邪眼を移植した。
 捜し物をするために。
 見つけたいモノの一つは見つかったことには見つかった。だが、本当に見つけたかったモノは、そこに姿がなかった。
 だから、未だに捜し物は二つある。
 以前と違って、自分に向かってくる敵を相手にする時間が長くなっている。
 相手を見極めて闘わないと、自分の命が無い。
 そんな状況で、二つの捜し物。
 求めるモノの影が一つも見えない状況に、少し苛立ちが募ってくる。
 前の自分だったら相手にもしなかったような相手に苦戦を強いられながらもなんとか勝利を掴み、生きながらえる。
 思うように使えない自分の身体に苛立ちを感じながら、飛影は他のモノの気配が薄い森へと、足を踏み入れた。
 シンと静まりかえったそこには、命あるモノの気配が全くない。もしかしたら、強力な力を持つ妖怪の縄張りなのかも知れない。
「・・・・・・・・・それならそれで、構いはしないさ。」
 強い敵と戦えば、その分だけ妖気を高める事が出来るのだ。一つ一つの実戦が力の落ちた自分へのリハビリになる。力はあって損する事はない。そいつと戦ったら今の自分では死ぬかも知れない等という考えは、飛影には無い。
「あなた、強いのね。」
 不意にかけられた声に、全身に殺気を込めた。
 少しも、気配を感じなかったのだ。
 邪眼の移植をする前の自分だったら、声をかけられるまで相手の存在に気付かない事などなかったのに。
 それだけ、自分の力が弱まっているという事なのか。
 舌打ちしつつ、声の方へと視線を向け、腰に下げていた剣を抜き払う。
 全身から殺気を漲らせる飛影に、声の主は鈴を転がしているような軽やかな、殺気などと言うものとはまったく無縁な声で語りかけてきた。
「そんな怖い顔しないで。私たちには、何も出来ないわ。」
 そう言いながら草むらの中から出てきたのは、足は二本。だが、腰から上のパーツはふた揃えある生き物。
 どうやら片方は女で、片方は男らしい。
 顔立ちは似通っているが、体付きが僅かに違った。
「・・・・誰だ。貴様等。」
「誰って事もない。俺たちは、俺たちだ。」
「そう。ちょっと、他の妖怪と違って身体がくっついているだけ。」
 ニコニコと笑いながらそう語る生き物は、確かに一部分だけを覗けばそこらに居る妖怪となんら変わりが無い。
 だが、繋がっているのがそもそもおかしい。いや、広いこの世界の事だ。飛影が未だ出会っていないだけで、そんな妖怪は他にも多々居るのかも知れない。だが、彼等の動きを見ると首を傾げたくなるのだ。
 彼等には弱肉強食のこの世界で生きていける機敏さも無く、敵を近づけさせない威圧感があるわけでもない。それどころか、殆ど妖気すら感じないのだ。今まで生きていた事自体不思議でしょうがない位だ。
 気配が無いからこそ生きて来られたのだとすると、今自分の前に姿を現して意味が分らない。
 力が極端に落ちた今の自分なら、簡単の殺せると思ったのだろうか。それとも、無害な振りをして実はその身の内に強力な力を秘めているのだろうか。
 普段から険しい顔が、緊張のために更に険しくなっていく。
 その様を見ていた相手は、慌てることもなく、のんびりと声をかけてきた。
「ああ。そんな怖い顔しないでよ。ちょっと、頼みたい事があって出てきただけだから。」
「・・・・そんなもの、俺が聞く必要など無い。」
「ええ。必要は無いわ。でも、アナタに頼みたいのよ。私たちは。」
「・・・・・・・頼み?」
 真摯な瞳に、他人になど興味がない飛影の心が引きつけられた。
 感覚が鈍くはなっているが、彼等から危険な感じは受けない。
 見るからに弱そうな彼等が生き抜いていると言うことは、この辺りには大した妖怪が居ないと言うことだ。少しくらい、つき合っても良いだろう。
 そうは思ったが、警戒心は解かずにジッと、二人で一人の妖怪へと視線を向けた。
「何をやらせたいと言うんだ?」
「聞いてくれるの?」
「聞くだけならな。」
「ありがとう。」
 同じような顔が、同じように微笑む様を見て、なんだかおかしな感じがした。
 ここまで似ている顔立ちを見たことはない。
「私たちはね。本当は二人で生まれてくるはずだったの。」
「だけど、下半身がくっついたまま生まれてしまった。そのせいで、旨く身体の中に妖気を巡らせることが出来ないんだ。」
「二人でくっついているのも楽しいけど、移動が大変だし、こんな姿だと誰も相手にしてくれない。」
「だから、そろそろ別れてみたいと思うんだ。」
「・・・・・それで?」
 自分にどうしろと言うのだろうか。
 力の無いくせに、どこかつかみ所の無い彼等との会話に、じわじわと苛立ちが沸き上がってくる。
「そう怒らないで。あなたには、私たちを分けて欲しいの。」
 ニコニコと、変わらぬ笑みを浮かべる彼等は、そんなことを言い出した。
 言われた言葉の意味が分からず、飛影は軽く目を瞬いた。
「分ける?」
「そう。その刀で、スパッとね。」
 軽く指を刺され、思わず手にしていた剣に視線を向けてしまった。
 そんなことをすれば、ただでは済まない。
 分かれるどころか、死んでしまうのではないだろうか。
 別に彼等が死のうと自分に関係はない。
