込んだ。
少し湿り気のある風だったが、それでも人の熱気よりか余程マシだ。
濁った肺の空気を押し出し、いくらか排気ガス臭い風を胸に取り込み、ようやく人心地ついた。
「あぁジェイド、起きたのか?」
寝ぼけ眼をこすりながらスカーフェイスが頭だけ起こして、こちらを見た。
「起きたかじゃないだろう。何だ、このザマは?お前は居候の身分だぞ」
朝っぱらから怒鳴るのも大人気ないので、程々の音量に答える。
「先生、起きて下さい。もう朝になりましたよ!」
でかい口を開けて気持ち良さそうにイビキをかいてる先生の肩を掴んで揺さぶる。
首がガクガクと大きく振れる程に揺り動かすと、ようやく目を覚ましてくれた。
「おぅ、何だ―――んン、ジェイドぉ?」
「お早うございます。先生、起きて下さい」
優等生らしい笑顔で朝の挨拶をする。しばらく俺の顔を見たかと思うと、大きくアクビをする。
「残念だが俺は可愛い子ちゃんの目覚めはキスがないと起きられない体質なんだよ。
今朝の気分だと、赤毛の長い髪の持ち主なら申し分ないんだがなぁー」
ニヤリと笑うとソファーの上からこちらの様子を伺がっていたスカーフェイスに目を向けた。
「どうしようもないエロ牛だ…」
スカーフェイスにしては珍しく心底嫌そうな顔をしていた。
「おい、ジェイド。俺の代わりに二つ三つ、このオッサンに投げキッスでもやっとけよ」
狭いソファーの上で寝返りを打ち、背中をこちらに向ける。こいつ、二度寝をするつもりだ。
「何で俺がそんな事しなきゃならないんだ!!」
「ケチ臭い事言うな、別に減るもんじゃないだろう?」
あまりの言い草に思わず奴の背中に蹴りを一発食らわしてやった。
「減らないんだったら自分でしてやればいいだろ!」
朝っぱらから無闇に血圧を上げさせられる。
「そんなに出し惜しみしないでもいいだろう?何だったら2人まとめてもOKだぞ」
ニンマリと笑う顔が俺とスカーフェイスを捕らえる。思わず背中に鳥肌が立った。
「ふたり揃ってそんなに分り易い態度を取るな」
ワザとらしく悲しげな顔を作り、口を尖らせて拗ねる姿がこの上なく似合わない。
「それともジェイドの前だから照れてるのか、スカーフェイス?」
その一言で普段のイヤミなぐらい冷静な態度がどっかに行ったスカーフェイスが言い放った。
「冗談はいい加減にしろ…気をつけろよ、ジェイド。慢性セクハラ親父と一緒にいると
ヤル事やらなくても、男でも孕まされちまうかも知れないぜ」
なんと!そんな事は初耳だ。
「何だって!?えーっとその場合、マリア様が処女受胎なら男は妊娠したらなんていうんだ?」
無駄に物知りなスカーフェイスなら知っているだろう。
「―――バカタレ。俺は例え話で言ってんだ、いちいち本気にとるな!」
俺の脳天に手加減なしで手刀を振り落としやがった。
「こら、静まれ坊主共。教師を前にして騒ぐとは失礼とは思わのか?」
「アンタが寝ぼけた事を言ってるからだ!!」
完全に眠気がすっ飛んだスカーフェイスは大股で風呂場の方に向かう。
「朝風呂か?俺も一緒に入るかなぁ」
その一言にスカーフェイスは赤毛は逆立て、全身に鳥肌を浮かべながら怒鳴る。
「アルコールの摂り過ぎで、脳ミソが逝っちまったか」
そんな言葉も先生の耳にはイヤミに聞こえないらしい。
「俺はただ、お前が風呂に入るんならついでに背中でも流して貰おうと思っただけだ」
ニヤリと笑いながら答える顔は、流石の俺でも信用出来なかった。
「おい見たか?あの顔を―――天地神命に賭けたっていい。これは職権濫用のセクハラだ。
いいかジェイド、俺がシャワー浴びてる間に、この淫乱親父を追い出しとけよ」
入れ替え戦以来の殺気に満ちた視線で俺を睨みつけてきやがった。
「なんだよ、その口の利き方は?そんなに嫌ならテメェが出てけばいいだろぅ?
