視界には、どこまでも続く荒れた大地だけがある。草が所々生えているような気がするが、力強く天に伸びた樹木は皆無に等しい。
 頬に吹き付ける風は熱気をはらんでいるのに妙に寒々しく感じるのは、心情的な物なのだろうか。
「・・・・・・・まったく・・・・・・・・・・・・」
 パーシヴァルの口から自然と言葉が漏れた。苦さが大いに含まれた声が。
 その声に、傍らを歩いていた男の肩が大きく揺れたが、あえて言葉をかけることを避けた。自分が何も言わなくても、この男は喋りたくなったら勝手に喚き出すだろうから。
 大体、今まで黙っていることの方が不思議なのだ。例えこの状況を招いたのが彼なのだと言うことが明らかな事実としてあっても、その事に対して反省して口を噤む、などという事をこの男がするわけが無いのだから。
 パーシヴァルはチラリと男の顔を眺め見た。男が俯いているせいで、その顔は見えないのだが。
 何しろ、パーシヴァルの方が傍らの男よりも身長が五センチは高いのだ。彼の顔を正面から見るためには、彼の顔を上げさせるか、自分が顔を覗き込むか。はたまた男に一段高いところに立って貰わねばならない。
 男が自発的に顔を上げそうにも高い場所に立ちそうにもないこの状況で男の顔を見ようとしたら自分が覗き込むしかしか手はないのだが、そんなことをする気はサラサラ無い。そこまでして見たい顔でもないし。
 だから、見下ろした先にある柔らかい金髪だけを眺め見る。だが、そんなモノを見たところで気分が良くなるわけでもなく。パーシヴァルは早々に男から視線を外し、その視線を再度荒れた野に向け、深々と息を吐き出した。
 太陽の方向から考えて、向かっている方向に間違いは無い。間違いは無いだろうが、磁石もなんの目印もないこの地を延々と歩き続けるのはなかなか辛い。体力面よりも、精神面が。本当にこの方向で良いのだろうかと、迷いが生じて。
 だが、そんな迷いは顔に出さない。そんな顔をすれば、傍らの男を元気付けることになりかねない。黙ったままの男の存在は不気味以外の何物でも無かったが、だからといって騒ぎ立てて欲しいわけでもないのだ。
 自分と彼の経歴は大きく違えど、今立っている場所に大きな違いはない。年齢も近いせいで色々と比べられることの多い二人だけに、男がパーシヴァルに向ける対抗意識は他の者に向けるソレよりも強かった。
 何かある度に食いついてくる男の存在は、はっきり言って鬱陶しい。真っ直ぐすぎる気性に自分の歩んできた道とは大きく違う物を感じて苛々する。だから時々、いや、頻繁に言葉で虐めてしまう。そしてそのたびに男が喚きだし、端から見たら仲が悪いとしか思えない会話を繰り広げるのだが、別に彼を嫌いな訳ではなかった。
 言動はともかくとして、騎士としての。戦いの場での彼の腕はパーシヴァルも認めている。自分には彼のような、周りの者の気持ちを巻き込み、士気を上げるような戦い方は出来ないから。それが良いとは言わない。そんな方法だけでは駄目なときもある。だが、少し羨ましく思う。純粋に国を思い、剣を振るっている彼の姿が眩しいと思う。
 だから、うるさく騒がれると分かっていながらもちょっかいとかけてしまうのかもしれない。何に対しても真剣に、手加減など出来ずにぶつかってくるボルスの気持ちをぶつけて貰うことで自分の淀んだ意識を吹き飛ばして貰おうと。
「・・・・・・・・・パーシヴァル。」
 不意に聞えてきた呼び声に、パーシヴァルは自分の考えに落ちていた意識を現実の世界へと引き戻す。そして、傍らの男に視線を向けてみれば、男はふて腐れたような顔でジッと前を見据えていた。
「なんだ?」
「・・・・・・・こっちで良いのか?」
 返された言葉に主語はなかったが、彼が言わんとしている言葉は分かる。だからパーシヴァルはゆっくりと、それでも力強く頷いてみせる。
「ああ。距離までは分からんが、方向はあっている。」
「・・・・・・・そうか。」
 小さく零した男は、何かを迷うように視線を彷徨わせた。そして、とても小さく。吹いた風にさらわれる位に小さな声で、呟いた。
「・・・・・・・・・・スマン。」
 その言葉に少々驚きを感じつつも、自然と顔が綻んだ。
 一瞬意地の悪い言葉を返してやろうかと思い口を開きかけたが、すぐに止める。
 代わりに傍らの男の肩を軽く叩いた。励ますように。
「行くぞ。」
 短くそれだけを告げると、男の顔がほんの少し緩んだ。そして小さく、頷きを返してくる。
「・・・・・・・ああ。」
 それを最後に、会話もなく黙々と足を進ませた。
 何もない荒れ野を。
 照りつける太陽の日差しを遮る物も、喉を潤す小川も何もない荒れ野を。
 だけど何故か、妙な満足感が胸を満たしていた。
 なんとかなると、そう思って。
 自分は一人ではなく、傍らに信頼出来る同僚がいるのだから。
 だからなんとかなる。
 何もないけど、何もなくはないから。
 傍らに確かに存在するモノがあるのだから。
 そう、思って。































まだグラスランドと戦ってる時代の話。














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荒野