 関係ないが、自ら命を絶とうという神経が分らない。
 妖怪は、自分の命に固執する生き物だというのに。
「大丈夫。私たちは死なないから。だって、アナタは強いもの。」
 飛影の胸の内を読むようなその言葉に、僅かに警戒心が沸き上がった。
 先ほどから何かおかしいと思っていたが、この妖怪は相手の心を読む力があるのだろうか。
「そう。だけど、そんなことはちっぽけな事だよ。」
 飛影の考えを肯定するようにそう語る男の言葉に、警戒心が増してくる。
 もし仮に旨く分けることが出来たとして、その後に彼等が自分のことを攻撃してこないとい保証は何もない。
 今の自分は、はっきり言って弱い。
 自分一人の身さえも守り通す自信が無いのに、他の者に関わっている場合では無いだろう。
「大丈夫。この命に誓って、キミには絶対手を出さないよ。」
「ええ。そもそも、私たちに闘う力は無いのだから。だから、お願い。」
「・・・・・お願い・・・・?」
 請うような瞳に、引きつけられるものを感じた。
 抗うことの出来ない何かを。
 そして、彼女の発した言葉に何かを感じる。
 胸の奥で、小さな灯が灯る感じを。
「・・・・・良いだろう。切れば良いんだな。」
 思わず彼等の言葉に承諾していた。
 だが、後悔はしていない。
 今自分がやるべき事はそれなのだと、何かが告げていた。
 飛影の言葉に、女は嬉しそうに。だけどどこか当然の事のような顔で言葉をかけてくる。
「ええ。ただし、ただ切るのではダメよ。」
「どういう意味だ?」
「アナタの目で、切るべき場所を見極めて。」
 目。
 邪眼の事だろうか。
 そう考えると、彼等は大きく頷いてみせる。
 未だに旨く使えない、最近手に入れたモノ。
 その力を試すのにも、コレは良い機会なのかも知れない。
 望まれるままに額を隠していた布を矧ぎ、そこにある瞳を開く。
 慣れない三つの瞳の視界に、奇妙な生き物の姿が映り込んできた。
「アナタになら、見えるでしょう?」
「俺たちの、分けるべき線が。」
「そこを、切り裂いて。」
 彼等の言葉が脳裏に染みこんできた。
 操られている。そんな気がしないでもない。
 だが、それでも良いかと思う自分もいる。
 力をふるえるのならば。
 この新しい力を。
 意識を彼等に集中すると、今まで見えていなかった線が浮かび上がってきた。
 真っ直ぐな線ではない。
 複雑なカーブを描いたものだ。
 だが、ソレをたどれないとは思わなかった。
 少しの狂いもなく、ソレをたどれる自信が胸の内にある。
「さあ。」
「お願い。」
 二人の言葉を合図にするように、握った剣を振り下ろした。
 ハタから見たらただ真っ直ぐに振り下ろしたように見える動きだが、一寸の狂いもなく、身体に浮き上がった線を辿る。
 パカリと割れた切れ目の肉は赤く、多量の血が吹き出してくる。
 その飛び散る血液を浴びながら彼等の様子を見つめていると、二つに分かれた妖怪の身体が徐々に変化していった。
 切れた断面から白い骨がするすると伸びてくる。
 その骨に絡みつくように筋が伸び、新たな肉が骨へと付着していく。
 肉が付くと皮膚が伸び、元からある半身と同じような形にまとまっていく。
 その様から目を離すことが出来ず、飛影は一部始終を見つめていた。
「・・・・ありがとう。おかげでなんとかなりそうだ。」
 出来上がった身体の調子を確かめるように軽く動かしていた男は、飛影に向かってそう言ってきた。
「・・・・礼を言われるような事はしていない。」
「いいえ。アナタに会わなかったら、私たちは死ぬまであの姿だったのだもの。お礼を言って、当然だわ。」
 嬉しそうにそう言われ、なんだかおかしな感じがした。
 この世界で他人に礼を言うなど、滅多にあることではないのだ。
「お礼に、一つ教えてあげる。」
「・・・・・なんだ?」
「この先にある出会いを大切にして。あなたの心を解し、あなたの求めるモノに導いてくれる。そして、あなたの居るべき場所を、与えてくれるから。」
 予言めいたその言葉に、自然と眉間に皺が寄った。
「何を言っているんだ。貴様。」
「忠告よ。心を覆い隠さず、心の求めるままに行動するべし。あなたの星は、そうアナタに語りかけている。」
 ニコニコと笑う女の言葉はわけが分からない。
「・・・・くだらないことを言うな。用件が済んだのなら、俺はもう行く。」
「ああ。引き留めて悪かったな。」
「アナタの未来に、幸あらんことを。」
 妖怪臭くない事を言う二人の元から、逃げるように駆けだした。
 あの女が何を言いたいのか、さっぱり分らない。
 分らないが、何かが心に引っかかった。
「求めるモノに、導くか・・・・・。」
 思わず胸元に手が伸びた。
 無くしてしまった物。
 そして、見てみたいモノ。
「・・・・・どうだかな。」
 ヤツらの言葉を信用しているわけではないが、なんとなく、心が浮き立つ事を止められなかった。



























何を考えたのやら。玉砕!










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シャム双生児