大体この部屋の正当な家主はこの俺で、お前は勝手に転がり込んだだけだろ!」
返す刀でスカーフェイスの言い分に怒鳴り返すと、負けぬ程に睨みを利かせる。
「おぉジェイド、良い事を言った。そうだぞ、これ以上ジェイドに迷惑を掛けるのは止めて
お前は俺の家に来い。おっと、ベッドルームはちゃんと2つあるから安心しろ」
間髪入れず、スカーフェイスは手近にあったクッションを先生の顔面にクリーンヒットさせた。
「勝手に決めるな!こっちにだって予定があるんだ」
「どんな予定だ!!!テメェが先生んトコに行きゃぁ、丸く収まるんだよ!」
俺としては先生がスカーフェイスを持ち帰ってくれるのが一番ベストなのだ。
「お前、仮にも同期生の貞操を売り飛ばす気か?」
「先生!煮るなり焼くなり好きにして貰って構いません。一刻も早くコレを持ち帰ってください」
コイツを追い出す絶好のチャンスを逃す訳には行かない。ここは一気に畳み込んでしまおう。
「そうだなぁ、煮ても焼いても喰えそうには見えないが、小腹押さえにはなりそうだしなぁ」
舌なめずりをする先生の姿はワザとなのか本気なのか判りかねない。
「悪いが俺はジェイドと違って、老人嗜好の趣味は持ち合わせてないんだよ」
「念のために聞くが、お前の言う老人とは誰のことか…ハッキリ言ってみろ」
ギリギに保っている理性で、スカーフェイスに殴りかかる前に冷静な声で聞いたつもりだが
コイツの答えはとっくに分ってるから怒りで声が震えた。
「ベルリンに隠居してる、お前の大事なロートル・レジェンドに決まってんだろ」
「―――てんめェ、今日という今日は、もう勘弁ならねぇからな!」
想像通りの答えに、俺の“ベル赤”の炎がかつてない程に大きく燃え上がった。
「レーラァを侮辱する者は、死をもって己の愚かさを思い知るがいい!」
俺が本気なのにようやく気付いたのか、スカーフェイスもとっさにファイティングポーズをとる。
「ふたりとも落ち着かんか!お前ら、こんな狭い部屋で暴れるつもりかぁ!?」
おっとり刀で構えてた先生が慌てて俺達の間に割って入ってきた。
「いまさら教師面して、ええカッコしぃすんな!」
「怪我する前に年寄りはすっこんでろ!」
おもわず俺とスカーフェイスが別々に怒鳴りつけると、流石に先生の顔色が変わった。
「…お前らの言い分は、よぉ〜く判った」
そう言いながら、着ていたヨレヨレのジャージを脱ぎ捨てる。
「俺のかわいい生徒だから聞くに堪えない暴言を我慢してやってたが、もう限界だ。
ちょっとばかりお仕置きしてやるから、ふたりとも覚悟しとけよぉ―――」
見る見るうちに先生の胸にイヤァな感じの痣が浮かび上がった。
一瞬、老人斑かと思ったが青黒い痣は、あっという間にサタンの影に姿を変えた。
「悪魔超人から足を洗ったんじゃなかったのかよ!」
スカーフェイスと声を揃えて突っ込んでみても、もう遅かった。
右手を大きく振りかざした俺と、ハリケーンミキサーの体勢をとり、右足を蹴り上げる先生
そしてスワロウテイルを槍の様に差し向けるスカーフェイスとの三竦みになる。
この一触即発の空気を打ち破ったのは、玄関を激しくノックする音だった。
ふたりから目を放さないようにしながら玄関まで後ずさり、そっと戸を開けると同じフロアの
住人がパジャマ姿のままで、眉間に皺を寄せて立っていた。
「お早うございます。あのぅ、何か?」
「何か?じゃないでしょう、あんたねぇこんな早朝に何をしてるの?昨日の晩もうるさかったし
今朝は今朝でこんな早い時間から大声で騒がれてじゃあ、こっちは何事かと思うじゃない!」
――――――あれ?もしかして、怒られてる?
「いくら平和を守ってるからって、何したって言い訳じゃないでしょ。悪いですけどね、さっき
超人委員会に連絡させて貰いましたからね」
住人のあまりの剣幕に、こちらの様子を盗み見てたスカーフェイスのスワロウテイルは
萎れ下がり、先生の胸に浮かんでたサタンの影は消え去っている。
「あんた達は仮にも正義超人なんですから、世間の常識を知らないなんて言わせませんよ。
それともまさか、超人は太陽が昇ったら大声で叫ぶ習慣でもあるっていうの?」
腕組みをしたまま怒りの収まりそうも無いその顔と、もっともな言い分に頭を下げ続ける。
「奥にも誰か居るんでしょ?この子だけ怒ってる訳じゃないんだから、出てきなさい!」
ビリビリと空気を震わすその声に、スカーフェイスも先生もすっかり恐れをなしてしまったらしく
3人して、ひたすら謝りながらも、この後で来るであろう超人委員会の役員に対する言い訳を
必死で考えなければならなかった。
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