気持ちが悪い。
 先程から吐き気が止まらない。
 身体の至る所から感じる『男』の匂いに。
 息をするのも辛い。
 いっそ、死んでしまった方が楽なのではと、毎日思う程だ。
 でも、そんな事は出来ない。
 逃げ出す事も出来ない。
 大切なモノを守るために。
 夜が更け、人の通りの無くなった廊下を力無く歩き、浴場の戸を開ける。
 浴場と言っても、湯が張っているわけではない。ただの平騎士の連中が、イモを洗うようにしながら汗を流すだけの場所だ。そこで、男の情欲にまみれた身体を洗い流す。
 それでも、先程まで自分の身体を良いように扱っていた男共の体臭が消えた気がしない。

「・・・・・・・・・・・イヤだ・・・・・・・・・・・イヤだ・・・・・・・・・・・・・」

 自然と、口から言葉が零れ落ちる。
 誰も聞いていないけれど。
 例え聞いていたとしても、どうもしてくれないだろうけれど。
 それでも言葉が零れる事を、止める事が出来ない。
 自分が嫌がれば嫌がる程。逃げれば逃げる程、あいつ等は喜んでパーシヴァルを捕らえる事に力を注いでくる。
 どんなに泣いても、叫んでも、望みを叶えられる事はない。むしろ、より一層深く傷つけられる。
 何も感じられなくなればいいのにと、本気で思う。
 イヤだと思う心があるから、吐き気がするのだろうから。
 男共に犯される事にも、肌を切り裂かれる事にも、人を人とも思わない責め苦を与えられる事にも、何とも思わなければ良いのだ。
 この場から逃げ出せないのならば、そうする事しか自分には取るべき手が無い。
 そうじゃなければ、いつか自分の心は壊れてしまう。
 いや、もう既に壊れているのかも知れない。
 女も男も関係なく、世の中の殆どの人間に興味を持てなくなっているのだから。
 大切なのは、ほんの一握りの人間だけ。
 彼等さえ幸せなら、こんな国はさっさと滅んでしまえば良いと、本気で思う。
 そんな事は、出来ないけれど。
 暗く静まりかえった廊下を歩いて自室の前にたどり着く。同室のモノは皆既に深い眠りに付いているだろう。だから、音をたてないように慎重に部屋の扉を開き、室内にゆっくりと足を踏み入れる。
 ただの雑兵でしかない自分の部屋には、同じ年頃の少年達が10人程寝起きしている。皆、厳しい訓練に疲れているのか、深い眠りに落ちているようだ。
 軽い寝息が上がる部屋の中を、同僚達を起こさないように気を付けながら自分のベットの中へと潜り込む。
 使い古された布団は、固く冷たい。
 まるでこの城そのものだと、胸の内で呟いた。
 実家の布団も決して高価な物では無かった。だけど、まめに日に当てていたからいつもフカフカで、太陽の匂いがして、暖かくて、優しい眠りに包まれる事が出来た。
 ここに来てからは、そんな眠りに落ちた事はない。
 いつもいつも、疲れた身体を引きずり、気を失う様に眠りに落ちる。
 寝てもイヤな夢を見るから眠りも浅いモノになり、疲れが完全に取れる事はない。
 本当に、ここに来てからイヤな事ばかりだ。
 そう胸の内で呟きながらつかの間の休息を求めて目蓋を閉じたのだが、疲れすぎた体と高ぶった意識は妙に冴え、眠りの気配はやってこない。
 人間は眠らないと生きていけないから、何があっても、どんな短い時間であっても眠りに付こうと思うのだが、どうにもこうにも眠気がやってこない。
 そんな自分に深々と息を吐き出し、布団の中に埋め込んでいた体をもぞもぞと引き出す。
 そしてゆっくりと床に足を付けて立ち上がり、私物の置いてある棚へと、そっと手を伸ばした。
 そこには、大切に収納しているモノがあるのだ。
 故郷から毎週のように届く、幼なじみからの手紙が。
 自分よりも四つ年下の彼の文字には、まだ幼さが残る。
 だが、その拙い文字から、文面から、彼の生気がが満ちあふれていた。
 日記のように日々の出来事が綴られた手紙。
 天気が良かったから川で遊んだ事。
 雨が降った事。
 ぬかるみに足を取られて泥だらけになり、母親にしこたま怒られた事。
 収穫したトマトが美味しかった事。
 友達ととっくみあいの喧嘩をして勝った事。
 それを読み返すたび、脳裏に故郷の風景が鮮明に浮かび上がる。
 流れる風の匂いも、その風の心地よさも体に感じる事が出来る。
 村人達の楽しげな笑い声も、大地を埋め尽くす、緑の草原の色も。
 目を閉じれば、今まさに自分があの大地の上にいるような、そんな気さえもしてくる。
 その故郷の情景を思い浮かべていると、強ばっていた身体がふっと解れた。
 そんな自分の反応に、薄く笑みを浮かべる。
 こんな簡単な事で癒される自分自身がおかしくて。
 これ程まで、自分が故郷を愛している事実に気が付いて。
 その、年の割には疲れの滲む顔に笑みを浮かべたままゆっくりと目を開き、暗く冷たい現実を見つめた。
 此処には風など一つも吹いていない。
 今自分がいるのは、冷たい石の城の中なのだと、認識する。
 そう認識しながら今一度大切な手紙へと視線を落とし、ボソリと呟く

「・・・・・・・・・・・まだ、大丈夫だ・・・・・・・・・・・・・」

 と。

 この手紙に心を動かせる事が出来るのならば、自分はまだ大丈夫だ。
 故郷を愛していると思えるのならば、大丈夫だ。
 まだ、壊れていない。
 まだ、耐えられる。

「帰りたいとは、思うけど・・・・・・・・・・・・・・」

 逃げるだけでは、大切な人を守れない。
 守る力を得るために、ここに来たのだから。
 何も為さずに帰る事など、出来やしない。
 力を手に入れるまでは、帰る事は出来ない。
 手にした手紙に折り目を付けないように気を付けながら、そっと抱きしめる。
 自分が力を得るまで耐えられるように。
 その為に力を貸してくれと、遠い地にいる友に、胸の内で語りかけながら。






















キミノエガオガボクヲツツム。













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