「あ。」
「よう、ミッチー。これから部活か?」
 部活に出るため、日曜の昼過ぎに学校へ向かう道を歩いていたら、水戸とばったり出くわした。
 大きなスポーツバッグを持っている自分と違って、彼は何も持っていない。多分、尻ポケットに財布がねじ込まれているのだろう。
 周りにいつもつるんでいる桜木軍団の残りがいないのは、これから落ち合うからだろうか。あまりにもラフ過ぎる格好だから、デートという事は無さそうだが。
 そんな事を出くわした水戸の姿を見ながら考えていた三井だったが、それを少しも表に出さずにニヤリと口角を引き上げる。
「おう、当たり前だろうが。そう言うお前はどこに行くんだ?」
「もう行ってきた帰りだよ。」
 そう告げながら不敵に笑んだ水戸は、おもむろに尻のポケットから己の財布を引き出した。そして、その中身を三井の眼前に広げてみせる。
 見てみろと言わんばかりに。
 その指示に従い、三井は財布の中を覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・・・げっ!」
 財布の中を見た途端、思わず蛙を押しつぶしたような声を出してしまった。
 その中身の、あまりの多さに驚いて。
「お前・・・・・・・・・・」
 呆然と呟き、水戸の顔をジッと見つめる。
 もしかして、良からぬ事に手を出したのだろうか。
 思い出してみると、あんな見てくれをしていて何を糧に生きているのか分からない鉄男も、時々エライ金持ちになっていた。そして、その金を全てバイクにつぎ込んでいた。
 仲間の話によると、ちょっと人に言えない商売をしていたらしい。あの時は世の中も自分自身もどうでも良くなっていたので、鉄男がドジを踏んで自分に火の粉がかかろうがかからなかろうがどうでも良かったので、鉄男に事の真意を問い質したことは無かったが、今は状況が違う。水戸が捕まったら桜木にも飛び火するだろう。そして、その火はバスケ部まで届くのだ。それはちょっと、いや、かなり御免被りたい状況だ。
 自然と、三井の視線が鋭いものになった。
 そんな三井の胸の内に気づいたのだろう。水戸が朗らかに笑いかけてきた。
「大丈夫だって。怪しい金じゃ無いからさ。ちゃーんと、正式な手順を踏んで稼いでるんだぜ?」
「正式な手順?」
「そ。成功報酬みたいなもんさ。」
 軽い口調でそう告げてきた水戸の言葉を耳にしても、三井の疑念は晴れない。水戸もその事に気づいたのだろう。困ったように眉をハの字に下げて見せた。
「本当に変な金じゃないんだって。パチンコで馬鹿勝ちしただけなんだからさ。」
「パチンコ?」
「そ。今日新台入替の店があってさ。行って入った途端に出るわ出るわでもう。笑いが止らなかったぜ。」
 ニヤニヤと締まりの無い顔で語っているところから、彼が本気で喜んでいるのが分かった。どうやら、嘘では無いらしい。
 が・・・・・・・
「・・・・・・お前。高校生でパチンコって・・・・・・・・・・」
「何?ミッチー。元不良なのに意外と真面目じゃん。」
「いや、真面目ってーか、親父くせーよ。日曜の朝からパチンコは。」
「そうか?いつもの事だからなぁ・・・・・・・・」
 自分はそうは思わないと言いたげな水戸の様子に、そんなもんかなと思う。
 別に金に困ってもいないし暇を持てあましても居ない三井には、パチンコの魅力が少しも分からないのだが、いつも行くらしい水戸にはそれは魅力的なものなのだろう。
 十人十色。好きなものも考え方も人それぞれだ。
 水戸からしてみれば、夢中になってコートの中を駆けずり回ってボールを追う自分達の行動は、理解出来ないものかも知れないし。
 そう考え、三井は新たに質問を投げかけた。
「他の奴らは?」
「まだ頑張ってるよ。まぁ、あの様子じゃ負け越しそうだけどな。」
「置いてきたのかよ。」
「まぁね。折角の運を吸い取られたくなかったし。今日は一人でプラプラするさ。」
 軍資金は腐る程あるしな、と言って笑う水戸につられたように、三井も笑顔で頷き返す。
「そっか。まぁ、せいぜい桜木にたかられないようにしろよ。」
「はははっ!ミッチーも部活頑張れよ!」
 笑いながら軽く手を振って立ち去る水戸に手を振り返し、三井も足を動かした。そして、小さく呟く。
「たかられる気満々だな、アレは。」
 笑いながらも否定しなかった水戸の様子からそう判断を下した。
 何が良いのだろうか、あの単純王が。自分にはさっぱり理解出来ない。
 そう胸の内で呟きながら、一度背後を振り返る。だが、そこにはもう水戸の姿はない。チラリと周りを見回してみたが、平均的な体型の彼の身体は人の波に紛れ込んでしまって、見付ける事が出来なかった。
 視界に入らない男の姿を脳裏に描く。
 桜木と共に居る時の楽しげに微笑むその表情を。
 あんな顔で見つめるくせに、自分の思いを口にしようともしない男の姿を。
 フッと、小さく息を吐き出した。囁くような声と共に。
「まぁ、人それぞれだけどな。」
 だが自分は、自分から苦労を背負い込むような恋愛はしたくないと、胸の内で呟く。
 今現在自分が一番夢中になっているモノの元へと、足を踏み出しながら。






















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パチンコ