堤防に座り込み、夜の海をボンヤリと見つめていた。
 身体を包み込むような波の音を聞いていると、荒れている心も落ち着きを取り戻す気がして。
 チラリと背後を振り向けば、そこにはガードレールに腰をかけた鉄男の姿があった。その近くには大きなバイクが止められている。
 家にいた鉄男にせがんでここまで連れてきて貰ったのだ。イヤそうにしていたところを、無理矢理。だから鉄男は海など見向きもしないで煙草を吹かしている。
 その姿から目を反らし、再び海を見つめた。真っ黒い、飲み込まれそうな色の海を。
 この海の中に入ったら、全てを黒く塗りつぶしてくれそうだ。どこから海で、どこから自分なのか。その境界線が分からない程に。
 それも良いかも知れないと、三井は思う。
 今の自分にやりたい事はない。生きている意味もないと思う。
 親との関係は日に日に悪くなっている。顔を合わせると怒鳴り合ってばかりいるから。
 それは仕方のない事だろう。親には息子がグレる理由が分からないだろうから。膝の怪我は医者に治ると言われていたのだ。現に、今は痛みなど微塵も無い。走っても、飛んでも。
 それなのに、それまで打ち込んでいたバスケに見向きもせず、家にも寄りつかない。学校には行っているのか行っていないのか。それすらも定かではないのだから、親が怒るのは当然だろう。
 親の気持ちも分かるが、だからといって自分の身の内にあるモノを全て語るわけにはいかない。そんな事を言おうものなら、余計に悲しませるだけだろうから。
 だから、出来る事なら何も言わずに消えて無くなりたかった。
 この海に溶けるというのは良い考えだ。これだけ黒かったら、自分の汚さなど簡単に塗りつぶしてくれるだろうから。
 そう思ったところで、フラリと身体が揺れた。別に海に身を投げようと思ったわけでもないのに、自然と。海に向かって。
 このまま落ちるのも悪くない。
 そう思ったのに、三井の身体は途中でその動きを止めた。
 何故なら、自分の腰に太い腕が巻き付けられていたから。
「・・・・・・・・鉄男。」
「めんどくせー事はすんな。」
 名を呼べば、からかうような口調でそう返された。
 どうやら心の内を見透かされていたらしい。なんとなくばつが悪くなった。そのばつの悪さを誤魔化すためにムッと顔を歪めてにらみ返せば、鼻先で笑われた。少しも怖くないと、言うように。
 そして、腹に回されていた腕に力が籠もり、三井の身体を堤防の上から引きずり降ろす。
「・・・・・・・んだよ。余計な事しやがって。」
「そりゃ、悪かったな。」
 全然悪いと思っていなさそうな口調でそう返してきた鉄男は、自分のバイクの方へと戻っていく。その背に、三井も付いていった。
 鉄男は何も言わずにバイクに跨った。そして、バイクのキィを回さずにじっと待っている。三井の行動を。
 乗るのか、乗らないのか。
 帰るのか、帰らないのか。
 答えは自分で出せと言うように。
 その鉄男と自分の間に、白いガードレールが立っていた。
 自分と鉄男を分けるように。
 二人の世界は違うのだと、言いたげに。
 鉄男が居る方は、生きる道。何があるのか分からないけれど、汚れ続けてでも生きて行く道。
 自分が居る方は、生の途絶えた道。これ以上苦痛もなく、汚れる事も無く、終われる道。
 どちらが増ましなのか、三井には分からなかった。だけど、誘われるようにフラリとその白い柵を跨ぐ。
 その瞬間、三井の手にヘルメットが放られる。鉄男は被らない、それを。
 三井はしばし、手にしたものをじっと見つめた。そして、ポツリと呟く。
「・・・・・・・・・鉄男って・・・・・・・・・」
「あん?」
「鉄男って、ガードレールみたいだよな。」
「・・・・・・・・・・なんだ、そりゃ。」
 訝しむような声音に、三井はクスリと笑いを零した。言っている三井自身良く分らなかったから。だから、思ったままを口にする。
「なんとなく、そう思った。」
「ふぅん。」
 気のない返事だが、話を聞いてくれる気があるのは確かな事だから、三井は気にせずに言葉を続ける。
「なんかさ、一緒にいると思うんだ。鉄男は踏み込んだらやばいところになると、柵を立ててくるなって。」
「そうか?」
「ああ。・・・・・・・・・・・同じ道を歩いていても、同じ方向を見ていても、歩いている場所が違う。車道と歩道くらいの差がある。」
 その言葉に、鉄男が鼻を鳴らした。何を思ってかは分からないけれど。
 共に車道を歩きたいとは、思わない。散々一緒に居て何をと、鉄男以外の奴らは言うだろうけど、それでもやはり彼等の道を自分も歩きたいとは思えない。
 それは、違う道にまだ未練があるからだ。
 その未練に、鉄男は気づいているのだろう。だから、自分の道に踏み込ませない。自分の歩いている道の隣を、歩かせても。
「三井。」
 名を呼ばれ、顔を上げた。
 そこには、いつもと変わらぬ表情の鉄男が居た。
 その彼が、軽く顎をしゃくる。
「帰るぞ。」
「・・・・・・・・・・・うん。」
 頷き、メットを被る。
 甘えているのは分かっている。そんな自分を周りの人間がどう見ているのかも、分かっている。だけど、依存する事を止められない。一人で立って歩ける程、自分は強くなっていないから。
「鉄男。」
「あん?」
 キィを回そうとしていた鉄男の腹に腕を回して名を呼べば、彼はチラリと視線を向けてきた。その瞳に、メット越しに微笑みかける。
「帰ったらやろうぜ。」
 それには、口の端を引き上げるだけで答えられた。
 何もかも分かっていると言いたげな笑みを。
























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ガードレール