店を出たところでいきなり蹴りを入れられた。
思わず反撃しようと腕を振り上げたが、その腕は相手に当たるギリギリの所で止められる。
「・・・・・三井。」
「よっ!何してんだ、こんな所で。」
ニコニコと、妙に楽しげにそう語りかけてくる三井に、一瞬のうちに全身に張り巡らせていた緊張のほんの少し緩める。
「決まってんだろうが。」
言いながら顎をしゃくる。ここが何の店なのかを告げるために。
その視線につられるように、可愛らしさが抜けはじめ、少年の顔から青年の顔に移行し始めている顔を上向けた三井が店の看板と確認した後、小さく首を傾げた。
「なんか買ったのか?」
「ああ。」
「珍しいな。CD?」
「いや。ビデオだ。」
「へぇ・・・・・・・・・・めっずらしい。お前が自分でそんなモノを増やすなんて。」
心底驚いたようにそう返してきた三井は猫のように滑らかな動きですり寄るように近づき、手元を覗き込んでくる。そんなことをしても、色の濃いビニールの袋に派手なロゴが印刷されているので外から見ても中身がなんなのか分からないのだが。
それでもしきりに手元の袋を見つめ続ける三井の額に、手にしていたモノを軽くぶつけてやった。
軽い音を立てながらのその攻撃に、三井はガキっぽい表情でムッと唇を突き出し、態とらしく額を手で覆って見せる。そして、ふて腐れたように抗議の声を発してきた。
「・・・・・・ってぇなぁ。何すんだよ、突然!」
「この程度で何を言っていやがるんだ、お前は。」
「頭も痛いけど心が痛いんだよ。突然殴られたんだからな。愛がたんねーんだよ、愛が。お前のやることにはよぉ。」
絡むようにそう文句の言葉を吐き出し始めた三井の様子に、自然と苦笑が浮かび上がってくる。
どうやら彼は今、退屈しているらしい。だったら素直にそう言って来ればいい物を、素直じゃない彼はそうとは言えず、その口に出来ない思いを突きつけるために絡んできているのだろう。
まるで猫だなと、口の中で呟く。
血統書の付いた毛並みの良い気位の高い猫。媚びることを良しとしないくせに、自分に注目がないと腹を立てる。そんな、猫だ。この男は。
そんな彼の一番の遊び相手は、今のところ自分なのだろう。だから、しつこく絡んでくる。他の暇を持てあましている人間を探そうともせずに。
彼がそう思うように仕向けたのは自分なのだから、ソレは当然の事だ。妙に人の意識を引き寄せる彼の事だ。一人でフラフラと出歩いたら絶対にどこかで問題を起こすだろう。そうなってから対処するのは面倒くさい。本当に面倒臭かったりどうでも良く思っているのなら放っておけば良いだけの事なのだが、そうも出来ない。自分はすっかり、この気位の高い猫の事を気に入ってしまったから。
ニッと、口の端を引き上げた。
そして、未だになんやかやと文句の言葉を吐き続けている三井の手の中に今さっき買った物を放り投げる。
それを不思議そうに見つめた三井に、ニヤリと笑いかけてやった。
底意地の悪そうな笑みを。
その笑みの意味が分からなかったのか、三井が軽く首を傾げながら問いかけてきた。
「・・・・・・何?」
「見たがってただろ。」
「え?」
言われた言葉に瞳を瞬いた三井は、小さく首を傾げたあと、テープで留められていただけの袋を開け、中を覗き込んだ。
中身を確認した途端、三井の瞳は大きく見開かれた。そして、すぐに細くなる。
笑みの形へと。
華が綻ぶような鮮やかな笑みを振りまいた三井は、手にしていた物をギュッと強く握りしめると、体当たりするようにぶつかってきた。
「サンキューーーっ!めっちゃ嬉しいっ!もーーーっ、今日はなんでもしてやるぜっ!」
「そうか。じゃあ、おめーが散らかした俺の部屋を綺麗に片付けてくれよ。」
「おうっ!任せろってっ!」
嬉々としながらそう答えた三井は、抱きつくように肩に手を回してきた。そして、満面の笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる。
「とっとと帰って、一緒に見ようぜ?」
「俺は最初からそのつもりだぜ?」
言ってやったら、また笑みが深くなった。
その喜びの色しかない笑顔を見て、自分もまた嬉しくなる。
やはり買って良かった。
自分の趣味では無いけれど。
肩に腕を回したままの三井の腰に腕を回し、軽く身体を叩いてやる。あやすように。
自分は優しい人間では無いけれど、たまにはこんなのも良いかも知れないと。
そう思いながら、自分の部屋へと足を向けた。
下手甘鉄男。
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